剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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無名

 

 北部地域に魔王軍残党が集まり出す一方で、そんな事などつゆ知らず真逆の南部諸国において人間の間での争いが激化しようとしていた。

 『人を殺す魔法(ゾルトラーク)』と呼ばれる魔法が存在する。

 その魔法の内容とは至ってシンプルなもので、術者の魔力を目に見えるまで圧縮して対象に撃ち出すというものだ。要するに、シンプルな殺意の形そのもの。炎や雷といった何かしらの自然現象を攻撃に転用するといったものではなく、最初から魔力そのものを殺意の用途として出力する凶器だ。

 この魔法の真に恐ろしい所は、これまでの人類の既存の防御魔法や装備に付与された魔法耐性をいとも容易く貫通し、対象の人体を破壊しうるという点である。

 

 この魔法を生み出したのは、人類ではない。

 人類の天敵である魔族。その中でも「腐敗の賢老」という異名で呼ばれる大魔族クヴァールが開発したのが発端だった。

 しかし、その魔法で猛威を振るったクヴァールは勇者パーティの奮闘により封印され、「人を殺す魔法(ゾルトラーク)」による脅威は少なくとも、数世紀先までは持ち越されるだろうと、その時は誰もが信じていたであろう。

 

 だが、持ち越すだけでは何の解決策にもなりはしない。

 そう考えた大陸中の魔法使いがやがてゾルトラークを攻略し、その対抗策を生み出そうと躍起になった。その研究に特に貢献したのはクヴァールの封印の実行者である、勇者パーティの内の一人、魔法使いフリーレンである。

 ここまでならば、まだ人類が一丸となって自分達の脅威となりうる悪魔に対抗しようと奮闘したという美談で片付くだろう。

 

 問題は、ここからだ。

 肝心のゾルトラークであったが、人類でも理解し扱えるほど、洗練された術式構造であったことが災いした結果、クヴァールの復活を待たずしてその凶器は世界中で放たれるようになった。魔法使いフリーレンの協力があったとはいえ、瞬く間にゾルトラークを自分達のモノとしてしまった人類は、やがてその凶器を同じ人間へと向けるようになる。

 魔法の軍事転用に積極的な帝国は勿論のこと、特に戦火が拡大しつつある南側諸国では帝国の位置する北側よりも先んじてその凶器が飛び交う戦場になりつつあった。

 

 そして、そうした魔法の戦場に集まるのは何も人間だけではない。

 ゾルトラークが及ぼした影響は人間のみには留まらない。魔族側においてもそれは同じだった。力のある魔族が次々と北側に集結しつつある一方で、逆に力はなくとも狡猾寄りの魔族たちにとって、そのような人間達同士の戦線地域は格好の潜伏場所ともなり得たのだ。

 そしてその戦場で飛び交うゾルトラークを見た魔族たちもまた各々でゾルトラークを克服せんと己の魔法を更に磨き上げる。魔族は自分自身の持つ単一の魔法を伸ばすことに力を入れる故、人類のようにゾルトラークそのものを吸収する個体は少ないが、代わりに個々の単一の魔法に対する誇りや研鑽に対する執念は人類よりも遙かに高い。だからこそ、己の魔法が人類の魔法に遅れを取ることなど許さない。負けじと彼らは克服せんとする。

 

 人類側と魔族側の明確な対立戦線となりつつある北側に対して。

 人類同士が殺し合う南側においても、そんな人類側と魔族側のイタチごっこのような争いが裏で繰り広げられていた。

 更には戦地となったことで人間間の道徳(モラル)が薄れることにより、魔族が暴れたことによる凄惨な跡が生まれようとも、それが魔族の仕業と怪しまれることなく、ごくありふれた光景であると人間達は受け入れてしまう。

 対立構造に違いこそあれど、魔王軍が跋扈していた頃とさして変わらない地獄が量産されていく訳だった。

 

 ああ、本当に。

 

 ゾルトラークを生み出した開発者(クヴァール)も、ソレを改良し広めた死の商人(フリーレン)も――――

 

「本当に、余計なことをしてくれた・・・・・・」

 

 目の前で横たわり、魔力の塵となって消えていく魔族たちの死骸を見下ろしながら、リーニエはそう一人ごちた。

 

 

     ◇

 

 

 勇者ヒンメルが魔王を討伐してから数十年後、執行者時代は魔王軍の活動が活発だった北側が戦場だったリーニエだったが、今のリーニエの戦場は南部諸国が並ぶ地域。

 執行者に立ち戻る決意を固めたものの、以前のような魔力制御ができず、このままでは執行がうまくいかないとリーニエは北を目指すのを断念した。

 そこでリーニエは人類同士の争いに紛れて潜伏する南側の魔族を狩ることを決めたのだった。それぞれが目立たない形で潜伏する南側の魔族は、魔王軍時代とは異なり、魔族同士の繋がりが薄くコミュニティが形成されにくいため軍勢が生まれることはない。あってもそれは精々個人間同士での細々とした程度の繋がりだろう。

 

 故にこそ、以前のように軍勢に潜り込みながらの狩りのスタイルを取る必要はない。

 魔力を探知されない距離から気付かれることなく弓で狙撃する――――リーニエの狩りのスタイルはそのような形に現在は落ち着いていた。

 

 されど、この揺らぎが戻ることはなく、リーニエは焦っていた。

 この数十年、狩りを続ける中でリーニエはこの魔力の揺らぎを消す方法を模索していた。

 全ては北へ帰り再び執行者として活動するため、なんとしてもこの揺らぎを消す必要があったが、依然としてその方法は見つかっていない。

 そもそもリーニエの魔力制御は鍛え上げられた、というよりかは魔族の軍勢に潜伏している中で一瞬の揺らぎすら許してはいけないという極限状態の中で磨かれていったというのが正しい。

 ならばこそあの地獄を終えた後はそれが衰えるのも道理ではあったのだが、原因は決してそれだけではない。

 その原因を、この精神の揺らぎの根底をリーニエは突き止められないでいる。

 人間たちの目を逃れて潜伏し、同じく潜伏する魔族を惰性で刈り続けるような生活を送っていた。

 魔力制御は衰えど、魔力探知能力の方は未だ健在だ。一方的に居場所を突き止め、一方的に仕留める手際は、執行者時代から衰えてはいない。

 むしろ狩りのスタイルと主武装を変えたことで、リーニエの狙撃能力は執行者時代に比べて更に磨かれていた。

 もし執行者時代でも魔王軍が軍勢の体ではなく本当に個人行動(ワンマンプレイ)ばかりの烏合の衆だったのならばこの狩りのスタイルでも十分に通用していただろう。

 

 そして今日もまた、仕留めていく。

 

 剣を矢として番え、仕留める。

 魔力探知を駆使して相手の力量を察知し、ソレに合わせた剣を複製し、矢として放つ。

 激しい剣戟も、魔力の衝撃もない。

 静寂の内に事は終わる。

 

 ・・・・・・もうそんな事を幾度続けたことだろうか。

 

 しかし、殺せど殺せど探し求めている原因(こたえ)は見つからず、悶々とした日々を送っていた。

 いっその事、またあの日のように剣を握り直して暴れ回りたい衝動に駆られた事さえある。

 そうしていなければ、何かに押し潰されそうだった。

 

「グァッ!!」

「ッ、一体何が――――ア・・・・・・」

 

 魔力探知の利かない距離から飛んでくる細い剣が、的確に魔族達の眉間に突き刺さっていく。敵を視認することは叶わず、そもそも敵がいることすら知らずに彼らは息絶えていく。

 その下手人であるリーニエは・・・・・・崖の上の木陰で弓を構えながら淡々とその様子を眺めていた。

 凝らした目で、最後まで仕留めきったかを観察する。

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 何もない。

 いつも通りの光景。

 早々、あのモンクのエルフと遭遇してしまうようなイレギュラーを常々リーニエは警戒しているが、今回もそのような事は起きなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・そう、思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――」

 

 目を見開くリーニエ、遠目から見える、先ほど己が作り上げた殺害現場。

 その殺害現場に降り立った――1人の、小柄な女性。

 女性とは言うものの、額から2本生えた角が彼女が人間ではなく魔族であることを雄弁に物語っている。

 

(あの魔力は・・・・・・大、魔族? しかもその中でも上級クラスの・・・・・・?)

 

 そんな女性の魔族の魔力を探知したリーニエは、魔族としての本能故か一瞬体を硬直させてしまうものの――――すぐに先ほどよりも殺傷能力の高い剣を複製して矢として番える。

 今がチャンスだ。ここを逃せば機会は二度とないと思え。

 何処の誰なのかは分からない。

 だがさぞ有名な魔族には違いないだろう。

 

 そう思い弓を引き絞ろうとして。

 

 

 

 先ほどまで、その魔族の死体を観察するように見下ろしていた魔族が――――此方へと振り向く。

 探知が届かない程の距離。ソレに加え、多少揺らいでいるとはいえ未だ高精度の魔力制限を行っているリーニエの存在を探知できる筈がないのに。

 

 

 振り向いた女性の魔族は、にこり、と微笑んでいた。

 人間で言うならば、まるでどこにでもいるような、友人と再会したような、何気ない笑み。

 

 その笑みのまま、翳した手元に強大な魔力が収束されているのが見えた。

 

 

 

 

 

「ッ、模倣(トレース)――――」

 

 

 

 

 

 悪寒を感じたリーニエは反射的に番えた剣と矢を一つの魔力に戻し、()()()()()()を上乗せし、遠くにいる女性の魔族と鏡合わせのように収束させた魔力を翳す。

 そして――――開始(オン)、と呟くと共に、向こうから襲いかかる膨大な魔力の波が、リーニエの体を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

「――――ッ!!」

 

 痺れる右手を押さえながら、煙の中から現れたリーニエは急いで元いた位置から離れる。

 跳躍してからの全力疾走。脇目もふらずに逃亡することをリーニエは選択する。

 危なかった。あともう少し――――それこそコンマ一秒でも展開するのが遅れていたら、今頃自分はどうなっていた事やら。

 

(急拵えの不完全な複製品だったとはいえ・・・・・・()()を打ち破る魔法がこの世にあるなんて・・・・・・!!)

 

 幸い相殺はできたためリーニエ自身にダメージは殆ど行かなかったものの、急ごしらえの無茶な投影と殺しきれなかった衝撃で右手が痺れてしまった。

 それでも、命は拾った。

 格上の相手に場所を察知された以上、ここはもう引き時だろうと判断したその時だった。

 

 

 

 

 

 ――――頭上から、剣の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 長い三角形状の刃が特徴の大剣が、容赦なくリーニエの頭上から降り注ぐ。

 それに気付いたリーニエは即座に手元に宝剣を生成し、反射的に全ての剣を弾き飛ばす。

 そして――――弾け飛んだ剣をその目に入れて、再度目を見開いた。

 

 

 

 

 

 その剣の構造を解析し、得た情報。

 剣の持ち主の正体に行き着き、リーニエは戦慄する。

 

 

 

 

 

「そう身構えないで」

 

 

 

 

 

 頭上から、優しくそんな声がかけられる。

 上を見上げる。

 そこにいたのは、先ほどと変わらない笑顔で、胸元に両手を束ねながら、ゆっくりと此方の目の前に降り立ってくる大魔族。

 穏やかな笑み。

 しかし、漂う死臭が嫌でも鼻につく。

 

「・・・・・・ッ」

 

 宝剣を構えながら、リーニエはその存在を睨み付ける。

 

「魔力探知が利かないから、死体の倒れ方と傷の位置から大方の位置を探ったのだけれど、当たりだったみたいだ」

 

 片足からゆっくりと地に降り立ち、リーニエを見つめる女性の魔族。

 藍色の髪を膝付近まで下げ、普通の人間の女性と変わらない出で立ち、額から生える角を除けばそこいらの通りすがりの男性の目を釘付けにするであろう容姿。

 

「初めまして、“()()()執行者”さん。私は“無名”のソリテール。

 さあ、お姉さんとお話ししよう」

 

 身震いしそうな体を、リーニエは必死に抑える。

 力の差を理解したことによる恐怖ではなく、自分が執行者であると言い当てられた事実に。

 なぜだ、痕跡は一切残さなかった筈だ。

 死体は一切残さなかったし、目撃者は1人の例外を除いて誰一人として生かして返さなかった。

 ――まさか、あのモンクのエルフが漏らしたのか?

 

「なぜって言いたげね? いいわ、まずは私が君にたどり着いた経緯を教えよう。

 ・・・・・・確かに、君の仕業と思われる戦場の痕跡を一つ一つ辿るのは骨が折れた。しかも君と来たら死体はおろか凶器も、生存者も残していない。

 君が暴れた後だっていう確証もない戦場の跡を虱潰しに探していくのは気が遠くなる作業だ」

 

「・・・・・・」

 

「それでも私達(魔族)にはどうせ途方もない時間がある。なら諦めないで探そうって思ったの。

 同じ“無名”であっても、私の名前は同族の魔族には知れ渡ってしまっている。でも君は、同じ魔族にすら自分の正体を掴ませなかった。私以上の徹底した無名っぷりに、どうしても強い興味を覚えてしまった。

 

 だから――――君が暴れたであろう戦場の跡の、その魔力の痕跡を辿った。たとえ些細な残留魔力でも一粒見逃さず拾い上げ、長い時間をかけて解析した」

 

 宝剣を握る手に力が入る。

 同じ無名を貫いていたが故に自分は、この大魔族の興味を引いてしまったという事実。

 

「片手間にできる事ではなかった。それくらい君の隠蔽は完璧だった。

 でもおかげで面白いことが分かった――――君が魔力を制限して弱者を装いながら、同じ軍勢の仲間を次々と葬っていったという事実に」

 

「・・・・・・」

 

「実際に目にしてみて、確かに納得できた。非常に興味深いわ。見た所貴方はまだ数百年生きてるようには見えない。でも貴方の魔力制御は数百年程度の鍛錬でとうてい身につくようなレベルでもない。

 そうなると・・・・・・時間を掛けるのが不可能ならば、密度で補うしかない。

 ならその密度を形作ったモノは何なのか、おそらくソレは、長らく魔族の軍勢に潜伏しながら魔力のゆらぎを一切見せてはならないという極限の環境の中で磨き上げられたモノ」

 

 合っているかしら、とソリテールはリーニエの顔を伺いながら問う。

 リーニエは表情を崩さないまま剣を構える。

 ソリテールの話をリーニエが大人しく聞いているのは、自分の落ち度を把握して次に生かすためだ。

 

「凄まじい精神力だ。貴方は最初から魔族を騙し討つことを目的に軍勢に入り込む。まるで徐々に毒を盛るかのように一人一人の習性を把握し、殲滅を実行する。

 血と涙の結晶の末、やがて人間すら利用して、使い捨てて、貴方という無名の執行者は完成した」

 

 パチ、パチ、パチ、とソリテールは優しく拍手する。

 

「しかもソレを実行したのが、同じ魔族と来たものだ。・・・・・・でも、少し可笑しいわね」

 

「・・・・・・?」

 

「今のままでも完璧と言っていいくらいの魔力制御だけれど、私が事前に調べていたのと比べると多少(あら)が見える」

 

 ピクリと、リーニエの眉が僅かにつり上がる。

 

「君は一体、()()()()()()()()()()()()?」

 

「――――もういい」

 

 気が付けば、リーニエの姿は既にソリテールの視界から消えていた。

 聞きたいことは既に聞いた。

 これ以上に答えのない問答に付き合っていると、頭がおかしくなってしまいそうだった。

 宝剣を『旋撃の巨斧』に作り替え、横合いから斬りかかる。

 近付くまでの間に片手で柄を回すことで、その刃先に膨大な魔力を充填し、放つは最強の戦士アイゼンの技。

 

 しかし、ソレはどこからともなく出現した剣によって阻まれる。

 1本と言わず幾重にもなってリーニエの斧を阻み、砕けると同時にリーニエの渾身の斬撃も相殺される。

 

「――――ッ」

 

「今の奇襲も見事ね。昔の君ならさすがの私も気付かずにやられていただろう。

 でも、今の拙い貴方ならば話は別。大魔族クラスなら容易に見抜けるよ」

 

 言い終わると同時に四方からまた剣が襲いかかる。

 即座にリーニエはソリテールから跳躍して距離を取り、飛び交いながら襲いかかるソリテールの剣を舞うように動いて全てはじき返す。

 

(・・・・・・解析した通り、切れ味に反して強度はそれほどでもない。でも、当たれば即切り裂かれる)

 

 これがアイゼンならば避けるまでもなくその鋼鉄の皮膚ではじき返すのだろうが、己にはソレを成せる強度も、打ち消せる魔力も持ち合わせていない。

 

「すごいわね。さすが孤立無援で戦い続けてきた事はあるわ。でも――もっともっと、数は増やせるんだよ」

 

 ソリテールがそう言うと同時に、更に倍の剣戟がリーニエに襲いかかる。

 絶え間なく自身の周囲に剣を顕現し続けながら、ソリテールは一方的にリーニエの接近を許さずに封殺せんと手を動かす。

 その全てを、リーニエは捌き続け、少しずつであるがリーニエはソリテールに接近していく。

 

 しかし、目前に迫る1本の剣をまた弾こうとして――――その直前に、その剣が砕け、奥から光の奔流が襲いかかってきた。

 

「―――――ッ!?」

 

 その光が何であるかを理解すると同時に驚愕に目を見開いたリーニエは、思わず防御の姿勢を取る。

 剣は砕けずにその光を受け流したものの、受け流した光はリーニエの左肩を掠めた。

 

「武器の魔法耐性を貫けない――やっぱり君も、ゾルトラークは既に克服済みか」

 

 正気かコイツ、と受け身を取って即座に立ち上がったリーニエは心の中で呆れる。

 リーニエの剣製はその剣に付与された魔法効果すら模倣する。

 ここ数十年の人類同士の争いで多くのゾルトラークが飛び交った戦場の中で、人類の装備に付与される魔法耐性もソレに応じるように急激な進化を遂げた。

 それらの剣に付与された、更新し続ける魔法耐性術式を模倣する事で、リーニエはゾルトラークによる脅威を克服した。

 

 だがこの女は何だろうか。

 自身が魔法で生み出した剣すら目くらましにして、人類の磨き上げた魔法を放ってくるなど、この女は本当に魔族なのか。

 これがソリテール。噂に違わぬ、「魔族の変わり者」というわけか。

 

「でも今のを立て続けにやられれば、さすがの君もキツいんじゃないかな」

 

 負傷した左肩を押さえるリーニエを見下ろしながら、ソリテールは言う。

 

「私は君を殺しにきた訳じゃない。君とただ話がしたいだけなんだ。さあ、お姉さんと話の続きをしよう?」

 

 笑顔を絶やさず、しかし周囲に顕現させた夥しい量の大剣を引っさげながらソリテールは言う。いつでもリーニエを剣山にしてしまえるような、そんな状況を維持しながら。

 どの口が、とリーニエは心の中で悪態を吐く。

 この女は先ほど、“無名”の大魔族と自分で公言していたではないか。

 それが何を意味するのか、同じく“無名”であるリーニエには嫌という程理解できている。

 故に、この女は自分を見逃すつもりなど毛頭ない。

 

 この戦いは、どちらかがどちらかを殺せなければ、互いに無名ではいられなくなってしまう。そんな戦いなのだ。

 

 話に付き合うつもりはないと、リーニエはソリテールを冷たい瞳で射貫く。

 

「力の差は十分に見せつけたつもりなのだけれど、君は折れないのね?

 いくら互いに“無名”だからといっても、そっちの方が君の生存時間も延びるかもしれないのに?」

 

 そこに意味などない。その時間の間に向こうは着々とこちらの逃げ道を潰していくだろう。何せ自分もそうだったのだから。

 

模倣(トレース)開始(オン)

 

 もう付き合わないとリーニエは、ソリテールの言葉を無視してそう呟く。

 呟くと同時、リーニエの周囲に黒い魔力の球体が複数顕現し始める。

 まるでソリテールの周囲に浮かび上がっている無数の大剣に対抗するかのようにやがてソレは別のナニカを形取っていく。

 このままでは物量で押し負ける。衰えた魔力制限故奇襲も意味を成さない。

 ならば――――こちらも物量で対抗するしかない。

 

 

「術式追加、加工終了」

 

 

工程完了(ロールアウト)全模倣(バレット)待機(クリア)

 

 そう言い終わると同時、リーニエの周囲に浮かびかがった無数の黒い球体はそれぞれ、別々の形の剣となって現出した。

 

「・・・・・・すごい」

 

 思わず、貼り付けた笑顔すら忘れ、ソリテールはその光景に見入ってしまった。

 

「・・・・・・すごい、凄いわ! こんな光景初めて!! だってみんなコレ」

 

 ソリテールはリーニエの周囲に浮かび上がる武器を一つ一つ吟味する。

 

『ダッハの宝剣』

 

攻撃を旋風に変える刀(メドロジユバルト)

 

封魔の牙槍(ヴァン・シュピーレ)

 

『暗黒竜の骨刀』

 

『電閃の槌蜂』

 

『神技の砕剣』

 

 近くに見える物だけでも、これだけの名在りの武器が勢揃いだ。

 その奥にも、それぞれ形状の異なる夥しい量の剣や斧、槍がその切っ先をソリテールに向けたまま空中で静止していたのだから。

 

「さっきから見覚えのある武器を使ってると思ってたけれど、「電閃」のシュレークに、「神技」のレヴォルテの剣まで・・・・・・まるで博物館にでも来たみたい! 一体どんな手品なのかしら? お姉さん、すごい気になるわぁ」

 

 すごい、すごい、とソリテールは興奮する。

 ソリテールには分かる。あれら全ては、同じなのは見てくれだけではない。おそらくは一つ一つの武器から感じる魔力からして、構造から効果に至るまで同じなのだと。

 人類の生み出した業物、魔族の生み出したこの世ならざる物質で構成された魔剣の数々。

 特に後者に関しては既に執行者(リーニエ)の手によって葬られ、既にこの世に生まれる事は二度とないであろう筈の剣すら、例外なく生み出されていたのだ。

 

 一体、どのようなからくりで、どのような術式を用いてこのような芸当を可能にしているのだろうか?

 まさかこの少女は、これら全ての剣の構造を全て把握しているとでも言うのだろうか。

 魔族の戦士達が己の生涯を掛けて磨き上げた魔法で生み出した武器すらも、そんな彼らの研鑽を嘲笑うかのごとく盗用してきたというのだろうか。

 

「本当に、ここで君と会えたのは僥倖だった。まさか本当に見つかるなんて思いもしなかったもの」

 

 こっちは最悪だよ、とリーニエは心の中で悪態を返しつつ、体中の魔力を流す。

 

 

 

 

 

停止解凍(フリーズアウト)―――――」

 

 

 

 

 

「いいわ。お姉さんも少し試したくなっちゃった」

 

 

 互いに手を掲げ、周囲に生み出した剣にそれぞれ魔力を込める。

 ここから先に起こる光景に、ソリテールは思いを馳せながら。

 リーニエはただ無心に、殺すべき相手(ソリテール)を見据えながら。

 

 

 

 

 

全模倣(ソードバレル)連続掃射(フルオープン)

 

 

 

 

 

 開始の合図と共に、両者の周囲に待機されていた剣が一斉に、互いを標的として打ち出されていく。

 大量の剣が無作為に、無差別に互いに違いを打ち殺さんと衝突し合い、無数の火花が戦場を支配した。

 絶え間ない剣戟。

 

 それは戦士同士の戦いで生み出せる数の剣戟ではない。

 されど魔法使い同士の質量魔法のぶつかり合いで見られるような光景でもない。

 

 そこにあったのは、謂わば一つの戦場だった。

 たった2人の魔族同士の魔法によって生み出される無数の剣のぶつかり合いによってできる、たった2人の“戦場”そのものだった。

 

 

「フッ、フフフッ! お話や実験は数え切れない程やってきたけれども、こんな趣旨の打ち合いが出来るのは生まれて初めてだわ。もっとお姉さんに見せて!! 次はどんな剣が出てくるの? それとも槍? 斧? なんでもいいわ、もっと見せてちょうだい!」

 

 

 ソリテールは思う。

 本当に幸運だった。

 人間を研究することをテーマとするソリテールにとって、南部諸国という戦場は最適の潜伏場所にして、格好のサンプルが多く転がる場所でもあった。

 戦場であるが故に人間を拉致しても敵国の仕業と思われてさして己の存在を疑われず、隠れ家でじっくりと“お話”や“実験”ができる最適の環境だ。

 もしかしたら執行者もそこにいるかもしれないという思いもあってここに来たのもあるが、まさか本当にここに来ているとは思いもしなかった。

 

 ふと見掛けた魔族達の死体を観察してみるという気まぐれを起こさなければ、自分はこのような奇跡には巡り会えなかっただろう。

 魔族を殺す魔族、というだけならば珍しくはない。

 だが、人間達を巧みに利用してそれを実行し続ける手段と精神性には、ともすればそこいらの人間たちよりもソリテールの興味を引く。

 しかも自分と同じように無名を貫き通すスタイルときた。ともすれば自分以上に。

 同じ異端で、しかも同じように剣を生み出し操る魔法を使う。どこか、ソリテールは運命に近いモノすら感じていた。

 だが同じ異端であると同時に、その異端のベクトルは明らかに自分とは違うとソリテールは感じていた。

 自分も魔族の間で異端として有名だが、それでも同族達に受け入れられている時点で、所詮は魔族の範疇に留まっているのだろう。

 だが、目の前の少女はその根底すら崩れているのではないかという、そんな予感と好奇心がソリテールを突き動かす。

 

 

(でもこれは・・・・・・さすがに押し負けるかしら?)

 

 

 自分の体を掠っていくリーニエの剣を魔法で防ぎながらソリテールは思考を巡らす。

 剣の生成速度自体は、ソリテールに軍配が上がる。

 だがその剣はリーニエの剣と衝突すると同時に瞬く間に砕け散っていった。元々切れ味重視で強度はさほどないのがソリテールの操る大剣の特徴だ。

 いくらでも生み出せるのだから、壊れた所で気にしたことなんて今まで無かった。

 だが同規模の物量で、しかも質で上回られたら話は別だ。

 ソリテールの生み出す剣は、言うなれば一つの術式により造られる量産型ならば。

 リーニエの生み出す剣は、今では世に出ることのない魔族の武器や人類の造った業物も含め、一つ一つ単一のモノだ。

 故にソリテールはリーニエの剣の一つ一つに複数の剣をぶつけて相殺する必要がある。

 

 

(それでも、魔力量の差は歴然。しかも彼女はこれほどの質の剣を造る度に少なくない魔力を消費している筈。対して私は同じ剣を変わらない質で、安定した生成速度(サイクル)で生み出せる。このまま続けていけば打ち勝つのは私の方)

 

 

 剣の生成を緩めず、ソリテールはリーニエを見据える。

 飛び交う剣の嵐など知ったことかと言わんばかりに、リーニエはソリテールへと剣を携えながら接近していた。

 

 

(それも向こうは分かっている。このままでは魔力差で打ち負ける、と。だから多少危険を冒してでも直接隙だらけの私を取りに行くしかない。そして――――)

 

 

 

 剣の生成と射出を行う手を緩めず、ソリテールは無動作で体からゾルトラークを放つ。

 四方八方に分散したゾルトラークはそのままリーニエを取り囲むような軌道で襲いかかるが――――それも全て途中で打ち出されるリーニエの剣に阻まれる。

 

 

(やはりゾルトラークは通じない。元となった剣にはなかった筈の、現代まで更新された魔力耐性が備わっていることから察するに、元の状態から改良を加えることも可能なのね)

 

 

 なるほどつくづくこの少女は、己よりもよほど『剣』という事柄に関して特化しているらしい。『剣』で勝負しては打ち負けるのも自明の理だ。もし魔力量が同等であれば己はとっくに打ち負けているだろう。

 

 

「いいわ」

 

 

 己の剣とゾルトラークの雨を掻い潜り、自分の目前まで接近してきたリーニエに、ソリテールは笑顔を崩さず言い放つ。

 ソリテールの周囲を守っていた剣がボロボロと崩れ落ちていく様を見たリーニエは怪訝そうに眉を顰める。

 

 

「君の、その血と涙の結晶に敬意を評して――――私の魔法で相手をしてあげる」

 

 

 その瞬間、リーニエの目がハッと見開かれる。

 ソリテールの体内に見える魔力の流れが、変わったのだ。

 そしてその魔力の流れに、リーニエは見覚えがあった。

 

 

 

 

 

『魔力をぶつける魔法』

 

 

 

 

 

 

 ソリテールの手に収束した膨大な魔力が、指向性という暴力を以てリーニエの体を飲み込まんとする。

 ソリテールの眼前の地形は抉れ、射線上にあった地面や木々、岩を悉く吹き飛ばしていった。

 

「あら、外したのね」

 

 煙の中から姿を現したリーニエが再度、ソリテールの死角から躍りかかる。

 一度見た魔法を事前に察知して回避することは、むしろリーニエの十八番だ。

 

「できれば、初撃の時に防いでみせた種を明かしてほしかったのだけれど、仕方ないわね」

 

 嘯くソリテール。

 最初の時、目の前の少女の位置を特定する時にもこの魔法を自分は放った。

 妙な魔力反応と共に防がれた手応えがあったので、そのおかげで自分はこの少女を見つけられたのだが、肝心の防がれた手立ては分からないままだった。

 

「アレもじっくり見せて欲しいのだけれど、やっぱり魔力の消費が激しいのかしら?」

「――――」

 

 ソリテールの言葉に耳を貸さず、リーニエは宝剣で斬りかかる。

 如何に相手の使う魔法が強力であろうとその予備動作(事前の魔力の流れ)が見えるのであれば、対処はいくらでもできる。

 それを踏まえた上での踏み込み。

 

「なら、これならどうかしら?」

「―――――ッ」

 

 再度、踏み込むリーニエの足が止まる。

 先ほどの一撃を放った収束された膨大な魔力。それが今度は――――ソリテールの両手にそれぞれあったのだから。

 この魔族はあの一撃を何発も、そして複数同時に放てるのだと戦慄して。

 リーニエは即座に距離を取った。

 

「ほら、ほら、急いで避けないと地獄一直線よ?」

 

 連続して放たれる地形を抉る魔力の奔流。

 ほとんどの予備動作も必要とせずに放たれるソレは、あらゆる防御魔法すら紙くずのように散らす威力を誇る。

 対ゾルトラーク用の魔法耐性を持った剣でどうにかなる話でもない。

 

 先ほどの剣戟のぶつかり合いと、ソリテールのこの規格外な魔法により周囲の地形は既に別物へ変貌していた。

 砕けて倒壊した木々、抉れてボロボロになった地面、粉々になった岩が散乱し、人間同士の争いでは決して生み出せない、不自然な戦場跡が出来上がっていた。

 

 そんなモノをお構いなしにソリテールはソレを放ち、リーニエは必死にそれを避けながらソリテールの隙を伺う。

 今の自分の拙い魔力制限では完全な奇襲はもう望めない、なんとかソリテールの隙を見いだして一撃をたたき込む他ない。

 

「私はね、人類について色々な事を研究しているの」

 

 ふと、友人にでも話しかけるかのような気軽さで、ソリテールはリーニエに話しかける。

 魔力をぶつける魔法を放ちながら、ソレを避けるリーニエに対して。

 

「だから色々な人と話をしたわ。好きな食べ物とか、どんな環境で育ったのか、お仕事はなんなのかとか。あと、家族の話とかも興味深かったわね。魔族(私達)には存在しない概念だから」

 

 家族――――その言葉に、一瞬だけ、リーニエの魔力の制御が目に見えて大きく揺らいだ。

 それを敏感に感じ取ったソリテールは笑みを深め、続きを言う。

 

「そして、死に際の言葉。会話から人類の習慣や文化、魔法技術を研究するのが私のテーマなの。

 それでどうしてかしらね、君は魔族の筈なのに、私が君に向ける興味は、人類に向ける物と同じであると思えてならないの」

「――――ッ」

「だから、貴方ともお話ししたいな。君のその異様な魔法。君を執行者へ仕立て上げた生い立ちと環境。もし私の予想が正しければ――――マハトの前に貴方を連れて行くのもいいかもしれないわね」

 

 背筋に悪寒が走る。

 決して自分より圧倒的な魔力を持つ大魔族だからではない。

 己すら知り得ない核心を突いてくるような、揺らぐ鉄心を嘲笑うかのような言葉に、リーニエはどうにかなってしまいそうだった。

 

「そして君のその“揺らぎ”。君がここ(南部)で燻っているのもそこに理由がありそうだ」

 

「―――――」

 

 今度こそ、リーニエの足が止まる。

 言い当てられた、その真実に。

 その隙を、無名の大魔族は逃さなかった。

 

「揺らぎが致命的、隙だらけよ?」

 

「――――あ」

 

 

 耳元で囁かれると同時、ソリテールの手元に収束した魔力が、リーニエの視界に入る。

 同時に、今度こそリーニエは膨大な魔力の奔流に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 抉れた地形の先、そこの終点となる抉れた岩のすぐ傍に、リーニエは倒れていた。

 体中血だらけで、服はその血と埃で黒ずんでいる。

 

「ハ、ァ――――」

 

 その口から、辛うじて息が吐き出される。

 すんでの所で回避が間に合ったのか、膨大な魔力の奔流は辛うじてリーニエを即死させることはなかった。

 

「よかった、まだ生きていたのね。てっきり力加減を間違えたかと心配になったわ」

 

 そんなリーニエの傍に降り立つ無名の魔族。

 死に体と言ってもいい状態にまで追い込まれたリーニエに対して、ソリテールは笑顔を絶やすことなく近付いてくる。

 

「ガッ―――ソリ、テー、ル・・・・・・」

 

 近付いてくるソリテールの気配を認め、リーニエはその執念で上体を起こす。

 その目から闘志は消えていない。紫暗の冷たい瞳の奥にはまだ確かに、鉄を打つ炎の灯火がある。

 上体を起こしたリーニエは、やがて立ち上がろうとするが。

 

「アッ、イッ――――ァッ」

 

 それを許さんといわんばかりに、ソリテールが顕現させた大剣がリーニエの手足を縫い付けるように突き刺さった。

 跪く体勢のまま、リーニエはソリテールと向き合う他なかった。

 

「これで、やっとお話ができるわね。君の運命は決した。なら――――私のお話に付き合った方が、君の命は少しでも延びると思うけれど」

 

「ハァ、アッ」

 

「思ったよりダメージが大きかったかしら。いいわ、話せるようになるまで待ってあげる」

 

 そう言うと同時、ソリテールは更に自分の周囲に無数の大剣を顕現させる。

 油断なく、躊躇なく。

 リーニエが一瞬の抵抗の素振りを見せれば、その度に力の差を分からせるように。

 

 ソリテールは待つ。リーニエの口が動くのを。

 

 そして――――。

 

「―――――」

 

 リーニエが、ナニカを呟いた。

 

「んー?」

 

 その声は小さくて、ソリテールには届かない。

 しかし、ソリテールはリーニエの状態から、紡ぎ出されるであろう言葉を予測し、パっと目をキラキラと輝かせながら問うた。

 

「もしかして命乞いかしら? いいわ、もっと大きな声で、お姉さんに聞かせて? 多くの同族を葬り去った魔族の命乞い――――一体どんなモノになるのかしら――――?」

 

 この時、ソリテールは失念していた。

 確かにソリテールは油断などしていなかった。攻防一体となるように自身の周囲に剣を顕現させ、いつでも対処できるように目を見張っていた。

 

 それでも、なぜ目の前の少女が執行者と呼ばれたのか。

 その所以を、ソリテールは失念していた。

 

「――――」

 

 その時、ソリテールの耳は確かにリーニエの言葉を聞き取った。

 

 

 

 停止解凍(フリーズアウト)、と。

 

 

 

 瞬間、ソリテールがナニカに気付いたように顔つきを変えるが、時は既に遅かった。

 ソリテールの周囲に展開されていた筈の何本かの大剣が突如としてその切っ先の向きを変え――――あろう事かソリテール自身に襲いかかり。

 

 

 

「――――あら?」

 

 

 

 ソリテールの体は自分が生み出した筈の剣に、四方から突き刺されていた。

 無意識に薄れさせていた魔力の防御すら突破し、ザクザクとした痛みがソリテールに襲いかかる。

 

(なぜ、私の剣が勝手に・・・・・・いえ、これはまさか・・・・・・)

 

 ソリテールは悟る。

 自分に突き刺さった剣は、自分が生み出したモノではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの一瞬、自分が周囲に剣を顕現させるその瞬間に、リーニエはソリテールに気付かれないように、同時に同じ剣を複製してその中に紛れ込ませていた。

 反撃の布石を打つチャンスを決して逃さない。それもまた単身で魔族の軍勢を狩り続けた執行者たる所以だ。

 

 

 そして、その隙を執行者は見逃さない。

 魔力を放出して自身の体を縫い付けていたソリテールの剣を吹き飛ばし、ソリテールを睨み付ける。

 両者の距離は既に、戦士の間合い。

 立ち上がるリーニエの姿を目撃したソリテールは負傷した体に目もくれず空に逃げて距離を取る。

 

 同時にゾルトラークと剣の射出を行うが、リーニエはまるで蝶のように飛び、独楽のように身を翻しながら回避し、前へと踊り出る。

 いつの間にか、その左手には魔力で模倣した白い洋弓と、右手には一振りの剣が握られていた。

 

 

 

「――――ッ」

 

 

 

 そして、それを見たソリテールの貼り付けていた笑顔が崩れる。

 リーニエの右手に握られていたその剣に、ソリテールは目を奪われてしまった。

 

 

(あの、剣は・・・・・・)

 

 

 ソリテールは一目で直感する。

 ――――あの剣は、今まで少女が生み出してきた剣とは、まるで別格の代物であることに。

 そして、逆に距離を取ってしまったことが悪手だったことにも気付いてしまった。

 

 ソリテールの反撃を掻い潜ったリーニエは片膝を着いて着地すると同時にその剣を矢として弓に番え、それを上空にいるソリテールへと向ける。

 

 

 

 

 

 

「────I am the bone of my sword(骨子よ、穿ち砕け)

 

 

 

 

 

 其は、かつて神話の時代において山を砕いたとされる剣。

 オリジナルに比べれば大分劣化してしまうが、『神技の砕剣(名前だけなぞらえた別物)』に比べれば遙かに上等だろう。

 

 ボロボロの体に鞭打ちながら、なけなしの最後の魔力を振り絞り、リーニエは番えたその剣を引き絞る。

 途端に、その剣から解き放たれた魔力の圧が周辺の世界を支配する。

 

 弦を限界まで引き絞ったリーニエは、標的を見据えながら、その名を口にする。

 

 

 

 

 

『────"偽・神紀の砕剣(シュヴェア・ヴォルケ)"』

 

 

 

 

 

 神話の一端、その身で味わうといい。

 そんな思いを込め、片膝を着いた体勢のままリーニエは渾身のソレを解き放つ。

 魔力の暴風を纏った剣が、真っ直ぐにソリテールへ肉薄する。

 その速度は最早ゾルトラークの比ですらない。

 回避はまず不可能。

 

 

 

 

 

 ソリテールは無意識に、自身の魔力全てを注ぎ込み、前方に魔力の盾を作り出す。

 あれは駄目だ、あれだけは何としても当たってはならない。

 神話の威光に怖じ気づいた魔族としての本能が叫ぶ。

 

 

 ()が迫る。

 ソリテールが全魔力を以て作り出した魔力の盾は、そんな彼女の全力を嘲笑うかのように打ち砕き、その牙が彼女の体へと到達する。

 

 

 

 

 

「―――――――ッッッッ!!!!」

 

 

 

 

 声にならない悲鳴と共に、ソリテールの体は膨大な魔力に飲み込まれた。

 魔力が晴れると――――ソリテールの姿は既にそこにはなかった。

 

 

     ◇

 

 

「ッッ、ハッ、ハッ!」

 

 

 脅威が去った事を確認したリーニエは弓を消し、その場に崩れるように座り込む。

 しかし、目の前の脅威を消しさったというのにその顔色は優れない。

 その手は、悔しそうに地を握りしめていた。

 

 

「・・・・・・逃がした。神話の剣を、切ってまで、したのに・・・・・・」

 

 

 そう、リーニエは見てしまった。

 矢として放った「神紀の砕剣」は、直撃でないにも関わらず、余波だけでソリテールに大ダメージを与えていた。

 あの手応えならば、数十年は力が戻ることはないだろう。

 

 それでも、逃がしてしまった。

 

 本来、互いに生かして帰してはいけない戦いの筈だった。

 リーニエにしても、ソリテールにしても、己の無名を維持するためにはなんとしても互いに相手を見逃す訳にいかなかった。

 

 なのに、逃がしてしまった。

 

 リーニエもソリテールも、これから無名ではいられなくなるだろう。

 

「―――――ッ」

 

 立ち上がるリーニエ。

 乱れる心。

 綻び始めた鉄心。

 

 未だに治まらない揺らぎ。

 

 

「なんで、なんだよ」

 

 

 なぜ、執行者時代のように上手くいかない。

 なぜ、ここまで己の手から何もかもがこぼれ落ちるようにうまく行かないんだ。

 

 

「アイツは、しばらく動けない。けれど――――」

 

 次、また相対した時、自分は奴に勝てるのだろうか。

 同じ無名を貫く身としてリーニエは実感する。あの魔族をリーニエから探し当てるのは困難だと。

 運良く弱っている所を見つけることができたとしても、あの手際からして、またうまく逃げられる可能性が高い。

 

 

「・・・・・・今は、ここを離れなきゃ」

 

 

 思考していてもしょうが無い、と割り切ったリーニエは、覚束ない足取りで去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 この時、リーニエはまだ知らなかった。

 己が無名でなくなることにより招かれる、本当の悲劇を。

 

 その身に降りかかるのが()()()()()()()()、どれだけよかったことか。

 

 

 彼女を蝕むナニカは、今も止まらない。

 さび付けば、さび付いた分だけまた研ぎ直して。

 やがて(からだ)砥石(こころ)もすり減らしていって、その果てにどんな悲劇が待っているのか、彼女はまだ知らなかった。

 




・今回の複製武器
偽・神紀の砕剣(シュヴェア・ヴォルケII)
 正式な読みは「シュヴェア・ヴォルケ・ツヴァイ」
 フリーレン原作において、一級魔法使いゲナウの説明で出た「神話の時代において山を砕いたとされる剣」。その贋作&改造品。
 名前は今作オリジナル。
 神技のレヴォルテが作る「神技の砕剣」はこの剣になぞらえて名付けたものである。

 今作における偽・螺旋剣に相当するポジションとしてどんな剣がいいか考えた所、この剣しかあり得ないかなって思いました。
 フェルグスの虹霓剣も3つの丘を切り裂いたという逸話があるので、フリーレン世界においてそれと似たような逸話を持つこの剣こそが螺旋剣ポジションに相応しいと思い登場させました。

直訳するとドイツ語で「重い雲」という意味で、転じて雷雲、積乱雲のことを指しているつもり。
偶然にもフリーレン世界には「シュヴェア山脈」という山脈がありまして、山を砕いた逸話を持つこの剣とも丁度名前がピッタリ合うという・・・・・・。


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