剣の丘に迷い込んだ軌跡   作:ナスの森

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長らくお待たせしました。


修道女と、子供たちとの生活

 今まで模倣してきた戦士たちの動きの中で、どの技が一番模倣していてよかったと思うのかと聞かれれば回答に困る所だったが、挙げるとすればやはり戦士アイゼンか、もしくは────かつて行方不明となった北側諸国三大騎士の一人、ヴァールハイトが真っ先に思い浮かぶだろう。

 戦士のアイゼンの技がリーニエの体術の基礎と言える部分にまで浸透し、あらゆる戦いの中で模倣した技を放つ上での土台ともなる動きだというのであれば。

 それに対してヴァールハイトの弓術は、リーニエの戦術の幅を大幅に広めてくれた代物だった。

 常に相手にとって嫌らしい狙い角に位置取る体術、言わずと知れた正確無比な射撃、何より魔法を発動する隙を与えない速射術。

 ゾルトラークの習得を検討していたリーニエが、それを棄却した最大の要因。これがヴァールハイトではなく他の弓兵の模倣であったのならば、リーニエは迷わずゾルトラークの習得に走っていたことだろう。

 リーニエにとっては与り知らぬ話であったが、この弓術はかの黄金郷のマハトが「黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)」を発動させるまで、彼に一切の魔法を発動する隙を与えなかった代物だ。

 弓も、矢も自前で模倣できることもあってか、とにかくかのヴァールハイトの弓術は、下手にゾルトラークを習得するのに時間をかけることをリーニエに棄却させる決断をさせるくらいに相性がよかった。

 

「・・・・・・」

 

 崖の縁に立つリーニエ。

 見据えるのは、遠くに見える向かい側の崖の上にぽつんと突き出している四角形状の一番岩。

 

 ゴクリ、と息をのむ声がリーニエの耳に入る。

 息を呑んだのは、そんなリーニエの背中を見守る子供達だった。

 三者三様に、遠くの岩を見据えるリーニエの背中を真剣な表情で見ていた。

 

模倣(トレース)開始(オン)

 

 左手を前に突き出し、空を掴むような指の動きと同時に。

 何もなかった筈のリーニエの左手の中に黒い魔力が生じ、やがてそれは弓の形を象る。

 リーニエの背丈以上の長さの白い弓。形状はヴァールハイトが使っていた弓を少しスリムにしたような感じで、彼が使っていた弓と同じく持ち手の上下両端、その等間隔を更に挟む箇所、計四カ所に竹の節を想わせる突起が付いているのが特徴的で、円筒状の丸みと光沢を持った太めのフレームはどこか高級感すら漂わせる。

 また、宝剣を矢として放つことも考慮し、持ち手はヴァールハイトの弓よりも倍以上長く、その中心に同じような突起を設けることで、手を防御しつつ宝剣をそこに乗せて射ることを可能にし、更に視界の確保も両立させていた。改造に改造を重ね、今やリーニエ唯一のオリジナルの武器と言っても過言ではない。

 もう片方の手には模倣で出現させた通常の矢。それを引き手側に番える。

 とある魔族が操る糸を模倣したこの弦は、並の人間の戦士では引くことすらままならないが、魔族としての膂力を持つリーニエは軽々とこれを引いてみせる。

 そして────

 

 弦の弾く音が十数回、それを正確に聞き取れる者は、後ろの子供達の中にはいなかった。

 それらの弾く音は刹那の間。子供達にはちょっとした風が吹いたという認識しか感じられない。

 

 子供達が認識できた事実は一つ、リーニエの片方の手にあった矢が既に消えているということだけだった。

 

「・・・・・・ど、どうなったの?」

「矢がいつの間にか消えてる。落としちゃったのかな?」

 

 三者三様、リーニエがその一瞬の間に矢を放っていたという事実に気付かなかった。

 

(・・・・・・気が散るから、とっとと消えて欲しいんだけどな)

 

 鬱陶しそうに眉を顰めながらも、リーニエは集中を切らすことなく矢が飛んでいった前方を見つめる。崖から突き出した1番岩には何の変化も見られない。

 一目見て、結果を知って目を閉じる。後ろで何が起こったのか分からない子供達にはその結果が分かる術など持たない。

 だが、暫くして後ろの子供達もまたその結果を知る事ととなった。

 

 1番岩のある崖の向こう側から、ナニカが空を飛んでやってくる。

 そのナニカは、人間のようだった。

 やがてそのシルエットは顕わになっていき、両腕には矢が突き刺さったナニカを大量に抱えて持ってきていた。

 

「す、すごいですよ!? あの距離から全弾命中です!!」

 

 黒い修道服を身に纏った金髪の少女が、興奮しながらリーニエの元へ降り立つ。

 彼女の腕の中には、ど真ん中に矢を射貫かれた十数個の林檎が抱えられていた。

 それを見た子供達が一斉に沸き立つ。

 

「すげー!! リーニエ姉ちゃん!!」

「剣や魔法だけじゃなくて、弓まで百発百中かよ!!」

「こ、今度・・・・・・教えてほしい、かも・・・・・・」

 

 一斉に2人の少女の元へ集まる子供達。

 それに対してリーニエは微動だにせずに岩を見つめ、修道服を身に纏った金髪の僧侶アンジュは子供達の背丈に合わせるように身を屈めながら、両手に抱えた、矢に串刺しにされた林檎たちを見せて嬉しそうに微笑んでいる。

 

「・・・・・・」

 

 本当に鬱陶しいなと、リーニエは内心で悪態をつきつつも、崖の突き出た岩から目を離さない。端からみれば意味のない行為に見えるかもしれないが、射手たるリーニエにとってはそうではない。結果だけを受け止めて良しとしてはいけない。矢を射る前のイメージと結果にちゃんと相違はなかったかを、射る瞬間と当たった瞬間、矢の軌道など思い返して確かめていた。……その一環で、ふとアンジュの腕の中にある的だった林檎を一瞥するが、鬱陶しい子供達が群がっていたせいですぐに目を逸らした。

 

「・・・・・・今夜、またやろう」

 

 白けたような気分になったリーニエは空を見上げて独りごちる。

 最初は見えないところで一人でやっていた筈なのに、今では鍛錬をやる度にこれだ。

 子供達も最初は魔族であるリーニエを怖がり近付かなかったものの、それでも自分達を助け出してくれたヒーローに対する興味や憧れもあったようで、徐々にリーニエの鍛錬を遠くから覗き見するようになっていったのだ。

 ・・・・・・別にそれだけなら鍛錬に何の支障もないので放っておいたのだが、問題はそれがアンジュにまで知れ渡ってしまったことだった。

 元々アンジュは擬似的にとはいえ魔族でありながら女神の魔法を行使してみせたリーニエに興味津々なこともあり、やがてアンジュも一緒にリーニエの鍛錬を見学することになってしまったのだが。

 

 

 ここで、誤算が発生してしまった。

 結論から言うと・・・・・・余った林檎を弓の鍛錬用の的にしていたのがバレてしまった。

 発覚した当初は別に気にしていなかったリーニエだったが、食べ物を粗末にするその態度が余計にアンジュの逆鱗に触れてしまった。

 

 

『皆で育てた林檎を弓の的にするなんて・・・・・・リーニエ様の弓はさぞかし見事なモノなのでしょうねぇ~??』

 

 

 何か圧を感じさせる笑顔で迫るアンジュに、なぜかリーニエは何も反論ができなかった。

 ・・・・・・あの村にいた頃に一緒に暮らしていた農家の2人────隠し事がバレた夫に対して笑顔で迫る妻と、それを見つめていた幼いリーニエ。なぜ怒っていたのかも分からないし当事者でないにも関わらずその時の恐怖を思い出したリーニエは表情を変えずとも、その圧を突っぱねることができなかったのである。人間は笑顔でも怒りを表現できるということをリーニエが学んだ瞬間でもあった。

 一応、自分の『模倣する魔法(エアファーゼン)』で模倣した技をそのように言われるのが癪なのもあってか、リーニエは甘んじてアンジュの見学も、邪魔をしないならという条件で半ばやけくそ気味に受け入れていた。

 

「でもさでもさアンジュ姉ちゃん。リーニエ姉ちゃんの弓は確かにすげーけれど、アンジュ姉ちゃんみたいにゾルトラークであの岩を打ち抜くことはできねえよな?」

「え?」

 

 一人の男の子の急な発言で、話題の矛先が自分にもいったアンジュは思わず固まってしまう。

 

「た、確かに、一人前の魔法使いなら、あれくらいの岩を打ち抜けるのが指標になるってアンジュ姉ちゃん、言ってた」

「え? ・・・・・・え!? そ、そういえば・・・・・・そんなことも、いったっけ、かな・・・・・・アハハハ・・・・・・」

 

 冷や汗を掻きかけながら、必死に過去の自分の発言を思い出そうとするアンジュであったが、ぎこちない笑顔でしどろもどろに言い淀むのが精一杯のようだった。

 

「・・・・・・ふーん?」

「ちょ、リーニエ様、なんですその目は!?」

「別に」

 

 訝しげに目を細めて此方を一瞥するリーニエにアンジュは思わず後ずさる。

 人間が噓をつくとき、反応は大抵2種類に分かれる。1つ目は、自分たち魔族と同じように平然と噓をつき通すモノ。2つ目は、今の彼女のように此方から目を逸らして、魔力の流れを若干乱す者。特に魔力の流れを見る特殊な目を持つリーニエにはそれが筒抜けだ。

 ・・・・・・そもそも、あのレベルの魔族の襲撃に女神の魔法による防御がやっとだったアンジュがあの岩を砕けるほどのゾルトラークを放てるのならば、少なくともあんな状況にはなっていないだろう。

 いくら南側諸国に潜伏する魔族達がゾルトラークに対する適応力を高めているとはいえ、だ。

 

「み、みんな? そもそもですね、いくらゾルトラークであの岩を射抜けるからと言って、先のリーニエ様のようにあんな遠くの岩に乗っけた林檎だけを全部正確に狙えるかはまた別問題というか? リーニエ様の鍛錬だってそんな事に重きは置いていないでしょうし、そもそも魔法じゃなくて弓だし、比較すること自体が間違いだと思うんです!!」

 

 今まで見栄を張っていただけで、実は一人前の魔法使いたちのようにゾルトラークであの距離にある岩を打ち抜くことはできないなどと言える筈もなく、必死に話題をリーニエの弓に変えようとするのだが。

 

「それって・・・・・・私の弓じゃあの岩は打ち抜けないって言いたいの?」

 

 今度はその発言が、リーニエの地雷を踏んでしまったようであった。

 

「あ・・・・・・いえ、その、そういう訳ではなくて、そもそもベクトルが違い過ぎて比べようがないというか・・・・・・」

 

 再び語気を失いしどろもどろになるアンジュ。

 最初、自分に笑顔で詰め寄ってきた時はあの夫婦の妻のようだったのに、今ではその妻に言い寄られて言い淀む夫の方のようで、このアンジュという少女はリーニエの記憶の中にいる2人の人間を同時に想起させていた。

 

「そ、それじゃあやっぱり・・・・・・」

「リーニエ姉ちゃんも打ち抜けるんだ!? しかも魔法じゃなくて弓で!!」

「見たい!! 見たい!!」

「ねえ、やってみせてよ!!」

 

 リーニエの発言から、リーニエも同様に可能であると受け取った子供達ははしゃぎながらリーニエの方へ(たか)ってみせる。

 リーニエは確かに、僧侶の人達が言っていた怖い魔族であると子供達は分かっていたが、同時に自分達の大好きな姉の窮地を救ってくれたヒーローでもあったのだ。

 

「・・・・・・チッ、我が儘だなぁ」

 

 表情を変えずとも、不機嫌そうに呟くリーニエ。

 そこまで言うのならいっその事、打ち抜くとは言わず、あの岩を乗せている崖やここら一帯ごと「偽・神記の砕剣(シュヴェア・ヴォルケⅡ)」で吹っ飛ばしてやろうかとも考える。

 間違いなく爆破の余波が此方にも来るだろうが、この鬱陶しい餓鬼共をまとめて吹き飛ばせる良い機会だとも思う。

 

 

 元々、最後には全員殺すつもりで、リーニエは彼らと一緒にいるのだから。

 

 

「おっほん!! まあそれはともかくとして、皆さんそろそろ朝食が出来上がる頃ですよ! 見学もいいですが程々に、冷めない内に頂きましょう!!」

 

『はーいッ!!』

 

 少々名残惜しそうにしつつも、アンジュの言葉に全員が笑顔でそう答える。

 幸運にも子供達がかつて山を砕いた地獄の一端の再現を見ることはなかった。

 

「私は必要ない」

 

 一方で、リーニエは素っ気なく断りを入れながらアンジュの手元にある、矢の突き刺さった林檎たちを手に取ろうとする。

 

「だ・め・で・す」

 

 そんなリーニエの手を、林檎を後ろに持って行く形で肩で遮るアンジュ。

 

「元々、この林檎は皆で作ったもので、リーニエ様が勝手に的にした奴じゃないですか。売れ残った余り物だとしても、これを頂く権利は皆にあります!」

「だから、朝食はその余った物だけでいいって言ってるんだよ。どうせ私達(魔族)に大した食事なんて本来必要ない」

「だ・め・で・す!!」

 

 また、笑顔でずいっとリーニエに迫るアンジュ。

 

「食事はみんなで食べた方がおいしいんです。だからこの林檎だけじゃなくて、朝食も一緒に食べましょう。それがこの修道院でのマナーです!」

 

 ビシッ、立てた人差し指をリーニエの眼前に突きつけながら、言い切るアンジュ。

 

「修道院つっても、僧侶は姉ちゃん一人しかいないけどねー」

「よ、余計な事は言わない方が・・・・・・」

 

 2人に聞こえないようにヒソヒソと話し合う子供たち。

 

 

「ささ、ほら。今日の当番はアインとクルツです。せっかくの2人の料理が冷めてしまわない内に、頂きましょう! リーニエ様」

 

 笑顔の圧に押されたまま、リーニエはアンジュの手に引かれ、子供達と一緒に修道院内へと入っていく。

 途中、子供達もリーニエの手や袖を引っ張りながら食堂へ連れて行く。

 

 

 

 そう、いずれ、最後には全員例外なく殺すつもりでいた。

 執行者時代の時と同様、例外なく。

 例えソリテールに露見してしまったことにより、己が完全な無名でなくなってしまったのだとしても、目撃者は消すに越したことはない。

 

 

 

 だというのに。今は、自分を引っ張るこの手を、リーニエは振りほどけないでいた。

 

 

     ◇

 

 

 そして、夜の刻。

 深夜にさしかかる頃の暗い礼拝堂の中を、リーニエは歩いていた。

 この修道院のロビーも兼ねている礼拝堂には、修道院の外に出るための正面玄関が設置されている。

 朝中断されてしまった鍛錬を再開するために外に出ようとしたリーニエは、その正面玄関を目指してこの暗い礼拝堂にまで来ていた。

 

「・・・・・・」

 

 なのだが、ふと、リーニエは足を止める。

 天井を見上げてみると、玄関の上の開いた窓から月光が差し込んでいる。

 その月光が差し込む窓の外のすぐ傍に、ある物が設置されているのにリーニエは気付く。

 それは、全長がその窓にすっぽり嵌まるくらいの大きさの丸い鏡だった。その鏡が一人でに動き出し、反射した月光が礼拝堂の奥の真ん中に向かって動き出していたのだ。

 

 ────あの鏡、魔法で動いているのか。

 

 鏡に込められていた魔力を感じ取ったリーニエは、その鏡が反射する月光の行き先を観察する。すると、その行き先であろう場所から見覚えのある魔力の流れが見える。

 やがて、反射した月光がその場所を照らすと同時に。

 

 そこには、礼拝堂の女神像に祈りを捧げている僧侶の少女の姿があった。

 月光に照らされた金髪の美しき少女は、リーニエの視線にも気付かぬまま、首に下げた十字架を握りながら女神像に向けて膝を突いて祈りを捧げている。

 

「────あ」

 

 やがて、祈り終わったのか少女は己を照らす月光に気付いて見上げると同時に、自分を見ていたリーニエの視線にも気付く。先の雰囲気は何処へ行ったのやら、その声は少し間抜け気味だった。

 

「アハハハ、恥ずかしい所、見られちゃいましたね」

 

 手を頭の後ろにやりながら、照れくさそうに笑う僧侶の少女アンジュ。

 

「別に。貴方たち僧侶にそういう習性があるって事は知っている」

 

 伊達に、人間社会に対する斥候経験が豊富なだけはあるリーニエは僧侶たちが、女神に対して“信仰”という特別な思いを抱き、その思いを“祈り”という形で表していることを把握している。その信仰とやらがどういう物かを理解できるかは別にせよ、リーニエはアンジュのそういった僧侶らしい行為に疑問を持つことはなかった。

 

「それよりも、アレは何?」

 

 それよりもリーニエが興味を持ったのはアンジュの行為よりも、この月の反射光を礼拝堂の女神像の所まで運ぶ鏡の仕組みだった。

 

「あ、これはですね────」

 

 この修道院の事にリーニエが興味を持ってくれている事に気付いたアンジュは嬉しそうに笑いながら、この動く鏡について説明し始めた。

 

「今から何代も前の僧侶の方たちが、この女神像がより神聖なモノに見えるように、という事で、ちょっとした遊び心で作った鏡なんです。この時間帯になると、あの鏡が魔法で動いて、反射した月光を丁度この女神様の像に当てる仕組みになっているんです。

 元々修道院って修行中の僧侶の方たちが聖書の解読をしたり、自らの信仰を試す過酷な修行をする場で、必然娯楽が少ない場になりがちですから。

 こうして疲れ果てた心をせめて癒やしたいという願いを込めて作ったモノなんです」

 

「・・・・・・」

 

「人間って不思議な生き物でして、時には太陽のような明るい光よりも、こういった淡い光に安心感を覚える方も多いんです。それを女神像に当てることで自身の女神の信仰を確かめつつ、修行ですり減らした心も癒やす。効果は微々たるモノでしょうが、ないよりはマシって所ですね。

 私は、勿論大好きですけれど!」

 

 月光という淡い光を女神像に当てることで神聖さを昇華しつつ、疲れた心も癒やしたい。それがこの鏡が設置された主な理由らしい。

 

「・・・・・・もしくは」

 

 続けて、アンジュはこうも付け加える。

 

「こうする事で、まだ女神様は私達を見守って下さっていると、信じたいのかもしれません。修行したり、勉強したり、そういった自分達の頑張りを、先達たちは女神様に認めて貰いたかったのかも。

 私も、その気持ちは分かりますから。だから、こうして祈りを捧げているのです」

 

 首に下げた十字架を大事そうに両手で握りつつ、アンジュは俯きながらそう言った。

 

「・・・・・・貴女といい、あのモンクのエルフといい、女神を信仰する者はみんな同じことを言うんだね」

 

 かつて戦ったエルフの男を思い出したリーニエは、アンジュに対してそんな感想を抱いた。リーニエにとっては二度と戦いたくない相手の筆頭候補でもある。それもソリテール以上に。

 

「リーニエ様?」

「貴女も、あの男も、相変わらず貴方達は訳が分からない。祈った所で何にもならないっていうのに、それが分からない訳でもないだろうに、それでも貴女が祈り続ける理由は何?」

「それは・・・・・・」

 

 言い淀むアンジュ。

 祈るのは、決して純粋な信仰心から来る物ではなさそうだと、リーニエは理解できないなりに何となく感じ取っていた。

 その証拠に、先ほどの祈りを捧げていたアンジュの手は震えており、それに呼応して魔力も相応に乱れていたのをリーニエは見逃していなかった。

 

「・・・・・・もしかして、朝の噓と関係がある?」

「ッ!?」

 

 図星を突かれ、ハッとリーニエの方を見上げるアンジュ。

 やがて観念したのか、礼拝堂の長椅子に座り込む。

 

「私、本当は一人前の魔法使い達みたいに、ゾルトラークであの岩を打ち抜くことなんてできないんです」

 

 俯きながら、ポツポツとアンジュは事の経緯を説明し始める。

 まるで懺悔をするかのように。

 その懺悔を吐露する相手が女神や神父ではなく、魔族であるリーニエなのは皮肉と言わざるを得ないが。

 

「ゾルトラークが、使えない訳ではありません。それでも、リーニエ様の弓には遠く及ばない。それでも、この子供達を安心させるためには、私が強いと思わせるしか、ないんです」

 

 膝に置かれた手は震えている。

 そんなアンジュに対して、リーニエは何を思う様子もなく、ただ魔族らしい合理的な見方を語った。

 

「そもそもゾルトラークはあの距離から獲物を仕留めることなんて想定されてない。獲物を仕留めるだけなら態々あの距離から撃つ必要もない。私が長年ここの戦場を見てきた中でも、ゾルトラークを使う魔法使い達の中で貴女達の言う一人前とやらに及ぶ人間はほとんどいなかった。殺すことだけを念頭に置くなら、そもそもそこまで鍛え上げる必要なんてないんだよ」

 

 ゾルトラークの真の脅威はそもそもその威力や射程でもない。真に脅威なのはその術式の洗練された単純さ故に魔法使いの素質のある人間ならば誰でも簡単に習得できてしまう点にある。少しでも素養のある人間ならばソレを習得させるだけで、即席の兵士に仕立て上げることができるのが最大の強みだ。

 だからこそ、この南側諸国の延々と続く戦争の中でゾルトラークは猛威を振るった。

 『人を殺す魔法』が、いつの間にか『人が殺し合う魔法』として広まってしまったのだ。

 

「そんな事をするくらいなら、今届き得る距離の中でどれだけ威力と命中の精度を上げられるかを考えた方が効率的。

 貴女の心配や祈りは、見当違いなんだよ」

 

 魔族としては若輩ながらも、長年戦場に実質一人で身を置き続けたリーニエの言葉には、不思議とアンジュにとって説得力がある物だった。

 だがあくまでそれは戦場のプロだからこそ言えることであって、戦場のなんたるかを知らない子供たちにとって分かりやすい指標になりやしないのだ。

 少なくとも、人間達の間で一人前の魔法使いの指標とは何ぞとある程度定義されている以上、素人はそちらの見方を参考にするしかないのだから。

 

「それでも私は、リーニエ様が羨ましい。魔族と人間の間で隔絶した差がそもそもあるという事が分かっていても、貴女様の弓はどこまでも速く、遠く、そして洗練されていた」

「・・・・・・」

「ゾルトラークの台頭によって弓使いの戦士達が淘汰されていく中であっても、リーニエ様の弓は彼らの追随を許さない程だった。私に出来ないことが、全てできてしまうリーニエ様が、羨ましい」

 

 でもまあ、とアンジュは諦めたように笑いながら続けた。

 

「それについては、もう諦めてます。だってリーニエ様の弓、とても洗練されていて、綺麗でしたから。きっと、途方もない努力の末に身に付けたんだってことが分かって、私じゃ無理だなってさっぱり諦めが付きました」

「・・・・・・そう」

「最初は、林檎を勝手に的にしていた事に対する冷やかしで見ていたつもりなのに、いつの間にかリーニエ様の射形を見るの、好きになってしまいました」

 

 格好付かないですよね、と自嘲しながらアンジュは付け足す。

 

「子供達も、きっと珍しくて仕方なかったと思います。

 あの子達はみんな、ゾルトラークが飛び交う戦場に巻き込まれて、親を亡くしています。そんな中で、未だ弓を使ってそれらを凌駕してみせるリーニエ様が、かっこ良く見えたんだと思います」

 

 それはまるで、アンジュや子供達からすればまさしく時勢に囚われないヒーローに見えた事だろう。

 原始的な武器を持って最新鋭の武器を凌駕するリーニエの姿は、見事に子供達の心臓を打ち抜いてしまったに違いないとアンジュは思う。

 

「それでも・・・・・・やっぱり、自分が情けないなって。だから、女神さまが今でも私達を見守って下さっているのなら、少しは、見えない形で力を貸してくれるんじゃないかって」

 

 再び、アンジュは俯いて悲しげにそう言う。

 アンジュは普通の魔法使いとは異なる。僧侶と呼ばれる、女神の魔法を行使する者。呪いを解くことはできる、誰かの怪我を治癒することもできる。誰かを危機から守ることだってできる。

 それでも、その危機そのものを退けることは苦手であった。攻撃型の女神の魔法は苦手で、その中の一つである「女神の三槍」すら再現して行使してみせるリーニエを前にすればアンジュの僧侶としてのプライドは形無しだ。

 

 暫くアンジュの話を聞いていたリーニエは、おもむろに口を開いた。

 

「────なら、私と貴女の利害は一致している」

「・・・・・・え?」

 

 突然の、リーニエのそんな言葉に、アンジュは思わず呆然と顔を上げた。

 

「貴女たちを襲撃していたあの魔族たち。確かに人間の戦場であるこの南側諸国の地域は魔族が身を潜めるには打って付けだけど、それはあくまで個人の活動に限定すればの話。そんな地域で、通常あの数の魔族が徒党を組んで行動すれば、間違いなく人間達の目に留まる。そんな魔族達が態々徒党を組むという愚行を犯してまでここを襲撃した意味、貴女に分かる?」

「そ、それは・・・・・・」

 

 リーニエの質問の答えが分からず、アンジュは言い淀む。

 

魔族(私達)が人間の捕食以外で興味を持つ事柄といえば、魔法関連のモノ。となれば、ここを襲撃したのはここに集められた女神の魔法に関する書物か、もしくは僧侶との魔法対決を望んでいるかに限定される。

 ここの修道院の僧侶が貴女だけなのを考えると、当てはまるのはおそらく前者」

 

 考えたこともなかった、と言わんばかりに固まるアンジュに構うことなくリーニエは説明を続ける。

 

「とりわけ、この修道院を守る僧侶が貴女しかいないのなら、その成功率は他の修道院や教会よりも格段に高い。

 ────逆に考えれば、ここは魔族をおびき寄せるための格好の餌場でもある」

「え、餌場!?」

 

 自分が守る修道院を餌場呼ばわりされたことにアンジュは思わず叫ぶように反復してしまった。

 そんなアンジュを無視して、リーニエは手を前に掲げると、集中するように目を閉じた。

 

「────模倣(トレース)開始(オン)

 

 そして詠唱すると同時に、リーニエの手元から現れた黒い魔力が、一振りの剣の形を象った。

 リーニエはその剣を逆手に持ったまま床に突き刺し、アンジュにも見えるようにする。

 『ダッハの宝剣』────リーニエが最もよく模倣し愛用する武器の内の一つだ。

 それがあの時危うくリーニエが自分を殺しかけた時の剣でもあることを認識したアンジュはまじまじとその剣を見つめた。

 即席で作り出されたとは思えない、その剣に秘められた魔力をひしひしと感じながら。

 

「この剣のオリジナルは、北側諸国のダッハ領を治める伯爵家に伝わる宝剣。けれども、何代かに渡って魔族の手によって度々盗まれている。一時期私が従っていた魔族の男も、この剣に目が眩んで盗みを敢行していた」

 

 この剣の説明をするリーニエだったが、いまいち説明の意図がアンジュには掴めないでいた。

 

「魔王軍にいた頃も、この贋作に目が眩んで寄ってくる同族が何匹もいた。それを利用して、誘い出して狩る方法も何回かやった」

「は? え? えぇ・・・・・・?」

 

 更に、平然と突然明かされた真実にアンジュの脳はいよいよ追いつかなくなった。

 魔王軍に所属していたのはまあいいとしても、同族の目を眩ませるぐらいにはオリジナルと遜色ない贋作を作り上げるリーニエの魔法に対しても、ソレを利用して同族を狩っていたことに対しても、アンジュは理解が追いつかなかった。

 

「人間が硬貨や金目の物に対して目がないように、魔族(私達)にも物に対して何かしらの価値を見いだしてソレを欲する習性が存在する。この剣のオリジナルも、元は名だたる魔族が振るっていたモノらしいから、その力に肖ろうとしたんだろうね」

 

 例えば人間なども、王族や貴族などはその権力の象徴として豪華な装飾をその身につけて自身を高く見せ付ける。ソレを欲する欲は、魔族の中にも同様に存在する。

 

「その習性を考えれば、またいつ襲撃が来てもおかしくない」

「そ、そんな、それじゃあ・・・・・・!!」

 

 リーニエの言葉に、アンジュは胸中は不安に駆られる。

 だが、次の一言がその不安を打ち砕いた。

 

「だからこそ、魔族を狩りたい私と、ここを守りたい貴女の利害は一致する」

 

 撒き餌を利用して魔族を狩る経験も、リーニエは豊富だった。

 そんなリーニエの宣言が、アンジュにとってどれだけ頼もしい物に見えたか。少なくともリーニエはそれに無自覚であった。

 

 言ったきり、リーニエはアンジュから背を向け、出口へと去って行く。

 

 

「・・・・・・あ、リーニエ様・・・・・・!!」

 

 

 ハッと正気に戻ったアンジュは慌ててリーニエの後を追って走り出す。

 辿り着いたのは、リーニエがいつもの鍛錬をしている、向こうの1番岩が見える崖の上。

 そこでいつものようにリーニエは立ち、アンジュがいつも見惚れていた射形で構えながら、弓の鍛錬をしていた。

 いつの間にか魔力で模倣した矢を生成し、同じく模倣した白い洋弓に番え、的に向かって射っていた。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

 その後ろ姿を見ていたアンジュは、ゆっくりと先のリーニエの発言を思い返す。

 魔王軍に所属していた。

 所属していながら、同族を狩り続けていたこと。

 そして、幼い頃、自分が聞いた林檎農園の魔族の、昔話。

 

 

 

(もし、リーニエ様が、あの林檎農園の、魔族なのだとしたら・・・・・・リーニエ様、貴女は・・・・・・)

 

 

 

 魔王軍に所属していながら、同族を狩り続けていたという事は、リーニエにとっては常に周りに味方なんていなかった事になる。

 なぜ同族を狩り続けるのか、アンジュには分からない。

 だがもしその理由が、あの昔話の林檎農園にあるのだとしたら。

 

 

 

 彼女は、村が焼かれてからずっと、それも百年以上もの間、一人孤独な戦いを続けていた事になる。

 

 

 

 それでも尚彼女は、言ってくれたのだ。たとえ利害の一致による関係なのだとしても、遠回しだが確かに言ってくれた。

 

 

 

 ────ここを、自分と一緒に守ってくれると。

 

 

 

「リーニエ、様・・・・・・」

 

 胸が苦しくなる。

 嬉しい筈なのに、それ以上に、孤独な戦いを続けざるを得なかった彼女のことを思うと、動悸と涙が抑えられなくなってしまう。

 

 ────願わくば、ここが貴女様の、第二の安らぎの地となりますように。

 

 その願いが、叶うことはない。

 




最後には殺すなんて思いながらも、無意識に守る宣言をしてしまっている転生リーニエちゃんであった。
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