ダンジョン飯。

それは食うか食われるか。
そこには上も下もなく。
異郷の地、ハイラルにおいてすらも。
ただひたすらに、食は生の特権であった。

ハイラル飯。
ああ ハイラル飯。

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ハイラル飯

 

 パーティの中で最初に違和を感じ取ったのは、優れた感覚器に定評があるハーフフットことチルチャック・ティムズだった。

 

 とある島のとある村で発見された、地の底へと届かんばかりの深みを有する大迷宮。

 狂気に呑まれた魔術師が生み出したとされる、古に滅びた黄金の王国の成れの果て。

 

 広大といえども、既に探索され尽くしたそれは、いくつかの階層に区分がされており。

 そのうちの第四層──魔力を含んだ地下水を湛える湖と、それに沈む廃墟となって久しい城下町が特徴だ──を、進んでいる最中だった。

 

 水上を進む一行を包み込むように発生した、生暖かくぬめりとした濃霧。何かしらの魔物による幻術か、はたまた悪意ある同業者の魔術によるものか。

 

 常ならば敵の奇襲に備えるため、その場に留まるという選択を採る。

 しかしとある事情で一刻も無駄にすることのできない彼らは、これまでの経験・勘・そして己の腹持ち具合に相談し──その結果、水上に波紋を走らせながら歩みを進めていた。

 

 ダンジョンという閉ざされた空間が生み出す独特な閉塞感が晴れつつあった。

 妙な霧が含む水分の湿り気は乾き始め、その体感温度は冷め続ける。そして何より、濃霧の先には薄ボンヤリと山のような輪郭が浮かびつつあった。

 やがて霧が晴れ、降り注ぐ太陽光がその存在を堂々と主張するようになったころ。

 一行の中に、状況に疑問を抱いていない者は一人としていなかった。

 

 呆然とする四人の視野に広がったのは、暗い地底の迷宮には似つかわしくない大自然であった。

 頭上に広がる、どこまでも遠く、そして懐かしくもどこか異質な青い空。

 水が張っていることに変わりはないが、湖というよりも湿原という表現が適切である深さの足元。

 遠目には青々とした山々がそびえ立っており、大自然特有の雄大な力強さを醸し出していた。

 

「いやどこ」

 

 魔術師にしてエルフであるマルシル・ドナトーの呟きに、パーティメンバーの誰もが心から同意した。

 

 危険極まる迷宮の探索者として、彼らの一人一人が上流に入ることは紛れもない事実である。

 知識も経験もセンスも、そんじょそこらの同業者とは一線を画していると言ってもいい。

 しかしいくら彼らであっても、ダンジョンを歩いていたらいつの間にか日に当たっていました、というのは初体験である。

 

「未探索の区域を発見した……なんてことはないよね。いくらなんでも、四層の一区画が青空と湿原なんて」

 

「まさか転移術でも食らったのか? ファリンのとは随分違う感じだが……マルシル、そこんとこどうだ」

 

「や、こんな術は少なくとも私、見たことないよ。こういう転移ってだいたい直後は失神するものだけど、私たちこの通りピンピンしてるし」

 

 幻術……にしては、いくらなんでも高度すぎる。現実としか思えない。そもそも何のために? 攪乱を狙って? にしては力入りすぎじゃない? 

 

 眉間にしわを寄せぶつぶつとつぶやき始めたマルシルを横目に、パーティのリーダーでありトールマンであるライオス・トーデンは考えに耽っていた。

 明らかな異常事態。あの時無理に進んだのがまずかったか。マルシル曰く転移術という線はなさそうだから、今のところ幻術が最有力? 背後を見ても帰り道があるわけじゃない──あ、トンボ──夢を見ている? 

 

 試しに頬をつねる。

 うん、痛い。

 

「──とりあえず、進んでみよう」

 

 ライオスの決定に、チルチャックは怪訝そうに眉をひそめた。

 マルシルは話半分で聞いていたため、数舜経ってようやくその裏表もない意図を理解した。

 魔物食のプロフェッショナルにしてドワーフであるセンシは、地中から水面を抜けて直立して生えている、黄色の瑞々しい立派な蓮をしげしげと眺めていた。

 

「ここがどこで、今がどういう状況なのかを考えていても仕方がない。とにかく進んで、情報を集めよう。向こうに橋が見えた。橋があるってことは、そこを通る人がいる。話ぐらいは聞けるはずだ」

 

「……」

 

 チルチャックはライオスの提案に対し、いささか軽率すぎやしないか? との感想を抱いた。

 しかし彼らを取り囲む現状のあまりのわけのわからなさに、考えることが一層めんどくさくなり──無言で、肯定の意を示した。

 他のメンバーも、おおむね同じであった。

 

「決まりだ、進もう。ここで立ち止まってるよりは、まだマシなはずだ」

 

 ライオスはそう言うと、腰に差した剣を揺らしながら、遠目にある木造の橋らしき建造物へと方向を定めた。

 パーティメンバーの中では最年少でありながらも、現状を正しく認識し、どうするべきかを定め、みんなを引っ張ることのできるリーダーシップ。

 要素だけに注目すれば、彼はまごうことなき統率者の器である。

 

 しかしこの旅を通してチルチャック及びマルシルは、ライオスという人物がどちらかというと落伍者寄りの人間であることに気が付いた。

 彼の興味の対象が魔物>>>人間であることを理解した。

 彼の、ずっと魔物を食べてみたかったという願いに戦慄した。

 

 チルチャックは目を細めて、ずんずんと進む彼の挙動に目を凝らす。

 得体の知れない黄色のハスの花托を雑のうに入れているセンシのことは無視する。

 歩幅……いつもより、少し長い。

 スピード……いつもより、少し速い。

 姿勢……いつもより、背筋が伸びている。

 腕の振り……いつもより、エネルギッシュ。

 表情……見えないが、なんとなく想像がつく。

 

 誰がどう見ても、明らかに浮かれていた。

 

 ──もしかしたら、未知の魔物が見られるかもしれない。

 

 ──とか思ってんだろうなぁ。

 

 チルチャックは、どこか嬉し気に肩を揺らしているライオスの背中を見つめ。

 ダンジョンの底の底にもたどり着けそうなほどの、深い深いため息をついた。

 

 

 

 水上歩行の効果が切れたころ、一行は湿原に浮かぶ数々の孤島を結んでいる、丸太の浮き橋に踏み跡を付けていた。

 ブーツでなく草履を履いていたマルシルは、足を水に晒さずに済んだことを心の中で喜んだ。

 

「集落跡か……水害でもあったのかな」

 

「こんな水浸しのとこだしな。どうなってもおかしくねぇよ」

 

 群島の中でもひときわ大きな島には、滅びてから久しいであろう村の残骸が見受けられた。

 無事と言える家屋は一つとしてなく、そのすべてが倒壊し、名残すらもコケや草木に覆われかけている。

 

「うーん、洪水とかじゃないと思うよ」

 

「そうなのか?」

 

「これ見て」

 

 マルシルは一本の、炭化した木材を差し出した。どうやらそこらの家屋から引っ張り出したものらしい。

 

「焼けてる……ってこたぁ、火事か?」

 

「たぶんそう。こんな湿度の高い場所で起こるかはわからないけど、少なくとも洪水じゃないと思うよ。でも……」

 

「でも?」

 

「この焼け方とか、家の崩れ方とか、なんか変なのよね。まるで」

 

 外から巨大な熱線で、家ごと薙ぎ払ったみたい。

 

「……」

「……」

「……」

 

 マルシルの言葉に、チルチャックは言い知れぬ不安を覚えた。

 ライオスは口腔より強力な光線を吹く魔物の姿を幻視し、戦慄とともに少しばかりの興奮を覚えた。

 センシは先ほど採取したハスの花托から身を取り出し、どう調理するかを考えていた。

 

「とりあえず、橋まで進もう。生きた人間にさえ出会えれば、なにか分かるは──ん?」

 

 ず、と言いかけたライオスの口は、彼の腰に差されている、カタカタと生き物のように揺れている剣によってつぐまれた。

 有翼の獅子が柄に象られたそれは、一見すると高貴な生まれの騎士が携える、優美さと実用性を兼ねそろえたロングソードだ。

 しかし実際のところは『外殻を剣のように擬態させた軟体生物の集合体』であり、ひそかにライオスによって飼われている、れっきとした魔物であった。

 

 ハーフフットに伝わる物語に、このようなものがある。

 いわくその剣は、トールマンやエルフにとってはただの短剣に過ぎなかった。

 されどその真価は、刃渡りや重量とは別にある。

 それはオークが近くにいると刀身を青白く光らせ、所有者に対し警告する力を持っていたという。

 

 ケン助──ライオスが剣に与えた愛称──も、似たような能力を持っていた。

 ライオス自身では察知できない、例えるなら宝虫のような擬態する魔物の気配を感じ取ることができるのだ。

 

 それが震えて、威嚇している──いや、怯えている? 

 

 ライオスはジャッ、とケン助を抜刀し、未知なる魔物の襲撃に備えた。

 

「うわっ」

 

「どうしたんだよライオス」

 

「気を付けろ! なんか来る!」 

 

「……デジャブだな」

 

「うん」

 

「周囲を警戒して! どこから来るか──!?」

 

 通算二回目の、ライオスの人間離れした勘に呆れ顔なマルシルとチルチャック。その後ろを見たライオスは、思わず息を呑んだ。

 岩が動いている。質感、色彩といい、そこら中に露出する岩肌となんら遜色ない。苔まで生えている。細かな傷跡まで! 

 ただ一つ、その輪郭だけが妙だった。テクスチャーで分かりづらいが、頭・胴・手足を持つ人型。

 地面を這うような姿勢をしており、長い尻尾も見受けられる。頭はかなり大きく、角のような突起が生えていた。

 

 最後尾のマルシルに向け、()()は大きな口を開く。

 開帳され露わになった内部は岩そのものの外部と異なり、有機的で生物的だ。

 頬はない。黄色い先端を持つ棒状の舌のようなものが、真っ赤な口の中でひときわ異彩を放っている。狙いは明らかである。

 

「ッ!!」

 

「うぇ。なに……ってギャア!!」

 

 淑女には似つかわしくない絶叫を上げるマルシルをよそに、体内に剣を投擲された魔物は地をのたうち回ると、一度だけびくりと痙攣し、そのまま動かなくなった。

 変化は、即座に現れた。

 長い年月を経てきたかのような岩肌は消え失せ、その下からは緑色の鱗が現れたのだ。

 いや、皮膚の層といった関係ではない。

 この魔物は正しくカメレオンのように、表皮を周囲の景色に溶け込むように変化させ、岩に擬態していたのだ。

 

 収縮していた舌を切り裂き、咽頭に突き刺さったケン助を引き抜きながら、ライオスは絶命した魔物をあちこちからためすがめつ。

 その体は細長く、しなやかな筋肉に覆われていた。

 頭部はトカゲのように尖っており、額からは一本の角が生えている。

 眼球はギョロリとしており、大きな頭の中でもひときわ巨大な存在感だ。

 体は殆どが鮮やかな緑色の鱗で覆われているが、背や頭部・肩などは金属鎧──それとも、そう見える外殻? ──で守られている。 

 長い尾は、著大な頭とのバランスをとるためだろうか。

 

「カメレオンに似ておるのう」

 

「ああ、周囲に擬態するところまでそっくりだ。体の作りは……やっぱり爬虫類かな」

 

「いや……驚いたわい、どちらかといえば両生類に近いな。おそらく、水中での活動も可能だろう。鱗が生えているというのに奇妙なものよ」

 

「肘からトゲが生えてる。肘うちとかの格闘戦もできるのかな。それにこれは剣……いやブーメランかな。粗削りだけど、鋳造技術もあるのか。だとすればこれは鎧か」 

 

「とりあえず内臓を取り除こう。ライオス、手を貸してくれ」

 

「待って待って待って待って」

 

 魔物の腹に当てられた包丁を、マルシルの必死で悲痛な呼び声が制止した。

 

「始めに言ったよね! 亜人系は論外! そろそろ曖昧にできるとでも思ったァ!?」

 

「しかし分類学的には、トカゲや蛇に近い方だ。ほ乳類からは結構遠くの系統だと思うんだが……」

 

「鎧着て武器持って二足で歩く時点で倫理的に無理!!!!」

 

 ぎゃあぎゃあぎゃあと喚くマルシルを、論理的に諭そうとするライオス。

 ここでマルシルの気持ちを察することができないのが、ライオスがライオスたる所以である。

 

「……お前ら、騒いでる暇ないみたいだぜ」

 

 チルチャックの冷静な冷や水に、彼ら全員が口をつぐんだ。

 開きにされかけている魔物を放り、彼が見ている方を見やる。

 

 数にして5体。すべてが倒した魔物の同族で、体色が青紫の個体が一匹だけ見受けられた。

 

 ゲッゲッゲッと青紫が鳴くと、緑たちが一斉に、地を這うような低い姿勢でこちらに駆けだした。

 剣と盾を持つ個体もいれば、槍を構える個体もいる。

 その爆発的な速度は、数々の経験を積んできたライオスたちも面食らうほどだった。

 

「みんな気を付けて! ここが迷宮かどうかも分からない以上、蘇生の成功は期待できない! 細心の注意を!」

 

 引き抜かれたケン助と、粗製のブーメランが鈍い音を立てて激突する。

 

 ライオスパーティにとっては、未知の地においての、初めての総力戦であった。

 

 

 

 

 

 倒れ伏した青紫の鱗を、突き立てられたケン助の切っ先が貫いた。

 ライオスはそのまま持ち手を捻り、虫の息の魔物に止めを刺した。

 魔物はゲッと一声だけ鳴き、その短いかも長いかも知れない生を終えた。

 

「ぜー、ぜー……そ、そいつで最後?」

 

「その、はずっ!」

 

 青紫の個体からケン助を引き抜き、肩で息をしながら周囲に目をやる。

 幸いにして、怪我人は一人もでていなかった。

 強敵であった。すさまじい速度でこちらを撹乱したかと思えば、いつの間にか懐に潜り込んでいる。

 武器の扱いは俊敏かつ変則的で、流れを読ませない奇抜な動きが多かった。

 武器以外に、尾や舌での攻撃も見受けられた。彼らは全身が危険部位と言ってもいいだろう。

 

 特に驚かされたのが『水鉄砲』だ。

 彼らは体内で加圧された水を、水鉄砲のように放つことができるのだ。

 しかしこの手段は水分を大きく失うためか、多用する様子は見せなかった。

 切り札として扱われているのだろうか。

 

「青紫は緑と比べて全体的に強かったな。上位個体だろうか」

 

「指示を出していたようにも見えた。あの一群のリーダーだったのだろう」

 

「ある程度統率をとることができて、金属を扱う知恵もある……リザードマンに近いかな」

 

「このブーメラン二又だ。盾も緑のより分厚い」

 

「卵生かな。もしかしたら、近くに巣があるかも」

 

 やいのやいのと不穏な会話を続けるセンシとライオスに、マルシルは何か言おうとした。

 が、蘇生が効くかもわからない手前、必要以上に体を動かしまくったことがたたり。

 息も絶え絶えに、近くの苔むした、()()()()()()()()の走る物体の出っ張りに腰かけた。

 

「はい。落ち着いて飲めよ」

 

「あ゛、あ゛りがとうチルチャック……」

 

 チルチャックに手渡された水筒を、マルシルは勢い良く一気飲みした。案の定、むせた。

 

「うべっ、え゛ほ、え゛ほ」

 

「ああほら言わんこっちゃない……にしても、ここはいったいどこなんだろうな。あんな魔物見たことない。ライオスですら、そうだってよ」

 

「げっほ、ほ……まだ、はっきりとした確証は持てないけど」

 

 マルシルはひとしきりむせた後、空を仰ぎ見た。

 太陽光の散乱によって青々と染められた空は、地の底の迷宮に潜っていれば自然と恋焦がれるようになるものである。

 しかし己の瞳に移るソレが見慣れたものとは異なることを、マルシルはなんとなく感じ取っていた。

 

「たぶんここは別世界──私たちがいたとことは、別の次元なんだと思う」

 

「……いちおう聞くが、それって魔法を使えば可能なのか?」

 

「不可能じゃない。もともとあの迷宮は、力を引き出すために『無限』が存在する異次元とあちらこちらで繋がってた。その経路の一つに運悪く巻き込まれた……ってのが妥当かも」

 

「場所どころか世界自体が違うってわけか」

 

「戻る方法は……これと言い切れるものはないけど……有力なのは、できるだけ飛ばされたときと条件を揃えるとかかな。たとえば、こういう水浸しのところで待つとか。さすがに気温とか、湿度までそろえる必要はないと思うけど──あっ、あと」

 

「なに?」

 

「ほらっあのクラーケン! あの個体はいつもより何倍も大きい特殊な個体だった。なら、ため込んでた魔力も相当なものだったはず。たぶんあの一帯、死んだクラーケンの魔力が影響して、一時的に魔力が濃くなってたんだ。そのせいで異次元とのゲートが乱れて、私たちもそれに巻き込まれた……ってことだと思う。たぶん」

 

「……よーするに。またクラーケン並のドでかい魔物を狩って、食わなきゃならんってことか」

 

「べつに食べる必要はないと思うけど……まぁ、でも食べた方が条件はそろうかな」

 

「それ、ライオスたちにどう伝える」

 

 マルシルはハッとして、未だにやんややんやと議論し続けているセンシたち──特にライオスを見やった。

 

 魔物があまりにも好きすぎて、そのうち味も知りたくなった男。

 マルシルの制止がなければ、おそらく亜人系の魔物も躊躇なく口に放り込んだであろう男。

 たぶんいつか食中毒とかで野垂れ死ぬであろう男。

 そんな男に魔物食いの大義名分を与えるのは……いささか良くない方向にことが運ばれることになる。

 マルシルはそう確信した。というか単純に癪だった。

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁ」」

 

 ただでさえ一刻を争う旅だというのに、他世界に飛ばされるという厄介極まる状況。

 あまりに面倒ごとが多すぎて、二人は背を文様に預けながらズルズルと地に尻を着き。

 何度目かもわからない、深い深いため息をついた。

 

 

 

 内部から伝わる鈍い振動。

 カチリ、カチリと小さな音が響き渡り、苔むした装甲の隙間から埃が落ち始める。

 まるで長い眠りから覚める、巨人の伸びのように。

 周囲の砂埃が完全に払われ、分かたれた胴体部がそれぞれ回転し始める。

 土が飛び散り、触手のようなものが地中より顕れた。

 土でひどく汚れてはいるものの、それが滑らかな曲線と鋭いエッジを持っており、またその先端には三本の鍵爪のようなものが取り付けられていることにマルシルは気づいた。

 6本にも及ぶそれらは、すべて胴体の中心部に接合されている。

 

 チルチャックが警告するまでもなく、マルシルでさえ何が起きているか理解できた。

 己が腰掛けとして利用していたものは、少なくとも腰掛けなどではなかったのだ。

 

 文様に沿って、赤い光が走り出す。

 禍々しい怨念の感じられる、血のような赤。

 やがてすべての溝に光が刻まれ──鈍く重い音と共に、頭部の一つ目に青白い光が灯された。

 

 

 

「ギャーッ!!!!!!」

 

 赤い線の照準の元、蓄積されるエネルギー。

 やがて限界まで達すると、またたきほどの無音が訪れ──瞬間、目もくらむような光ともに、すべてを焼き払う熱線が一つ目より放たれた。

 

「ぬおぉっ」

「あぁ掠った!」

「センシの髭が燃えてるーっ!」

「みんな下がって! 一気に吹っ飛ばす!!」

 

 アンブロシアに魔力が回され、眼前の一つ目へと導線が繋がれる。

 魔法の類には疎いチルチャックにもわかるほどの濃密な魔力。

 しかし一つ目は動じず、機械のように淡々と、次なる照準をマルシルに向けていた。

 狙いを確実なものとするためか、六本足を地に根差し、動きを止めた一つ目。

 こちらを侮っての行為かはわからないが、マルシルはこれ幸いと、呪文を詠唱した。

 

 閃光と、爆炎。衝撃が一帯の空気を押し、空気圧が低下する。

 自然の平衡を保とうとする力が、退かれた空気を押し戻す。

 爆発自体の衝撃に加え、圧力の急激な変化。並みの生き物は死に至る。

 特に今回の爆発は、一撃でケリをつけんとするマルシル渾身の爆術だった。

 

 煙が上がり、土ぼこりが舞い上がる。

 悪化した視界の中で、一つ目の、壺をひっくり返したようなシルエットが浮かび上がった。

 誰も何も言わない。こういうときは、余計なことを言うべきではない。

 

 やがて、完全に晴れた視界で。やはりとマルシルは、諦観に近い感情を抱いた。

 

 爆発魔法の爆発は、一つ目の装甲を少し煤けさせ、植えついた苔を吹き飛ばしただけに終わっていた。

 いや、文様の光が微かに点滅している様子からすると、表面以上に内部にダメージが入っているのかもしれない。

 しかし決定打足りえていないのは明らかで、マルシルには同威力の爆発を再度与える自信はなかった。

 

 一つ目は幾たびか文様を点滅させた後、再び照準を一行に合わせた。

 

 地味に眩しい赤い照準から眼球を手で覆い隠しながら、ライオスの脳は一つ目の考察を続けていた。

 マルシルの本気の爆発を耐える異常な耐久力──鋼鉄以上の外殻を纏っている? ──動く鎧と同類の魔物? ──しかし中から聞こえる、あの無機的な駆動音は何だろう──似たようなものを、6層辺りで見たような気がする──古代ドワーフが築き上げた機械文明の産物? ──もしそうならば、あれは生き物ではなく、機械。

 

 なんだ、食べられないのか。

 それは、とても残念だ。

 

 ──ってそんなこと! 

 

 相手は生物ではなく機械。ならば動力源があるはず。

 ゴーレムと似たようなものだろうか? とにかく、なにか攻撃──電撃かなにか──くそ間に合わない! 

 

 光が収束し、束ねられる。マルシルやチルチャックがなにか言っているが、聞こえない。

 

 こんなわけのわからないところで、機械に焼き尽くされて死ぬ。

 

 ──あのトカゲみたいな魔物、食べてみたかった。

 

 ごめん、ファリン。

 

 ──

 

 ──

 

 ──

 

 突然、一つ目の単眼に爆発が走った。マルシルの魔法かと思ったが、発動させたそぶりはない。

 

 馬の駆蹄音が響き渡り、さらなる爆発が一つ目を襲った。

 その爆発が着火された爆弾の括りつけられた矢によるものだということを、ライオスはどこかぼんやりとしながらも理解した。

 

 馬とその乗り主は、ライオスたちの背後から表れた。

 かなりの速度で馬を操る騎手の動きは淀みなく、相当の技量の持ち主であることを伺わせた──その顔を、除いて。

 

「は」

 

 着ぐるみであった。正確には、頭だけ。

 ライオスはそれに見覚えがあった。先ほど仕留めた、カメレオンのような魔物である。

 

 魔物のマスクを被った何を考えているかわからない騎手は、さらに続けてその手に構える鋼鉄製の弓から数発の爆弾矢を放った。

 矢はすべて寸分の狂いもなく一つ目の瞳に吸い込まれ、一つ目はたまらず光を点滅させ怯む。

 好機と見た騎手は、弓とともに馬を踏み台にして、宙へ高く飛び上がる。

 馬が一声大きくいななく。騎手は未だ混乱している一つ目に向け、一本の矢を宙で向けた。

 

 一つ目の文様と似た意匠を持つ矢先。鈍い音を立て、丸みを帯びた先端が展開した。

 続いて一つ目の光と同質と思える、青白い刃が鏃となって現れた。

 騎手は空中にありながらも──ふざけたマスクを着けながらも──狙いを狂わせることはなく。 

 まるで時でも止まったかのように、一つ目の眼球を青白い光で射抜いた。

 

 単眼を破壊された一つ目は震え、ひとしきり痙攣した後。

 内部から暴走したエネルギーの奔流とともに、すみやかに爆発四散した。

 あたり一面に飛び散るネジや、歯車といった無機的な部品の数々。

 やはり魔物ではなかったかと確証を得たライオスの前に、見事一つ目を仕留めた騎手が降り立った。

 

 弓を背にかけ、騎手がマスクに手をかける。

 マスクが外される過程でライオスは、その目穴が魔物の首元に相当する部位に開けられていることを認識した。

 騎手の素顔が、露になる。

 

 野生的でありながらも整えられた金色の髪型に、深い森の静けさを思わせる青い瞳。

 目鼻立ちは非常に整っており、少年のようなあどけなさと、青年の精悍さが同在していた。 

 背丈はライオスに及ばないが、その一方で妙に老練したような雰囲気を、ライオスはなけなしの対人眼で辛うじて感じ取った。

 

 ライオスは騎手に向けて、口を開いた。

 

「助けてくれて、どうもありがとう。それはそうとしてなんだけど──」

 

 ──それはどこで売っているんだ? 教えてくれると助かるんだが──

 

 マルシルとチルチャックの怒声が、ほとんど同時にライオスを襲った。

 

 

 

 

 

 




(飯食ってないな…)
続かない

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