魔法科高校厭人録   作:ヴェルバーン

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≪ 1 ≫

 

 

 

 

 

 完璧な人間なんて存在しない。

 

 

 

 人は誰しも欠落しているし、欠陥を持っている。

 

 1度目の人生で自己の形成が済んでいた私には、今生の2度目の人生に於いてもその欠点を引き継いでいた。

 

 

 対人関係、コミュニケーション。

 

 

 

 人との関わりは好き〝だった〟。

 

 

 その人がどういったことを考えているか、思っているか、感じているか。

 言葉で、表情で、目線で、仕草で、相対している時の生の感触でその為人(ひととなり)を理解する。

 

 その人の思想や考え方、言葉遣いや所作から分かるその人の背景、知識と教養、思い。

 それらを知ると自分の認識や世界が広がっていく様に感じて得も言われぬ心地よさや満足感を感じられる。

 

 その時々で相手がどんな思いを抱いたかを共有し、私だったらこう思うと、共感したり、真反対なものを抱いて驚愕したり。

 

 そういった意思の疎通を図るのは今でも好きだ。

 

 しかし故意にせよ偶然にせよ、対面で意思の疎通を取ると必然的にこちらのことも理解されてしまう。

 

 反射的にそうされまいと私は本心を隠すし、相手だって知られたくないことや重要なことは隠したり、誤魔化したり、悟られないようにするだろう。

 

 私は1度目の人生で幼心(おさなごころ)に相手のそういった知られまいとする上辺の対応でも、何となく踏み込んでほしくないラインというものをかなり詳しく理解できてしまっていた。

 

 勿論、私にだって隠したいことや触れてほしくない部分だってあるため、とやかくいうことなんてしないし、それが世間一般の人との関わりで当たり前だと思っている。

 

 知って、触れて、暴いて、傷つけたくないし、知られて、触れられて、暴かれて、傷つけられたくもない。

 弱い、脆い、醜い、汚い、恥ずかしい自分を知られたくもないし、相手だってそういった部分は知られたくないだろう。

 

 

 1度目の人生の物心ついた幼少期から成人して大人になるまで。

 そうしたことをはっきりと言語化できなかったその間に沢山傷ついて、傷つけて、30代前半になってようやくはっきりと自覚した。

 

 

━━━私は対人関係に畏怖のような畏れや憧れを感じながらも、恐怖のような衝動を抱き、コミュニケーションが嫌いではないが苦手で、かつ不得手であることを━━━

 

 私の〝好き〟と〝得意〟は両立せず、詰まるところ「下手の横好き」だったということを。

 

 

 そのことを1度目の人生で自覚した時、私は単なる雑談でも本心を語る内容でも、接する期間が浅い人を好み、対人に於いては初めから上辺だけの関係を望んだ。

 

 何故なら傷つけたくないし、傷つきたくもないから。

 

 接する期間が浅ければ、それほど相互の理解は進んでいない。なのでお互い相手に対する思い込みや先入観が少なく、理解したつもりになることも少ない。

 現実にこの人はこんなことを言わないだろう、しないだろうという思い込みに裏切られても、裏切っても、傷つく度合いは小さく、少なく済むはずだ。

 

 初めから上辺だけの関係だと弁えておけば、隠し、誤魔化して、悟られないように、自分の中に踏み込ませない線を引いておけばいい。

 それを越えさせないように、相手の中にも踏み込まないように注意しておけば自分は傷つかないし、相手も傷つけない。

 

 私自身、いっそ見事に臆病すぎるコミュニケーション方法だとは思うが、実はこれでもまだ足りない。

 

 これは私の対人関係の苦肉の“対処”方法であって、相手が取る対人関係の“対応”方法ではないからだ。

 

 

 私が一歩どころか三歩も五歩も引いたこの対処方法を取っても、踏み込んでくる者は必ずいた。

 これまでそういった人たちは殆どが無自覚に私に善意を持っていたり、好意的な人たちだったり、友人以上の関係を望んでくる異性もいた。

 

 私に悪感情を抱いている人に対しては悪意を向けることに然程戸惑いは抱かなかったが、善性を押し出してこられると少し困る。

 

 思ってくれて、案じてくれて、心配してくれて、好いてくれて。

 そうした相手に踏み込まれて拒絶すると“傷つけてしまうのではないか”と思ってしまう。

 

 

 傷つけるのも、傷つけられるのも怖いと他者の『善意や好意』すらも恐怖の対象になるのだ。

 

 

 〝押し付けた善意は悪意と何ら変わりがない〟と思えれば少しは違ったのだろうが、こんな私に善意や好意的に接してくれるのだと数パーセントでも喜び、嬉しいと感じてしまった時点でそうは思えなくなった。

 

 

 そうした好意的な人たちへの“対処”方法を今生においても未だ確立できていない私はどうしようもなく愚かな存在だと思っている。

 

 これまで、そういった善意を向けてくれた相手をなんとか躱し、誤魔化して、傷つけないように、自分の傷を最小限にしたいと立ち回って振る舞って……。

 

 

 そうしたその場しのぎの対処を取っていたために、本当に、とてつもなく、どうしようもなく疲れてしまった。

 

 

 私がもう少し鈍感で、

 無遠慮で、

 傷つけ合うのを恐れない精神性を持っていて、

 無情で非情な人間だったら、

 こんなことを悩まないのだろうか、と時折詮無いことを考えたりもする。

 

 

 人との触れ合いを求めていても、人との会話を好ましく思っていても。

 それでも、どうしても、どうしようもなく人との関わりが苦手で、結局は疲れ、忌み、恐れ、拒絶してしまう。

 

 

 

 人は好きだが、同時に、人を畏れ拒む。

 

 

 なら、初めから関わらない方が楽だ。

 

 だから、選んだ。

 

 人を好くことも、好かれることもない生き方を。

 

 そう結論付けて2度目の人生を生きている。

 

 

 

 そしてその不可思議な2度目の人生を生きている間も、ずっと考えている。

 

 人を嫌えればこうした思いを味合わずに済むのだろうか?

 

 そもそも、人を嫌いになれるのだろうか?

 

 いつかそんな日が来るのか?

 

 

 人を恐れなくなれば。

 

 そんな日が、……来るのだろうか?

 

 

 今、来るはずがないと確信している私の認識が、いつの日か「間違っていた」と正す日はきっと来ないと思っている。

 

 

 

 だってこんなにも明確に、

 

 私に好意を持って、好意を伝えてくれている彼女たちを、

 

 私は途轍もなく恐ろしいと感じてしまっているのだから。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その名状しがたい(おぞ)ましい絵柄が刻まれた銘板(タブレット)を見た瞬間。

 

 男は幾重にも張り巡らしていた精神防御の術式が軋みを上げていく幻聴を耳にした。

 

 

 

 

 

 

 男は転生したTYPE-MOON世界で、千年を越える魔術師の家系に生まれた。

 転生した際に与えられた特典(チート)がふと露見し、目を付けられて学長直系の親族直々の勧誘で伝承科(ブリシサン)に所属。

 

 これまで4度の地球外及び現行の人類史外の〝超遺物〟の発見や調査、移送などを行ってきた。

 世界各地のそれと思わしき情報源からの調査まで含めれば20は越える。

 

 

 創作の世界に転生して浮かれていなかったとは言わない。

 恐ろしく思いながらも憧れていた世界だったのだ。魔術だって扱えて、しかも才能もあったので興奮しなかったと云えば嘘になる。

 

 

 それでも、だからこそ男は気を抜いたことは一度たりともなかった。

 

 

 伏魔殿のような魔術協会の一つ、『時計塔』で生き抜く日々。

 魔術師の家系に生まれ、魔術師として生きてきた34年。

 魔術の重み、意味、歴史。

 与えられた特典の影響力、重大さ、恐怖。

 伝承科で取り扱う超遺物の底のない、桁外れの恐ろしさ。

 そして何より、人への畏れ。

 

 拗らせた人生経験を積んでおり、原作知識があるため、転生する際に気を緩めただけで死ぬ確率が跳ね上がると分かっていた世界なのだ。

 

 気を抜けよう筈もなかった。

 

 だというのに、この仕打ちはあんまりだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

(流石に、マズイ……!)

 

 

 防護の魔術式が機能不全に陥り、次々と停止していく様を(おのの)きながら、呆然と銘板を見詰め続けていたのは現実で5秒と経ってはいなかった。

 

 魔術式が1つ抜かれる毎に、精神に負荷が掛かる苦痛と魔力の喪失による疲労が一挙に押し寄せてそれに注力、抵抗していたため男の体感では30秒程に感じていた。

 

 

 精神防御の術式が残り10程になってくると、流石に身の危険を感じてこの場を離れた方がいいのではないかと恐怖を感じるようになる。

 

 

 

 東欧の山中の遺跡、考古学科(アステア)と合同のフィールドワーク。

 

 伝承科からは男を含めて2人、考古学科からは8人の総勢10人の魔術師がこの遺跡に来ている。

 

 誰か異常を検知して救援に来てはくれないものかとは思うが、男が魔術による緊急信号音を鳴らしたのは数瞬前のことでいきなりそれは望めないだろうと絶望する。

 

 そしてついに遂に最後の精神防御の術式が粉砕されつつあるとき、男の特典の内の物品の一つに宿る〝白き蛇〟が目覚め胎動する。

 

 

 ウィンタラー。

 

 冬の剣、越冬者とも呼ばれる破滅の剣。

 いくつかの世界で“邪悪なる白き蛇”、“血塗られし(けもの)”と呼ばれていた存在が一度敗北し力が弱まった時、『冬の大鍛冶』が百年かけて剣の形に鍛え上げ、力の9割を封印したもの。

 

 韓国のファンタジー巨編「ルーンの子供たち 冬の剣」に登場する魔剣で、先述の露見した特典だ。

 

 何故かは分からない、転生時の特典の仕様なのかもしれない。

 

 男はこの〝血塗られし獣〟、白い蛇に狂気的に愛されている。

 

 魔術で意識を繋ぐたびに「歓喜」と「興奮」、「愛情」と「多幸感」の嵐が伝わってきて、影響されないように意識の一部を切り離して使わなければならない程だった。

 

 

 その白き蛇が警戒し鎌首を(もた)げながら全力で意識を割いて、男に魔力や生命力、真エーテルを惜しみなく注いでくれる。

 

 蛇が男へ向ける感情を後回しにしてでも警戒する〝超遺物〟らしかった。

 

 

 攻防に費やしていた時間はどれ程か。

 

 集中し過ぎて男の時間間隔が曖昧になるほどに疲労していた。

 

 

 背後の石畳の通路からドタドタと複数の足音が聞こえて来た時、男の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 男は〝記録〟を観ていた。

 

 一人の少年の半生。

 

 

 少年は日本で生まれた。

 

 

 記録を観ている男の生きている年代よりも遥かに近未来的な日本。

 

 男は、生前の日本よりも洗練されていると感じた。

 おそらく年代がどちらよりも先を行っているのだろう、と推測する。

 

 

 何故こうも洗練されているのだろうと、男は記憶に疑問を抱くより先に思わず考察に耽った。

 魔術は歴史と共に積み上げられた神秘。

 自然、魔術師は歴史学者顔負けに各地の歴史や宗教、人の営みに詳しくならざるを得ない。

 

 

 年代は理由にならない。それを言い出したら何にでも当て嵌まってしまうだろうから。

 

 建物が機能的に洗練されている。男は自身の推論が何処か的外れに感じた。

 

 生前以上に電子化が進んでいる。これは当然の事だと次に跳ぶ。生前の日本も年代が進めばこうなるのだろう。

 

 色々と当たりをつけてみたが、男はもっと根本的な視覚から入ってくる情報に注目した。

 

 ゴチャゴチャしていない。

 ゴミゴミしていない。

 

 

 公共道路や建物ではなく、『人』が。

 

 

 そう、人が少ないのだ。

 

 

 その理由は少年が小学校で受けている授業を聞いて分かった。

 

 「第三次世界大戦」またの名を「二十年世界群発戦争」。

 

 これにより90億程いた人類は30億にまで減った。

 

 島国で、ほぼ単一民族の日本も煽りを受けて減少したのだ。

 

 少年の生きている年代は世界的に見て人口が回復してきているようだが、それでも最盛期の様にはまだいかない。

 

 男は少年の家族にも注目する。

 

 少年の家族は魔法師、正確には魔法技能師と呼ばれる一族だった。

 

 『魔法』という単語に興味を惹かれて注視したが、何のことはない────超能力に毛が生えた程度の異能力────サイキックを技能化したものだった。

 

 技術化ではなく技能化。

 

 似ているようで違う言葉だ。

 

 技能は主観的なものでしかなく、技術は方法、やり方、手段を表し、知識として他者に伝達できる。

 

 技能はあくまで主観的なものであるため、個々の技能保持者により感性や感覚的な差異が発生して知識には出来ない。

 出来たとしても参考になる例とならない例が生まれる。

 

 言ってしまえば、まだその程度の“途上”の異能。

 

 

 ヒトと云う種が無意識に生み出した抑止力である超能力の本質には程遠かったが、現時点では男の興味を一番に引いた。

 

 

 そして中学に進学し、魔法を学んで、1年ほどで少年の両親が他界する。

 

 

 時が経ち高校に入学する年齢になった。

 

 進学先は「国立魔法大学付属第一高校」。

 

 入学から2日目の朝、覚醒の時間が近付いてきているのを無意識のうちに理解する。

 

 

 

 (オノレ)少年(タシャ)

 自他の境界が分からなくなるほどに記憶と記録が統合されていく。

 

 前世と型月世界からの男、この世界の少年。

 

 2人が持つすべての〝力〟。

 

 記憶、魔術と魔法の知識、身体機能、魔術刻印、魔術回路、特典、魔術行使、魔法行使……。

 

 それらがこの上なく完璧に調和して、全く違和感が感じられない奇妙な感覚。

 2つの器を同じ1つの器に合一したのに、器が有する容量が遥かに増しているような。

 

 

 統合が進み少年と男が合一、覚醒する。

 

 

 

 

 寝床から木目の天井を見上げて感じる、すべてが完全一致の──────気持ちの悪さ。

 

 

 

 

 

 己のすべてが変わり、何も変わっていない──────普通だと感じられる。

 

 この違和感が感じられない気持ちの悪さ。

 

 

 

 彼は朝日が射す臥床にて横になりながら暫し、沈思黙考に耽る。

 

 

 身に起こったことを省みれば焦燥や混乱、狂していてもおかしくはない。

 

 だというのに、彼自身は平常心を保っている。

 

 少なくとも、平常心を保っていると〝思っている〟。

 

 

 考え続ければドツボに嵌まるような思考に陥った。

 

 

 狂人が狂人だと自認しているような。

 

 或いは、常人が狂っていると思い込んでいるような。

 

 将又(はたまた)、それらが逆なのか。

 

 

 

 答えの出ない問いを抱え続けたまま、日課の朝の稽古を終え、汗を流して朝食を取り、登校する。

 

 

 入学2日目。

 照らし出される春の陽気に、彼は吐き気がした。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 入学2日目。

 

 4月7日、火曜日。

 

 1−A組の自席に着席した十文字アリサは、クラスメイトの遠巻きの視線に晒されて居心地悪くしていた。

 北方白人種系の見た目を持っている身では仕方のないことだと割り切ってはいる。だが周りの視線が彼女の一挙手一投足に注目を浴びている現状は精神もすり減るし、疲労もする。

 

 中学生の時は2〜3週間でその視線も落ち着いたので、高校生なのだからそれよりも短くて済むだろう、済むはずだ、と自分に言い聞かせた。

 

 クラスメイトに聞こえないよう溜め息をついた。

 

 そして、卓上に備え付けられている端末を立ち上げて履修登録のガイダンスを事前に確認しておこうと思い立った時、その男子生徒がアリサの席の後ろを通り過ぎて左に1つ空けた席──────窓際の最後尾──────に座った。

 

 

「──────ぇ?」

 

 

 意図せず漏れ出た間の抜けた声を最小限に留められたのは幸運だった。

 

 昨日、彼女はクラスメイトとは一通り自己紹介を終えていた。しかし、入学式後の学生証の交付を終えてそのまま帰った生徒もいることは勿論分かっていた。

 そういったクラスメイトとは自己紹介ができていないことも。

 魔法師として記憶力が良いアリサも、昨日と今日で自己紹介を終えたクラスメイトの殆どの顔と名前を一致させていた。

 その彼女が知らないクラスメイト。

 つまり1−A組に初めて足を踏み入れた新入生。

 アリサもその男子生徒も、周りの生徒も、誰もが初対面、だというのに。

 

 彼女は呆然と見入ってしまった。

 

 初めて眼にするその黒髪の男子生徒は着座している姿勢からして美しかった。

 一本の芯が通ったと思わせる程に背筋が伸びている。見える範囲で肩や手元にも力が入っておらず自然体だった。初めて所属するクラスに入り、見知らぬクラスメイトばかりだというのに緊張など欠片も見えない振る舞い。

 

 男子生徒はおもむろに懐から学生証のカードをリーダーにセットして端末を操作し始めた。

 

 

 そこまでを忘我の内で眺めていたアリサの頭上から、昨日知り合った女子生徒の声が耳に届く。

 五十里(いそり) (めい)だった。

 

 

「おはよう、アリサ。どうしたの……?」

 

「え、ああ、うん。おはよう、メイ。どうもしないよ……?」

 

 

 男子生徒に気を取られて咄嗟に言葉が詰まってしまったが、明は特に気にした様子は見せなかった。アリサに違和感を覚えた様子もなかった。それともあえて触れなかったのか。

 

 

「……履修登録をしようとしていたの?」

 

「う、ん。ガイダンスだけでも目を通して、どんな感じかなと思って……」

 

 

 端末を開いていたものの、起動していなかったのを不思議に思われたのか明に質問される。

 答えを返しながら電源を入れて起動し、学生証をリーダーにセットした。

 

 

「ふーん、どれどれ」

 

 

 明はアリサの右隣の席から椅子を移動して隣からアリサの端末を覗き込む。

 履修教科ごとにそれぞれ、意見や思うところを言い合いながら楽しいひと時を過ごした。

 

 だが時折、左に2つ離れた席の男子生徒に目線と意識が行くのをアリサは抑えられなかった。

 彼は端末の画面から目を離さずに操作をしている。アリサと明の会話の声量は、それほど抑えているわけではなかったので彼の耳にも届いているはずだが、これといった反応を見せない。

 そしてアリサの視線に応えることも、目線を向けることもなかった。

 

 目線を向ける度に、どこか寂しさと微かな疼痛を感じてアリサは会話の最中に我知らず動揺する。

 

 明はそんな彼女の動揺を感じ取ったのか2、3回ほど「大丈夫?」、「どうかした?」と気遣った。

 その度にアリサは「なんでもないよ」、「気の所為だったみたい」と(かぶり)を振って誤魔化す。

 

 履修教科についての会話とアリサの異変については、明が借りていた椅子の持ち主────昨日アリサが知り合った火狩浄偉が登校したことで終わった。

 

 浄偉と明が自己紹介とともに互いに「自分はA組からは絶対に落ちない」という自負を語り合っている時もアリサは男子生徒を見つめていた。

 

 

 

 おかしい、と彼女自身思っている。

 

 自己紹介も済ませていない、正面から顔を見たわけでもない、それどころか名前さえ知らない。

 

 後ろ姿だけ、横顔から見ただけ、視線を合わせてもいない。

 声すら聞いたこともない。

 

 性格も知らなければ、好きなものや嫌いなもの、為人(ひととなり)すらも知らない。

 

 同じ組ではあるが、初対面ですらない。

 

 ()()()()()()()()なんだろうか、と我知らず羞恥と困惑に駆られ顔が熱を持つ。

 

 

 

 ──────アリサは自分が抱いたかもしれない感情に気付いて赤面した。

 

 

 

 

 

 

 






初志貫徹の難しさを知るこの頃。

そして、やっと、やっと、自分の書きやすい主人公を見つけることが出来ました。

私の精神性に合った主人公、つまり、根暗かつ拗らせ気味なヤツです。



続きは近いうちに投稿します。
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