集 団 ス ト ー カ ー (ハーレム)   作:蓼食え虫

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 1話ですが、魔王討伐後のお話です。
 おそらく次回からは主人公の回想(地獄巡り)だと思います。

 ()()ストーカー達は出てきません。
 多分次回くらいに出ててきます

 僕の言葉に惑わされず、そこはかとなく安心しながら読んでいただけると幸いだったりしますね。はい。

 ところで皆様は亀は好きですか?私はクサガメを飼っており毎日愛でております。何で亀かって?
 そういう事です。

 では本編どうぞ


エピローグみたいなプロローグだけど、実際エピローグだしプロローグ

 

 ───ねえ、バルト。君はさ、大人なったら何したいの?

 

 ───俺?そうだなぁ

 

 ───うん、私バルトと一緒に居たいし

 

 ───考えたことないな

 

 ───ならここで考えましょ!どうせ暇なんでしょ?

 

 ───えぇ……そ、そういえば今日は師匠の稽古がぁ〜

 

 ───ダウト、もう〜嘘ついちゃダメでしょ?それとも……私の事嫌い?

 

 ───別にそういう……、俺は  になりたい

 

 ───え、今なんて?

 

 ───いや何でもない

 

 ───ふーん変なの。私はね、バルトと一緒にいたいよ

 

 ───大人になっても、同じだな。にしてもそれは大人になってしたい事なのか?

 

 ───うん!

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば、あの時の俺はなんてアリシアに答えただろうか。

 朧げな()()()()()だと、子供の頃よく遊びに来てたけど、何でそんなに金を持ってるのか分からないいつも飄々とした謎のおじさんになりたかったのかもしれない。

 

 それは流石に違うか。

 

 だがその願望の根幹は、"()()"そうだったからだと俺は思う。

 

 何からも自由である事。

 これが俺のあらゆる判断基準。

 

 昔から物事の善悪はよく分からなかったが、自由かそうじゃないかを考えるだけで俺の人生は上手くいったんだ。

 

 感情の赴くままに、脚の向く方へ、衝動に身を任せて、決して誰にも阻まれる事なく、飄々として、捉えきれない、刹那的に、誰よりも、自由な───

 

 そうだ、思い出した。

 

 

 俺は風になりたかったんだ。

 

 

────────────────────────

 

 

 皇史歴1251年

 

 早朝の事だ。

 魔王討伐の熱も冷めぬうちに俺は、冒険者ギルドに顔を出しに行っていた。

 

 「えぇ!?嘘っ!」

 

 受付にいたギルド嬢が俺の要件を聞いた途端に、その整った表情を蒼ざめさせながらカウンターの奥へと駆け込む。

 

 俺はそこでしまったなと内心で舌打ちを打つ。

 自分の影響力を忘れていた。

 

 勇者ほどではないが、俺もそれなりに魔王討伐に力添えしたんだ。

 幹部六人の足止めは相当厄介だったが、貢献度といえば勇者パーティや、騎士団の次くらいにはあるはず。

 

 そんな人間が()()()()()退()()()だなんて事態、誰がどう考えてもビッグニュースだ。

 

 前世なら新聞紙に一面を飾られるレベルである。

 

 だから目立たないように珍しく早起きをして、受付に向かったのだが……策に溺れてしまったようだ。

 こんな事なら先にギルド長を呼んで話を付けて貰えば良かった。

 

 このまま冒険者を続けていても良かったが、正直に言うと体力のピークを過ぎた事に加え、魔王戦役で負った傷が存外に深く、今までのように無茶苦茶な依頼を受けるとも困難になってきた。

 

 冒険者とはダンジョンの探索や魔物の死骸から剥ぎ取った素材を売ったり、個人やなんらかの機関からの依頼を受けて銭を稼ぐ職だ。

 

 日銭を稼ぐ程度なら問題はなかったが俺の場合、知らぬ間に等級が上がりすぎて、王族や教会から勅命を受けたりする事もあった。

 

 どの任務も命懸けのものであり、今の俺では命が幾つあっても足りない。

 もし今、魔人が襲いかかってきても勝てる見込みは高くは無いと言える。

 尤も魔人と出会う事はほぼ無いだろうが……

 

 しかし脅威は魔人だけでは無いのだ、物理攻撃が通らないゴーストや強力無比なドラゴン、果てには俺すら超える使い手がこの世にはゴロゴロといる。

 

 体感だが全盛期の6割も実力出せれば良い方だ。

 

 俺は博打打ちではあったが、それは勝算あってのことであり、勇敢と無謀の違いもしっかり弁えている。

 

 もちろん旅は続ける。

 

 この世界は広く、まだ見ぬ場所やお宝はまだまだある。

 それらを見ずに田舎に隠居して、悠々自適にスローライフだなんて御免被る。

 

 『てめぇは過酷な死に様を晒すだろうな……まあ精々派手に逝くといいぜ?ハハハハハハッ!』

 

 古い友人の予言を思い出す。

 あいつの言ってた事は、一度も外れた経験がない。

 

 身震いしたさ。

 

 あいつの予言を俺が覆して、俺を殺す存在を逆に倒してやりたい。

 

 初め、あいつの予言を聞いてどうせ歳食ってヘマをやからして最大に死ぬと思っていた。それか魔人に負けて死ぬ。

 

 それがどうだ?

 

 このご時世だ。

 俺を殺そうとする輩は本当にいるのか?

 魔王と勇者はあの戦役で相討ちの形で命を落とし、魔人達はレイリーが統括していて滅多な事では人界にやってこない。

 

 しかも人間間での争いなんて、今やそうそう無い。

 なんだかんだ言ってもう34歳、前世ならもう立派な大人だ。

 ある程度顔も広く、政に明るくは無いものの情勢程度なら俺でも簡単にわかる。

 戦争は起きない、何故かって?

 火種が全く無いから。

 資源も人材も、国家間の関係も総じて良好。

 

 要するに、俺のような荒くれ者の時代は終わったのだ。

 

 もう何度目になったかは忘れたが、人生の目的を見失ってしまった形になる。

 一度目は確か冒険者としてある程度自立し始めて、生活が安定し始めた頃のことだ。

 二度目は……いや、今はいいか。

 

 とにかく、俺を殺せるような手合いは今時殆どいない。

 

 

 しかしこれらは全て、俺が全盛期だった場合の話だ。

 

 今の俺は謂わば、折れかけの大木のようなものであり、今はまだ発覚していないが俺のこの状態を知られれば、優れた使い手がやってくるかもしれない。

 

 おそらく、その時が俺の命日なのだろう。

 

 それは構わない、寧ろ良くぞ来たと言いたい。

 その上で運命に抗ってみたい。

 

 それだけが道を見失った俺だけの道標。

 

 まるで暗闇の中を目隠しされたまま、歩かされるような気分だ。

 どうにもあいつの言い分だと俺の死は確定しているようであり、無性に腹が立つ。

 

 全く、そんな事を伝えられるこっちの身にもなって欲しい。

 

 なんとなくだが、年の波に殺されるのではないという事を察してからは、いつ殺されるのか分からないまま何年も世界を旅して回った。

 

 俺ほどトラブル体質の人間もそう多くない。

 旅先で出くわす国を揺るがすような事変の度に、あいつから聞いた過酷な死に様が脳裏を過ぎらせるには十分なもので、20年近く経つというのにいまだにあいつとの会話ははっきりと覚えている。

 

 

 

 ……と散々御託を並べてきたが、実の所、俺はあいつの予言が当たる事を恐れている。

 

 正直に言って怖い、逃げたい。

 

 今までも面倒事からは毎回尻尾を巻いて逃げていたし、嫌な予感がすればすぐに身元をくらませていた。

 なんなら今からでも顔と名前を変えて、新しく人生を始めたっていい。

 

 それくらい俺は死にたくないんだ。

 

 けれど、それと同じくらいに逃げれないと悟ってしまった。

 

 あいつの言葉はまるで影のように俺のまとわりついて、その最悪な予言を成就させてしまう。

 

 生き延びたい俺には抗う以外の選択はない。

 

 ただ今まで以上に過酷な旅になるかもしれない。

 そう考えて事前にマナとカルカトルはエルフと獣人の集落に預けてきた。

 

 長老達には迷惑をかける事になるが、集落崩壊の危機を何度か救ったのだこれくらいは許されるはず。

 

 とにかくギルド長が出張る前に、ここを去ろう。

 

 なんとなくだがあのギルド嬢、俺を引き止めるために話を誇張しそうだしな。

 

 

────────────────────────

 

 東の果てグレムルドの町を出て2年が経った。

 これまでの俺の人生における旅路はこれまでは東に向かい続けるものであった。それもあいつの予言を元に、とあるお宝を探していたためだ。

 

 心機一転して西に向かおう。

 

 かつての旅路をなぞるのではなく、新天地へ向かうのだ。

 あの方面ならば俺のことを知る者は多くないし、知り合いを巻き込む事はない。

 

 そう考えた俺はいくつかの餞別を渡し、仲間の元を去った。

 仲間と言っても面倒を見ていただけであり、正直俺がいなくても第一線を張っても有り余るほどの実力者になっている。

 魔王戦役でも頼りになる存在だった。

 

 むしろ歳を食った俺の方があいつらの足を引っ張るまであるだろう。

 

 歳を食ったとは言ったが、この世界の人間は前世の世界の人間と比べて寿命も長く、老けにくい。

 成長自体は10代後半から30代まであまり大きく変化せず、時間をかけてゆっくりと成長し、そこからは80代まで見た目の変化はほぼ無いと思う。

 少し前までは治安が悪く、老人と出会う機会は少なかったため確証に乏しいのが現状だが、俺の経験が正しければ、この世界の人間はかなり長寿である。

 

 人間の平均寿命も120程度であり、老い先自体は結構長く先述した肉体の衰えというのも実際は軽微なものだった。

 前世の成人男性で例えるならば、体力のピークである17〜24歳の間に感じる体力の低下に近いだろう。

 この世界だと具体的に計測したわけでは無いが、30歳の頃に体力がピークを迎え、徐々に衰え始める感覚がある。

 

 先の戦役での負傷がなければ、全盛期の9割近くのパフォーマンスを発揮できたはずだ。

 

 名誉の傷とはいえ、このザマでは火山殿の女主人にも負けそうだ。

 

 しかし本当に俺を殺そうとする輩は現れるのだろうか?

 

 これまでの旅路では確かに出会い頭に()()があり、敵対する事も多かったが、大体はなんとかなった。

 

 殺されかけたのはほんの数回程度なもので、今回も問題はないだろう。

 

 同僚だった者達の噂では東の方が魔界と近く危険度が高かったらしいが、西は比較的安定しており文化的にも発展していると耳にした。

 

 文明レベルが高そうな地域となれば、魔法はともかくとして銃火器に気をつけなければならないかも知れない。

 東では見かけることは叶わなかった代物だが、西にないとは断言できない。

 

 そういえば7年ほど前に錬金術師達が集まって新しく国を建てたと聞いたな、現在の技術がどこまで進んでいるか正直気になるな。

 

 「名前は確か、錬金都市ガヌートだったか。今いる街がオーラスだから……そうだな、半日も歩けば着くだろ」

 

 とは言ったものの、半日でたどり着くルートを利用するならばオーラスの東部に広がる森を突っ切る必要がある。

 まだ村を出て間もない頃はあの森で3日ほど彷徨ったものだ。

 あの時も丁度、今日くらいの快晴だったような。

 

 今から入れば丁度、夜明けくらいに森を抜け出せそうではあるが……森で夜を明かすのは余り好ましくない。

 

 言うまでもなく夜の森はよく冷え、魔獣の活動が活発になる。

 俺がいかに強かろうと、寝ている最中に致死性の毒を持つ魔獣に襲われればひとたまりもないし、単純に環境的にも良くない。

 雨が降れば厄介だし、灯りも装備も仲間に勘付かれないようにほとんど置いてきた。

 

 「今日の内に装備を整え、一旦オーラスで宿を取って……」

 

 いかに熟達者であれ、自らリスクを取るのは愚か極まりない。

 持論だが、いかに無様であれ最終的な勝利とは生き延びる事だ。

 無為に自らを危険に晒すような真似をする様ではいつまで経っても、真の意味であらゆる闘いに勝利することは出来ない。

 

 死ねばそれまでなのだから。

 

 そうと決まれば、旅先で必要になる装備を集めるか。

 とりあえずランタンでも買いに行こう。

 実はこのオーラスの街の道具屋や武器屋の品揃えは良質なのだ。

 

 オーラスの街は近くに大規模な森が広がっているためか、初心者の冒険者が多い。

 

 この森は奥部に進むほど魔獣の凶悪さが跳ね上がり、東部と西部の狭間にあることから、東西の流通を妨げる一因として知られる。

 

 尤も今の俺でも問題なく踏破できる程度のものだが、考え無しに進み森から帰れなくなる者も決して少なくない。

 

 それによって捜索依頼が度々出され、森について詳しいベテランの冒険者が駆り出される。

 捜索依頼の金払いが良さ、森の深部の魔物から取れる素材の価値、深部に潜む魔獣討伐に特別手当(流通のため)が出るなど、ベテランの彼らにとっても美味しい街、それがオーラスだ。

 

 そのためベテラン向けの値段と品質の店がかなり揃っている訳だ。

 

 店に入って周囲を見渡す、店員はカウンターの方で本を読んでいてこちらに気づいていない。

 店番を頼まれた店主の関係者なのだろうか?不用心にすぎる。

 

 商品を見つめながら、店員の方はチラリと視線をやる。随分と華奢な体つきだ、魔法使いなのだろうか?

 

 剣士なら立ち振る舞いや身体の運び方一つで、どの程度の実力者か一目で見分けれるが、魔法使いはよく分からない。

 

 判断基準として魔力量を見ると良いらしいが、残念ながら俺はそういったセンスは全くなかった。

 

 師匠からも匙を投げられるレベルということもあり、昔から魔法を使えなかったため、そういった経験に乏しく恥ずかしながら未だに他人が優れた魔法使いかどうかの区別がつからない。

 

 俺の知り合い曰く、強い魔法使いは大抵面倒事を避けるために魔力が極力が露見しない様に古代遺物(アーティファクト)を身につけて、露出をほぼ0にしているらしい。

 

 ただまあ例外はいる。

 

 俺が以前相対した頭のネジが吹っ飛んだ魔法使いは、近寄るだけで頭が軋むレベルの魔力圧を常に撒き散らしていた。

 しかも、すまし顔でだ。

 あれは本人に隠そうとする気も無いし、有象無象に配慮しようとする気がかけらも無かったという例外的な存在だ。

 

 という事があった訳だが……魔力云々についてはまた今度にしよう。

 今は店員に世話を焼くか、焼かないかだ。

 

 最近の若者は大人からの説教を面倒臭がる。

 いやいや、それは最近ではなくいつの時代もか。

 

 参ったな……俺も思っていた以上に歳を重ねてしまったのかもしれない。

 

 ……どちらにせよ、店員の出方次第だろう。

 面倒臭そうな雰囲気を感じたら何も言わずに立ち去る。話を聞きそうな、注意をする。

 

 「読書中のところ、すまないがこれとこれと、これ頼んでいいか?」

 

 「はーい、精算ですね〜おぉ随分な装備ですね。お客さん、この街初めて?」

 

 反応が早い。さては本を読むフリをしながら、ちゃんと周囲の確認を怠っていなかったようだ。

 

 この分なら外野()が言うまでもなく、店番はしっかりとこなせていそうだな。

 

 「いや、20年ほど前に立ち寄った事はあるが、どうしてだ?」

 

 「少し珍しかったので」

 

 「あぁなるほど、それについては偶々だ」

 

 何度もいうが此処の品揃えは良質な物ばかりだ。

 つまりそれなりに値の張る、逸品揃い。到底初心者では手が出せない。

 ベテランでも装備の新調に来るだけで、一式を丸々買おうなんて機会そうそうないだろう。

 

 俺も未だ36歳、現代社会で言うなら20代前半とそこまで容姿が変わらない。

 そんな若者が装備を一式買い揃えようとするなら、破門された貴族のボンボンが冒険者を始めたように見えるのも無理もない話である。

 

 「まあウチとしては買ってくれると助かりますので、今後どうぞともよしな───」

 

 清算を終えた店員が顔を上げて、固まった。

 何事かと思い、カウンターで動きを止めた店員をよく見る。

 

 「ん?、あ───」

 

 硬貨を差し出した俺の動きも固まった。

 

 「な、ななんで貴方がっ、ここんな所に!」

 

 「気のせいだ、別人だ」

 

 冗談じゃない。

 一人でこっそり旅出ようとした矢先に()()()()()()と出会うなんて。

 

 とてつもなく面倒臭そうな雰囲気を感じ取った。

 だから、帰る。

 それだけのことだ。

 

 「んなワケ!」

 

 ガシリと力強く腕を掴まれた。

 華奢な腕からは到底考えられない力だ、どう見ても魔力で強化していやがる。

 

 逃げられないと悟る。

 

 彼女は逃さないとばかりに鋭い眼光でこちらを睨め付けており、無理矢理にでも振り解かないと逃げ出せそうにもない。

 

 「……はぁ、降参だ。離してくれ、これ以上は痕が残る」

 

 ガッチリと固定された右腕を解放するように、手を挙げて降伏の意を伝える。

 

 降伏した敵兵に手を出してはいけない。

 虐殺を硬く禁じる世界法は遍く大地に轟くのだ。治外法権などありはしない。

 

 「ったく、仕方ないわね」

 

 「じゃあな」

 

 分かってくれたようで助かる。

 許しを得たので早速俺は彼女に背を向けて立ち去ろうとする。

 

 若干錆びついたドアノブに触れ、反時計回りに捻る。

 ドアノブのザラザラとした感触は俺に嫌な予感を覚えさせるものであったが、ひとまずここを出たい。

 

 ドアノブを引く

 

 おかしな手応えや背後からの奇襲もない。

 

 ───おかしい、俺を逃さないというさっきの気勢と一転して、何も問う事なく俺の退店を許すのか?

 

 ドアを押す。

 

 

 バタンッ カチッ

 

 

 

 

 「あら、忘れ物?一緒に探してあげるからこっちに来なさいよ」

 

 「あ、ああ……」

 

 予感的中、やっぱり俺を逃すつもりは無かったらしい。

 確かに俺はドアを押したはずだ。

 だが、それと同時にひとりでにドアが閉まった。

 

 自然に閉まった訳じゃない、それならラッチが引っかかって中途半端な開き具合になるはずだ。

 けどこの店のドアは自然にラッチが嵌まるほど重くないし、それにだ。

 

 勝手に()()()()()()()なんて魔法以外で説明がつくはずがない。

 

 彼女の得意とする魔法分野はミクロ魔法学だ。

 精密な、それこそ顕微鏡で確認しながらやるような作業を魔法で代用してしまう分野だが、今の魔法と彼女の得意分野とは異なる魔法であるはずだろう。

 

 となると、この店内にはもう一人魔法使いが居る可能性がある。

 

 「驚いた?」

 

 「何がだ?」

 

 「しらばくれちゃって、まあいいわ。私ね、別分野の魔法にも最近手をを出したのよ」

 

 「行き詰まったのか?」

 

 「否定はしないわ、治療や肉体の強化とかには使いやすいけど精々そこ止まり。それじゃこの先、生き残れないのよ」

 

 「は?生き残れないって、お前は何を言ってるんだ?」

 

 「事実よ。先の大戦の折、私と戦った魔人が言っていたわ。"どの道人類は滅びると、その欲故に" 正直そんな事、考えたことも無かった。ある意味で私にとっては最大の収益ね」

 

 欲故に……だがあり得ない、国家間で争うような火種はどこにもないはずだ。

 禍根も、因縁も、差別も残らず叩き潰したんだ俺は……

 

 「そうね、貴方のおかげで世界はより良い方向に進んだわ。だからこそ、世界は()()()()()()()()()

 

 「そんな馬鹿な!って言いたいでしょうけど、貴方程の影響力を持つ人間は今この世界にいないわ」

 

 「要するになんだ、俺に付けっていうのか?ウォートルクに……」

 

 こいつは自分が何を言っているのか分かっているのか?

 

 「ウォートルク?冗談はやめてくれる?私と一緒に来なさいと言ってるのよ」

 

 「はぁ?それこそ訳がわからん、お前ウォートルクの教授やってるんだろ」

 

 「もう辞めたわ、あそこにあれ以上いても実りはない。それより───」

 

 「───貴方といた方がいい、と思ったのよ」

 

 ドロっとした目線が向けられる。

 やめてくれ、俺は()()が嫌いなんだ。

 

 「生憎だがお前も知ってるだろ、俺は魔法が使えん」

 

 俺よりも、師匠を探してくれ……と付け足して拒絶の言葉を送る。

 けれど彼女の態度は変わらない、むしろ出会った時よりも遥かに喜色ばんだ顔つき、恍惚の表情を浮かべている。

 

 その瞳は俺を映しているのかすら分からない。

 

 「違う、違うわ。貴方の師匠も確かに素晴らしい。けど貴方じゃないとダメなの。分かるかしら?貴方が失踪してからの2年間。()()大変だったのよ?東諸国総出で貴方の身柄を抑えようとして……漸く、見つけた」

 

 「ッ!」

 

 ダメだ。もう話し合いにならない。

 こいつもあいつらと()()()をしている!

 

 まるで焦点のあっていない、薬物でも使用したのかのような微睡んだ、そして狂気的で自己中心的な眼差し。

 

 「欲に駆られたなッ!ティナ!!!」

 

 「ええっ、そうよ!でも私はどんな手を使ってでも!貴方が欲しい!」

 

 闘気を収斂し、一気に距離を取る。

 

 いつのまにか道具屋だったこの空間は、()()()()()()()黒く沈んでいる。

 

 魔法使い相手に距離を取るのは下の下、最悪の手段だ。

 しかし相手は魔人すら退けた経験を持つ手練。

 

 加えて俺すら知らない手札を隠し持っているの確定している。

 ティナの得意とするのは氷を操る魔法、電流を扱う魔法、そしておそらくだが、空間に何らかの作用をもたらす魔法だ。

 

 最後の一つを除けば、対処自体は可能だ。

 果たして、どの程度まで応用を効かせてくるのか。

 ウォートルクの学誌を普段から、読んでいるから想像はつくが……

 

 出口はない、出られるとすれば彼女の意識を奪って魔法を解除させるのが一番確実だ。

 

 だが友人を傷つけたくはない。

 彼女はこれからの世界に欠かせない人材だ。

 彼女が言うように人類が争い始めるのだとしたら、尚更ない。

 

 「もしかして逃げるつもり?()()()と同じで無駄よ」

 

 「逃げるも何も、お前相手にそこまでの余裕はないだろ」

 

 「貴方にそこまで言われるなんて嬉しいわね。なら分かるでしょ?さっさと私の元に来なさい。私はね、貴方を守りたいのよ」

 

 「いらん。それといいことを教えてやる。そう言うセリフを呑む輩は大抵破滅すんだよ」

 

 「残念、仕方ない。残るは実力行使ね!」

 

 開戦と同時に放たれる八門の魔法陣。

 その中から氷弾の先端が除いた瞬間に、俺は愛用しているボロボロの片手剣を鞘から抜き取る。

 

 「クソッタレが!」

 

 悪態をつくと同時に射出。

 それぞれが意思を持つかのように変則的な軌道を描き、ティナの周囲を衛星の様に周遊する。

 

 剣を振るのに必要な部位に闘気を流し込み、姿勢を低く、迎撃の構えを取る。

 

 「八津鉤合戦技法、絢下り」

 

 幼少期の全てを犠牲として、この身に刻み込んだ技術が励起する。

 この型はその基礎も基礎。

 

 最適化された素振り、それを己が刃圏の内に入りし標的へ、反射的に振るう癖を昇華しただけの小細工。

 ただ少しだけ、工夫を凝らしている。

 

 「行くわよ」

 

 「……」

 

 飛来する八つの流星、その凍てつく切先は闘気コーティングした俺の肉体を容易に引き裂くだろう。

 あの時と変わらないのならば、凍星の速度は可変式のもの。

 静止から時速200キロ程度までなら急加速はお手のものだろう。

 

 剣士としては厄介極まりない技ではある、が

 

 「それはもう見た」

 

 その全てを、同時に斬り落とす。

 

 1つだろうが8つだろうが、関係ない。

 飛んで入るのなら、例外なく斬る。

 そして斬れるのなら、その時点で終わりだ。

 

 俺が施した細工とは、反射速度の調整である。

 

 絢下りは反射的に剣を振るう技とも呼べないものだが、これを成立させるにはある技術が必要だ。

 

 目で攻撃を見てから反撃に移り始めるのが常識とされ、それは俺もティナも勇者も魔王も例外では無い。

 この際に認識と行動の2ステップが要求され、最速でも動き出すのには0.1秒の時間が要される。

 これは脳から筋肉への伝達にタイムラグが生じるからであり、対策は存在するのだ。

 

 ───瞬不

 

 俺に剣を教えた親父が編み出したちょっとした小技。

 小技であるが、死合いにおいてこれほど厄介なものは存在しない。

 

 闘気というものは常に自らの内に存在し、俺達剣士にとっては第二の筋肉のようなものである。

 そしてこの瞬不は脳からの筋肉への伝達ではなく、第二の筋肉のみを用いることで擬似的に脊髄で反応し、認識の過程をすっ飛ばして活動できる。

 

 最早、一刀如意とでもいうべきか。

 

 闘気とは触れるものでもなく、感じるものでも無い。

 まして身体に染みついた技術ですら無い。

 

 生命の根源、既にそこにあるものだ。

 熱が流れ出るように、自然の摂理としてそこにある。

 

 故に認識は行動に直結し、凡ゆる行動を最短で実行する。

 

 これぞ基礎にして極意、瞬不。

 

 「参ったわね。フルオートで加速と減速を切り替えてたんだけど見切られちゃったわ」

 

 「当たり前だ、そんな事お前はとっくの昔に知ってたろ?」

 

 「そうね、貴方がこの程度でくたばってくれるのなら、ここまで苦労はしないわ」

 

 8、16、32、64、128、256、512、1024……

 

 1瞬毎に倍々と増す凍星。

 

 魔法使いの強みは、その圧倒的な手数と面制圧能力、そして破壊力だ。

 この数の凍星を裁ききるのは人間の体の構造上、物理的に不可能だろう。

 

 「来い!!!」

 

 だが人間の体一つに千を超える鏃を当てれる訳もなく、実際に俺の身体を狙うのは二百かそこらだ。

 

 残りは全ては牽制、俺の脚を止めさせるための弾幕。

 

 「八津鉤合戦技法、絢下し」

 

 剣を横に構え、そして

 

 「───が崩し、氷无氷雨!」

 

 これもそうだ……あの時に見せた技だったな。

 

 氷无氷雨。

 空から降り注ぐ無数の雹塊を剣にて再現する絶技。

 

 その性質は斬撃ではなく、打撃による破壊を目的としたものだ。

 

 「ぉぉぉぉおおおお!!!」

 

 剣の腹で凍星を弾き、飛来する次の凍星を撃ち落とす。

 人が地から放つ雹塊を模した剣は、天より来る氷雨の悉くを打ち払い続ける。

 

 「ぐっ!?」

 

 だが、限界はある。

 

 剣士の右鎖骨を一縷の氷雨が貫いた。

 

 ───ブレたか!

 

 魔王戦役以降、感覚のない左腕。

 

 2年間鍛錬を怠らなったとはいえ、剣士にとっては半身とも呼べる存在の喪失は痛手という言葉では表現し難い程のものだ。

 

 そして一瞬の苦悶により、さらに軸がブレ始める。

 

 左太腿、右手首、右第二肋骨、左耳、左僧帽筋。

 被弾した箇所からは霜が張り付き、身体から熱を奪う。

 

 「ギブアップする?」

 

 「させてみろ!」

 

 降伏勧告に応じない。

 闘気を負傷箇所に回しながら、降り注ぐ氷雨を凌ぎ続ける。

 

 ───このままじゃ、ラチが開かない。一か八か試すしかないな!

 

 思い起こすのは友の言葉

 

 『いいかバルト、道を切り拓くのに剣も魔法も要らねぇんだよ』

 

────────────────────────

 

 「どう?そろそろ諦めたら……って言っても無駄そうね」

 

 「当たり前だ」

 

 氷雨が止んだ。

 

 合計で万を超える氷槍を打ち切った魔女は歯痒そうに男の左腕を見る。

 

 「あの時、私がもっと早く貴方の所に辿り着いていれば」

 

 「あぁ?」

 

 女の悲哀の声に対して、男から漏れ出したのは怒気。

 失言だと女は即座に悟る。

 

 「"もし"とか、"たら"とか、"れば"なんて下らない幻想を持ち出すのは止めろ。それはあの戦で死んでいった者達への冒涜だ」

 

 「そうね、悪かった。でも私なら!」

 

 「御託はいい、さっさと来い。それとも何か、俺から攻めてやろうか?」

 

 「ッ!」

 

 即座に杖を構え、追加の詠唱を始める。

 術者である女にとって男の様なパワーファイターを相手取って近接戦闘など御免被りたいものであった。

 尤も、それは男も同様であり女の隠し札を経過して距離を取ることを選んだ。

 

 故に双方にとって、これまでの闘いは様子見でしかない。

 

 「我が意で迸れ(メア・ボルンターテ・ボリレ)!」

 

 白い閃光が暗闇を引き裂きながら男へと疾走する。

 

 「やはりそう来たか!」

 

 氷の槍を遥かに上回る速度、光速そのもので迫る雷撃。

 男は剣を鞘へ納め、身を捩り回避する。

 

 雷撃を剣で受けようものならば、即座に感電し戦闘不能に陥る。

 その程度の常識は織り込み済みであった男は、闘気で身の護りを固めたまま足場に転がる氷塊を蹴飛ばしながら突貫する。

 

 「余り動かない方がいいわよ」

 

 その言葉と同時に()()から忍び寄る痛みが男を襲った。

 

 「っぐ!!!」

 

 「ほら言わんこっちゃない」

 

 避けたはずの雷撃が舞い戻って来た?

 

 それはない。

 どれだけの指向性を持たせたとしても、樹木の根のように無数に枝分かれする扱い辛さが雷魔法だ。

 勿論型に術式の嵌めれば槍のように扱う事は可能だが、その進路を好き勝手に弄るような事は不可能である。

 それは一芸に特化した魔人であっても、例外ではない。

 

 (だとすれば……)

 

 男が思い当たったのは先の攻防で弾き続けていた氷雨。

 だが、それもあり得ない。

 何せ、男の視界に広がる氷塊は未だ形を崩すことなくあるは………

 

 「なっ!?」

 

 周囲を見渡し気付く。

 男の視界、つまり前方の氷塊は未だその形状を保っているが、その背後は一面に鏡のような水面が広がっていた。

 

 迂闊だった。

 踏みしめていたにも関わらず暗闇のような空間であったからか、意識出来ていなかった僅かに傾いていた地形。

 砕いた氷塊から流れ出でる水溜りは傾斜によって、僅かずつだが男へと忍び寄り、遂には完全に檻として機能し始める。

 

 そして密かに背後で溶け出していた氷塊。

 

 電流を運ぶ小さな波はすでに男を包んでいる。

 そして女を守るべく、男の前に転がる無数の氷塊。これらの一つ一つが電流を伝う危険地帯への兆しだ。

 

 「チェックメイトよ」

 

 「そうか?俺はまだやれるぞ?」

 

 「あのね、私は貴方を()()()()()()のよ。分かったらさっさと降伏して」

 

 「そうか、それを聞けて良かった」

 

 「そうそう、だから武器を捨てて───、何をしているの!?」

 

 満足そうに頷いて、驚愕する女。

 それは仕方ない事だった。

 何せ正気沙汰では無いのだから。

 

 男は()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 「見ての通りだが」

 

 「だから───!」

 

 最早、男の命運は女に委ねられたも同然。

 もし仮に先程のような雷撃を放とうものならば、即座に男は感電し命を落とすだろう。

 

 だからこそだ。

 

 「正気?」

 

 「こうすればお前は雷を使えんだろ、まあ別に使ってもいいぞ?俺を殺したければな」

 

 ()()()()()()()()()()

 

 こうなって仕舞えば、バルトの命を奪う可能性の高い魔法をティナは使えない。

 

 男は剣士であったが、誇りを重んじるような騎士でもなく、ましてや教えを守り抜く宗教家でも無い。

 

 今はただの冒険者ですらない。

 

 男は流浪の剣士にすぎない。

 勝てるのならば、情ですら利用する。

 

 

 

 Q.険しい道を切り拓くには?

 

 A.想いを力に変える

 

 

 男のかつての友は目的を達成するために全てを切り捨てたという。

 ならば男は?

 

 「自由(オレ)足枷(邪魔)になろうというのなら、とことんやってやる」

 

 「そういえば、アンタってそういうやつだったわね……」

 

 これにて魔女の雷撃は封じられた。

 男は常に致死の危険性を背負いながら、再度展開された氷槍を砕き魔女に迫る。

 

 そして敢えて───

 

 「危ない!!!」

 

 脳天に突き刺さらんとした氷槍。

 それをわざと弾かずに突貫する男に魔女は悲鳴を上げる。

 

 男の眼差しは信頼だった。

 

 「貴方っ、死ぬのが怖く無いの!?」

 

 「怖い」

 

 「なら!」

 

 「だがお前は俺を殺さないだろ?」

 

 歪んだ信頼。

 だがそれはかつての相棒へ抱く、確証であり経験からくるものであった。

 故に魔女は男の期待に応え、自動操縦式の魔法を一時中断し手動に切り替えざるを得ない。

 

 「捉えた」

 

 「ぐっ!」

 

 刃が迫る。

 このまま彼女が男の一撃を受け入れれば、男は何の躊躇いもなく女の首を刎ねるだろう。

 

 男としては極力、知己に手を出したくはなかった。

 だがこうなって仕舞えば、()()()()()()()と勝手に納得する。納得してしまう。

 後悔はする、嘆きもする、数年は男の心に傷を残すだろう。

 

 とはいえ、()()()()()

 

 最後に勝つのは俺一人でいい。

 

 嵐の如き傲慢

 吹き荒れる身勝手

 究極の自己保身

 

 だから男は躊躇わないし、刃は時間と共に更なる加速を得る。

 

 

 

 そして勿論、女は男の性を理解していた。

 

 故に、()()()()()を切った。

 

 「っ!?これは……」

 

 男の斬撃が空を切る。

 瞬きの間に開いた男と女の距離は50メートルを超える。

 

 それは奇しくも最初の攻防における彼我の距離と等しかった。

 

 「時間の遡行……いやあり得ん光は不可逆だ。魔族ならいざ知らずお前は人間だ」

 

 「こう見えても貴方が逃げ回った2年間、結構頑張ったのよ」

 

 「それは否定せんが……異界を作り上げたのなら理論上は不可能では無いが机上の空論だ。ならありえるとするなら───」

 

 男は瞬時に周囲を見渡し、魔女の最後の手札を看破する。

 

 「()()()()()!」

 

 「フフフ、一目で見抜くなんて………さっすが!私の先生ね!!!」

 

 「杜撰すぎたな、いやあの状況でこれ以上の出来は仕方ないか」

 

 背後に広がる氷塊と水面を顎で指しながら男はそう評する。

 そもそも最初の時点で気づくべきであった、自分に有利なフィールドを形成するのは空間魔法の極意。

 

 極小の世界を支配した魔女は今や、一つの世界を手中にしているのだ。

 

 「そうそう、無理矢理乙女の秘密を暴こうとするなんて悪い人なんだから」

 

 「だがそうと決まれば対処は容易だ」

 

 そもそもこういったアプローチ(前世知識)を魔女に授けたのは男である。

 

 「出来るの?」

 

 「未検証だが、実戦で試すのは浪漫があるだろ?」

 

 「ええ!そうね!」

 

 嬉々として無数の氷塊を射出する魔女。

 今度の氷塊は初速からフルスロットルで加速をつける。

 

 そして、消えた。

 

 目で追えなかったのではない。

 事実、()()()()から消失したのだ。

 

 「来るっ!」

 

 目を見開き、駆け出す。

 それと同時に男のいた地点に突き刺さる氷柱。

 

 氷塊の形状を射出しながら変形し、より空気抵抗の少ない氷柱へ。

 

 次々と男の頭上に現れたるは、凍て付く墓標。

 

 最大の加速に加えて、自由落下によるさらなる加速。

 男の正面と背面には迫り来る氷塊。

 そして四方八方から男の隙を窺いながら、漂動する氷剣。

 

 「本命は氷剣……に見せかけて俺の致命傷になり得る箇所はの被弾を防ぐ役割だな。このままジリジリと削る腹づもりか」

 

 「当たり前じゃない、貴方みたいな猛獣を抑えるのは一苦くろ「嘘だな」っ……!」

 

 「俺がお前なら……そうだな剣山でも使うか?いや逆に足場を隆起させて行動を制限させるのもありか……」

 

 「全部お見通しって訳かしら?」

 

 「いや、そうでもない。例えば、さっきみたいに足場を水浸しにして凍らせれば俺を動けなくなる」

 

 「貴方に二番煎じは通じないでしょ」

 

 「さあな。予想できるパターンはとりあえず全て対策は練ったつもりだが、その魔法の扱いはお前の領分だ。この程度がお前の底な訳がない」

 

 「全く……買い被ってくれるわね!」

 

 その言葉と共に押し寄せる破滅の壁が如く、築き上げられた白い雷の壁が顕現する。

 それは押し寄せる津波。

 触れれば最後、問答無用で確実に命を刈り取る天使の翼。

 

 そして、雷撃魔法故に……()()()()

 ティナが指示しようとも、破滅の輝きの侵攻を止める事は最早叶わない。

 

 「そう来たか!」

 

 大前提に魔法の術式は詠唱により始まり、そして()()()()()()()()

 

 謂わば詠唱とはスイッチのOn/Offの切り替えに近い。

 

 では、いつだ。

 彼女は()()()()()()()()()()()

 

 「凍てつけ(グラキエト)、───」

 

 答えは単純、無詠唱。

 

 そして今、真の力が解き放たれる。

 

 「久遠の愛(アモル・アエテルヌス)

 

 雷が、空が、漆黒が、世界が白んだ。

 

 ────────────────────────

 

 

 「っはぁ〜疲っっかれたぁ……」

 

 水晶のように透き通る世界に私の声が木霊する。

 

 とっておきの隠し札を切った。

 残る魔力は全体の1割にも満たず、魔力欠乏症一歩手前。

 

 

 殺す気はない。

 私は彼と一緒にいたいだけ、貴方とまた一緒に世界を旅したいだけ。

 

 けれど相手はかつて世界最強と謳われた剣士。

 その左腕の感覚とその半生を共にした宝剣を失ってなお、彼は私の全力に匹敵する実力者だった。

 

 だから閉じ込めた。

 

 奥の手中の奥の手。莫大な魔力と時間をかけて作り上げた異界そのものを一つのミクロな世界と解釈して絶対零度を注ぐだけ。

 

 彼が相手だからこそ使えた大業という他ない。

 通常こんな大技を使うのなら、魔力の溜めが致命的な隙になる。

 

 何故なら彼は魔力の溜めを認識できないから。

 

 予想通り彼は一切抵抗する事なく、異界そのものとなった寒波に呑まれ透き通る水晶に封じられた。

 

 

 

 彼は私に"行き詰まったのか"と問うた。

 それはある意味で正解であり、間違えだ。

 

 これ以上の進歩がないという点では、確かに彼の言うとおり行き詰まっている。

 けれどこれが一つの到達点であるという点を鑑みれば、彼の指摘は的外れ。

 

 10年近くもの間、無詠唱の氷魔法を扱い続けた。

 常識的に考えて無謀にも等しいその行いは、今この瞬間に花開いたと言っても良いのではないか?

 

 自らの魔法と向き合う契機となったのは()()()()()()()()()()

 初めてミクロの世界を体験し、私は魔法学における一つの答えを得た。

 

 魔力の純化という作業。

 現代の魔法は非常に効率が悪い。

 

 例えば魔力を破壊エネルギーに昇華して放出する、原始的な魔法。

 正直魔法と呼ぶには烏滸がましいにも程がある代物だけど、その破壊力には目を見張るものがあり、魔力を込めれば込めた分だけ再現なく上昇する。

 とはいえ魔力効率としては下の下、消耗の低い通常の魔法と比べて燃費の悪さだけを挙げるなら3倍〜5倍ほど。

 

 100の破壊力が必要な状況では10の魔力が必要な通常魔法と50の魔力が必要な魔力攻撃。

 

 この状況ならば燃費という観点から通常魔法の方が遥かに優れている事がわかる。

 

 しかし通常魔法には術式という型が存在し、多少の例外はあれどもその出力と規格は()()()()()()()()()

 

 例えば氷槍。

 魔力攻撃ならば50はかかる破壊力を、氷槍はたった10の魔力で再現できる。

 この差は単純なものだ。

 

 魔力を氷槍という鋭利かつ質量を持った物質へと変換する際に生じる魔力の量が極小なものであるため。

 

 形成、維持、射出。

 

 この三段階の工程を踏む必要があるとはいえ、約5倍差のコストパフォーマンスを実現できると言うのは常識外れとしか言いようがない。

 

 けれどそう都合良く物事は運ばない。

 術式に基づく通常魔法には限界があった。

 

 魔力によって複雑な事象を引き起こす魔法は、あるレベルを境に急激に効率が落ちる。

 私が作り出した異界や寒波もその類になる。

 

 どちらの魔法も魔力消費量を5万とし付随効果を踏まえた上で、破壊力を計算するとざっと4万程度。

 

 一方魔力攻撃ならばどうか?

 消費量5万の場合、驚くべきことに10万の破壊力が発揮される。

 

 上位の魔法となればなるほど複雑怪奇な術式の理解を強いられる割にはその効果は微妙なのだ。

 

 この差は一体何故なのか?

 魔力を物質に置き換える術式の方が遥かに効率的だったはずなのに、いつの間にか私達は効率という観点で野蛮極まりない魔力攻撃に劣るようになっていた。

 

 そして上位魔法はその燃費の悪さ故に疎まれ、何年その数を減らし始める。

 魔法史においてはこの時代の魔法は、はっきり言って停滞している。

 

 理由はわかる、それ以上魔法を追求しても意味はないからだ。

 効率化という目的が根幹から破綻している魔法を使う者は愚者である。

 その理論を唱えたのは誰だったのか。

 

 確かに合理的な判断と言える。

 これ以上魔力効率が良くならないのなら早々に見切りをつけて、新しいアプローチをかけるべきだ。

 

 誰しもが魔法を捨てる時代だった。

 

 けれど私は出会ってしまった、バルトに。

 

 彼の提唱する理論は斬新極まりないものだった。

 そのアプローチとは魔力の純化。

 

 魔力経穴に何らかの障害を抱えるバルトは魔法が使えないどころか、あらゆる人間が可能な魔力を知覚する事が出来なかった。

 

 そこで彼が編み出したアプローチは単純だった。

 魔力を増やすのではなく魔力の密度を高め、一切の不純物を排除する魔力の純化作業。

 

 超高濃度の魔力ならば不感症地味た症状を持つバルトでも高くできるのではないのか?

 そういったアプローチだった。

 

 結果的に彼が魔力を知覚する事は叶わなかった。

 けれど私にとっては目から鱗が落ちるような理論で、バルトと別れてからはこの研究に半生を費やし、魔法の深淵を覗くことに成功したのだ。

 

 魔力とは何か?

 

 このテーマこそが私の命題。

 そしてその本質は"エーテル"と呼ばれる極小の球体から発せられる力場だったのだ。

 

 このエーテルは謂わば目に見えない物質……というより概念に近しいものとでも言えばいいのかしら、とりあえずエーテルは人の願望を叶える特性を持っている。

 より厳密に説明すればその特性は異なるけれど、大まかにはそういった認識で構わない。

 

 そしてエーテルは人間の体から発せられ、その人間の記憶や生い立ち実力に見合った量の魔力を放出して、現実を書き換える。

 その際に人間はエーテルと魔力を肉体から一時的に失い、いわゆる魔力の消費という減少と向き合う必要がある。

 

 ここが鍵だ。

 

 より根本的に"魔力消費の原理"というものは"エーテルの消費"による作用と言えるわけだが、このエーテルが排出できる魔力量には個人差があり、さらにはエーテルより排出される魔力の濃度も個人によりマチマチ。

 ここで注目して欲しいのが魔力の密度。

 

 ちょっとした魔法を使うのならエーテル一つから散布される魔力だけで数回分の魔力は担保できる。

 

 でも実際人々は魔法を利用するとき、エーテルそのものを利用してしまっている。

 従来の魔法というものはエーテルのみで物質を構築し、その内側を魔力で満たす。

 無数のエーテルという微細な……それこそ原子のような物質を魔力で繋げて形を成すのが従来の魔法。

 

 でもそれでは魔法を使うたびに消耗するエーテルの量は膨大に過ぎる。

 故に私は魔法の骨格の各基点のみにエーテルを配置し、それぞれを魔力の線で結び物質を形成する。

 

 さっきの例えで言うなら、魔力攻撃と比べて消耗する魔力だけは術式の方が遥かに微量だけど、エーテルの消耗量は魔力攻撃の方が遥かに少ない。

 

 大規模な魔法を使う場合で例えるなら……

 

 従来の術式だと全ての容器から1割にも満たない内容物を放出して使い捨てる。

 一方、魔力攻撃だと全体の約1割から2割程の数の容器から内容物全てを放出する。

 

 この条件の差があると言うのに両方とも、同じ火力になる。

 

 これなら1万のエーテルが必要となる作業を10や20のエーテルで補えるし、中途半端に魔力の残ったエーテルを利用する為に発生する擬似的なガス欠、"詠唱の失敗"というような現象を回避できる。

 

 最大の課題は一つのエーテルから魔力を振り絞る事。

 

 今際の際や生死の瀬戸際でもない限りエーテルから魔力を全部搾り取るような真似は出来ない。

 そこで目を付けたのは詠唱の有無。

 

 詠唱とは謂わばスイッチのOn/Offの切り替え。

 一度スイッチを入れて仕舞えばエーテルが稼働し続ける限り魔力が放出される。

 

 この状態を"活性化"と定義付けるなら、非詠唱の時の状態は"非活性化"といえばいいわ。

 

 土台、活性化させたところで従来の術式でエーテルから搾り取れる魔力量は全体の1割程度。

 なら非活性時は?

 

 私達が生きるには魔力が必要だ。

 それは魔力の制御が全く出来ないバルトも同様で、私達は無意識に魔力を放出している。

 

 自己の意識で魔力の漏出を抑えることは出来るけれど、完全に消すことは困難極まる。

 だってそれは長時間息を止め続けているのと変わりはないから。

 

 呼吸のような動作こそが魔力の漏出なんだ。

 

 最近になって漸くあの傲慢な魔法使いが莫大な魔力を垂れ流していた理由がわかる。

 

 あの男は間違いなく、エーテルから魔力を搾り取る術を知っていた。

 

 それは非活性時のエーテルから放出できる魔力量を、活性化したエーテルのそれと等しくすること。

 

 この技術を実現するまでに10年以上の月日が経った。

 

 結果としてエーテルを用いた魔力濃度の向上という研究は成功する。

 

 無数のエーテルから放出される魔力同士の結合より少数のエーテルから放出される魔力の結合の方がより、強固で迅速。

 ロスの少ない高濃度の魔力による飽和攻撃と戦略級の範囲型殲滅魔法。

 これらの実用化は実に苦労をした。

 

 でもこれによって私はエーテルの非活性化状態(無詠唱)を極め、上位魔法を実用化させ、更なる高みへと手を伸ばした。

 

 天位魔法

 

 天の意とも取れる圧倒的な殲滅力と規模からそう呼ばれた、遠い日に断絶したはずの魔法を私は現代に甦らせた。

 

 

 そう、これは私の意思であり、天の意思に等しいのだ。

 だから私の行く道を妨げまるつもりなら、誰であっても蹴散らしていこう。

 

 「バルト。これで漸く、貴方と一緒にいられるわ……」

 

 彼を閉じ込めた最初に指先が触れる。

 あの寒波は世界さえも凍てつかせる理外の魔法。

 

 空間魔法のノウハウから、空間の概念でさえ例外ではない。

 つまるところ空間を凍てつかせてしまえば、空間と連動する"時"でさえも私の絶対零度の前ではその運動を停止する。

 

 「今度も私が追いかける番ね、まあ今更だから別に構わないわ」

 

 一人は寂しいけれど、私があいつらから彼を守らなきゃ……

 

 思い返せば彼と出会って20年が経つ。

 私の人生の殆どは彼の背中を追いかけていた。

 時には彼の行き先を知って先回りしたこともあったわね。

 

 「未来()に行ってて、まあ私が貴方に追いつくから」

 

 彼の利き腕を奪った魔人の呪いを解く、それまで私は彼を異界(私の内)で守り抜く。

 孤独な闘いになる。

 何年、何十年、何百年掛かろうと私は───

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、あれは危なかった。

 直撃していたら死んでいたかも知れん。

 

 あいつは気づいてないだろうが、昔からの癖というべきか大技を見せた直後に更に規模のデカい技を使うきらいがある。

 

 だから現れた雷の壁が牽制に過ぎない事、その後数秒間は詠唱の隙が生まれる事、この二つはすぐに分かった。

 

 その意味ではあいつの大技に助けられたとも言える。

 

 しかし……流石に殺しに来ないと踏んでいたのだが、あんな大技を使ってくるとはな。

 そこまで拒絶された事に腹を立てたのか?

 

 どちらにせよ、俺のこれからの旅は今までと違って自由気ままな旅ではない。

 自由である事には変わらないが挑戦としての面が強い。

 かけるのは自分の命一つで充分なんだ。

 

 今この瞬間も親友の言葉が呪いのように乗し掛かるのは、きっと今まであいつの言葉に甘え、導かれてきたからに違いない。

 あの男は求められれば与えるが、その倍取り立てる男だ。

 

 あいつの予言通りなら俺は死ぬ。だがそれは自由の対価としては破格だろう。

 そういう意味でならあいつらしくは無いが、今まで甘えてきた分しっかりと責任を取る。

 それが今の目標。

 

 他の皆を巻き込みたくないというのは間違いだったな。

 巻き込んではいけないんだ、俺自身のためにも。

 

 ……と、そうだ。どうせ村を跨ぐんだ()()()()()()()()に行かないとな。

 

 幼馴染のアリシア。

 村を飛び出した9歳の頃の話だ。

 

 アリシアは優秀だった。

 魔法の使えない俺とは違って、すぐに中位の魔法を習得して師匠を驚かせる程だった。

 それに加えて剣の扱いも俺より上手い。

 俺の剣は体運びに重点を置いたもので、多少の術理はあれどほとんど力任せなものだ。

 一方彼女の剣は強く、軽く、鋭く、速く、重かった。

 堅くもあり、それでいて柔らかく、決して俺では手の届かない頂にあったと思う。

 

 それは今の俺でもそう考えてしまう程の才覚。

 幼い頃の思い込みがそうさせたのか、師匠というあんな片田舎にいるべきでは無いような人物が居たからそう思ってしまったのか。

 

 師匠は人間ではなく何らかの長命種らしい。

 剣の手解きは親父からだったが、魔法の知識については師匠から教わったものを自己流に解釈して今日に至る。

 師匠曰く、俺は魔法の飲み込みはとても早いらしいが全く使えないとのことで残念がられた。

 とはいえ知識を貪欲に求める姿勢は師匠にとっても好ましかったらしく、ありがたい事に禁術レベルのこと以外なら割と何でも教えてくれたお陰でティナと親交を深めることができた……のだが、結果がこれである。

 

 今度会うことがあったら詫びの一つでもいれよう。

 歩み寄る対話の第一歩は謝罪からだ。

 

 この件で頭を下げるとなれば、謝罪しなければならない相手は相当数いるはずだ。

 ただ、今はアリシアの所に行って考えよう。

 

 俺は森へと向かう。

 

 想像以上に道具屋での戦闘が長引いた影響で、森に到着した頃には既に陽が落ちようとしていた。

 夜の森は危険極まりないが、それ以上に危険なティナの追跡から逃れる為に、一泊などしていられるわけもない。

 徹夜で森を駆け抜ける。

 

 

 魔王が死んで、俺が行方を眩ましてから2年間。

 ティナは何と言っていた?

 

 『分かるかしら?貴方が失踪してからの2年間。()()大変だったのよ?』

 

 ───()()

 つまり俺を探しているのティナ一人ではないという事だ。

 追跡者は誰だ?……いや、思い当たる節が多すぎるな。

 

 とにかくティナが仲間に連絡する前にまた行方を眩ますことが叶えば俺の勝ち、その前に捕捉されれば俺の負けという事だ。

 

 厄介なことにティナは俺がオーラスの外れにある森へ向かっている事はバレている。

 ちょうど森を抜けた先をしばらく進んだ所にある生まれ故郷について誰にも教えた事はないが、仮に調べられでもしていたのなら最悪、待ち伏せの可能性もあるだろうな。

 

 一刻も早く故郷を目指す。

 今ならまだ俺のほうが早い。

 

 幸というべきか、当然というべきか追跡者の気配もなく、西部では東部の権力者(俺の知り合い達)であっても軍を上げての行動は厳しいだろう。

 

 「む?」

 

 足を止める。

 前方、木々の狭間。

 一箇所だけ夜風がこちらに流れてこない。

 

 「結界……にしては随分と規模が小さいな」

 

 一歩進んで、その正体を理解した。

 ティナとの戦闘では不覚を取ったが、俺は結構夜目が効く方だ。

 

 そして手を伸ばし、触れる。

 わずかな粘り気が腕に絡みつき、不快な音を立てる。

 

 「この辺りで蜘蛛型の魔物と言えば───」

 

 周辺の木々が突如として騒めき始める。

 木の葉が舞い散り、微弱ながら空気が振動していた。

 

 丁度、何かが猿のように木から木へと飛び移るような物だ。

 

 「烏頭の魔蜘蛛(クロウヘッド・スパイダー)か!」

 

 通称"烏頭"

 一説では悪魔の末裔とも言われる魔物で探索初心者が行方不明になる要因の過半数がコイツの仕業である。

 コイツの厄介なところは、恐ろしく頭が冴えるところだ。

 

 狡賢い上にこの辺りの魔物の中では頭ひとつ抜けて強い。

 ガキの頃の俺は夜中にランタンを持って、森を駆け抜けている最中に襲われた。

 

 まず奴が狙うのは灯だ。

 射程が長く、威力の高い粘性の虫糸を放ち、人から光を奪う。

 

 加えて厄介なのはコイツは空を飛べる。

 実際には四対の脚の間にある皮膜で滑空しているだけだが、糸を使ったスウィングと合わせるとかなりのスピードとなるだろう。

 

 体感、ワイバーンの降下攻撃並みの速さはあるんじゃないか?

 

 とにかく飛ばれたら最後、烏頭の独壇場だ。

 

 対策としては魔法使いをパーティに入れること。

 冒険者の魔法使いなら、ほぼ確実に灯りの補助魔法を習得しているはずだ。

 更には飛ばれたとしても、遠距離攻撃手段に富む魔法使いなら烏頭を容易に撃ち落とすことが出来る。

 

 魔力の制御が全くできない俺は魔力の塊をぶつけて落とすことも出来ないため、随分と苦戦を強いられた。

 

 だが今の俺であるなら対処は容易い。

 上空を忙しく飛び回る烏頭姿を捉えた直後、愛剣を鞘へ納め居合の構えを取る。

 

 「鎌鼬!」

 

 真空の刃が夜を引き裂く。

 命中精度は心許ないが、相手は人喰い蜘蛛。

 その体躯であれば、回避は不可能だ。

 

 「──────!!!!」

 

 体液を撒き散らしながら、両断された蜘蛛が絶叫し堕ちる。

 

 「ふぅ……、じゃないな」

 

 

 先ほど言ったように、この烏頭の魔蜘蛛に保存食として捕らわれたりして帰れなくなった冒険者は非常に多い。

 そのため本来のセオリーならコイツに多少の手傷を負わせ、巣に逃げ帰ったところを追い掛かて要救助者を探す事。

 それが腕の立つ冒険者に義務付けられているのだ

 

 尤も俺は冒険者を引退してから随分と立つ身の上であり、そんな努力義務は負わず好き勝手に出来る。

 こういった事も冒険者を辞めるメリットなのだが……

 

 「仕方ないか」

 

 わざと烏頭を逃がして巣へと導かせるのがセオリーと言ったが、実はちょっとした小技がある。

 かなり集中する必要はあるが、闘気を辿ればいい。

 

 魔法を使う魔物以外は大抵闘気をメインに利用する。

 

 そして烏頭は蜘蛛の巣を闘気で射出し、強度を高める。

 故にやつの虫糸には微量の闘気が残留し、所々に()()が出来上がるという寸法だ。

 

 俺が言うのも何だが結構な離れ技であり、この技術があるだけで一生食いっぱぐれないレベルで重要がある技術といえよう。

 

 そうこう言っている内に目的に辿り着いた。

 

 岩場の隙間に大量の虫糸。

 しかも闘気たっぷり。

 

 随分と強固な守りだ。

 市販の鉄剣ならビクともしないな。

 

 「こういう時は……」

 

 巣の入り口に手を当て闘気を流し込む。

 すると虫糸が音もなく弾け散った。

 

 ビチャビチャと粘土の高い糸数が服に付着した。

 

 「はぁ……これだから救助は嫌なんだ」

 

 鎌鼬を使っても良かったが巣の規模がわからない以上迂闊に刺激は出来ない。

 あの闘気だ。

 おそらくかなりの数の子蜘蛛がいるだろう。

 

 加えて入り口付近に要救助者がいた場合、そいつ毎斬り伏せてしまうリスクもある。

 流石に犯罪者のレッテルを貼られるのは御免被りたいところだ。

 

 故にこうするしかなかった。

 

 これはそこそこ有名な手段であり、誰しもが経験した事ある事象に瞬くものだ。

 

 こういった経験はあるだろうか?

 武器に闘気を一気に注ぎ込んだ時、想像以上に脆くなり一振りで砕け散った事。

 あるいは闘気を注ぎ込んだ瞬間に破裂した事。

 

 あらゆる物質には耐久許容値が存在する。

 例えば今の俺が愛用している、この錆びついて何も斬れない剣。

 

 普通に使えば……いや頑張れば骨くらいは両断できる……はず。

 しかし直接10の闘気を注いで人間を斬れば、骨に刃が引っかかった段階で刃毀れする。

 

 この差は闘気を流し込んだかどうかによるものだ。

 闘気を流せば流した分だけ武器の切れ味は上がるが、その強度はドンドン低下していく。

 

 謂わば諸刃の剣のようなものだ。

 

 先の戦いでは得物を壊すわけにもいかないため、闘気によるコーティングを選択し、非殺傷での制圧と同時に得物の保護を図ったわけだが見事敗走という結果になった。

 

 まあそれは置いておこう。

 

 とりあえず蜘蛛の巣を破壊させたのは闘気を無理矢理流し込んで、ちょっとした衝撃でも壊れる程度の強度に仕立て上げたというだけだ。

 

 これは()()()から教わったものだが、かなり有名なものだと思う。

 

 「さてと、誰かいるのかー!」

 

 巣穴に顔を突っ込んで叫ぶ。

 まあ死んでいても、死体を回収すればいい。

 巣にいるのなら生きているか死んでいるかは半々だ。

 

 森に打ち捨てられていたのなら探しようがない。

 もしそうなら悪いが、占い師を雇うか鼻のいい獣人や召喚士を雇うしかないだろう。

 

 勿論俺はそこまでお人好しじゃない。

 俺個人の手の届く範囲で、気が向いたら助ける。

 

 それだけの事だ。

 

 しかしそうはいったものの、全く反応がないのは困る。

 

 「入るしか無いか……」

 

 巣穴とは言ったが、穴というよりは洞窟だ。

 何せ2メートル近くの体躯の人食い蜘蛛の巣だ。

 一つの洞窟になっていても仕方がない。

 

 ここならランタンをつけても問題はないだろう。

 

 洞窟は音をよく響かせる。

 エルフ程ではないが、俺は耳が良い。

 それも子蜘蛛となれば数は相当なものだ、まず奴らの足音を聞き流すようなミスはありえないと言っても良いほどである。

 

 これは決して驕りではなく、厳然たる事実だ。

 

 先のティナとの戦闘のような異空間でもない限り、例外はほぼないと言っても良い。

 

 暫く洞窟を進むと暗闇の中で蠢く気配を確かに感じ取った。

 

 「早速おでましか……5匹か、随分と子沢山な事だ」

 

 子蜘蛛とはいえ、人喰い蜘蛛だ。

 そのサイズは巨大で子蜘蛛であったも1メートル近くはある。

 そんなものが動き回れば何となく気配で察せられる。

 

 そして野生の魔獣に闘気を隠すことはできない。

 それは壁越しであろうと無かろうと変わりは無い。

 

 「要救助者は……一人か他は、まあいい」

 

 蜘蛛の側で天井から吊るされている微弱な闘気のかたまりを知覚した。

 闘気から察せられる形状から、おそらく人間だ。

 

 とりあえず全員潰してから考えれば良いだろう。

 間に合わず、息絶えたのなら仕方ない。

 

 運がなかったと諦めてもらうだけだ。

 

 全速力で洞窟を駆け、分かれ道を発見する。

 夜目が聞くとはいえ限度はある。このレベルの暗さとなればランタンは必須だ。

 

 いきなり照明を全開にするのは視界を一時的に失うリスクがある、故に少しずつ光量を上げ、最低限度の灯とする。

 ランタンに取り付けられたつまみで光量を調節しつつ、先を照らす。

 

 すると灯りに釣られて子蜘蛛が飛びついてきた。

 

 「まず1匹」

 

 体液を浴びないように、飛びかかる子蜘蛛の胴と頭を切り分ける。

 撒き散らされた体液は人間すら溶かす消化液や毒液の可能性もありえるからな、万一にも浴びてしまっては大惨事となるだろう。

 何せ森や洞窟のでは接触箇所を洗い流す場所は少ない。

 運がよければ見つかるだろうが、回避できるのならするに越した事はなく、それはベテラン冒険者や俺であっても変わりはないのだ。

 

 勿論闘気でコーティングした愛剣も無事だ。

 というか、していなかったら既に折れている。

 

 ただ物理的なダメージ以外にも体液を避けたい理由がある。

 というのも奴らの体液から分泌されるフェロモンが厄介なのだ。

 

 このフェロモンは同族を生存させるためなのか、生き残った他の個体に危険信号のようなものを発し続ける。

 結果として奴らは体液を浴びた者に対しては異常なまでの警戒の色を見せて、烏頭が由来の狡猾さを全面に出し脅威的な策を講じてくる。

 

 特に子蜘蛛は面倒臭い。

 

 何せ数が多く徒党を組んでくる可能性が高く、親蜘蛛と比べ貧弱であるものの先述した体液によって初心者では迂闊に手が出せなくなる。

 

 いや、そういった点から判断すれば親蜘蛛よりも遥かに厄介なのだ、巣に潜む子蜘蛛の群れというものは。

 故に逸れた子蜘蛛を一匹処理できた事は幸先が良い。

 

 残り4匹、このまま何事も無ければ良いんだがな……

 

────────────────────────

 

 洞窟内で子蜘蛛達は死肉を黒曜石のような嘴で啄み、腹を満たしていた。

 

 「───、───?」

 

 僅かに周囲をキョロキョロとする個体に釣られ、子蜘蛛は何事かと首を傾げる。

 その一連の動作に音は無い。一見すると烏のような頭をしているがあくまで蜘蛛に過ぎない。

 故に声帯を備えておらず、烏のように鳴くことによる意思疎通を図ることは叶わないのだが、コミュニケーションとは会話に留まる事はなく、他の個体に触れ、身振り手振りで表現する事で己の意思を伝える、そういった原始的なコミュニケーションを取ることは可能であった。

 

 人間の数倍もある視力と闇夜に対応した双眼と六の複眼は遠方を見据える。

 その直後、此方へグチャグチャとなって飛び散った同胞の身体。

 

 子蜘蛛残骸を一瞥して、侵入者の存在に思い当たる。

 異様に帰りの遅い父、見回りの長引く長兄。

 

 つまりはそういう事だ。

 狩られてしまった。

 

 今この瞬間にも同胞が狩られている。

 

 侵入者を発見してから僅か2秒、巣穴に潜む3体目の同胞が吹き飛ばされ、岩壁のシミとなった。

 

 残るは自分とそばにいた同胞のみ。

 

 侵入者までの距離は一息程度。

 

 瞬時に状況判断を終える。

 

 同胞が侵入者へ突貫すると共に、一気に後方へ駆け出す。

 バラバラに斬り刻まれる同胞を背に、目的のものをその手中に収める。

 

 まだ生きている新鮮な餌だ。

 人間は同族が危険になると気が逸らされ、隙を見せる。

 

 この人間も例外ではない。

 

 「小賢しい真似だな」

 

 何か音を発したがどうでもいい。

 もし躊躇のない個体であったのなら、今の己は存在していない。

 

 だが今この瞬間にも己はこうして生き永らえている。

 故にこの作戦は有効で、そして()()()()()に終わる。

 

 

 そうだろう?母よ

 

 

 「───、───」

 

 人間の背後その情報に張り付く、巨大な蜘蛛。

 母は己に気を取られている人間の両脚に糸を飛ばし、二度と動けないように固定した。

 

 「足を獲ったか、そいつは確かに狩りなら正解だがな……」

 

 また何か音を発している。

 仲間を呼んでいるのか?

 にしては小さい。

 

 まあいい。

 どちらにしても構わない、ここでこの人間は死ぬのだから。

 

 何をしても無駄だというのに男は腰に付けていた何かを取り出して………

 

 視界が白に染まった。

 

 

 光!?

 

 認識するまでの僅かな遅れが致命的だった。

 頭部に突き刺さる衝撃の後、生暖かい何かが羽毛を湿らせる。

 

 

 「精々恨め、そして先に逝って待っていろ。そう遠く無い内に俺も行ってやる」

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 最後の子蜘蛛を殺し、子の死に見境を失った母蜘蛛の脳を一突きして終わらせた俺は、早いうちに体液塗れの上着を脱ぎ捨てて人質にされていた少年を担ぎ上げる。

 

 「軽い……」

 

 ライトレザーアーマーにフット、アーム……頭部は視界確保のために装備は見当たらない。

 斥候なのだろうか?随分な軽装だ。

 

 闘気や魔力を扱える人間にとって鉄鎧ですら、中装と大差ない。

 故に大体の冒険者は騎士と見分けがつかないほどにフルプレートアーマーを利用している。

 無論それなりに値段は張るものの、よくあるファンタジーものと比べても技術力の高いこの世界では銀貨数枚……前世の価格で言えば10万もあれば一式揃えれる程度の価格となる。

 

 そんな中一人だけ、裸も同然の軽装となればかなり不自然に映る。

 名を売るために目立とうとした?

 

 仮にそうだとしても実績が伴わなければ、ただの無能誹りを受けてしまう事は免れないだろう。

 

 まあ、どうでもいいか。

 

 「……?」

 

 少年が目覚めたようだ。

 

 「起きたか。どこか痛む場所があるなら早めに言え、多少は配慮しよう」

 

 「え?あ?」

 

 どうにも困惑しているみたいだな。

 仕方がないといえば、仕方がない。

 化け物に襲われて死んだかと思えば、次の瞬間には見知らぬ男に抱えられているのだ。

 

 「うわぁっあああぁ!?」

 

 「喧しい」

 

 「い゛っ……」

 

 頭に響く甲高い、女のような叫びに耐え切れず俺は悲鳴の発生源を軽く叩く。

 

 「よし、静かになったな。そのまま聞け」

 

 「は、はい……」

 

 「俺が確認したところ生き残っていたのはお前だけだが、気になる奴はいるのか?遺体くらいは確認させてやる」

 

 「い、いえ結構です」

 

 「そうか、なら身体の痛む箇所はあるか?」

 

 「いえ特に……あ、すみません。痛みはないんですけど」

 

 「肩か、そこは問題ない。烏頭に多少啄まれた程度だ。烏頭は確か神経毒を用いて相手の動作を止めてから捕食する。もっとも神経毒単体に命に関わるようなものは無い。解毒魔法を使って貰えば簡単に治るだろう。他には?」

 

 「あっ、えぇとお名前は?」

 

 「今の流れでか……」

 

 「命の恩人ですし」

 

 「そうか、ならまず先に名乗れ。命の恩人云々以前の礼儀だ」

 

 あまり詮索されたくないので話を逸らす。

 

 「これは失礼しました!わ、私はレアル侯爵家が()()、フローリア・ウォンド・レアルです。このご恩は決して……」

 

 「ちょっと待て情報量が多い」

 

 「は、はぁ」

 

 そういえば……

 

 

 

 

 ふにっ、ふにっ

 

 

 

 

 ふむ、蜘蛛の後でネチャネチャしていて気持ち悪い上に小さいが、確かに乳だ。

 

 「いや、ちょっ!?何処をっ」

 

 やたら柔らかいと思ったら、成程成程。

 ややこしいな。

 

 「ま、まさかこの私に不埒な事をしようと!や、やめて下さい!私はまだじゅう───」

 

 「喧しい」

 

 「ぃ゛っ」

 

 鉄拳制裁。

 

 『ケケケ、てめぇ凄ぇな。女難の相ってレベルじゃねぇぞ!恋愛原子核かぁ!?ダハハハハ!』

 

 旧友の嘲笑が脳裏で木霊した。

 

 どうやら運命の悪戯はまだ終わらないらしい。

 

 しかしそんな事があっていいのか?

 俺は()()()以来、女苦手なんだ。

 それどころかトラウマもある。

 

 ……いや流石にこの貴族は大丈夫、だろう。

 多分。

 

 ナチュラルに胸元を失敬したし、頭も叩いた。

 好感度で表すなら命の恩人というデメリットを差し引いても、マイナスからスタートの筈だ。

 

 「悪かった。身なりからして男だと思っていた」

 

 素直に自白する。

 ついでにお前の胸が貧相すぎて男と思った、と解釈出来るようにだ。

 

 「あぁ〜そう言うことでしたか!冒険者に扮してこの森の先を目指していたんです」

 

 「だからそんな装備で?」

 

 無謀だろ、頑丈な鎧でも着ていれば烏頭の攻撃も通らなかったろうに。

 確かに森の中で鎧を着込んで歩くのは随分と大変なものだが、初心者だからこそ必要なんだ。

 

 「はい!駆け出しの冒険者といえば、こういった身なりであると幼い頃に読んだ本に書いていました」

 

 絵本か?そういう類いの話は大体大昔の話が定番だ。

 革鎧なんざ、闘気の存在が明確に浮き彫りになってすぐの時代……重きよりも堅きを主眼をおく1000年近く前の流行になる。

 

 闘気だけで凌ぎ切れるなら苦労はしない。

 尤も当時は今より闘気の練度のレベルが高く、本当にそうだったらしいが……

 

 しかし、他人伝の話はイマイチ信憑性に欠けるな。

 旅が終わったら竜人族のおっさんに話でも聞いてみるか。

 

 いや、そうじゃない。

 

 この危なっかしい少女に現実を教えてやらねば

 

 「いいか、革鎧はな───」

 

 「その前に一つよろしいですか?」

 

 「はぁ……なんだ」

 

 「お名前の方をお伺いしても?」

 

 「そうだったな……俺はバルトだ」

 

 別に本名でも構わないだろう。

 今時そう珍しい名前でもない。

 

 「───」

 

 沈黙したな。

 俺がまだガキの頃、魔人を殺して一躍時の人となっていた時期の事。

 

 中世風な世界なだけあって娯楽は少なく、人々は噂話を多い好んだ。

 要はそういうことだ。

 

 話に尾鰭がついて、男の子ならバルトという名前が主流になる程度には流行ってしまった。

 街中で野郎に名前を聞けば10人中3人はバルトと答えるほどだ。

 

 だから本名を名乗っても問題はなかった。

 

 寧ろ名乗るのは別の意味で嫌かもしれない、何というか人気俳優やキャラクターの名前を子供につける感覚を俺は理解できない。

 

 しかしこれが現実だ。

 

 この少女もまたか……と言った表情を浮かべて、いない?

 

 「い、いいなぁ……」

 

 「な、何がだ」

 

 「だって()()()()と同じ名前なんて……正直羨まし、いえ妬ましいです!!!」

 

 正気か?コイツ

 

 「私もバルト様になりたい!!!」

 

 なら代わってくれ。

 今まさにお前の憧れているバルト様は、昔の女に命狙われてるんだよ。

 

 「いいなぁ〜うぇへへへ」

 

 理想の俺を思い浮かべてでもいるのだろうか、気色の悪い笑みじゃなくて恍惚とした表情で……涎垂らすなよ、汚ねぇな。

 

 というか革鎧って俺の真似かよ!?

 確かに常識のなかった俺は革鎧を来て冒険者を始めたがな!それでも流石に気づけよ!

 

 いやいや、そうじゃない。

 それよりだ、レアル侯爵?

 聞き覚えがあるな、確か20年くらい前に……

 

 あの時の貴族の娘かよ!

 

 嘘だろ?

 どんな教育したらこんな実在する男と自分のラブロマンスを想像してそうな夢女が出来上がるんだ!?

 

 「ふふふ、自慢ではありませんが私は本物のバルト様に一度お会いして、婚約した仲ですのよ」

 

 「そ、そっかー凄いな、うん」

 

 「ええ!そうです!」

 

 いたな、そんな子供……というかお前だったのかあの子。

 求婚されたの初対面だったし、その後お前の親(貴族達)がトントン拍子でお見合いの話とか話を進めてきて怖かったから、トロリアの街から逃げたんだよ。

 

 「ですから、未来の嫁として彼の故郷へ行こうと……どうされたんです?急に固まって」

 

 「いや、な、な何でもない」

 

 まだソレ続いてたのかよ、怖いな。

 普通、逃げられたなら有耶無耶になるだろ。

 

 20年も前の話だろうが……

 

 いやこの世界なら現代で言えば15年くらい前の話か?

 時間の感覚にまだ慣れられないな。

 

 「というか故郷って言ったな、と言うことは」

 

 「勿論、アザリア村です」

 

 「き、奇遇だな、俺もそこを目指してたんだ」

 

 都合が良いには、都合が良いが最悪だ。

 何だかんだと言って今の俺は追われる身である。

 故に前は進めるのは大変好ましい限りなのだが、もし俺が本物だと露見した場合が厄介だ。

 

 絶対についてくる。

 

 仲間を置き去りにするのはかなりの苦労だった……しかし彼女を放置すると言うのもなしだ。

 もし放置した場合……

 

 

 

 

 

 『姫様ー!!!バルト様を見つけましたよ〜!』

 

 『なんですって!?今すぐバルト様の捜索部隊を編成して西部遠征の準備を!』

 

 『はっ!』

 

 

 

 

 確実になる、あの姫さんの事だ100%そうなる。

 

 しかしこれはバレている事が前提、つまりバレなければ問題ない。

 アザリアの村で彼女を置き去りにすればいいんだ。

 そうだ、バレなければ……

 

 いやティナが居たな。ウォートルクの方面はダメだ。

 彼方からジワジワと情報が出回るだろう。

 

 どちらにせよ彼女、フローリアにバレるの避けたい。

 勝手に挙兵でもされれば大変なことになる。

 魔王を倒したと言うのに、訳の分からない理由で全面戦争になるのは御免被りたいところだ。

 

 何が火種はないだ、あったじゃないか。

 

 ティナの言う通りだった。

 見通しが甘かった。

 

 「あれ?仮面なんて付けてました?」

 

 「変なことを言うな、最初からだ」

 

 全くの嘘である。

 洞窟の暗さを言い訳にさせてもらおう、今までのはただの錯覚だと。

 

 次元鞄の中に丁度良い仮面が無かったので、つい曰く付きの仮面を付けてしまった。

 確か一度つけると取れないものらしいが、顔を隠す理由としてはうってつけだろう。

 

 しかし何故レイリーの奴は俺にこんな仮面を寄越したんだ?

 

 レイリーというのは俺が昔拾った子供で、10年近く一緒に旅をした仲間の一人だ。

 人魔対戦の直前に別れることになったが、餞別代わりに譲った宝剣のお返しにとばかり渡されたのがこの仮面だ。

 

 正直センスはないと思う。

 

 他人からのプレゼントにケチ付けようってガラでは無いのだが、呪いの品を渡すのはそれはそれでどうかと思う。

 いやあの娘の出自を考えればそんなものなのか?

 

 現に役に立った訳ではある……が、複雑だ。

 何か憎まれるようなことでもしてしまったのだろうか。

 

 まあ次に会ったときに仮面を外す方法を聞いておこう。

 そういえば食事は取れるのだろうか?

 

 最悪無理矢理破壊するしか無いな……

 娘同然の子供から貰ったものを破壊するのは心苦しいが、その時はその時だ。

 仕方あるまい。

 レイリーは物分かりの良い娘だ、俺の事情も汲んでくれる事だろう。

 

 怒られた時は謝ろう、この場合100%俺が悪いしな。

 そうだ、この旅で詫びの品でも探そう。

 昔はあれだけ小さかったレイリーも今や一軍を率いる将なんだ。

 見栄えの良い装飾品は如何だろうか?

 

 この程度なら()()()()にはならんはずだ。

 この辺の話はあの娘と別れたタイミングで嫌と言うほどしてきた。

 

 「あの、その仮面……」

 

 「知ってるのか?」

 

 「カッコいいですね!」

 

 この娘の頭の中が知りたい……いややっぱり遠慮しておこう。

 誰だこのお嬢ちゃんの頭の中を冒険譚一色に染め上げた輩は。

 

 俺だよ!

 糞、申し訳なさが微塵とも湧かないぞ。

 フローリアはなるべくしてこうなった、もうそれでいいだろ?

 

 「そ、その仮面、か借りても?」

 

 「やめておけ、そいつは呪物だ」

 

 「ふおおぉおぉぉ、カッコいいぃぃぃ!そのセリフ私が言った事にしてもいいですか?」

 

 「……」

 

 こいつさっきまで生死の瀬戸際に居たよな?

 なんだこのテンション。危機感とか欠落してるんじゃ無いのか?

 

 普通子供の頃から英雄譚ばっかり聞かされていると逆に飽きて反発しそうなものなのだが……本当に英雄譚が好きなんだな。

 

 とは言ってもこの娘に俺の話を聞かせる訳にもいかんし、別段面白い話題を提供することもできない。

 今に思えば良く俺の仲間は俺について来たものだな。

 

 身寄りの無いカルカトルやメイドのマナは兎も角として、雑談も殆どなく、唯真っ直ぐに冒険を続けてきただけだ。

 

 

 「はぁ、好きにしろ」

 

 「くふふふ、この左腕は呪われている……触れれば貴様も危ういぞ……ひーっ、かっこいいぃぃぃ」

 

 変な脚色付けるな

 

 

────────────────────────

 

 

 フローリアを担いだままオーラス郊外の森を抜け、朝日を拝む。

 予想以上に時間は食ったが、追手の気配もなく不気味なほど順調な旅路となった。

 

 故郷のアザリアの村は直に着くだろう。

 

 「口の中がまだゴワゴワします……」

 

 「諦めろ。そう何日も動けないままだったら、筋肉が萎んで一人で帰れなくなるぞ?」

 

 「そうは言いますが、清らかな乙女の口になんて物を……」

 

 「誤解されるような言い方はよせ、あれに毒はない。見た目は毒虫だが烏頭の神経毒への免疫があるんだ」

 

 「た、確かに身体の感覚はかなり戻りましたが……」

 

 「本物に近づきたいんだろ?」

 

 「はい!そうですね!なんでも食べます!!!」

 

 「その調子で頼む」

 

 フローリアとの距離感、というか扱い方がなんとなく分かった。

 勇ましい所、こいつの言葉を借りるならバルト様ポイントが高ければ割となんでも許してくれるみたいだ。

 

 なので神経毒によく効く効能を持つ、スクェアラッドワームを炒めた物を食わせた。

 スクェアラッドワームの成体は烏頭の天敵に近い存在であり、かなり面白い習性を持っている。

 

 なんでも捕食者を見つけると芋虫のような形状から、途端に角ばった表皮が垢のように浮き出して、その中に閉じこもるのだ。

 何より面白いのはその表皮が最大十五分間出続ける所にあり、烏頭の嘴で突こうとも致命傷足り得ない。

 加えて表皮には遅効性の毒が含まれ、下手に喰らいつこうものなら命に関わるリスクがある。

 

 謂わば殆どの攻撃を擦り傷に教えてしまう虫だ。

 最近の研究では身体の内に養分を凝縮させ、不要な部位を表皮として外に押し出しているらしい。

 

 そのためスクェアラッドワームの中身は非常に美味とされ、昨今は乱獲されているらしい。

 まあ実際は普通の昆虫食と大差は無い。

 可能なら毛の処理はしておいた方がいいだろう、かなり丁寧に処理はしたつもりだが、それでもフローリアの言う通りゴワゴワとした食感が残る。

 味自体はまろやかな風味を残しつつ、プチプチとした脚が中々癖になるものだったな。

 

 珍味ではあるが、美味とは程遠いというのが感想だ。

 噂だけが先行しているようなものだろう。

 

 まあ貴重な経験を出来たという点ではフローリアにも感謝しておいて良い。

 

 「もっといませんか?こうグワァーッとした虫とか蝙蝠とか!なんならクロウヘッド・スパイダーとかでも良いですよ!?」

 

 ついさっき喰われそうになってたのはお前だろ。

 お前が一番グワァーッとしてると思うぞ。

 

 もういいよ、お前が名誉バルトだよ。ほら本物からの烙印だぞ喜んで受け取れ。

 

 などと言えるわけもなく、悶々とした気分を抱えつつ歩いていると村が見えてきた。

 

 「おぉ〜遂にバルト様出生の地に……私、感動して足が一歩も動きませんわ」

 

 「それは神経毒の影響だろ、しかしスクェアラッドワームの薬効は解毒じゃなく抑制だったか。メモしておこう」

 

 「それどころじゃなくなくてですね!バルト様の故郷を前に一歩も動けないなんて……これが理想郷ということですか?手に届かないからこその理想?」

 

 「悟るな悟るな、普通に手が届く場所だ」

 

 「あぁ、主よ。貴方は存在しないのですね!」

 

 教えすら捨て始めたぞ!?

 いや、俺は無神論者だからどうでもいいが貴族の跡取りとしてそれはどうなんだ?

 

 「仕方ない。村に駐在してるシスターにでも解毒してもらうぞ」

 

 「ですね……」

 

────────────────────────

 

 「着いたか」

 

 「ですね……」

 

 フローリアの奴、余程参ってるとみた。

 俺には理解できんが、憧れの地に辿り着く直前でタイミング悪く神経毒がぶり返してしまった事が、彼女にとってはまるで拒絶されているように感じてしまったのだろう。

 

 「で、お前はどうする?俺は少しだけ用事を済ました後も旅を続けるつもりだが」

 

 さっさと帰って欲しいのが本音だが、もしもかつての俺と同じく自由な旅を求めるというのなら俺に止める術も権利もない。

 ただ一つ言えるのは圧倒的に実力不足。

 

 徒党を組んでなお烏頭程度に勝てないのなら、この先の旅は無謀としか言いようがない。

 

 「黙って抜け出したので、父が今頃血眼になって探していると思います……」

 

 「だろうな、俺から言わせても捜索隊の保護を受けるのが一番いいとは思うぞ」

 

 「ですね……」

 

 調子が狂うな。

 数時間しか一緒に旅をしていないというのに、こうも沈まれるとこちらの気分も落ち込んでしまうというもの。

 

 「とりあえず教会いくぞ」

 

 「ですね……」

 

 「おーい、アンタら見ない顔だね。観光かい?」

 

 フローリアと話していると、視界の奥から女性が手を振ってこちらは向かってきた。

 

 知っている顔だ。

 

 昔、村から出た時と対して顔が変わっていないのは当たり前だが、やはり未だに違和感は拭えない。

 

 前世で例えるなら近所のおばさんのような人だ。

 この世界基準ならまだまだ若いのだが、世話焼きなところは昔から変わっていないようで安心した。

 

 「ああ、そこでウジウジしてるのは観光目的だ」

 

 「そこのって、アンタは違うのかい?」

 

 「まあな。俺はそこの山に用事がある」

 

 「ほー、まあ気をつけな?あそこは魔獣がわんさかいるからね!アンタなら大丈夫そうだけど」

 

 「感謝する。それとそこの少女は烏頭に襲われていてな、生憎と解毒剤の待ち合わせを切らしていて、駐在しているシスターに解毒してもらいたいのだが……」

 

 「まあそれは良いけど」

 

 「助かる、これで足りるか?」

 

 そう言って金貨を一枚握らせる。

 

 「ちょ、アンタこれ……」

 

 銀貨一枚あれば余裕でお釣りがくる代物であるが、長らく村を開けていた謝罪と礼を兼ねてのものだ。

 二十数年もの間、自由にさせてもらっているんだ。

 これくらいはしておかねば気が済まない。

 

 「気にするな、というかそこの少女は貴族らしい。かなり器は広いが、丁重に扱ってやってくれないか?」

 

 「そ、そりゃ勿論さ!」

 

 「なら任せた」

 

 「おーよ、じゃ嬢ちゃんこっちだよー」

 

 「ですね……」

 

 村人に手を引かれながら教会の方は向かうフローリアを見送って俺は、昔よく修行に利用していた山を視界に収めた。

 

 「変わらないな」

 

 景色は何年経っても記憶のまま色褪せない。

 ただそこにあったものはいつの間にか無くなっていたが。

 

 山を登り初め、程なくして歩みが止まる。

 

 子供の頃に散々歩き回って出来上がっていた獣道のようなものが鬱蒼とした草木に覆われ、何処にも無かったからだ。

 時間の流れと共に、自分がそこにいた証が掻き消されてしまったような一抹の侘しさを感じつつも、再び歩みを進めた。

 

 小さな木造建築のログハウスが見える。

 

 師匠の住んでいた家だ。

 

 「此処も随分と寂れたな」

 

 無数の苔が生い茂り、蔦や雑草が纏わりついているところから長い間空き家になっていたのだろう。

 幼馴染のアリシアも両親が死んでからずっと此処に住んでいた。

 

 俺も親父との鍛錬以外は此処に足を踏み入れて、師匠に鍛えてもらっていたのだが、どうにも魔法の才能がないことを受け入れられずに我武者羅に知識だけを頭に詰め込んでいた日々が懐かしい。

 

 そして、アリシアの墓がすぐそこにあった。

 

 実際にあいつが此処で眠っている訳ではない。

 20年近くもの間行方不明となっているだけであり、もしかすると何処かで生きているのかも知らない。

 

 ただ、死んでいるのだろう。

 

 確信も証拠もない。

 

 なんとなく俺の勘がそういっている。

 人魔対戦の折、何かがポツリと切れたような感覚があった。

 

 あれは多分何処かで縁が切れてしまったのを察知したのだろう。

 こういう経験は一度や二度ではない。

 

 だから俺はアリシアを死んだと考えるし、こうやって墓参りをする。

 

 最初にこの村へ戻った時、アリシアが行方不明だと聞いてこっそり此処へ来た。

 あの時は「無理をするなよ」と墓前で祈っただけだったが、今回は深い黙祷を添える。

 

 「また来る」

 

 残念な事に供物はない。

 結局俺はアリシアが何を求めていたのかが分からなかった。

 

 あの頃のアリシアは俺と一緒にいたいとしか言わなかったから。

 

 「いつかお前を見つけてやるからな」

 

 きっとそこが俺の旅の終着点なのだろう。

 

 

 

 

 




感想や評価を頂けるとテンション上がります。


バルトがティナの攻撃から抜け出せた理由はおいおい判明します。


バルト
主人公。
風のように自由になりたいと思っていたら、いつの間にか世界をも巻き込む嵐になっていた男。
最近は歳を食って少し落ち着き始めた。
2年前の魔王討伐に大きく貢献し、最前線の死闘を繰り広げながらも生き残り魔王軍の序列1位、3位、4位、5位、7位、8位を単身にて討ち取り、過去には東部で起きた内乱や大事変を解決した立役者として名乗りを上げたことから、伝説となった勇者とは対照的に生ける伝説とされる。
男女間の友情は成り立つと思い込んでいた勘違いクソ男。
死ぬのが怖いと言いながら死に急ぐバカであり、旅先でほぼ毎回死にかけてる。
最近、今は亡き親友の声が聞こえるらしい(幻聴)

 ティナ
金髪赤目の魔法使い。
バルトとは20年来の友人。
出会った当初は魔法使い見習いであったが、類い稀なる才覚と様々な経験により魔法学院に入学。
史上最年少の魔法学院の教授となる。
とある事情でバルトに杖を壊され、新しい杖を買ってもらった事がある。遠近対応型のゴリラ魔法使い。
集団ストーカーの一員。
伝える言葉を間違えてしまったばっかりにバルトとは敵対する。
バルトの事は世界で一番自分が詳しいと思っている。


フローリア
貴族のお嬢様
20年近く前にバルトに求婚した貴族の娘。
かなりの大貴族の出らしく、姫と仲がいい。
実は……という設定はあまりない。
バルト狂いの変人。


 
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