多様性に殺される   作:田陽 聖

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感想、評価、お気に入りなどなど……すべてが嬉しかったです。
続いてみました。


多様性のオムニバス
Case01:聖徳太子のノイローゼ


****

 

 

 この町が好きだ。

 でも、理由を聞かれると困ってしまう。だって、この町には本当に何もないから。

 トカイナカと言えば聞こえは良いけれど、ビルいっぱいの都会にも、自然豊富な田舎にもなりきれない、どっちつかずの町だ。

 訪日観光客の増加が話題になる今だけれど、この町には余り影響がない。海外に誇れる名所や名産があるわけでもないし、特別な歴史があるわけでも、著名人を輩出したわけでもない。

 それでも。

 生まれ育った、この町が好きだ。

 理由は、思い出なのかもしれないし、思い込みなのかもしれない。関係ない。好きだという想いは本物だから。

 だからこそ、この町の役場に勤め始めた。

 この町で暮らす人々のために、これからこの町に生まれてくる誰かのために。

 1つでも多くの笑顔を創りたいと思った。みんなが手を取り合って笑いあえる町を目指したいと思った。

 

 そして――。

 この、だいすきな(まち)で。

 ぼくは今日(きょう)()のうと(おも)う。

 

 

****

 

 

 はじまりは些細なことだった。

 パワハラを受けたとか、職場内の人間関係がうまくいかないとか、そういうことじゃない。

 むしろ職場の雰囲気は良好だった。この町を好きな人たちが集まっていたから。

 確か…そう。最初は、「()()()」という呼称・表記を町として止めてほしいとの“ご意見”だった。

 いわく、「害」は障害を持って生まれた者が社会にとっての害悪であるとのマイナスのイメージを抱かせかねない、とのこと。

 そこで、町として「害」を「がい」とひらがな表記にした……が、またも“ご意見”が寄せられた。

 いわく、漢字か否かは問題ではない。響きが既に駄目である。

 いわく、「障」もまた差し障る存在である、邪魔な存在であるとのイメージに結び付く可能性がある。

 いわく、「健常者」との言葉は『常に健やかなる者』と読め、対比される「障害者」が『健やかではない』印象を受ける。

 手詰まりとなって公募をかけると、海外に倣って「ギフテッド」と呼称してほしいとの“ご意見”。

 ギフテッドとは、すなわち授かりし者。特定の分野において能力が傑出している者を指す言葉。少々異なる概念ではあったが、当事者がそう望むのならと採用した。

 そして、またも“ご意見”を頂いた。

 ある専門家いわく、「ギフテッド」と「発達障害」などは明確に異なるものだから止めろ。

 ある高齢者いわく、横文字カタカナばかりで分かりづらいので止めろ。

 ある障害者いわく、素晴らしい才能を求められているようで不快だから止めろ。

 “ご意見” 「してほしい」“ご意見”「お願いします」”“ご意見”“「ふざけてるのか」“ご意見”「もっとよく考えろ」“ご意見”「こうした方が良い」“ご意見” 「こうすべきだ」“ご意見”「やめろ」“ご意見”「無能」“ご意見”「死ね」 “ご意見” 「消えろ」“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見” “ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見” “ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見” “ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見” “ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見” “ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見” “ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”“ご意見”………。

 

 ある日。

 僕は、ノイローゼとの診断を受けた。

 

 

****

 

 

 そこからはキリがなかった。底なしの穴に落ちていくようだった。

 いわく、障害者施設の職員を「指導員」と呼称するのはオカシイ。駄目な障害者を教え導いてやるという傲慢さが透けて見える。

 いわく、肢体不自由の「肢体」が「死体」に聞こえて不快である。差別だ。

 なにをしても、なにをしなくても、どこからか差別だとの“ご意見”を頂く日々。

 町のために、誰かのためにと進めた事業が、造った施設が、“配慮が足りていない”と槍玉に挙げられて炎上したことも一度や二度じゃない。

 役場の前で「人権団体」のデモも行われた。彼らの声が耳に残って離れなくなった。全ての文字が有難い“ご意見”に見えるようになった。食べたら吐くようになった。睡眠薬なしでは寝れなくなった。

 

 やがて。

 僕は、うつ病を併発。仕事をやめた。

 

 

****

 

 

 そうだ。全て、僕が悪い。

 離婚することになったのは、仕事を辞めてしまったから。つまり僕のせいだ。妻も子も悪くない。

 仕事を辞めたのは、うつ病になったからだ。つまり僕のせいだ。

 うつ病になったのは、僕が無能だったからだ。つまり僕のせいだ。

 僕が無能なのは――やっぱり、僕のせいだ。

 ぜんぶぜんぶ、僕が悪いんだ。

 僕以外の、誰も悪くない。■■者の人たちだって、好きでそう生まれてきたわけじゃない。彼らには彼らの――あ、駄目だ。“彼ら”では男性重視の女性蔑視だから、彼ら彼女らかな。あ、でもLGBTの方々への配慮が足りないから、えっと……? そうだ、海外の方とかにも配慮しなきゃだから、なるべく漢字とかは使わず簡単な日本語にしなくちゃ。

 みんな には みんな の 苦しみ が あるから、こたえなくては いけなくて。できない ぼく が わるい から。

 

 だから、いらない ぼく は きえる べき なんだ。

 

 

****

 

****

 

 

 そうして。

 最後の場所として定めた、地元の川岸で。

 

「何があったのか知らないですけど、入水自殺とかして欲しくないです。私は、私の大好きな水の世界で、誰かに死んでほしくないですから」

「…………。それは、“ご意見”でしょうか?」

「うーん。私の個人的な願望です。だから、あなたに押し付けるつもりはないですけどね」

 

 僕は、一人の少女に出逢った。

 テレビで見た顔だ。確か、高校水泳の選手で――名前は沓水(くつみ) 由水(ゆみ)といったか。

 

菊場(きくば) 成篤(せいとく)さん。あなた宛のお手紙を預かっています」

 

 僕は彼女から、一通の封筒を受け取った。

 真っ黒な、ダイヤ貼りの封筒。

 背面には、宛先や差出人の代わりに――

 

『多様性を壊したいと

 思ったことはあるかい?』

 

 

 

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