ヤマタノオロチの一人であるサンスケに出会ったもみじは怠惰の間というところで試練を受ける。
サンスケは神話の時代ではありえないはずのチャラチャラした姿で、金髪のロン毛で色黒の肌をしていた。
もみじは軽薄そうな男性を嫌っているが、三つの魔力を感じ取るとすぐに見直していた。
「あれ? もしかして俺のこと警戒している?」
「伝統的なヤマタノオロチからは想像できないお姿でしたので……」
「まあ無理もないよなー。なにせ現代の人間に合わせてこんな姿になってるし? それにチャラチャラした姿にすることで怠惰っぽさがある的な?」
「それは計算した姿ということですか?」
「さすが紅葉流忍術の末裔じゃん。じゃあ本来の姿になるけど覚悟はいい感じ?」
「はい、本来のお姿をお見せください」
サンスケは現代人に合わせてチャラチャラした姿をしたことがわかり、本来の姿を見たくなったもみじはサンスケにリクエストをする。
するとサンスケは頭に聖水をかけ、金髪だった髪が黒に戻った。
肌の色は変わらないが、それでも雰囲気はガラッと変わっている。
その姿はロングヘアこそ変わらないが、パッとしない雰囲気で目にはクマがついていた。
あまりにも無気力そうな雰囲気にもみじは驚いたが、自然体の姿にホッと溜息をつく。
「これが本来の俺の姿だよ。格好悪いだろ?」
「いいえ、むしろ自然体の方がいいですよ」
「へえ、俺の本来の姿を見ても引かないところ心が綺麗なようだね。じゃあこれからそんな君に試練を与える。これはかなりの心理戦になるけど覚悟はいいかい?」
無気力そうなサンスケから大物の雰囲気が漂い、もみじは唾をゴクリと飲む。
怠惰とは怠けてしまう事だともみじは認識しているが、ただそれだけだと認めてもらえないだろうと思い、もみじは今までの自分の行動について思い出す。
それを悟ったサンスケはもみじに質問を投げかける。
「君にとって怠惰とは何かな?」
「怠惰ですか……。私はこれまで自分を鍛えるために鍛錬は積んできたつもりです。何事も一生懸命にしたつもりですが、どこかで怠惰的な感情を抱いたかは覚えていません……」
「だろうな。人は無意識のうちにどこかで楽しようとしているからね。でも楽をすることは間違いではないし、むしろ正しいこともある。全部全力でやったら疲れるし、何より心が壊れてしまえば休むよりもタチが悪いんだ。じゃあ真の怠惰とはなにか教えてあげるよ。それは――自分への成長を諦めるだけならまだしも、それを言い訳に努力から逃げ、そして他人の頑張りをバカにしたり、逆に足を引っ張ろうと揚げ足を取ることも怠惰だと思うんだ」
「そんな簡単に答えを言って大丈夫ですか……?」
「ほう、答えをすぐに言うことが不安かい? だが安心してほしい、ここからが本当の試練だからね。君には絶対に負けられないライバルがいるそうだね?」
「紫吹流忍術の事ですね。それが一体なんの関係があるのですか?」
「その紫吹流忍術に一度でも勝てたことはあるかい?」
「それは――」
「ないみたいだね。何度挑んでも勝てなくて挫折をしたことはあるかい?」
「……正直、たくさんあります」
「なるほどな、ならばここからが本番だ。そんな勝てない相手とわかっているのに何故挑む? 負け続けてる相手に勝つだなんてやめた方がいいんじゃないかな?」
「それは……我が紅葉家は紫吹家に負けないように教わっているからして……」
「その思考停止こそが怠惰でもある。自分の考えを放棄して人の考えに振り回され過ぎるのは頭と心の怠惰ということさ」
「ううっ……!」
もみじは何故ずっと紫吹流忍術に負けたくないのかを考え直すと、今まで家族や先祖代々伝わるライバル関係であることを教え込まれていて、その教えがもみじ自身にも叩きこまれていた。
実際もみじは誰かの足を引っ張ったり揚げ足を取るような人生を送っていなかったが、時々自分の考えを押し殺して何故勝ちたいのかを考えていなかったのだ。
勝つ目的がないまま挑み続けたことで負け続け、次第に勝つのは無理なんじゃないかと心の奥で考えていたことがわかったもみじは胸が苦しくなる。
もみじは頭を抱えながら倒れ込み、サンスケはただ見守るだけだった。
「ここから這い上がれない者は怠惰の罪以外の罪に囚われることになる。さあどうする、紅葉もみじ――」
(どうしてゆかりさんに勝ちたいって思ったのでしょうか……? 父上や母上に教わったから……? それとも先祖代々からそう言い伝えられたから……? でもそれは私には本来関係ないはずなのにどうして……?)
考えれば考えるほどもみじは頭が痛くなり、冷静だった態度も失いつつあった。
もみじは普段から平常心を保つのが上手く、忍びとしての心得は誰よりもあったはずだった。
それが今や取り乱してしまい、もみじは慌てて深呼吸をするも余計に息が苦しくなる。
もうダメだと思った瞬間、もみじは紫吹ゆかりとの思い出がよぎる。
『ゆかりさん、お久しぶりです』
『うむ、久しぶりだな』
これは白銀雪子が生き返った後のお見舞いの時で、もみじとゆかりは二人きりで話す機会があったので病院の屋上で話す。
ゆかりはもみじの目をじっと見つめていて、もみじは恥ずかしそうにゆかりに尋ねる。
『ゆかりさん、私の顔に何かついてましたか?』
『いや、そうではない。我がライバルも手強くなったと思っただけだ』
『そんな、私は未だにあなたに勝ったことがないのですよ?』
『勝つ負けるか……確かにアルコバレーノに入る前の私ならそう考えていただろう。だが今は誰かに勝つよりも自分自身に負けるのが何よりも怖いのだ』
『ゆかりさんでも自分に負けることがあったのですか?』
『うむ、一番大きな挫折はそうだな……もみじ、そなたは私たちよりも早く世界を知り、そして世界を制して一歩先を行った。剣術でも短距離の速さでも私を破ったではないか。だがそれでもそなたは奢ることなくがむしゃらに己を高めてきた。それに比べ私はまだまだ未熟ものだ。どこかで自分を高く評価し、なぜ己を高めるのかを考える機会を忘れてしまったのだから』
『私はただの負けず嫌いなだけですよ。ゆかりさんもマラソン大会以降は私と同じくらい負けず嫌いになりましたから。これからもよきライバルであり、友でいてくれますか?』
『もちろんだ! これからも誰に負けたとしても己にだけは負けぬようにな』
ゆかりとの会話がもみじの脳裏によぎり、そしてなぜゆかりに勝ちたいと思ったのかを改めて考え直す。
(そうでした……ゆかりさんに勝ちたいのは家柄の伝統ではなく、友としてライバルとしてお互いを高め合い、そして憧れでもありました。ここまで腹を割って話せる人は月光花の皆さん以外では初めてで、いつしか憧れから越えるべき存在として意識していました。そうか……ご先祖様の因縁だけでなく、私自身もゆかりさんに勝ちたいって気持ちがあったんだ……。ただ努力しないで怠けるだけではなく、自分で考えることを放棄したり、目的を見失い時間も体力も浪費することも怠惰になるんですね、また一つ学んだ気がします)
「うわっ!?」
もみじは怠惰について学び、ついに胸からオレンジ色の炎が燃え上がる。
さっきまで無気力になっていた時と違い、心が燃え上がっていてやる気に満ちていた。
サンスケも想像以上の心の炎を目の前にして驚く。
「何だ……? 彼女の心から激しい熱気を感じる……!」
「サンスケさん。ようやく自分にとっての怠惰を見つけました。ただ努力を怠って怠ける、感情のまま楽をして先延ばしにするだけでなく、目的を見失い自分で考えることを放棄し、周りに流されるあまりに思考停止することなんですね」
「あ、ああ。そうだな」
「しかしそれはルールやマナーを守った上でのことです。もしそれをも破ってしまえば他の罪も重なり、罪魔となるでしょう。大罪でもたった一つだけならばそこまで重い罪ではなく、消すのではなくコントロールするのですね」
「そうだな。君の言う通りだ」
「ならば私の答えをここで伝えます。私は伝統とかもですが、自分の成長のために刺激を得たい。勝ちたいだけでなく憧れを超えたい。たとえ負けたとしても経験は無駄なんかじゃない。そして……闇雲に頑張るのではなく、自分に見合った努力をきちんと考えて実行することこそが克服方法なんだとわかりました!」
「っ!?」
予想外の答えにサンスケは驚き、もみじの炎はより激しく燃え盛る。
あまりの熱さにサンスケは後ろへ後ずさりし、もみじの武士道精神と妖魔力、そして神通力はさらに強くなった。
サンスケは額に手を当て、ついに高笑いをする。
「ふふっ……はーっはっはっは! 現代人がまさかここまで答えを出すとは思わなかったよ! そこまで考え抜く人は君が初めてだ! 正直、怠惰についてはもう俺を超えたと言っても過言ではないよ!」
「サンスケさん……」
「気に入った、君は合格だ! その向上心をいつまでも忘れないようにね」
「はい!」
「では個々の扉をくぐって仲間の元へ行くといい。きっといい知らせが待ってるはずだ」
「はい! サンスケさん、ありがとうございました!」
試練を突破したもみじはサンスケに深々と頭を下げて礼をする。
そして嬉しそうに扉をくぐり、みんなと合流する。
つづく!