責任を負えぬ者   作:イベリス

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責任が増える者

 

 

――今頃、アズサはヒフミたちと合流したころだろうか。頃合いとしてはそうかなと考える。場面が切り替わるだけで、それが時間の流れかは定かではないため、この世界の出来事の時間の流れというのが憶測になりやすい。イベントごとの時系列もそうだ、実装順で推測は建てられるが確実性はない。また絆イベントにも同様のことが言えるだろう。これでもし絆イベントについて生徒から言及されたら厄介だななどと考えてしまう。ブルーアーカイブというゲームに夢中になっていたとはいえ、全員の生徒を受け入れていたわけではない。勿論名前の出ている生徒の名前は全員覚えているが、受け入れ済みではない生徒の絆イベントまで追ってはいなかった。

……まぁエデン条約編の最中にそういった類の会話が起きるとは思えないし、何よりその頃にはこの夢も覚めてくれるだろう。

 

『先生!ここが空崎ヒナの自宅、及び現在地だと思われます!』

 

色々な考察はアロナの声によって閉ざし、示す方に目を向ける。

――普通の家だな、と少しばかり失礼なことを考える。冷静に考えて一介の生徒が豪邸に住んでいると考える方が変か……少しばかりトリニティの面々が頭に過るが、一旦押し返す。

 

「ありがとう、アロナ」

 

『先生』としてもうひと頑張りせねばなるまい。

 

 

 

 

彼女の家のインターホンを鳴らし扉の前で待つ。幾分かばかり待つと、彼女が扉を開けてくれた。

 

「っ、先生……」

「無事だった、のね……良かった……」

「どうやってここを……?まあ先生には、今さらか……」

 

勿論アロナパワーではある。ここキヴォトスにおいて、今の私にはヒナの家どころか辿り着く方法を知っている場所すら限りなく少ない。このタブレットの電源が消えてしまえば、今の私はそのまま路頭に迷うことになるだろう。

 

「"ヒナ……"」

「私は……もう……」

「ごめん、先生……私には、もう無理」

「私はもうダメ……だから……ガッカリさせて、悪いのだけれど……」

「今は、帰ってほしい……私はもう、引退したと思ってもらって……」

 

今にも泣いてしまいそうな顔で彼女は言う。

私ならここで帰っていただろう。生徒の内側に踏み込むのに臆病になってしまった私なら。

けれど、今の私は先生だから。

 

「"違うよ。私はここに、お礼を言いに来た"」

「お、お礼……?どうして……」

「先生を助けたことについてなら、気にしなくて良い……」

「それは当然私がやるべきことで、それにあの時私は……」

「"ううん。いつも頑張ってくれてありがとうって"」

「"もう頑張り過ぎなくても良いって、早く言ってあげたかった"」

「……っ!」

「"ヒナは、ずっと頑張ってたから"」

 

彼女が私の言葉に少し顔を背ける。実際彼女は働きすぎな描写も多く、私の想像から作り出されたであろう彼女は、非常勤で使いパシられていた頃の私の顔によく似ている。……感じている責任の重さは、彼女のそれと比べるまでもないのだが。

 

「"それを言いたかった。だから休んでて、あとは私が何とかする"」

「ま、待って、何とかって……」

「でも、私は……私……」

「私は……小鳥遊(たかなし)ホシノみたいには、なれない……」

「"……ホシノ?"」

「私はあの、アビドスの副会長みたいな……強い人じゃない……」

「アビドスの生徒会長……その遺体を発見したのは、小鳥遊ホシノだった。すごく、ものすごく大切な人だったはずなのに……」

「あれだけの苦しみを味わっておきながら、彼女はまだアビドスで戦っている……私には、そんなことできない……」

「私は、そこまで強くなれない……あの瞬間私は、もう……」

「"ヒナ……"」

 

ホシノは確かに強い子ではある。戦闘面でも、精神的にも。けれどあれはある意味での弱さ故になってしまっていたものだ。過去のホシノがどういった人物か知っている私にとって彼女は酷く憐れに見えるものであり、目指すべきものではないと知っている。現にホシノは亡き彼女の影が今も脳裏から離れていない筈だ。そしてアビドスの皆が大切でありながら根っこの部分がまだ彼女は改善されていないためその強さ故に一人先を行ってしまう。しかしそんな紆余曲折を知らないヒナにとっては酷く超越的な人物に写ってしまっているのだろう。けれどそれを彼女に言ってもわからないし、意味はない。

 

「私だって頑張った!!」

 

いきなりの声量に思わず体を震わせる。彼女のイメージからは想像出来ないものであったが、それもすぐに萎れてしまう。

 

「いつも頑張って、どうにかしようとして……」

「分かってもらえなくても、それでも……」

「けど私は、大事なところで……」

「先生は、ズルい……私はあの瞬間もう、ダメで……なのに、そんなことを言って……」

「私だって、小鳥遊ホシノや補習授業部みたいに……」

「先生に構ってほしかった、褒められたかった!!」

 

彼女の悲痛な叫びに思わず過去の自分を重ねてしまう。認めてもらいたい、理解してほしい。人として感じるそれは誰もが思うことで、願うことだった。

 

「あっ……」

「ご、ごめん……今のは、その……」

「"ヒナ、本当にごめん!"」

「!?」

「"ヒナも今度、補習授業しよう!"」

「"それで成績が良かったらもちろん、たくさん褒めるから!"」

「……」

 

私の言葉に彼女は呆然とする。……もしかしてセリフを間違えただろうか。

 

「え、いや私、成績は元々良いし……だいたい満点だけど……」

「"それとも水着パーティーする!?すぐにでも準備するよ!"」

 

良かった、先生として間違えてはいなかったらしい。間の置き方というのがやはり画面上のものとは差があり、少しの間も不安になってしまう。

 

「えっと、それも別に……」

「…………はぁ」

「ふふっ……」

「……ところで先生、実は私に頼みたいことがあるんじゃない?」

「"でも、ヒナは引退したって考えると……"」

「……それは言ってみただけ。少し、みんなに甘えてみたかっただけ」

 

彼女はホシノにはなれない、けれどそれでいいのだ。ホシノになる必要なんてない、ヒナにはヒナにしか無い強さを持っているのだから。

 

「……その、ところで先生」

「なんだい?」

 

続くはずのない会話が続き思わず少し声が上擦る。

 

「なんというか……身体の調子の方は本当に大丈夫なの?」

 

聞き覚えのあるような問いかけに思わず沈黙してしまう。

 

「――勿論完全に無事、なんて言うわけではないけれど私はまだ大丈夫だよ」

「……そう、無理はしないでね先生」

 

そういう彼女の顔は、つい先程同じようなことを問うてきた人物と同様に釈然としない表情だった。

――夢の中のはずなのに、必要のない微妙な差異が気になってしまう。実際の先生の傷がどれほどのものなのか、銃弾を一発受けたこと以上の情報はなかったためにこういうものなのかと納得していた。

しかし彼女たちの反応を見るに本来の先生より酷い外傷なのだろうか。だとすれば彼女たちの反応にも説明はつくが、それはそれで問題が出る。

私の記憶以上のことを起こせないであろう夢というのはそこまで臨機応変に見せるものを変えれるのだろうかと。嫌な予感が頭にチラついてしまう。

 

「行こう、先生」

 

けれど私は彼女の言葉を切っ掛けに思考を無理やり止めた。結局私は教師でしかなく、学者ではない。夢の理屈などいくら考えてもわからないだろう。

そう自分に言い聞かせ疑問を納得させてもなお、私の中でチラつく不安は一向に消える気配はなかった。

 

 

 

 

横顔を少し覗くとそこにはいつもの先生の顔がある。少し見惚れてしまうけれど、先生が気づくとすぐに顔の向きを戻した。

……やっぱり普段の先生にしか見えない。さっきしてしまった質問が未だに自分の中で引っ掛かっていた。勿論体調の方も気にはしていた、包帯だらけで見るからに重傷なその身体。キヴォトスの外からやってきた先生でなくとも安静にしておかなければならない程の傷である。けれどそれよりも、先生から感じる不思議な気配が気になってしまっていた。

私を想って投げてくれる先生の言葉、慰めてくれたその手も、いつもの先生そのものだった。けれど普段の先生とは違う、独特の気配が先生にはあった。説明は出来ない、聞くことも出来ない。今までこんな知った人から別人のような気配を感じたこと一度だってなかった。それを先生に聞いても迷惑になるだけ、別人みたいと先生に言っても困ってしまう。そう思って聞くに聞けなかった。

 

「ヒナ、私は行かなきゃいけない場所があるから」

「うん、また後でね先生」

 

そう言い残し先生は道を分かれる。こうして見送る先生の背中も、普段と変わらない。言葉も姿も普段の先生と同じなのに、浮き出す異質な気配は残ったままだった。

心配だけれど、先生にとってもあんな大怪我はしたことがなかったのかもしれない。それでも言動からはその怪我のショックを隠して振る舞ってくれているのかもしれない。だとすれば、この事件が落ち着いてまた後日会えばこの不安も拭えるだろう。

そうして私はまだ見える先生の背中から視線を切る。ひとまずはこの事件を収拾をすることが先決だと思って。この不安にそっと箱をした。




6/10 ストーリー更新につき一部文を改訂
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