それは夢のように儚くて   作:小さい鯨

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いなくなった先生

 ホシノちゃん、私ね。ホシノちゃんと過ごすこの日々が大好きなんだ。

 

 奇跡だからですか?

 

 えっ、何で私の思ってたことが分かったの?

 

 前に話してたじゃないですか。

 

 あ、あれ。そうだっけ。

 

 毎日毎日起こってる奇跡。それの何がいいんですか。

 

 ううん、ホシノちゃん。私はね、そんな奇跡こそが──

 

 ■

 

 大きな欠伸をし、背伸びをする。

 小鳥遊ホシノは登校の最中だった。昨夜は日課のパトロールを行い、早朝に帰宅し、ベッドで丸くなり、登校をする。いつものルーチンを行う、変わり映えのしない日常。ホシノは目を瞑り、その平凡な日常を噛み締め、朝特有のまだ温まっていない外気と太陽の暖かさを全身で感じでいた。

 

「うへぇ、今日もいい1日になりそうだ」

 

 気分よく歩みを進めていく。ふいに、その足が止まった。

 

「……」

 

 ホシノは後ろを振り向く。ホシノ以外には誰もいないように見える、砂にまみれた道。だが、ホシノは片目を瞑り、隠れている誰かへと話しかけた。

 

「何か用があるなら、手短にお願いしたいな。おじさん、学校に行って二度寝したいんだよね〜」

 

 朝を彩っていた小鳥の囀りが止まる。剣呑な雰囲気が、ホシノと誰かの間に漂った。ゆっくりと、その誰かが顔を出した。

 

「……」

 

 黒い少女だった。ぼろぼろの黒のドレスを身を纏い、腰まで伸びた銀髪を靡かせている。微かに色の違う瞳をじっとホシノへ向けていた。どこか、後輩のシロコに似ている少女だった。

 

「おじさんに何か用事? お嬢ちゃんみたいな子に、朝からお出迎えされるのは嬉しいけどさぁ」

 

 少女は悲痛な、今にも泣きそうな顔をする。どこかで見た表情だった。シロコに似ているからか、胸がちくりと痛む。

 

「……えっと、もしかして迷子ちゃん? おじさん送っていこうか?」

 

「……必要ない」

 

 少女は踵を返し、ホシノとは逆方向へ歩いて行った。ホシノは何か引っ掛かるものを感じながら、学校へ足を向ける。

 

 シロコちゃんのお姉さんとか? まさかね。

 

 足取りは先ほどよりも、目に見えて重くなった。何か忘れているような気がする。感情が、記憶が、後ろから足を引っ張っているようだった。

 引き摺るように動かしていた足が止まる。後ろを振り返ったが、少女はすでに消えていた。

 

「そうか、あの子……」

 

 別世界のシロコちゃんだ。なんで忘れてたんだろう。

 

「そっかそっか、シロコちゃんか。元気にしてたんだね、あの子」

 

 納得し、改めて学校へ足を向ける。だがその足はまた、シロコへ向けられた。

 

 なんで私忘れてたんだ

 そもそもあの子とどこで出会ったんだ

 確か、シロコちゃんが攫われて、それで皆でアトラ・ハシースの箱舟に向かって……、皆で……

 みんな?

 

「あっ」

 

 ホシノの目が大きく見開かれ、鞄と盾を落とした。大きな音を立て、近くにいた鳥たちが飛び立っていく。だが、ホシノはそれを気にすることはしなかった。

 もっと大事なものを落としていたことに、気がついたから。

 

「せんせい」

 

 ホシノは慌てて携帯を取り出し、モモトークを確認する。先生の連絡先は消えていた。登録していた電話番号も消えている。それならばと手動で打ち込もうとするが、震える手が何度も間違えた。

 落ち着け、落ち着け…!! やっとのことで打ち終えた番号。耳にあて、何かの間違いだと心の中で何度も呟く。

 

『おかけになった電話番号は…』

 

「なんで!!」

 

 シャーレへ連絡をしても同じ結果だった。背に腹は変えられず、連邦生徒会へ電話をかける。あいつらに電話なんてかけたくはなかったが、そんなことは言ってられない。通話はすぐに繋がった。

 

『はい、こちら『先生はどこ!!?』』

 

 繋がった直後ホシノは叫んだ。相手が黙る。

 

『連邦捜査部シャーレ担当顧問の先生につなげて!!』

 

『少々お待ちください』

 

 陽気なBGMが流れ出す、保留ボタンを押されたようだ。取り次ぎが行われたことに、ホシノは少しだけほっとした。先生はいる。モモトークや忘れていたことは、何かの間違いだったんだろう。最近疲れていたから、そうに違いない。そう思おうとしたホシノだったが、手は震えたままだった。

 

『お待たせしていたしました』

 

 その声は先生ではなかった。いや、ここから繋げてくれるんだろう。きっとそうなんだ、心の中で何度も何度も呟く。

 

『連邦生徒会にはシャーレという部署は存在しません』

 

「なっ……」

 

『何かと間違えたのではないのでしょうか? 要件は以上でしょうか』

 

「こいつら……!!」

 

 握る手に力が入り、携帯が悲鳴をあげる。電話を切りネットや呟きで先生を検索する。だが、ヒットすることはなかった。

 

「なんで、なんで……、なんで!!!」

 

 何度も何度も、単語を変え、組み合わせを変え、表現を変え、先生を調べようとする。だが、突きつけられるのは、見たくもない真実だった。

 

「先生……!!」

 

 先生の痕跡はどこにもなかった。モモトークも、連絡先も、番号も何度も確認したが、どこにもいなかった。

 

「…………」

 

 私はどうしたらいいんだ……。先生は元からいなかった? いや、そんなことはない。そんなことは……。

 

「……あっ」

 

 違う、まず私がしないといけないことは……!!

 

「シロコちゃん!!!」

 

 ホシノは、別の世界の後輩を追いかけた。

 最初から全力疾走だった。疲れるなんて言ってられない。ホシノは血相を変え、きっかけを追いかける。角を曲がると、見覚えのある後ろ姿を発見した。

 

「シロコちゃん!! 待って!!」

 

 別世界の先輩に呼ばれた少女は足を止め、振り向く。勢いよく走ってきたホシノを、シロコは受け止めた。

 

「ごめん……! シロコちゃんのこと、忘れてた……!!」

 

「…ううん、ホシノ先輩は悪くないから」

 

 絞り出すようなシロコな声。ホシノが思い出したというのに、シロコの顔からは、悲しみの色は抜けない。

 

「シロコちゃん、先生はいたよね? 私の勘違いとかじゃ……」

 

「うん、先生はいたよ。皆忘れてるだけ」

 

「よ、良かった……。でも、なんでこんなことに…」

 

「私のせいだから」

 

「……えっ」

 

「先生が消えたのは、私のせい」

 

 ホシノはゆっくりと、シロコから離れる。懐疑、疑問、動揺、なぜそんなことを? ホシノは目の前にいる別世界の後輩を見上げる。

 

「私の"先生“とこっちの先生が出会ったから。違う世界の同じ人間は出会ってはいけない。そこにいるという存在が希薄になってしまうから」

 

「……」

 

「元はといえば、私が"先生“に望んだから。この世界の先生が消えたのは、私の行動の結果」

 

 ホシノから疑いの色は消えた。代わりに出てきた感情は怒りだった。なんで私の先生を奪ったのかという感情。拳を握り、目の前の後輩を殺してやりたいという思い。

 その敵意をシロコはじっと見つめる。

 

「でも──」

 

「もういい」

 

 ホシノは踵を返し、シロコに背を向ける。

 

「ホシノ先輩…」

 

 そのままホシノは走り去った。シロコはその背中を見つめ、目線を下へ向ける。

 シロコは自分の手を見た。血に汚れた汚い手。たくさんの物を奪った手。

 

「"先生“」

 

 全てを背負ってくれた大人を思い出した。その彼はもういない。あの人なら今の私になんと言うだろうか。責任なら私が取るから、やりたいことをしなさいだろうか。

 

「…嫌だ、"先生“のせいにはしたくない」

 

 小さな先輩が走り去った方を見る。学校。ホシノは学校へ走ったのだろう。良い思い出と悪い思い出に溢れた場所。

 行きたくはなかった。それでも少女は選択をし、歩き出す。

 残された鞄と盾を拾って、先輩の後を追った。

 

 ■

 

 走る。走る。見慣れた通学路を駆け抜け、校門を抜け、玄関を越え、階段を跳び、廊下を走る。ドアを勢いよく開ける。すでに部屋にいた対策委員の面々が、驚いた顔でホシノを見ていた。

汗をたらし、息を切らし、今まで見たことのないホシノの顔を見ながら、ノノミが言葉を絞り出した。

 

「ホシノ先輩?」

 

「み、皆、先生のこと覚えてるよね」

 

 震える声でホシノが皆に問いかける。4人は、先生と呟いた。それは、何かを思い出そうとしているようだった。長くない時間、静寂というなの刃がホシノを刺す。お願い、覚えてると言って。

 

「…先生って誰?」

 

 シロコの言葉に、ホシノは目の前が真っ白になり膝から崩れ落ちた。

 

「ちょ、ホシノ先輩!?」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 4人は慌てて、ホシノへ駆け寄る。4人はホシノを心配した。その優しさが、これはドッキリなんかじゃないとホシノの心を締めつけた。

 

「なんで、皆も忘れてるの……」

 

 ホシノの頬を涙がつたう。シロコ達は何故ホシノが泣いているのかが分からなかったが、彼女の背中を撫で、落ち着くまで傍から離れなかった。

 

「……ごめん」

 

 ようやく涙が止まったホシノは、ゆっくりと立ち上がろうとした。だが、足腰に力が入らず倒れそうになり、セリカがホシノを支える。

 

「ごめんね、おじさんちょっと嫌な夢見てたみたいだから、ボケちゃったみたい。やー、おじさん歳だからさ」

 

 笑おうとすると頬が痙攣を起こす。それでもなんとか笑おうと、口角を無理矢理あげた。

 

「ちょっとおじさん、早退させてもらうね。気分悪いみたいだから……」

 

 4人がホシノを見た後目配せをする。そして、セリカとノノミがホシノを両脇から拘束した。

 

「…ちょ、ちょっと2人とも離して欲しいなぁ」

 

「アヤネ、今日の会議は中止」

 

「はい、そうしましょう」

 

 シロコとアヤネが先に部屋に入る。ホシノを引き摺るように、セリカとノノミも続いた。

 

「あ、あの2人とも」

 

「連行です☆」

 

「どこ行くかわからない人、放っておけるわけないでしょ」

 

 いつもの席に座らされたホシノ。4人の後輩達は、へらへらといつものように笑おうとするホシノをじっと見ている。

 

「ホシノ先輩、何があったの」

 

 シロコが問いかける。

 

「だからさ、悪夢を見ただけなんだって。気にしないでいいから……、ごめんね」

 

 ホシノはいつものように返事をする。先程の狼狽はどこかは消えていた。その演技はとても自然で、嘘をついているようには見えない。ホシノのことを詳しく知らない人物なら騙せただろう。

 

 ホシノのことを知らない人物であれば。

 

 4人はアイコンタクトを行い、意思疎通を行う。ノノミがにこりと笑い、ホシノに話しかけた。

 

「ホシノ先輩」

 

「何かな? ノノミちゃん」

 

「ホシノ先輩が見た夢の話が聞きたいです」

 

「……えっ」

 

「なんでもないのなら、話しても大丈夫でしょ?」

 

 セリカがホシノを睨む。

 

「私もホシノ先輩の話が聞きたいです」

 

 アヤネがホシノの前に、注いだお茶を置いた。

 

「…うへ〜、つまらない話だよ」

 

「ホシノ先輩の話で、つまらないって思ったことはない。聞かせて」

 

 シロコがじっと見つめる。4人の視線に気押され、ホシノは渋々と、一縷の望みにかけて話し始めた。

 

「……大切な人がいなくなる夢」

 

「大切な人って……」

 

 ノノミはある人物を思い浮かべた。それは、ホシノの先輩にあたる人。ホシノはゆっくりと首を振る。

 

「違うよ、ノノミちゃん。その人じゃない。でも、同じぐらい大切な人」

 

「もしかして、さっき言ってた先生?」

 

 シロコの疑問に、ホシノは頷く。

 

「先生って言うんだ。シャーレって言う連邦生徒会の部活…みたいなものかな、そこに所属してた大人の人」

 

「連邦生徒会の大人の人」

 

「それだけ聞くとホシノ先輩が嫌いなタイプしかないわね」

 

 シロコとセリカが合いの手を入れる。ホシノはそれに頷き、微笑んだ。

 

「おじさんも最初は何だこの人って思ってた。全然頼りにならない人でさ」

 

「頼りにならないの?」

 

「そうなんだよ、セリカちゃん。借金も返済してくれないし、具体的な救済案とかもなくてさ。がんばろーってだけ」

 

「ええ……、私も嫌いかもその人」

 

「そうそう、セリカちゃんも嫌ってた。信用ならない! って」

 

「セリカちゃんも夢にいたんですね」

 

 ノノミの言葉にホシノは頷く。

 

「うん、皆いた。アビドス対策委員会はみんないた。みんなが大好きだった大人の人」

 

 夢の話は続く、アビドス廃校対策委員会の話、エデン条約、そして宇宙に出た話。

 荒唐無稽な夢、だけど誰もがホシノの話を馬鹿にすることなく、聞いていった。

 

「……以上だけど」

 

 ホシノは4人の反応を伺う。もしかすれば、ここまで話せば何か思い出してくれるのではないか、そんな考えはあった。だが、彼女達の反応から、それは高望みしすぎたものだと分かってしまった。

 

「……なんというか」

 

「すごい人」

 

「でも、ホシノ先輩が好きになる理由もわかる気がします」

 

「ホシノ先輩、話してる最中ニコニコでしたしね☆」

 

「うへ!? そ、そうだった?」

 

「すごい楽しそうだった」

 

 シロコが云々と頷く、ホシノの頬が赤くなり、ノノミがその頬をツンツンとつつく。

 

「それで、ホシノ先輩。それ本当に夢なの?」

 

 セリカの疑問に、ホシノの目が泳いだ。その言葉にホシノは答えることができず沈黙してしまう。

 

「夢じゃないのね」

 

「夢だよ……。だから、気にしないでいいからさ……」

 

「ん、気にする」

 

「……みんな知らない話でしょ? だからいいよ」

 

「ホシノ先輩、確かにその先生のことは知りません。でも、私達はホシノ先輩の後輩なんです」

 

「…それが?」

 

 いまだにピンと来ていないホシノに、セリカが頭をかきむしり、吠える。

 

「だから!! ホシノ先輩、困ってるなら助けて欲しいって言いなさいよ!!」

 

「…ふえ」

 

「ナイスツンデレセリカ」

 

「ツンデレじゃないです!! シロコ先輩!」

 

 シロコとセリカの漫才にアヤネは苦笑し、ノノミはニコニコと微笑んだ。

 

「で、でも、知らないんでしょ? それに、私が嘘ついてたらどうするの…!」

 

「ホシノ先輩はそんなつまらない冗談言わない」

 

「冗談はよく言いますけどね☆」

 

「でも、こんなふうに私達を遠ざけようとするときは、だいたい本当なのよね」

 

「その後無茶もしますからね…」

 

「みんな……」

 

「ホシノ先輩」

 

 シロコがホシノを見る。他の3人も、ホシノに視線を向けた。

 

「私達を頼って欲しい。先生って人は確かに知らないけど、ホシノ先輩のことはよく知ってる」

 

「はい、それだけでホシノ先輩を助けるには充分すぎます!」

 

「シロコちゃん、ノノミちゃん…」

 

「それで、まずどうしたらいいのかしら」

 

「まずは先生がいなくなった、原因の解明からでしょうか?」

 

「原因……」

 

 アヤネの言葉を、ホシノは繰り返す。ホシノは知っていた、何が原因なのかを。あの子のことを言うべきなのか、それを迷ってしまう。

 

「原因は私」

 

 だが、その迷いがなくなる前に少女は来た。5人が声の聞こえた方、部室の入り口を見る。そこに、シロコによく似た少女が立っていた。

 

「……私?」

 

 シロコが別世界のシロコを見る。同じ顔、違うヘイロー、神秘と恐怖。似て非なる者が向かい合う。

 

「もしかして、さっきホシノ先輩が言ってた…」

 

「別世界の人でしょうか」

 

「それより、さっき原因は私って」

 

 ノノミとアヤネが状況確認を行い、セリカが愛銃を手に取る。先程とはうってかわり、場の空気が張り詰めた。

 別世界のシロコは気にせず、中へ入る。セリカが構えようとするが、シロコがその銃身を掴み下ろした。

 

「シロコ先輩?」

 

「ホシノ先輩に任せよう」

 

 別世界のシロコはホシノの鞄と盾を置き、ホシノの前まで歩んだ。ホシノは見上げ、彼女の動きに注視する。

 

「………」

 

「……」

 

 少しの時間視線は交差し合い、そして──

 別世界のシロコは頭を下げた。

 

「……」

 

「私が何をしたのかは、分かってる。それでも、ホシノ先輩の手伝いをさせてほしい」

 

「シロコちゃん……」

 

「先生を助ける方法はある」

 

「それは……本当?」

 

「うん、その方法の手伝いをしたい」

 

「…なんで? シロコちゃんには関係がないでしょ?」

 

「これは、私の責任だから」

 

「責任……、それは、先生を消したことへの? この世界を侵略しようとしたことへの?」

 

「全部。私の犯したことを、もうこれ以上私の"先生”に押し付けたくない」

 

「……ずるいよ。それを言われたら、もう怒れないや」

 

「ごめんなさい」

 

「怒ってないって、顔あげて、シロコちゃん」

 

 別世界の後輩を優しく撫で、彼女の顔を上げさせた。彼女への殺意は消えていた。ホシノは周りを見回す。後輩達がいた。責任、選択、先生がよく言っていた言葉。私も選ばないといけない。

 

「その、みんな、私なんかが」

 

「ホシノ先輩、一言でいいんですよ」

 

 ノノミが微笑んで、ホシノに促す。ホシノ以外のみんなが頷いた。

 

「……みんな、手伝ってほしい」

 

「うん」

 

「はい☆」

 

「もちろん!」

 

「分かりました!」

 

「…うん」

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