ヒナは柵を勢いよく蹴り、屋上の防護柵を破壊していく。より開放的になった学校の屋上に机を置き、終幕:デストロイヤーを乗せた。銃を構え、ゆっくりと意識を集中していく。通常戦闘では数百発の攻撃に込めらる神秘を、一発の弾丸へ込めていく。
先生はシッテムの箱を起動し、戦闘準備を始める。待ちわびていた2人が、先生を迎えた。
「アロナ、プラナ。状況はどうだい」
『準備万端です! 先生!』
『ビナー、認識完了。ユメさん及びセイアさんの位置も捕捉完了です』
「ありがとう、アロナ、プラナ。セイア、そっちはどうだい」
先生は耳に手を当てる。セイアには、ヒナがつけていたインカムを装備してもらっている。バッテリーの残量が不安だが、この1戦程度であれば、持ってくれるだろう。
『感度良好だよ、先生。はぁ、初めての前線がこんなことになるとは』
「ユメのほうは?」
遠くの方で、声が聞こえる。セイアがユメと話をしているようだ。
『大丈夫だそうだ』
「分かった、開始のタイミングはセイアに任せるよ」
無線を切り、先生はヒナの傍によった。戦闘は一発勝負、もしも致命打を与えれなかった場合、ビナーは砂漠へ帰るだろう。そうなれば、こちらの勝ち目は薄くなってしまう。
ヒナの攻撃でビナーを一撃で倒すには、ビナーの装甲が薄い口内を狙うしかない。以前の戦闘データと、写真から推測されたアロナ達の計算結果だ。
「……先生……、その」
ヒナは恥ずかしそうに、先生を見た。
「……買い物、楽しみにしてる」
「うん、帰れたら一緒に行こう」
場所は変わり、ビナー付近の砂上。ユメはセイアを担ぎ、聳え立つ禍々しき塔へゆっくりと近づいていた。作戦はいたってシンプル、背負ったセイアの指示に従ってユメが全速力で行動し、ビナーを誘導、先生達の待つ学校まで連れていくことだ。2人の体は、ロープで結ばれている。
「いいかい、私の指示通りやるんだよ」
「わ、分かった」
「ところで、不安だからまた聞くんだが……」
セイアは見下ろし、ユメの靴を見る。
「君、その靴でちゃんと走れるのか?」
ユメの靴は運動靴であった。しっかり結ばれているとはいえ、少々心もとない。
「大丈夫! これでホシノちゃん担いで、砂漠から帰ったことあるから!!」
彼女は元気いっぱいにそう答えた。セイアは不安そうな顔で、ユメの頭に顎を乗せる。
「ダメだった?」
「いや……、君は本当に馬鹿なんだなぁと」
「ええ!? ひ、酷いよ~」
「君の能天気さを褒めているんだ」
「褒めてるの? それ~……」
「褒めているとも、よし、やるぞユメ」
セイアはユメにしがみつき、振り落とされないようにする。
「うん! それで、どうしたらいいの?」
「まず、私の言うことは絶対に守ること。もしも破れば君だけじゃない、私も死ぬ、分かったね」
「……分かった」
ユメはごくりと唾をのみ、セイアの足を握っている手に力を込める。ビナーは、眠ったように動かない。死んでいるように見えるが、近づくごとに威圧感が強くなっていくのを、肌で感じる。
「………よし、いまだ。ビナーに突っ込め」
「え、ええ!?」
「私の指示に従え、絶対にだ。行くんだ」
「ひ、ひいん!!!」
ユメは走り出す、目指すは前方の怪物。ビナーの目に光が灯った。覚醒したビナーはその口を開き、口の中にある砲門へと光が集まっていく。口付近の空気が歪んでいく、膨大な熱が発生しているのだろう。
「な、なんかやばいの出しそうだよ!? 避けなくていいの!?」
「止まるな! 死ぬぞ!」
「ひ、ひぃぃん!! 分かったよ~!!」
ユメは立ち止ることなく、ビナーへ走り続ける。セイアはユメの左肩を強く押した。
「いまだ!! 左に跳べ!!」
渾身の力を込め、ユメは左へと大きく跳ぶ。直後、ビナーの黒色の熱光線が放たれた。下から上へ、なぎ払うように放出されるそれは、砂が爆散し、爆風でユメたちを更に遠くへ飛ばした。
『戦闘、開始されました!』
『第一撃は回避したようです』
アロナとプラナが状況を解説していく。左へと大きく移動したユメたちは、静止した後、また動き出す。赤いデンジャーゾーンが、ユメを追いかけるように出現していく。ビナーのミサイルが、ユメへと射出されているようだ。何とか避けてはいるようだが、紙一重の逃亡劇だった。
『ビナー、いまだ移動を行いません』
『セイアさん達、大丈夫でしょうか……』
「二人を信じよう」
2度目の赤のラインが、ユメたちの進行方向へ描かれる。
『ビナー、動き出しました』
『セイアさん達は現在、アビドス高等学校本校へ向けて、移動中です!』
「とりあえずこれで、第一段階はクリアだ」
いくつもの砂の山を乗り越え、ビナーの攻撃を回避し続け、すでに20分が過ぎていた。ビナーは何度も塔へと戻ろうとしていたが、そのたびに絶妙な距離で煽り、攻撃を避け、誘導し、逃げる。それを何度も2人は繰り返していた。
「立ち止まれ!」
ユメの眼前を、大蛇の身体が下から上へと通過していく。砂に潜っていたビナーが、ユメたちを飲み込まんと潜伏していたようだ。巻き起こる砂嵐が、ユメたちを襲う。砂の粒子たちは、ユメたちの身体を、紙やすりのように傷つけていった。
ユメの顔はすでに汗まみれだった。まだ数km程度しか走っていないのだが、度重なるビナーのプレッシャーと、死の恐怖に彼女の体力が削られているのだ。
セイアも同様に、体力の限界が近づいていた。彼女自身は走ってはいないのだが、彼女自身の体力の低さと、彼女の指示が2人の生死を分けていることに、精神的負担を与えていた。セイアが行っているのは、1問でも間違えれば、すぐ死につながるテストのようなものだった。これに比べれば、
「ユメ、まだいけるか」
「だ、大丈夫……!!」
「山を登れ……、あともうすぐだ」
何度目かのあともうすぐだを、ユメへ告げる。ユメは死に物狂いで足を動かし、砂の山を登っていく。
「砂の山を登って……」
ユメの息はすでに切れており、肩で息をしていた。セイアと自身の身体をロープで結んでいなければ、何度セイアを落としていたか。
「跳べ!!」
だが、それでも、彼女は止まることなく進み続ける。砂の山を跳び、セイアと共に砂の山を転げ落ちていく。ミサイルたちが、先ほどまでユメたちがいた場所を爆撃していく。爆風に煽られ、口の中に入った砂を吐き出す。
「セイアちゃん、大丈夫……?」
「私のことは気にしないくていい…、早く立ち上がるんだ……」
ユメは気力を奮い立たせ、立ち上がり、即座に走り出した。後ろから機械の轟音が聞こえる。砂の山を、疲れた足を無理やり動かし、登っていく。今まで最も高い山だった。あともう少し、あともう少しと何度もつぶやいた。
山を登り切った。学校が見えた。もう数百mもない。
「セイアちゃん!!」
「かけ降りるんだ!!」
ユメは山を落ちるように駆けていく。怪物が後ろから接近しているのが肌でわかった。校門まであと100m……!!
「ユメ!! 横に跳べ!!!」
体が、セイアの言葉に反射し、受け身の体勢も取らずに跳んだ。2人は砂に突っ込んだ。
獲物を失ったビナーはそのまま校門を突き抜け、アビドスの敷地へと入った。
『射程圏内に入りました』
ビナーが先生とヒナに気づいた。ヒナの強大な力を察知したビナーは、優先順位を変え、『アツィルトの光』を放たんと口を大きく開けた。
「ヒナ、今だ」
ヒナが指を動かす。大砲のような音が、世界を揺るがした。光の光弾はビナーの口の中へ、砲門を砕き、内側から装甲を撃ち抜いた。かの守護者を貫いたそれは、空へと飛び去って行った。
「フィナーレよ」
ビナーが倒れていく。地震のような振動を起こし、その巨体は完全に活動を停止した。熱せられ、真っ赤になった愛銃からヒナは体を離し、撃ち抜いたビナーを見下ろした。ふと、なにかが動いたのを察し校門の方を見た。砂まみれの影が2つ立っていた。
先生は、インカムから聞こえる2人の声を聞いて、微笑んだ。
■
守護者を失った虚妄のサンクトゥムタワーは、ヒナの力で簡単に破壊することができた。学校へ戻った後、ヒナとセイアは近くのロボット達を破壊してくると別れ、先生とユメは2人で生徒会室へ戻った。
ユメに聞いて缶詰を2つ、持って帰ることにする。席に座って、ハルナにばれないようにイズミに渡す方法を考えていると、ユメが隣に座った。
彼女はちらりと先生を見た後、なにかを言いだそうとしたが、目を伏せ口を閉ざす。
「アビドスのこと、気になるのかな」
「えっ……、なんで分かったの……?」
「私もセイアほどじゃないけど、勘は鋭い方だからね」
「そっか、えへ……先生ってすごいね」
ユメは何度か逡巡した後口を開いた。
「ホシノちゃん、元気にしてる?」
「うん、いつも眠そうにしてる」
「眠そう? 結構変わったのかな」
ユメは首を傾げた、それに合わせ、先生も首を傾げる。
「そうなの?」
「うん、私の時はね、もっと活発っていうか……」
ユメはホシノとの思い出を少しずつ語っていく。仕事を一緒にしたこと、宝探しをしたこと、ピクニックの計画を立てたこと、いろいろ。楽しい思い出のはずなのに、彼女は苦しそうに、辛そうにそれを吐き出していった。
語った後、ユメはもう一度、何度か目を動かし、口を開く。
「……ね、先生」
「うん」
「……どのぐらい、経ったの?」
「…………」
「分かるよ、確かに私ってバカだし、こっちだと時間の感覚よくわからないけど、結構な時間が経ってるってことぐらいは」
「それは……」
「教えて、先生」
「……ホシノは3年生になってる。後輩もできてるよ」
「そっか、……2年かぁ」
ユメはぼそっと呟いた。
「アビドスに帰りたくない?」
「………」
ユメは頷いた。
「いろいろあってね」
ユメは自分の髪をいじる。かつては膝まであったそれは、こちらに来るときに切られてしまった。
「でもさ私、ホシノちゃんを置いて、アビドスから出たわけでしょ。ホシノちゃん、私のこと憎んでないかなって」
じわっと、彼女の目じりに涙が浮かぶ。
「それは……」
「そうじゃなくてもさ、今のアビドスに私の居場所が……、ううん、それよりも……、ホシノちゃんの中に私が居なかったらって、もしも忘れてたらって思うと、私、それを知るのが怖くて」
ごしごしと、彼女は袖で目をこする。それでも、彼女の悲しみは途切れることなく、零れ落ちていった。
「ま、まぁ、私馬鹿だったから、最後ホシノちゃんとも喧嘩別れして、嫌われちゃったから。ホシノちゃんが清々してるのなら、帰らない方がいいんじゃないかって、え、えへへ……」
小鳥遊ホシノ、小さな3年生。先生は彼女のことを思い出していた。飄々としていて、それでいて頼りになる少女。そして、寂しがり屋の女の子。あの子のことを完全に把握している、そんなことは先生には言えなかった。今あの子は何をしているんだろう。
「………そうだね、私はホシノじゃないから、彼女の気持ちや考えは分からないかな」
「そっか……」
ユメは声が震えないように、言葉を吐き出そうとした。そんなユメに、先生は視線を向けた。
「ユメは、なんでホシノのことを護りたいって言ったの?」
「え?」
「囮になりたいって言った時のこと。昔の後輩ってだけでしょ? 護る必要はないと思うんだけど」
「それは……、それは、ホシノちゃんが大切な、大好きな後輩だから」
じっと、ユメは先生を見つめ返す。彼女は唇をかみ、不安そうに、それでも目を逸らすことはしなかった。
「うん、そっか。……ユメの中ではもう、自分が本当に何をしたいのか、答えは出てるんじゃない?」
「……でも、それは私の気持ちだから」
「ユメ、もしもホシノに嫌われてたら私も一緒に頭を下げるよ。もしもホシノが忘れてたら、これからまた思い出を作っていこう。どんな選択をとっても、君の選択には私が責任を取る。だからユメ、君は君がやりたいことをやっていいんだ。君は何がしたい?」
「……ホシノちゃんに、会いたい」
「うん、じゃあそうしよう」
「……先生は、なんでそこまで私にしてくれるの? 初めて会ったばかりなのに、好きな事やっていいなんて、初めて言われたよ?」
「私は、大人だからね。子供がやりたいことを見守るのが、大人の責務だからだよ」
少女は、瞬きを繰り返し、目の前の大人を見る。
大人、子供を食い物にする存在。彼女の常識ではそうだった。そんな存在だけではないと信じたかった。世界には光だってあると信じたかった。馬鹿みたいに信じて、馬鹿みたいだと何度も言われた考え。でも、その光は確かにあった。
でも、その存在に私より先に、ホシノちゃんが会うなんて。
「妬けちゃうな……」
ユメは先生を抱きしめ、彼の胸に顔をうずめる。
「ユメ?」
「先生、やりたいこと、やってもいい?」
「……うん」
彼女は震え、後輩には絶対に見せなかった感情を吐き出していく。嗚咽と、涙が流れていった。彼女を撫でながら、時間が経っていく。
「……先生?」
ドアの方から声がした、そちらを見ると、ヒナとセイアがいた。
「……何しているの」
「少し目を離したら君はこれだ……。君が裏で何と言われているのか知っているのか。生徒は皆姫様扱い、そんなことを言われているんだぞ」
ヒナとセイアは、不機嫌そうに先生を見ていた。
「そんな噂立ってるの!? いや、これはユメの話を聞いてただけで……、ユメ、もういいかい?」
ユメをゆする。彼女は泣き疲れたのか眠っていた。幸せそうな眠りに、起こすのが憚れる。
「眠ってる……」
「あっ」
セイアが部屋の一角を指さした。そこに顔が浮いていた。
「……え、シロコ……?」
その顔はシロコだった。
彼女はそのまま、すーっと、開いた穴へ戻っていった。
「ちょ、ちょっと待って!! シロコストップ!! ゆ、ユメちょっと離して……、力強いなこの子!!」
何とかユメを引き離そうとするが、万力のようなその腕を離すことは、キヴォトス人ではない先生には無理だった。ホシノちゃん捕まえた~と、気楽に言っている。
それから少しして、戻ってきたシロコを説得し、ようやくこの世界から旅立つことができた。
■
シロコが作ってくれた穴を通ると、かつての研究施設へ戻ってこれた。待っていたのは先に戻ったシロコと、ここまで来てくれたアコ、ミヤコ、アリス、エイミ、ホシノだった。シロコからだいたいの話は聞いたが、彼女たちも大変な思いをしたようだ。
「………あっ、先生……」
最初に、エイミが先生に駆け寄り、抱きつく。彼女は自身の体質も忘れ、先生を離さないよう、抱きしめた。
「……エイミ、お疲れ様」
火傷をしないように、気を付けながら彼女を抱きしめ返す。ミヤコ達も、先生に歩み寄ってきた。彼女たちも嬉しそうに、先生におかえりなさいと言う。ヒナとセイアが続いて、穴から出てきた。
アコがヒナへ、声をかける。
「ヒナ委員長……」
「……アコ、お疲れ様」
ヒナはアコの、クマのできた酷い顔を見て、ねぎらいの言葉をかけた。アコの瞳から涙がこぼれ、彼女もまた、ヒナを抱きしめた。彼女がこういうスキンシップを取ることはまったくないため、ヒナは少し驚いた後、彼女を撫でた。
「……お疲れ様」
「……はい」
アコの声が震えていた。
「うへ~、おかえり先生。おじさんすごい頑張ったんだから、ご褒美欲しいな~?」
一足遅れて、ホシノが先生に話しかける。彼女はボロボロで、腕や足に包帯を巻いていた。
「お疲れ様、ホシノ」
「うへ~、本当にお疲れだったよ。おじさん、歳なんだからさ……、こういうことはこれっきりにしてほしいな」
手を伸ばし、ホシノをやさしく撫でる。彼女は目をつぶり、久々のその感覚に、頬を緩ませた。
「ホシノ」
「なーに? 先生。あ、ご褒美はこれだけとか言わないでよ」
「ホシノに会わせたい人がいるんだ」
「え、おじさんに?」
先生は一歩隣に移動する。穴から最後の人物が出てきた。その人物を見たホシノの目が、大きく開かれた。
忘れるはずもない人物がいた。以前とは変わったところがあった、それでも間違えるはずがない人。1歩近づいた。
「ユメ先輩」 「ホシノちゃん」
こうして、先生が消えた事件は幕が降りる。この件の後、少々とは言えないレベルでキヴォトスに騒動が起こったが、それはまた別の話だ。余談ではあるが、アビドス高等学校に、新メンバーが入ったそうだ。
彼女達の苦難はこれからも続いていくことだろう。そしてまた、彼女たちの
これで完結です。後日おまけの短編を書く予定です。