ゲヘナ風紀委員の執務室は本日も大荒れである。彼女達は今日も大量の書類に向き合い、処理を行なっていた。
「なっ!?」
ピリピリとした空気の中、イオリが勢いよく立ち上がり驚いた声を上げる。手には封筒と手紙が握られていた。アコはそんなイオリに白い目を向け、叱責した。
「イオリ、騒がしいですよ」
「あ、アコちゃんこれ!!」
イオリはアコへ、その手紙を手渡した。
場所は変わりミレニアムサイエンススクール。ユウカもまた手紙を読んでいた。彼女はワナワナと震え、持っていた手紙がくしゃくしゃになっていく。
「あ、アビドス高等学校は、ミレニアムサイエンススクールに……、宣戦布告をします!? なんで!!?」
「何でと言われても…、なんででしょう…」
ノアが落ち着いてユウカに反応する。
会長であるリオがいない今、ミレニアムの全権は、ユウカとノアが受け持っていると言っても過言ではない。この布告について2人で考えなくてはいけないのだ。
「と、とりあえず、アビドスに確認のメールを、それと確認が取れるまで、この件は外に漏れないように…」
「それがその、どうやらその手紙、他の学園にも送られてるみたいで」
「はぁ!?」
「クロノススクールにも送られたみたいです、ユウカちゃん」
「なんで!?」
トリニティ総合学園、そのテラスでティーパーティーはお茶会を行っていた。ホストであるナギサは、アビドスから送られた手紙を声に出して読んでいた。
「追伸、先生をご存知の方がいましたら、アビドス廃校対策委員会までお電話をください」
「つまり…、ミレニアムとそのアビドスってところが戦争をするってこと?」
ミカがナギサに問いかける。ナギサは頷き、紅茶を口へ運んだ。
「ミレニアムも大変だねぇ、でもさ、先生って誰なんだろうね?」
ミカがロールケーキを一口サイズに切り分け、口へ運ぶ。彼女は、その手紙の意味が全く分かっていなかった。
■
話は別世界のシロコが、アビドス対策委員会に訪れたところまで遡る。彼女達は席に座り、今後の方針を考えていた。
「まず、大前提として先生は消えたわけじゃない。いなくなっただけ」
「それって何か違うの? シロコ…先輩?」
別世界のシロコにセリカが疑問を投げかける。別世界のシロコは立ち上がり、棚からビー玉を二つ取り出した。
「赤いビー玉が私の先生、青いビー玉がこっちの先生」
青いビー玉が机に置かれる。
「私の先生が来る前はこの状態、ここに私の先生が来たことで…」
青いビー玉は赤いビー玉がぶつけられ、机の端まで転がっていった。
「こうなった」
「すごい不安定だね」
ホシノが青いビー玉をまじまじと見つめる。そのビー玉は、別世界のシロコの手によって、床に落とされた。かつん、と音を立てたビー玉は転がっていく。
「不安定だった先生が、何かの拍子に落ちてしまった。これが今の先生の状態」
「つまり、今の先生はどこか別の場所にいるってことですか? シロコ…先輩」
「そういうこと」
「ん、ちょっと気になったんだけど」
アヤネに別世界のシロコが頷く。それを見たシロコが、手を挙げた。
「シロコが2人いてややこしいから、貴女はクロコを名乗るべき」
「ん…」
「私はアオコを名乗る」
「シロコ先輩も名前変えるんですね……」
アヤネが苦笑いをした。シロコは腕を組み、真面目に答える。
「片方だけ変えるのはフェアじゃない」
「構わない、貴女がシロコを名乗るべき。ここは、貴女の世界なんだから」
「そういうわけにはいかない」
「気持ちだけで嬉しい。ありがとう」
「ん…」
シロコは不貞腐れたようにクロコを見た。それを意に介さず、クロコは話を進める。
「アヤネが言ったように、先生は別の世界にいる。私が先生を連れ戻す。そうすれば、先生の存在は戻り皆は思い出す…はず」
「急にあやふやになったわね…」
セリカが目を細め突っ込んだ。そこははっきりと答えてほしいところだったからだ。それに対し、クロコは顔を横に振り答える。
「私も初めてのことだから」
「まあ、おじさん達には他に案もないし、それに賭けるしかないよ」
「それでクロコちゃん。私達は何をすればいいんですか?」
ノノミがビー玉を拾い、クロコに聞く。
「やることは大きく2つある、1つはアトラ・ハシースの箱舟の残骸を探すこと」
「方舟、たしか宇宙に行った時の目的地でしたっけ」
アヤネが先程ホシノから聞いた話を思い出した。クロコは頷き、空間跳躍を行うには、方舟の力が必要だということを話した。ホシノが先生の話を思い出す。
「先生の話だと、ミレニアムが調査することになったらしいから、残骸があるとしたらミレニアムかな」
「じゃあ、ミレニアムにお願いしにいかないといけませんね」
ホシノとアヤネが一つ目の目標を纏める。セリカがクロコに二つ目の目標を聞いた。
「もうひとつは?」
「もうひとつは、先生が最後にいた場所に行くこと。空間跳躍を成功させるためにも、できるだけ先生に近い場所にいたい」
「最後にいた場所…、連邦生徒会の関係者ならD.U.でしょうか」
アヤネがホシノを見る。ホシノは渋い顔をして、首を横に振った。
「先生、行動範囲すごく広いから…、D.U.にいることよりも、他の学園にいる方が可能性高いと思う」
「迷惑この上ないわね…」
ホシノの話を聞いたセリカが、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「帰ってきたらアビドスで監禁しよう」
「そうしましょう☆」
「…先生の痕跡とかは残っていないのでしょうか」
冗談だと思われる会話をしているシロコとノノミを横目に、アヤネがホシノに聞く。だが、これに関してもホシノは苦しそうな表情で返した。
「ネットで調べてみたけど、全部無くなってた。残ってるものもあるかも知れないけど、おじさんには思いつかないよ」
「つまり……ないものを探せってこと?」
セリカの言葉に一同は言葉を失う。短くない時間がすぎ、アヤネがゆっくりと手を挙げた。
「なーに、アヤネちゃん」
「あの、気になったことがあるんですけど、なんでホシノ先輩とクロコ先輩は、先生のことを思い出せたんでしょうか」
「私は他の世界から来たから影響が少ない。ホシノ先輩は先生にとって大切な人だからだと思う」
「うへ!?」
「「「「は?」」」」
クロコの言葉に、ホシノは顔を赤くし、他の4人はクロコに視線を集める。4人から先程までの真面目な空気はなくなり、怒りの気配が滲み出ていた。
「う、うへぇ、そ、そんなことはないよ? そりゃあおじさんと先生はいい仲だと思うし? おじさんも満更じゃないけどさぁ」
「ちょ、ちょっと待って! なんか納得いかないわその理由!」
「ん! それはない、断じてない!」
セリカとシロコが、クロコに食ってかかる。クロコは至って冷静に持論を述べた。
「そういう意味で言ったわけじゃない。ホシノ先輩は先生の物語に、大きな影響を与えてるって意味」
「大きな影響ですか?」
ノノミの合いの手に、クロコは頷き続けた。
「うん、起点。特異点と言ってもいい。先生の歩んだ道に大きく重なっているから、思い出せたんだと思う」
「な、なるほど」
「うへぇ、そっかぁ、私と先生がかぁ、えへへ……」
ニヤニヤする先輩を見る後輩達、納得はいったが、納得がいかない、そんな二律背反の感情が何故か心の中で渦巻いていた。
「帰ったら監禁しよう」
「そうしましょう」
2年生の2人は大きな決意を持った。アヤネは咳払いをし、話を戻す。
「それで、つまり、ええと、他にもその起点になった方はいると思いますか?」
「可能性はある」
「いないと思うなぁ、おじさんは」
「ホシノ先輩は黙ってて」
「セリカちゃんが怖いよぅ」
「じゃあ人探しですね! 思い出せる方を探しましょう☆」
「クロノススクールに頼みますか?」
「広告ね、確かに手っ取り早そう。どれぐらいかかるのかしら」
アヤネが広告費を調べ、全員に見せる。皆その値段表を見て、青い顔になった。
「こ、こんなにするの?」
「私のカードを使いましょうか…?」
「桁が桁だから、ノノミちゃんのカードを頼るのも…」
「じゃあ、地道に聞いていく?」
「何年かかるんでしょうかそれ…」
先生の行動範囲が広すぎるのは、先程述べた通りだ。たった6人で起点を探すのは、キヴォトスではあまりにも人員が少なすぎた。
その後も何か案はないかと、頭をひねるが案は出ない。万策尽きた、項垂れるアビドス対策委員会のメンバーだった。
だが、1人の少女が手を挙げた。砂狼シロコだった。彼女はまるで、ん、銀行を襲うとでも言いたげな顔でみんなを見ていた。嫌な予感がしながらも、アヤネはシロコに発言を促した。
「…シロコ先輩どうぞ」
「ん、銀行を襲う」
ほらきたとばかりにセリカがため息をついた。
「真面目に考えてくださいよ、シロコ先輩」
「私は真面目に考えてる」
「……あっ」
「ん」
最初に、ノノミとクロコが気づいた。
「そういうことですか、シロコちゃん!」
「うん、それで合ってる」
「……ああ」
「なるほど…」
次にホシノとアヤネが気がついた。セリカはまだピンと来ていないようで、困惑している。
「確かに、その方法が1番良さそうでしょうか」
「いや、問題があるかなぁ」
「問題ですか?」
「多分、銀行程度だと効果が薄いと思う」
「……ど、どういうこと!? みんなは何がピンと来たの!?」
勝手に話が進んでいくことに、セリカは焦り立ち上がる。シロコはそんなセリカ見て、説明を始めた。
「セリカ、銀行を襲えばどうなると思う?」
「え、ええとお金が手に入る?」
「その前」
「警備員が来る?」
「警備員が来たら、銀行の周りはどうなる?」
「人が来る…えっ、ま、まさか」
セリカもようやく分かったようだが、その顔は晴れず汗が垂れていく。この先輩は、何を言っているんだという、新たな戸惑いのせいだった。
「そう、私達で銀行を襲う。無理矢理人を集めて、そこで先生のことを聞けばいい」
「流石私、非常にウィットにとんでる」
「ん、もっと褒めるといい私」
シロコ達が自己肯定を始めている中、アヤネは苦笑した。
「めちゃくちゃな方法ですよね…」
「でも、1番上手くいきそうでもあります」
ノノミがうんうんと頷く。セリカは、先程ホシノの抱いていた懸念点を聞くことにした。
「じゃあ、ホシノ先輩が言う問題ってのは?」
「あー、えっとね。銀行強盗程度じゃ人はそんなに来ないと思うんだよね」
銃撃と騒乱はキヴォトスの華だ。
「じゃあいっそ、学園でも襲う?」
セリカの発言は冗談であった。頭を使いすぎて疲れているのもあった。だが、他の5人はセリカを、信じられないものを見るような目で見た。
「えっ。いや、冗談で」
「アヤネ、どう思う?」
「た、確かに学園を襲えば、確実に人は注目するでしょうし、クロノススクールも取材にくるでしょうが…」
「私は賛成です! 他にいい手は思いつきませんし、何よりセリカちゃんの案ですから!」
「やめてノノミ先輩!?」
「流石アビドスの特攻隊長、発想で負けた」
「シロコ先輩もやめてほしいんだけど!!」
「…おじさんは反対。学園を襲うってことは、戦争をするってことだよ? 危険すぎる」
「危険は承知の上、それに、私達がやめてもホシノ先輩は1人でやる」
「それは…」
「私達は一蓮托生。皆で学校を襲おう。セリカもいいよね」
「うっ、あーー! わかったわよ! やってやろうじゃない!!」
「ホシノ先輩」
5人がホシノを見る。他校を襲う。はっきり言って無謀な計画だ。だが、自分と同じ存在が他にも見つかれば、大きく前進するのも確かだった。先生は怒るだろうか、…先生のためにやったと知ったら、怒るだろうなと、心の中で微笑む。
「……分かった。みんなでやろう」
「じゃあ、あとはどこを狙うかでしょうか」
「それはもう決まってるよ」
「うん、襲撃場所は」
「ミレニアムサイエンススクール。残骸もまとめて貰おう」
ホシノの言葉に、5人は頷いた。
■
薄暗い路地裏、天を覆う空はとても狭く、微かに青が見えるだけだった。乾ききらぬ水たまりを跳ねさせ、マスクをつけた少女は廃墟へと入った。
窓から微かに入り込む光に照らされた場所で、2人の少女が待っていた。2人は傍らの愛銃を手に取っていたが、マスクの少女だということが分かると、彼女達の緊張はなくなっていく。
マスクの少女が、座り込んでいる仮面の少女へ、コンビニ弁当を手渡す。半分ほど食い散らかされた残飯。だが、彼女達にとってはご馳走だった。仮面の少女は手を動かす。言葉を発しなかったが、それだけでマスクの少女には感謝が伝わったようだ。
続いてサイドテールの少女へ違う弁当が手渡された、こちらも似たような惨状であったが、サイドテールの少女は嬉しそうに感謝の言葉を発した。
雑誌はありませんでしたか? サイドテールの少女が問いかける。マスクの少女は呆れ、新聞を投げ渡す。それで我慢して、と。投げ渡された少女はネガティブな発言を言いながら、新聞を読んでいった。
記事の内容は、アビドスがミレニアムへ宣戦布告をしたと言うもの。大規模な抗争はエデン条約以来だった。そのため、新聞でも大きく取り上げられている。
わずか5名しかいないアビドス高等学校が、どのようにミレニアムと戦うのか。そのことが面白おかしく書かれていた。
マスクの少女とサイドテールの少女は、その記事を侮蔑しながら感想を述べていく。持つもの達すらも、何かを得るために争う。なんと虚しいことだろう。そもそも、この先生とはなんなのか。
物音がした。感想を言い合っていた2人がそちらに視線を向ける。音を出したのは、仮面の少女だった。彼女は食べていた弁当を落とし、立ち上がっている。マスクの少女が、どうかした? と彼女に聞いた。
仮面の少女は一言だけ呟いた。
「……せんせい」
シロコも特異点になりえるんですが、クロコがいるため役割を吸われています。