「天雨アコ、風紀委員長」
電話を切ったユウカが生徒名簿を読み上げる。ユウカの記憶では、ゲヘナの風紀委員長は彼女で間違いがなかった。それは、サオリ、ネル、トキも同様だろう。だが、記憶している5人の反応は、それが間違いだと告げていた。
「ゲヘナの本当の風紀委員長は空崎ヒナ。ゲヘナ最強と言われている生徒です」
「最強ねぇ」
ミヤコの言葉に、ネルが呟く。ホシノはうんうんと、頷いた。
「実際、風紀委員長ちゃん強いからね〜」
「先生が言っていました! ゲヘナの風紀委員長は、誰よりも強くて頼もしいって!」
「え?」
「は?」
アリスの言葉に、ホシノとネルが眉間に皺を寄せながら反応する。
「……前に聞いた時と違うような気がしますが、とても真面目な方でした」
「百合園セイアのように、不思議な力とかはあったりしないの?」
「私の知ってる範囲ではないかな」
ユウカにアツコが答える。空崎ヒナはエデン条約の時の大きな障害の1人であった。そのためアリウスは、彼女の戦闘能力を調べている。
「となると、最後に会っていたのは彼女である可能性が高いですね……」
「トリニティについてはどうだったの?」
ホシノの問いに、ユウカは首を横に振った。
「外部の者ですから、詳しいことは何も。ただ、百合園セイアという人物はいないようです」
サオリは目線を下に送り、少し考え、意を決した。
「……電話を貸してくれ」
ユウカは首を傾げながら、携帯を手渡す。
「何か当てが?」
「同郷に聞く。あいつなら、まだ起きてるだろう」
アツコはサオリの言っている人物に心当たりがあった。アリウスの裏切り者にして希望。陽の当たる場所にいなければいけない家族。
「……サッちゃん、ありがとう」
アツコが微笑むと、サオリは目を逸らす。
「……あいつの声が聞きたくなっただけだ」
サオリは少し離れた場所に移動し、電話をかけた。トリニティについてはサオリに任せることにし、ユウカは話を再開する。
「こちらはこちらで、話を進めましょうか。予定通り、空崎ヒナさんの行動範囲を推測していきましょう」
トキが机に地図を広げる。各々が、その地図を見下ろした。
「よっぽどのことがない限り、ヒナ風紀委員長がゲヘナから出ていくことはないので、ゲヘナ内確定でよいかと」
トキが根拠はあるのですか? と聞く。ミヤコははい、と答えた。
「ゲヘナの治安維持は、ヒナ風紀委員長によって保たれていました。噂ではヒナ風紀委員長が休むだけで、ゲヘナの犯罪率が10倍に跳ね上がるとまで言われています。よっぽどの方がない限り、ゲヘナから離れないかと」
「ええ……、なにそれ」
ユウカが呆れる。確かに、ゲヘナの治安の悪さはミレニアムにいるユウカにも聞こえていたが、想像以上だ。
「だけどよ、ゲヘナの治安がさらに悪化したなんて聞かねーぞ? 元から酷いけどよ」
「それは簡単な話だよ、風紀委員長ちゃんの存在が元からないから、消えたことが分かってないんだよ」
ミヤコがホシノに頷く。
「抑止力が休めばその間に暴れるでしょうが、元からなければ、いつも通りの日々を過ごすだけでしょうからね」
トキはゲヘナに丸をつけ、やばいと記入した。
「うん?」
「どうしたの〜、セミナーちゃん」
「いえ、空崎ヒナさんは真面目な方なんですよね」
「そうだね〜」
「どうして先生と会っていたんでしょう」
「先生に仕事を手伝って貰おうとしたとか」
違うかな、とクロコが答える。
普通に考えれば、クロコの考えに至るだろう。だが、ユウカは口元に手を当て考える。
「話を聞く限り、空崎ヒナさんは有能な働き者です。そんな人物が、先生を頼ろうとするかなと」
もしも自分に、先生のような人がいたら私はその人に頼るだろうか。答えは否だ。ユウカもヒナと同じ、自分だけで極力片付けようするタイプで、同僚のノアや部下に頼ることはあっても、先生のような大人に頼ることはないだろう。
「考えられるとしたら、1、空崎ヒナさんの手に負えなくなった事件が起きたので、周りの人物が先生を頼った。2、先生は別口でゲヘナの事件に気づき、空崎ヒナさんを頼った。3、先生が空崎ヒナさんのところへ遊びに行った」
ユウカが指で数字を数えながら、自分の考えを述べる。説得力のありそうな発言に、ホシノは目をつぶった。
「うへ……3だとどうしようもないね」
「アツコさん、空崎ヒナさんの趣味とかは知っていますか?」
「ごめん、流石にそこまでは……」
「うーん……、とりあえず3は置いておいて考えましょうか。1と2なら、共通事項があります」
「共通ですか?」
ユウカはミヤコに頷き、地図上のゲヘナを指差した。
「はい、二つとも大きな事件が起きたことです」
「事件かぁ」
ホシノも指先を見る。あのゲヘナで先生が向かうほどの事件、いったいなんなのだろうか。
一同が唸っていると、アリスが手をあげた。
「もしかしたらそのクエスト、まだ残っているんじゃないでしょうか」
「クエスト……、事件のこと? アリスちゃん」
はい、とアリスが答える。
「でも、おじさんが調べた時には先生の情報は消えてたよ?」
「え、ええと……、チヒロ先輩が言うには、ヴェリタスのセキュリティがまだ残っていて、以前ユウカ達を襲った時のがって」
「え、なにそれ」
襲われた時のことをまだ思い出せていないユウカは、アリスの言っている言葉が理解ができなかった。私を襲ったとはどういうことなんだろうか。
ミヤコは考え、口を開く。
「副次的なものが残ってる、ってことでしょうかアリスさん」
「は、はい!」
「副次的なもの?」
ホシノの問いに、ミヤコが答えた。
「例えば、エデン条約。あれも先生が関わっていますが、皆さんは覚えています。もしかしたら、その原因は先生が発端ではないから、というのはどうでしょうか」
「ああ、そうだね。エデン条約は連邦生徒会長が言い出して、トリニティとゲヘナが共同で始めたもの。先生は途中参加だった」
「つまり、その大きな事件が先生が起こしたものでない限り、まだ残ったまま、もしくはその残滓があると?」
トキの言葉にミヤコは、可能性はありますと答える。
「その説で間違いないかもしれませんよ?」
え? 誰かが呟いた。ここにはいない誰かの声だった。ミレニアムのメンバーだけはその声に心当たりがあるのか、ある生徒の名前を言葉にしている。
突如、ぱっと大きなモニターに1人の少女が映る。白髪の聡明そうな少女だった。色白で穏やかそうな顔は、薄幸の美少女という言葉がよく似合う。薄暗い部屋をバックにしているため、監禁されているのか? という考えがよぎるだろう。
だが、そのイメージはすぐに崩れ去った。
「ミレニアム最高にして全知の称号を持つ、天才清楚系病弱美少女ハッカー明星ヒマリと申します。よろしくお願いします」
ヒマリはニコリとほほ笑んだ。
「またキャラが濃い人きたなぁ」
ホシノがぼやいた。
「電話は終わった、って誰だ……?」
サオリが戻ってきた。彼女はモニターに映っているヒマリを注視している。
「私のことは気にせず結果をどうぞ、サオリさん」
「サッちゃん。どうだった?」
「アズサの話では、ハナコがティーパーティーなのは確かなようだ、とても混乱していたが。それと、トリニティで大きな事件は起きていない」
「ありがとうございます。これで、先生がゲヘナへ向かったのは確定しましたね」
「何か心当たりがあるんですか? ヒマリ先輩」
ユウカが大きな顔をしているヒマリに質問をする。ヒマリははいと答え、モニターにキヴォトスの地図を映した。地図にはアビドス砂漠、ミレニアム郊外、ミレニアム近郊、トリニティとゲヘナの境界、D.U.近郊、サンクトゥムタワー跡、そしてゲヘナ郊外ヒノム火山に赤い印があった。
「………ん」
「その地図は……」
「いや、でもゲヘナにはなかったはず……」
「先生に何か関係があるんですか? この地図が」
ユウカがホシノ達に問う。クロコがうん、と答えた。彼女の罪の1つ。”先生”と共に、降ろした災厄たち。キヴォトスを滅ぼさんとする色彩を呼び寄せる魔の塔。
「虚妄のサンクトゥムタワーがあった場所」
その言葉を、口に出した。
覚えている4人が嫌な思い出に顔をしかめるが、ヒマリは話を続けていく。
「こちらの地図は、皆さんが空崎ヒナさんを調べているという話を聞き、調査をしようとしたところ、何故か私のデータベースにあったものです」
「話を聞きって、いつから覗いてたんですかヒマリ先輩…」
「それはもう、そちらのアビドスの方がモノレールから降りて、全員いるよね~と聞いたところから」
「うへ…、最初の最初じゃん」
ユウカとホシノは、この人暇なのかなという視線を送った。
「データーベースにあったということは、ヒマリ部長が以前から調べていた、ということですか?」
トキの言葉に、覚えてはいませんがと、ヒマリは答える。
「おそらくですが、先生という人物から頼まれて調べていたのでしょう。このミレニアムに誇る全知の美少女に頼るなんて、先生という人物は見る目がありますね。ふふっ」
「他に暇そうな人がいなかっただけなんじゃない?」
「うるさいですよ、エイミ」
ヒマリは画面外にいるであろう人物を視線を送った後、またカメラへ視線を戻した。個性的な人だなと思いつつ、ミヤコは話しを進める。
「それで、それがどうしたんでしょうか。虚妄のサンクトゥムタワーはすでに崩壊し、解決しています」
「はい、そのようですね。記憶にはありませんがゲヘナ以外の場所で、異常なエネルギー量がこの周辺で観測されています。そのエネルギーはなくなっており、解決済みなんでしょう」
ただ……、ヒマリの声と共に、クリック音が聞こえる。地図の表示が変わり、ゲヘナの赤い点付近に赤い円が広がった。
「微量ですが、以前観測されたものと同質のエネルギーが観測されました。量は比較になりませんがね」
「虚妄のサンクトゥムタワーがまた降りるということですか?」
「そこまではなんとも」
「クロコちゃん、何か知らない?」
「ん……、キヴォトス攻略は”先生”に任せていたから…。ただ、私達が降ろしたときのものは効率をよりよくするために選んだ場所だったから、他に候補があったのかもしれない」
「でも、あれがまた降りるっていうのなら、先生がゲヘナへ向かったっていう根拠にはなりえるかも」
アツコの言葉に、4人が頷く。
「それと、片手間に調べた情報ですが」
再度、かちかちと音が鳴った。モニターには、遠方からとったのだろうかぼけた写真が写る。だが、ホシノ達とネル、トキにはそのぼけた姿に見覚えがあった。アリスの手が強く握られる。
その物体は球体に触手を生やしたクラゲのような影だった。アリスにとって最も因縁の深い物体。F.SCT攻略戦でも戦い、そしてアリスがそれを支配した未来がありえた存在。
「Divi:Sion」
アリスの声が、響く。
「これらが、チェックされた付近で目撃されたそうです。ゲヘナの風紀委員の方々は周囲を封鎖、現状維持を決めたようですね」
「それは、仕方ないかと。ヒナ風紀委員長がいない今、相手をしている余裕はないでしょうし」
「なるほどね、確かにここまでそろってたら、ゲヘナで確定だ」
「……アリスさん、大丈夫ですか?」
ミヤコの心配そうな声に、アリスは微笑む。
「はい、アリスは大丈夫です。もう、……大丈夫です。ゲヘナに出発しましょう!!」
アリスが手をあげる。だが、ユウカが首を横に振った。
「ううん、先にアコ委員長に連絡を取るわ」
「んだよ、そんなことしなくてもいいだろ」
「外交問題になりなります、それに……」
ユウカは携帯を取り出した。
「私だったら、知っておきたいから」
コール音が鳴り響く。10コールが経ち、ようやく繋がった。
『はい、こちらゲヘナ風紀委員会』
電話番の子だろうか、彼女の声には覇気がなかった。疲れているのだろう。
『ミレニアムサイエンススクールの早瀬ユウカです。委員長につないでもらえますか』
『ミレニアムの……? 分かりました』
少しして、電話の相手が代わった。
『ゲヘナ風紀委員長天雨アコです。何の御用でしょうか』
『ミレニアムのセミナー、早瀬ユウカです。夜分遅く申し訳ありません、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか』
『こんな時間に電話なんて、ミレニアムの方々は常識人ですね』
カリカリと、ペンが走る音が聞こえる。仕事をしているのだろう。
『緊急の用事でしたので』
『戦後の賠償金の貸付でしたら、後日でよろしいでしょうか。余りにも呆気なく終わったので、準備ができておりません』
『そ、そうですか』
ユウカの眉間に青筋がたち、彼女は拳を強く握った。
『まさかあのミレニアムが負けるとは、あれでしょうか、自分たちが勝てると思い込んでいた兎と同じ。ミレニアムの方々は頭の良い方だと思っていましたが、データの書き換えをしておかないといけないようですね』
ユウカは拳を振り上げ机へと、勢いよく……、勢いよく………、振り下ろさなかった!
「ユウカ、偉いです!!」
「セミナーちゃん偉いよ~」
アリスとホシノが拍手をする。
『いくらでも仰ってください! 私はゲヘナへの入国許可のために、連絡を取りました!』
『入国許可? 何故?』
『そちらが抱えているヒノム火山の件、我々で対処させてもらえないでしょうか!』
『……どこからその情報を』
『先生の件が関わっています』
少しの間、電話の向こうが黙る。
『……先生、確かアビドスの』
『はい』
『貴女もそのだれか分からない人を探していると? 誰なのか聞かせてもらっても?』
ユウカはホシノを見た。
『……頼りない人です』
『……はい?』
『頼りない人です。でも、確かに私の心に埋まっていた人でした。私は、またあの人に会いたい。貴女の心にも、穴が空いているんじゃないんですか? 先生や、空崎ヒナという穴が!』
『………空崎ヒナ』
アコが呟く。その呟きの意味は、ユウカには分からない。それでも、ユウカは言葉を紡いでいく。
『お願いします。セミナーとしてではなく、1人の生徒として。ヒノム火山の件を任せてください』
電話の向こうが黙り込む。先ほどまで聞こえていたペンの音も止まっていた。数十秒ほどだろうか、ようやく反応が来た。
『……考えさせてください』
『はい』
通話が終わる。
「おい」
ネルが、ユウカへ声をかけた。にやりと、彼女は口角を上げていた。
「良い啖呵だったぜ」
ユウカは照れくさそうに笑った。
「相手はなんだって?」
「考えさせてほしいって」
「そっか、じゃあ……、誰がいく?」
彼女がどんな結論に至るのか、ホシノ達には分かっていた。だから、迷う必要はない。
「アリスは行きたいです!」
アリスが手をあげた。クロコも頷く。
「とりあえず、覚えてる子達でいいんじゃないかな」
「それはダメだ」
サオリがホシノの提案を止める。アツコは難色を示した。
「サッちゃん、私も行きたい」
「それはダメだ、私達はゲヘナで指名手配されている」
「あっ……」
「それなら仕方ないか、……アツコちゃんの分まで頑張ってくるよ」
納得はいかないが、不承不承とアツコは了承した。ホシノ達を見る。
「……お願い」
「うん、任せて」
「ネル先輩、私達はどうしましょうか」
トキは隣にいるリーダーへ話しかけた。
「あー……、行きてえ気持ちはあるが……、お前らに任せるよ。覚えてもいないのに、ミレニアム放り出すのはなんか違うだろうしな」
その言葉に、トキとユウカが頷いた。
「……はい、後は皆さんに託します。アリスちゃん、頑張ってね」
「はい!」
「でしたら、こちらからエイミを同行させてもいいですか? 先生からの依頼ですからね、最後までやっておきたいです。もちろん、私もサポートしますよ」
ヒマリの後ろでエイミが顔を出し、ピースサインをしている。
「ミヤコちゃん、あっちでの指揮お願いしてもいい?」
「私がですか? でも私は1年生ですし……」
「先生に信じてもらってるんでしょ? 任せるよ」
「……分かりました」
1時間後、アコから許可がおりた。一同は睡眠をとった後、ゲヘナのヒノム火山へ向かった。
■
「光よ!!」
閃光が走った。膨大なエネルギーが、一筋の輝きとなって熱を生み出す。連携により集められたロボ達は、アリスの光の剣により完全に無力化された。
「お疲れ様~」
ホシノ達はゲヘナへ向かい、アコとイオリと合流した。彼女たち2人と幾人かの部下に連れられ、ヒノム火山のアビス、ゲヘナ未開の地へと足を運ぶ。風紀委員によって封鎖されている地帯へ乗り込んだ後、戦闘を繰り返し奥へ、奥へと進んでいた。
辺りは火山の影響なのか、岩とコケだけが存在しており暑い。
「ミヤコちゃん、ナイス指揮~」
「ありがとうございます」
「あれだけ手間取ってたのが、あっという間に片付いたな」
イオリがぼやいた。
「さてと、……委員長ちゃん、地下施設ってここから入るの?」
ホシノが見下ろす。岩と岩の隙間に、洞窟ができている。アコも横に立ち、ホシノの言葉に頷いた。
「はい、この先に地下施設があります」
アコの話ではこうだ。2週間ほど前からこの付近で謎のロボが出現し、風紀委員のメンバーはそれと交戦、この洞窟の奥からロボットたちが出てきていることが判明し、殲滅すべく地下へと潜ったが、戦略的撤退を行うことになったというものだ。
何故、優勢だった自分たちが急遽撤退することになったのか、彼女たちには分からないそうだが、恐らくは……
この先で先生と風紀委員長ちゃんが消えたからか。
ホシノは洞窟の闇を見る。風紀員達からライトといった装備を受け取っていき、ホシノたちは準備を終えた。
「ホシノさんが先頭、その次に私、アリスさん、クロコさん、最後尾にエイミさんで行きましょう」
「風紀委員ちゃんたちはどうする? ついてくる?」
アコとイオリが顔を見合わせた。少しして、アコが口を開く。
「私がついていきます。あまり覚えていませんが、最深部まで行ったことがあります。イオリはここで待機を」
「え~、私も行きたいんだけど、アコちゃん」
「誰かが残って退路を確保しておかないといけないでしょう?」
「最深部まで行ったんですか? アコ……委員長」
ミヤコの言葉に、アコは頷いた。
「はい、敵に囲まれ混乱したため、あまりよく覚えていませんが」
アコは唇を無意識に噛む。ホシノはもしも自分が同じ立場だったら、そう思うとぞっとした。目の前で先生を失っていたらと思うと、しかもそのことを思い出すこともできないのだ。ホシノは先輩を思い出した。今度こそは絶対に……、助けるんだ。
「ならアリスさんの後ろについてください」
「分かりました」
アコはミヤコの指示に従う。エイミはインカムに手をやる。ヒマリへ無線を行っているようだ。
「部長、そろそろ突入するよ」
『はい、定時連絡はちゃんとしてくださいね』
ミヤコが一同を見る。
「では、これより、アビス作戦を始めます」
『後ろを振り向かないようにしてくださいね』
「ヒマリ部長、縁起でもないこと言わないで」
一同は地下へ降り、道を進む。洞窟は明かりが届かないため、暗闇だ。6人は明かりをつけ、慎重に進んでいった。
少しして、道が人工物へと変わる。アリスの顔が少し険しくなる。彼女がいた場所に少し似ていたからだ。
施設内は暗く至る所が崩れていたが、足場の崩壊などはなさそうだった。敵と遭遇した場合は、ホシノとミヤコが倒していき、特に問題なく潜っていく。
2時間ほど進んだ頃、エイミが皆の足を止めた。
「どうかしましたか?」
「部長と連絡がとれない。皆はどう?」
ミヤコとアコが無線を使うが、ヒマリはもちろん、イオリとも連絡が取れなかった。
「妨害電波でしょうか」
アコが耳から手を離す。
「……私は一度戻った方がいいと思う」
エイミの提案に、ホシノは難色を示す。
「特に問題なく進めてるし、このまま進んでもいいんじゃない?」
「ん……、私もエイミに賛成。警戒しすぎるに越したことはない」
「アリスは……、皆に任せます」
「おじさんは、ミヤコちゃんの指示に任せるよ。リーダーだし」
ホシノはミヤコを見る。ミヤコは口に手を当て、熟考。
「分かりました……、一度戻りましょうか。こういった現象はエイミさんの方が詳しいでしょうから、アドバイザーに従うべきです」
「おっけ」
ホシノは提案に従い、頷いた。
「隊列はそのままで、エイミさん先頭をお願いします」
ホシノ達は来た道を戻る。接敵がなかったため、1時間もかからずに外に出ることができた。外に出ると、イオリが暇そうに素振りをしている。
「イオリ、何をしているんですか?」
「げ、アコちゃん!!」
エイミのインカムに、着信が入る。繋げれば、ヒマリからのものであった。
『エイミ!! 無事ですか?!』
ヒマリは彼女らしくなく、少し慌てていた。エイミはその意味が分からなかった。定時連絡に遅れたのは確かだが、そこまで慌てるほどのことだろうかと。
『どうしたの、部長』
『はぁ…、よかった。定時連絡はちゃんと行うようにと、言ったでしょう?』
『地下だと連絡が取れなかった、だから一度戻ってきたんだけど……。1時間遅れた程度で怒りすぎじゃない?』
『1時間? 何を言っているんですか、突入してから6時間は経過しています』
『……え?」
エイミは時計を見る。突入してからまだ3時間ちょっとしか経っていない、そのはずだ。だが、嫌な汗が出る。ヒマリは冗談をよく言うが、こういう冗談は言わない。
「…………、ミヤコ。時計見せて」
「どうかしましたか?」
ミヤコはエイミへ、自身の腕時計を見せる。誤差はない。そもそも突入時に全員の時間は合わせている。
「………突入して、まだ3時間しか経っていないよね」
「ええ、そのはずですが……」
改めてエイミはインカムに手を当てる。
『部長、6時間ってどういうこと。ぼけた?』
『ぼけたとは酷いですね……。おそらく、施設内と外では時間の流れが違うんでしょう。倍以上のずれがありますね』
エイミはインカムを操作し、他の者にも聞こえるようにする。
『だいたい倍ぐらいなら、1日で2日程度?』
『奥に進めば進むほど、倍率が上がる可能性があります』
ホシノが渇いた唇を舐める。
「……つまり、長い間中に入ってたら、ノノミちゃん達がおじさんになるの?」
「性別は変わらないと思いますが……」
「そこまでは気にしなくていいかと」
アコがイオリを正座させながら、口を挟んだ。
「私は最深部からちゃんと出られていますから、その時は外の時間は1日もかかっていません」
なるほど、とヒマリが呟く。
『となると、だいたい奥まで進んで5倍程度でしょうか』
「だとしても、嫌なものは嫌だなぁ……」
「あんまり長い間いたら、モモイ達がリオみたいになってしまうんですか……?」
「それはないんじゃないかな……。ヒマリ部長、定時連絡は行えなくなるから、……1日経っても連絡が来なかったら」
『その時は、別の作戦を考えます』
「うん、ありがとう」
一同は、また潜る。より警戒しながら進んだため、時間がさらにかかってしまった。
4時間ほど使って、ホシノ達は最深部へたどり着く。敵ロボットの根城となっていたため、ホシノたちは殲滅していき、完全にいなくなったのを確認すると、部屋の内部を探索していく。
部屋は、コンピュータールームといえばいいのだろうか、古めかしい機器が置かれてあった。いくつかのモニターには電源がついているが、少し触るだけで電源が落ちてしまう。また、ホシノたちがつけた以外の戦闘の跡があった。おそらくヒナ達が来た時のものだろう。
クロコは戦闘痕を確認し、先生が最後にいた場所を推測しようとしていた。
「……エイミさん、アリスさんと一緒にあちらに照明を設置していって貰えないでしょうか」
ミヤコは向こう側の壁面を指さしながら、アリスたちに指示をした。指示というより、お願いに近い口調であったため、エイミはそれが少し引っかかった。
「はい! アリスに任せてください!」
「…いいけど……、どうかしたの」
ミヤコはエイミに近寄り、彼女にだけ聞こえるように呟いた。
「できれば少し時間をかけて」
「……分かった」
エイミとアリスは部屋に照明を設置していく。部屋が明るくなっていった。
「どうかしたの、ミヤコちゃん」
手持無沙汰のホシノとアコが、ミヤコへ近寄る。ミヤコは少し頷いた後、アリスたちに指示した反対側へと向かった。そして、ゆっくりとそれに近寄る。
3人の顔が、不快をあらわにしていく。
死体があった。真っ黒に焦げた死体だ。死体は複数あり、完全に炭化している。死後どのぐらいの時間が経っているのか、ホシノ達には分からなかった。
「先生たちがしたんでしょうか……」
「いえ……、確か、私達が来た時にはもうすでにあったような気がします」
アコが口持ちを隠しながら、それを見ていた。銃器を扱うことが日常のキヴォトスだが、死は最も遠い存在だった。だが、ホシノが死体を触る。アコとミヤコの顔がより険しくなった。
「死体は以前にも見たことがあってね」
ホシノは元気なく笑った。ミヤコとアコは、その表情を見て表情を戻そうと心掛けた。
「そうですか………」
「あれ……」
ホシノがその死体をまじまじと見る。ミヤコはホシノの不審な行動が気になった。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか、この死体と似たようなの、どこかで見たような気がして」
ホシノは、まさかねと呟いた。ミヤコはそれ以上は追及せず、鞄からシーツを取り出していく。
「このままにもしていられませんし、シーツをかぶせておきましょうか」
「うん」
遺体たちに、布がかぶせられていく。その作業が終わったあたりで、クロコが立ち止まった。
「ここ、ここだと思う」
5人はクロコの傍へと集まっていった。
「クロコさんが、転移をすることでヒナさん達を助けられる。でしたよね」
「シロコ、後はお願いします!」
「頑張ってね、クロコ……、ううん、シロコちゃん」
「うん」
シロコは残骸を取り出し、線を切るように、上から下へとそれを下ろした。空間が切れるように、穴が空く。
「ちょっと行ってくる」
ホシノ達がシロコを見守る。シロコは、穴へと歩き出した。
歩き出して、半身が入ったところで、立ち止まった。シロコは固まったまま動かない。そして、ゆっくりと戻ってきた。
「…………」
シロコはもう一度、今度は顔だけを入れた、向こう側を覗いているようだ。ミヤコはそんなシロコを不思議そうに見ていた。
「どうしたんでしょう」
シロコはまた戻ってきた。
「………………」
「シロコちゃーん、どうかしたの?」
シロコがホシノ達を見る。彼女はどこかバツが悪そうな顔をしていた。その表情の意味が、他の5人には分からない。
「もしかして、先生がいなかったとか?」
「いや、先生はいた……んだけど」
「うん」
「知らない女の人と抱き合ってた」
「「は?」」
「ええ……」
「アリス知ってます!!! これNTRって奴です!!!」
「アリス、めっ」