それは夢のように儚くて   作:小さい鯨

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梔子ユメ

 砂嵐は収まった。ユメの話では、定期的に砂嵐が発生するそうだ。窓の外は砂漠と、墨汁をこぼしたような夜空が広がっている。星や月はないのだが、何かが光源になっているのか、外の景色は見ることができた。砂嵐が発生していた時よりも、校舎内も明るくなっているような気がする。電池を節約するためにも、懐中電灯を切ることにした。

 ヒナの銃を回収し、ユメが言うところの彼女の秘密基地へ向かうこととなった。ヒナは終始無言であった。彼女の反応から、ユメのことを知っているのかもしれない。

 

「ユメ、君はここがどこなのか知っているのかな?」

 

「え? うーん、多分……?」

 

 ユメは首を傾げる。彼女は表情をころころ変える。見ていて飽きない人物だ。

 

「曖昧だね」

 

「私、この学校からあんまり離れたことないから」

 

「じゃあこの学校については?」

 

「多分、アビドス本校じゃないのかな。あ、本校っていうのはね、私がいたところだと別館しかなくて」

 

 現在ホシノ達が対策室を作っているのが、その別館だ。ホシノ達の話では本校はその昔、砂嵐に飲み込まれ、砂の中に消えたそうだが。

 

「本校は砂漠に埋まったんじゃ?」

 

「詳しいんだね、先生。私もそう思ってたんだけど、もしかしたら、私と同じようにこの場所に来たんじゃないかなぁって」

 

 アビドス本校、そう言われれば、それだけの格式がありそうな校舎であった。窓の外を見ると、中庭が見える。ボロボロのベンチやオブジェクトが残されてあり、かつてはそこで、生徒たちが昼休みを過ごしていたのだろう。

 

「………先生って」

 

 先を歩くユメが先生に話しかける。彼女の顔は見えない。

 

「何かな? ユメ」

 

「………あ、えっと、先生達もこっちの世界に来たんだよね?」

 

 彼女は何かをごまかすように話題を変えた。隠し事が苦手なタイプなのだろうか。

 

「そうみたいだね」

 

「えへへ、引っ越し仲間だね」

 

 目的地に着いたのか、ユメが足を止める。室名プレートには生徒会室と書かれてあった。立て付けの悪い音を立てながら、ドアが開かれた。

 部屋にはソファーや机、棚といった生徒会室に基本的にあるものから、彼女がどこからかかき集めてきたのか服や銃、寝袋が置いてあった。棚には缶詰や飲料が置かれてあり、部屋の隅にはゴミ袋がまとめてある。中には空の缶詰が入っていた。

 

「結構物があるね」

 

「たまーに、砂漠に物が出てくるんだよ。それを回収してるんだ。」

 

「……銃?」

 

 ヒナがようやく口を開いた。彼女は立てかけてあるARやHGを見ている。

 

「うん、そういうのもたまに。弾はないからインテリアになってるけどね」

 

 ヒナは銃の一つをとり、確認をする。

 

「……先生これ」

 

 ヒナはHGを先生に見せた。それには、カイザーのロゴが刻まれていた。

 

「カイザー……?」

 

「どういうこと?」

 

「カイザー社のはよく出てくるね。ロゴがないのも出てくるよ」

 

 先生は棚に置いてある缶詰を一つ取った。お世辞にもあまりおいしそうに見えない缶詰。賞味期限を確認するが、かなり先まで大丈夫なようだった。本校が消えたのはここ最近の話ではない。そして、この期限とユメの話。

 

「……あっちの世界の物がこっちに流れてきてる?」

 

「彼女の話ではめったに起きていないみたいだけれど……」

 

 先生とヒナはユメを見た。彼女は鼻歌を歌いながら、テーブルクロスを広げ、エナジーバーや缶詰を開いている。3か所に分けておいているので、先生とヒナの分も用意しているようだ。

 

「ヒナは、彼女のこと知っているの?」

 

 先生はユメに聞こえないように、小声でヒナに話しかける。

 

「うん、2年前、アビドス高等学校の生徒会長をしていた人物。そして……、死んでいたはずの生徒」

 

「死んでいた?」

 

「ええ」

 

「ごはんの準備できたよー?」

 

 ユメが2人に声をかける。話を一度中断し、ユメの下へ向かい机に座る。

 ユメの前には缶詰が1つ、先生とヒナの前にはカロリーバーが1本ずつ置いてあった。

 

「召し上がれ~!」

 

「ありがとう、ユメ」

 

「貴女は缶詰なの?」

 

 缶詰の中身はカラフルな色をしており、食欲を削ぐ色合いをしている。カロリーバーの方は、大手企業の物であり先生も食べたことがあるものだ。どう見ても、こちらの方が美味しいだろう。

 

「うん、私の分まではなかったから」

 

 えへへ~と、彼女は笑った。先生は苦笑し、ユメに話しかける。

 

「ユメ、良かったらそっちの方を食べてもいいかな?」

 

「え? でも、あんまり美味しくないよ?」

 

「ちょっと味が気になってね。ユメが良かったらだけど」

 

 ユメから貰ったカロリーバーを、ユメの前に置いた。ユメは困ったような顔をして、何度か見比べた後に缶詰とフォークを手渡した。

 

「ありがとう」

 

 お礼を言った後、中に入っていた……、鶏肉? 魚肉? よく分からない物体をフォークで持ち上げ、口へ近づける。まず匂いが鼻腔に突き刺さる。香料の匂いしかしない。いつまでも嗅いでいると、それだけで食欲がなくなりそうだったので、意を決し、それを口へ運んだ。

 味は……、合成甘味の味がした。少なくともナギサは気絶するだろう。イズミは喜びそうな味だった。お土産に持って帰ったら喜ぶかもしれない。そんな現実逃避をしながら、ゴムのようなそれを延々と噛み続ける。味は尽きることなく、味覚を感じる器官をこれでもかと、虐め続けていた。

 

「先生、大丈夫?」

 

「今から交換しても……」

 

 2人は心配そうな顔で先生を見ている。ギブアップをすれば、彼女たちは手にしている食料を快く渡してくれるだろう。だからこそ、先生は大人のプライドを奮い立たせ、勇気を絞り出した。

 

「いいや! 大丈夫!! 美味しいよとても!!」

 

 残ったそれを全部口の中へ放り込む。意識が飛び散りそうな衝撃が脳を襲うが、気力でそれに耐えた。プレナパテスの言葉(生徒たちをよろしくお願いします)が脳裏をよぎったが、恐らく彼はこれを想定してはいなかっただろう。

 ヒナはそんな先生を見た後、苦笑してカロリーバーを一口食べた。

 ユメは目を丸くして、先生を見ている。

 

「ほら、貴女も食べたら?」

 

「え、でも……」

 

 ユメはカロリーバーと、先生を何度か見た後、恐る恐る手に持っていた食べ物を口に運ぶ。にへっと笑った後、もぐもぐと咀嚼していった。

 

「つまり、ロボット達は他にもいるんだね」

 

「うん、私じゃどうしようもないから、隠れてやりすごしてる」

 

 食事も終え、ユメの話を聞いていく。ロボットはいくつかのグループに分かれ、校舎内を巡回している。一度頑張って一体だけ倒したそうだが、新しいものが巡回に加わったので、殲滅は諦めたそうだ。もしかしたら、彼らも私たちの世界から来たのかもしれないが、想像の域はでない。

 当面の目的は帰る方法を探すことだ。私たちが最後にいた、あの研究施設のような場所があれば話は簡単なのだが、ユメの話ではそれらしきものはないそうだ。

 

「となると、学校の外か」

 

「ええっ……、危ないよ?」

 

「でも、このままじゃどうしようもないから」

 

「私も、早く帰らないといけない。めんどくさいけれど、ゲヘナが心配だから」

 

 風紀委員長空崎ヒナが消えた。そのことが知られたらどうなるのか、考えるだけでも先生は胃が痛くなった。

 

「ユメはどうする?」

 

「ん、ん………。じゃ、じゃあ私は残ろうかな。砂嵐が来た時に、誰かが目印を立てないと」

 

 ユメは申し訳なさそうに笑った。ヒナは、そんな彼女をじっと睨んでいる。

 

「分かった、ありがとうユメ」

 

 先生はそんな彼女に頭を下げ、ヒナと一緒に部屋を出た。

 

 ■

 

 想像通り、アビドス本校は広大な広さだった。、トリニティの学校と遜色ない広さだろう。玄関から校門まで行くのも一苦労であり、自転車が欲しくなる。

 

「それに加えて敵もいるときた、ヒナがいなかったら外に出ることもできなかっただろうね……」

 

「あまり離れないようにしてね、先生」

 

 ヒナに護衛され、なんとか校門から敷地外へ出ることができた。敷地の外は砂漠が広がっている。見渡す限り砂の海だが、点々と鉄くずや、ゴミが見える。あの中から、使えそうなものをユメは拾ってきたのだろう。念のため、ナビに学校をマークしておくことにした。と言っても、バッテリーの問題もあるので本当に最終手段だ。

 

「先生、どっちへ進む?」

 

「そうだね、とりあえず、あの高い砂丘を目指そうか」

 

 一番高い砂の山を指さした。周りに物が少ないので距離感がつかみにくい。そんなに遠くはないと信じたいが。

 

「分かった」

 

 2人で砂漠を進む。10歩目程度で後悔し始めてきた。靴の中に砂が流れ込んできている。また、柔らかい砂は無駄に力を込めさせるため、非常に歩きにくい。気温の問題はないとはいえ、もう少し準備をすべきだった。

 

「先生、かつごうか?」

 

「え?」

 

 ヒナの方を向くと、ヒナは両手を広げて先生を見ていた。

 

「多分、そっちの方が早いと思う」

 

「いや、でも……」

 

「先生、他に誰も見ていないから」

 

 子供に抱いてもらう大人というのもどうなんだ? という考えがよぎる。だが、この世界では無駄に体力を使うのはダメな事だろう。先生程度の重さであれば、ヒナにとっては特に問題ない。むしろ、ちんたら歩いている方が彼女にとっては、迷惑なのではないか? という考えに行きついた。

 ヒナはヒナで、先生と密着してしまうことに気づき始め、顔を赤らめてきている。その手がだんだんと、下がっていった。

 

「あ、あの先生。やっぱり無理なら……」

 

「ヒナが良ければ、お願いしてもいいかな……?」

 

「……う、うん」

 

 ヒナは先生の傍に近寄り、ゆっくりと持ち上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。小さな体だがしっかりとした体幹が、先生に安心感を与える。

 

「その、先生。腕を私の首に……」

 

「こ、こう?」

 

「そ、そう」

 

 ヒナの首に腕を回し、さらに近づく。2人の息が、交じり合う距離だった。ヒナの顔がどんどん赤みを増していく。

 

「大丈夫? なんだか、顔が赤くない?」

 

「気のせい!! 行くから!!」

 

 ヒナは強く踏み込み、大きく跳んだ。先生はより強くヒナに抱き着く。風圧のせいで目を開くことができない。何度か衝撃を感じ、動きは止まった。

 

「到着した、先生」

 

 恐る恐る目を開け、ゆっくりとヒナから降りる。体感速度の急激な変化に若干酔いつつも、何とか自分の足立った。ヒナは肩で息をしている。もしかしたら、疲れさせてしまったのかもしれない。

 

「ヒナ、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫……」

 

 彼女の息が整うまで、少し休憩をすることにした。先生は辺りを見回す。何もない、砂しかない世界だ。生き物の姿も他にはなく、死の世界だった。

 

「ユメが死んでいたはずって、ヒナは言っていたよね」

 

「うん、第一発見者は小鳥遊ホシノ」

 

「ホシノが……」

 

「彼女の死体は、私も見たわ。真っ黒に炭化していたわ」

 

「真っ黒に炭化? それって」

 

「ええ、研究所に合ったのと同じ状況。……死体の近くにあった彼女の毛髪、そして盾や荷物から、その死体が梔子ユメと判断されたの。でも、どうして彼女がここに……」

 

「ヒマリの話では、虚妄のサンクトゥムタワーのあった場所には、ゲヘナの研究施設のような場所があったんじゃないかって言ってた。多分、アビドスにもあるんじゃないかな」

 

「アビドスの研究施設も稼働してたってこと?」

 

「本校も移動してるし、それにカイザーの銃の件もある。可能性はあるよ」

 

「でも、よく2年も生きてられたわね、あの子」

 

「あの不味い缶詰のおかげかもね……。あれ?」

 

 先生は遠くに何かを見つけたようで、そちらに目を凝らす。とてつもなく、大きな何か……。

 

「どうかした? 先生」

 

「いや……」

 

 携帯を取り出し、カメラモードでズームを行う。

 

「もしかして、あれは……」

 

 先生はその画面を、ヒナにも見せた。彼女もそれに気づき、改めて遠方を見る。

 それは赤い光を中心に、天と地をつなぐ柱。災厄の象徴にして、キヴォトスに落とされた槍。

 

「虚妄のサンクトゥムタワーだ……」

 

「守護者……、恐らくビナーもいる」

 

 ヒナは目を細める。色彩によって濁らされた巨大な大蛇、アビドスに存在する捕食者が眠るように停止している。タワーが健在である以上、死んでいるとは考えにくいだろう。先生はそれらの写真を撮った後、スマホをしまった。

 

「とりあえず、一旦校舎に戻ろうか」

 

「分かった」

 

 ヒナは先生に近寄る。また抱っこするつもりなのだろう。先生は、そんなヒナを止めた。

 

「歩いて帰るから大丈夫だよ、ヒナ」

 

「……そう?」

 

 ヒナの声のトーンが少し落ちたような気がしたが、気のせいだろうか。

 2人で砂の山を下りていく。途中、先生は何かに足を取られ、転びそうになってしまった。

 

「とっとっと」

 

「大丈夫? 先生」

 

「うん、……なんだこれ……椅子?」

 

 椅子の足が、砂漠から生えていた。それに引っ掛かってしまったようだ。少し掘ってみると椅子が埋まっていることがわかる。白いお洒落な椅子だった。先生はこれを、どこかで見たような気がしていた。

 

「………椅子だね」

 

「先生、これ」

 

 ヒナが砂漠から、まだ切られていないロールケーキを発掘する。砂にまみれているが、まだ食べられそうだった。

 

「……ロールケーキ、椅子……、何かここまで出かかっているんだけど……」

 

「ティーカップ?」

 

 ヒナが近くで、ティーカップを見つけた。それにも見覚えがあった。

 

「……あ、分かった。これティーパーティーのだよ」

 

「ティーパーティーって、トリニティの?」

 

「うん、それは多分、ナギサのロールケーキだね」

 

「……どうして、ティーパーティーの品がここに?」

 

「……なんでだろう」

 

 2人は首を傾げる。ナギサたちが遺跡の近くでお茶会でもしていて、それらが巻き込まれたのだろうか。他にも何かないかと、砂漠を掘ってみると、先生は白いリボンを見つけた。

 

「リボンだ」

 

 そのリボンは、金色の柔らかい毛と共にあった。とても綺麗な毛だった。

 

「………」

 

 その毛にも見覚えがあった。

 

「………」

 

「先生どうしたの」

 

 毛の根本を見ると、白い布が砂漠に埋もれていた。少し掘ってみると、その布の内側に柔らかい感触が──

 

「せ、セイア!? ヒナ! 掘るのを手伝って!!」

 

「えっ!?」

 

 2人は砂を掘り始める。1時間後、埋まっていた百合園セイアの救出に成功した。

 

 ■

 

「酷い目に遭った……」

 

 あの後、気絶していたセイアと共に校舎に戻った。校舎に戻る直前で砂嵐が発生し、外はまた闇に包まれている。現在は生徒会室に戻ってきており、蝋燭の灯りが部屋を照らしていた。

 

「見つけれてよかったよ……、でもどうしてあんなところに?」

 

 セイアの髪を撫でる。ざらざらと、彼女の髪から砂がこぼれ落ちていった。

 

「分からない……、ナギサ達と共にお茶を楽しんでいたら、急にあそこに……、そのあとは砂嵐に飲み込まれて……」

 

 セイアは疲れ切ったように、背中を預けた。ふぅと、ため息をついている。

 

「ねぇ」

 

 ヒナがセイアを睨む。彼女は腕を組んで、珍しく怒気を滲ませていた。

 

「なんで、先生の膝に座っているの?」

 

 セイアは、先生の膝の上で寛いでいた。

 

「……愚問だね、ゲヘナの風紀委員長」

 

 ユメは困ったように、ヒナとセイアを見ている。ヒナはセイアへと、言葉を返した。

 

「愚問なのかしら、トリニティの生徒会長」

 

「ああ、愚問だとも。これは必要なことなんだ」

 

「……そうなの?」

 

「うん、私の直感がそう告げている。だからもっと優しく撫でてくれ、先生」

 

 セイアに言われるがまま、先生は彼女のシルクのように柔らかい髪を撫でていく。ヒナの頬がかすかに膨らんだ気がした。

 

「さて、話を聞かせてもらえるかな先生」

 

 ヒナとは違い、機嫌をよくしたセイアが先生を見上げた。

 ぼんやりと照らす蝋燭を照明に、砂荒らしをBGMに、ここまでの話が語られる。ヒマリの調査と仮説、風紀委員と潜った地下施設の話、そしてユメと出会ったこと。

 

「ふむ、なるほど。おそらくだが、私がここに来たのは先生のせいだな」

 

 セイアは先生の膝から降り、隣に座りなおした。

 

「私の?」

 

「うん、私と先生は深く繋がっていたからね」

 

「えっ、えっ」

 

「つ、つながって!?」

 

 ヒナとユメが顔を真っ赤にしてこちらを見ている。セイアはふふんと、ご満悦な表情をしていた。先生は苦笑しながら、セイアの言葉の意味を、2人に教えた。

 

「夢の世界でちょっとセイアと会っててね」

 

「わ、私の…?」

 

「そっちじゃなくて、眠るときに見る方。色々助けてもらった時があったんだ」

 

「当面の目的は元の世界に帰ることか、まぁ、そちらについては気にしなくてもよいだろう」

 

「どうしてそこまで言い切れるの?」

 

 ヒナは少し苛立ちながら、セイアへ聞く。セイアはすました顔でそれに答えた。

 

「勘だ」

 

「勘って……」

 

「ゲヘナの風紀委員長であれば、私に不思議な力があることぐらいは知っているだろう? そういう物だと思ってくれ」

 

 ヒナは納得は出来ないようだが、口を挟むのをやめた。

 

「おそらくだが、ナギサ達があちらで活動しているのだろう。だから、そちらについてはあちらの彼女達に任せて問題ない。問題があるとすれば……」

 

「虚妄のサンクトゥムタワーだね」

 

「ああ、その通りだよ先生」

 

「え、えっと……」

 

 ユメが手をあげる。

 

「さっきから言っているその、虚妄のサンクトゥムタワーってなんなの?」

 

「簡単にいったら、キヴォトスを滅ぼす塔だね」

 

 先生の言葉に、えっ……と、ユメは声をあげた。

 

「そ、そんなのダメ!! なんとかしないと!」

 

 ユメが声を張り上げる。セイアはそんな彼女を目を細め見ていた。

 

「だから今からその話をしようと……、君はどこかミカに似ているな……」

 

 ふぅ……と、セイアはまた、ため息をついた。

 

「明星ヒマリの話では、エネルギーがどこかへ漏れているといっていた。おそらく、この世界に漏れていたのだろう。そのエネルギーによって、あの塔が作り上げられた」

 

「放置しない方がいい。セイアもそう思うんだね」

 

「ああ、あれをそのままにしておくわけにはいかない。明星ヒマリが言っていた計測したエネルギーというのは、こちらのタワーから微かににじみ出ていたものが、観測されたものだろう。今の状態で、あちらの世界の者たちが私たちを助けようとすれば……、できた穴によってどういう現象が起きるのか、あまり想像はしたくない」

 

「タワーが再建されるってこと?」

 

 ヒナの言葉に、セイアは目をつぶった。

 

「それ以上の酷い結果を予感するよ」

 

「つまり、ナギサ達が来る前に、私達であのタワーを破壊するしかないってことか」

 

「そういうことになるね」

 

 うーんと、先生は唸る。以前の時には、アビドス対策委員会と便利屋の生徒たちでビナーの攻略を行った。だが、ここにいるのは4人。あの時の情報があるとはいえ、なかなか高難易度だ。

 

「タワーの破壊、そのためには守護者を倒さないとだ。ヒナ、ビナーの装甲はなんとかなる?」

 

「ん、……うん。前もって待機しておけば。ただ、砂上だとビナーが隠れる可能性があるから、できればこの学校の敷地内まで連れてきたいところだけど」

 

「誰かが囮にならないといけないか、正直なところ──」

 

「わ、私が! 私がその囮やります!」

 

 セイアの言葉を遮り、ユメが手をあげた。3人はそんなユメを見る。その後、困ったような表情になった。セイアは呆れたような目で、ユメを見た。

 

「ユメ、だったか。確かに空崎ヒナを除けば、このメンバーの中では、君が囮には適任だろう。だが、君には任せたくない」

 

「な、なんで……?」

 

「君が見るからに馬鹿そうだからだ」

 

「ひ、ひぃん……、か、関係ないでしょ……?」

 

「残念だけれど……、囮って簡単に言っても、難しいことなの。敵を引き離しすぎないように、距離を考えないといけないから」

 

「君が自身の命を顧みないというのなら、また話は別だがね。君に囮を任せるぐらいなら、空崎ヒナがばれないように接近する方法を考えた方が、まだ成功率は高い」

 

「そ、そんなぁ」

 

 ユメはきっぱりと断られ、項垂れる。セイアとヒナはそんな彼女を放置し、話を進めていった。

 

「ヒナ、君はどのぐらい力を溜めればビナーを倒せる?」

 

「そうね……20分、いえ10分もあれば」

 

「迷彩を作って、接近。その後私と先生でタイミングを計れば……か。アズサが居てくれれば、まだ方法はあったんだが」

 

「ユメは」

 

 落ち込んでいるユメに先生が話しかける。ユメは顔をあげた。

 

「ユメはどうしたいんだい? なんで、囮になるって言ってくれたの?」

 

「わ、私も……キヴォトスを、ううん、ホシノちゃんを護りたい」

 

 ユメはじっと先生を見る。先生はそんなユメの、黄金色の瞳を見つめたあと、頷いた。

 

「そうか、よし、皆でやろう」

 

「皆でって、先生は彼女を囮にするのか」

 

「私には、すぐにビナーに飲み込まれるイメージしか出てこないのだけれど」

 

「ひ、ひどい……」

 

「作戦がある。セイア、君にちょっとお願いが……」

 

 先生が対ビナーの作戦を話し始める。セイアの眉間にしわが寄っていった。ため息が何度もつかれ、ユメを見る。

 

「う、うーん……、確かに成功率は一番高そうだが……、これに命を懸けるのか」

 

「こ、これって……」

 

 ユメは何度も馬鹿にされたことで、若干涙目になってきていた。

 

「セイアは、ユメがミカだったらやってくれた?」

 

「さきほどの言葉は、言葉の綾なのだが」

 

「私はユメもミカも、同じぐらい頑張り屋さんだと思ってるよ」

 

 先生はユメを見る。ユメは何度も頷いていた。

 

「それは欠点にもなりえるのだがね」

 

 セイアは改めて、ユメを見る。ユメは口を閉ざし、セイアを真剣な表情で見つめ返した。じぃと、トリニティの相談役が、アビドスの生徒会長を見定める。ユメの手が震えだすが、その手をもう片方の手で握り、目を逸らすことはしなかった。

 

「……ふぅ、それに先生、その例えは愚問だ。彼女ならこんな作戦を取らず、直接ビナーを殴りに行くだろう。……分かったよ、先生の口車に乗ろう。ユメ、一緒に行こう。私の命運を、君に預けるよ」

 

 セイアは手を差し出す。ユメは恐る恐る、その手を握った。

 

「よし、作戦決行は砂嵐が晴れたら。それまでは休息をとっておこう」

 

「あ、先生。これどうしようか」

 

 ヒナが砂まみれのロールケーキを取り出す。セイアがそのケーキに視線を移す。

 

「ああ、ナギサのケーキか。これもこっちに来ていたんだな」

 

「わ、わぁ……、美味しそう」

 

「セイアが良ければ、皆で食べてもいいかな」

 

「構わないよ。皆で食べようか」

 

 砂の付いた部分は何とか払って、切り分ける。一行はロールケーキを食べながら、砂嵐が晴れるのを待った。

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