「パン工場の手伝いをしている 錠前サオリだ」【完結】 作:俺っちは勝者の味方ー!
これが俗に言う
そよ風に踊る色とりどりの花々。果てしなく続く青い空。
およそ現実では考えられない美しい景色が彼女の眼前に広がっていた。
錆と埃臭い
この雄大な自然の中にあれば、灰と硝煙に塗れた私の心身も浄化されるのではないだろうか。そんな淡い期待が芽生えていた。
……所詮は夢だ。私が何を思い、何を望もうと、何人にもそれを侵される謂れはない。
そう
ああ、そうか……。
心の奥で呪詛のように響くこの声の主は、
他でもない “私” 自身だ。
私はまだ、“私” を許せていない。
◆◇◆◇◆◇◆
「っ。……──ここは?」
意識の覚醒と同時に真っ先に目に映ったのは、石造りの見慣れぬ天井だった。
…私は確かに路地裏で微睡んでいたはずなのに、なぜ柔らかいベッドの上で寝ている?
そう疑問に思った瞬間。サオリは飛び起きて、自分が置かれている状況を必死に分析せんと辺りを見回した。
木製の床と、同じくふかふかの毛布が敷かれたベッド。その隣には簡素な小棚。汚れ一つない壁や窓。隅々まで手入れの行き届いたすごく清潔な場所だ。
ブラックマーケットにこれほど綺麗な空間が存在したのかと、サオリは思わず息を呑む。
そして、
「なっ…⁉︎」
ふとベッドの横に立て掛けられた姿見を覗くと、自身の背が低くなっていることに気が付いた。
背丈は多く見積もっても三から四頭身ほどしかなく……
「身体が、縮んでっ…。いや、手脚は思うように動かせるがこれは──」
誰かに毒でも盛られたか。そんな最悪の想定が頭をよぎった時、ドアを隔てた向こう側から何者かの足音が聞こえてきた。
警戒心を高め身構える。しかし、ゆっくり扉が開かれるとそこには、穏やかな雰囲気を感じさせる女性が立っていた。
やはり自分と同じ三頭身の姿であることに内心驚きつつも、サオリは平静を装い相手の女性の言葉を待った。
「あら? 目が覚めたのね、元気そうでよかった」
「…貴女は?」
「私はバタコ。このパン工場でジャムおじさんのお手伝いをしているの」
パン工場、か。なるほど…道理で彼女から美味しそうな香りがするわけだ。
「ねぇ、お腹空いてないかしら? ちょうどパンが焼き上がったところだし、一緒に下へいらっしゃいな」
「あ、ああ」
落ち着いて状況を飲み込もうとしたが、つい反射的に首を縦に振ってしまった。手首を優しく握られ、あれよあれよと部屋の外に連れていかれる中、サオリはふと考えた。
『これは夢の続きなのか?』と。
そうとしか思えない。自分の身に起きている不思議な現象は夢と言われなければ到底説明がつかないものだし、どこか現実離れしているような雰囲気さえ感じる。人知れず闇が胎動するブラックマーケットと対極にありそうな、とても平和で優しい夢。
──それなのに、なぜだろう?
「下にいるみんなも紹介するわ」
触れる手と手が、こんなにも温かく感じるのは。
下の階へ行くとそこでは、白い髭を生やした男性とマントを羽織った
三度目なので流石に驚きはしなかったが、頭身に関しては言わずもがな。
出来立てのパンの匂いに惹かれていると、こちらに気づいた男性が作業の手を止め、にこやかに話しかけてきた。
「ゆっくり休めたようだね。どこか体の具合は悪くないかい?」
「いや、問題ない。むしろ看病してくれたお陰で、すこぶる調子が良くなったと思う」
そう答えると、彼──ジャムおじさんは安心したように笑みをこぼした。
ジャムにバター。いずれもパンに縁のある名だ。それを作る工場で働いているだけのことはある。
……しかし、ここがパン工場だからだろうか。
「こんにちは。ぼく、アンパンマンです。よろしくね」
初めて目にした時からひしひしと異様さを感じてはいたが、まさかそうくるとは思わなんだ。その名の通り、顔は全てアンパンで出来ている。何度まばたきをしても、やはりパン。パンだった…。
握手を求めるように差し出された手と彼のまん丸の顔を交互に見遣り、サオリは今日一番の驚きを噛み締めながら、己の名を名乗った。
「私は錠前サオリだ。こちらこそよろしく頼む」
「サオリちゃん、か。素敵な名前だね」
「……ありがとう」
やはりここの住人の距離感の近さは些か慣れない。常に他人を警戒して生きてきた私にも非はあるのだろうが、こうも率直に褒められると体が無性にむず痒くなってくる。
上気した顔をなんとか見られまいとして、私は帽子を被り直す仕草をした。
「ところで、サオリちゃんは一体どこから来たんだい? アンパンマンの話だと、花畑で倒れていたそうなんだが」
「! アンパンマンが私を助けてくれたのか?」
「うん。パトロールをしている途中、偶然きみを見つけたんだ」
「そう…、だったのか。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
「ふふふ。どういたしまして」
──さて、どのように返答すれば良いものか。
ここは明らかにキヴォトスとは別の場所であるし、なんなら『キヴォトス』と言う名前自体存在しない可能性も十二分にある。知らない土地の名を言い、彼らを混乱させてしまうのは本意ではない。
ここは、それらしいことを言って誤魔化しておくとしよう。
「私はここから遥か遠くにある故郷を飛び出し、一人旅をしていた。自分探しの旅というやつだ。どの方角からやって来たのかは、自分でもよくわかっていない」
故郷を飛び出して一人旅──多少脚色はしているが強ち間違いではないだろう。
ジャムおじさんが納得したように深く頷いた。
「それはさぞ大変だったろうね。さあ。焼き立てのパンを食べて、ゆっくりしていっておくれ」
「っ……いや。手厚く介抱してくれたんだ。食事まで頂くわけには───」
ぐ〜きゅるる〜ぐるる〜
「///」カアァ…
「あらあら。身体は正直みたいね」
「ふっふふ。スープとサラダも持ってくるから、席に座って待っていてくれるかい?」
どうやら私は、一階に降りてきたその時点でパンの魔力に負けていたらしい。これ以上はもう、敵わないな。
「…感謝する」
久方ぶりにありつけた食事はどれも美味しく、そして温かかった。
アリスクの弟分概念とか『ル◯ン三世』の次元◯介先生概念とか色々考えてたけど、結局これに落ち着いたわ。