「パン工場の手伝いをしている 錠前サオリだ」【完結】 作:俺っちは勝者の味方ー!
レビューチラ見したんですけど、圧倒的高評価でおったまげましたわ。ばいきんまんが主役の映画だし、そりゃ評価が高くなりそうな予感はしてましたけども。めちゃくちゃ見たい〜。
…そして私は今回、この物語を書くにあたってアンパンマンワールドのある
その瞬間は唐突に訪れた。
不倶戴天の怨敵、ベアトリーチェ──
内戦終結後……恐怖と暴力を以てアリウス分校を支配し、そして。己が『崇高』へ至るために、
──そんな因縁の相手との再会は、それまで平静を保っていたサオリの心を大いに掻き乱す。
…落ち着け、狼狽えるな
と動揺を取り繕い…、彼女は疑問を吐き出した。
「なぜ、お前がここにいる……ベアトリーチェ!」
───不思議ですか? まあ、無理もありませんね。
その話は“先生”から伝え聞いている。
…だからこそ、彼女がこの世界にいる理由がわからない。ベアトリーチェの言葉は続く。
───しかし。『色彩』と接触した影響からか、世界の狭間に身を置かれても尚…私は存在を失うことはありませんでした。
後に異空間という名の冥闇を彷徨う中で、偶然この珍妙な世界へと辿り着き…、そして
「
───正確には此奴の『心』を、ね。
肉体こそ完全に崩壊してしまいましたが…強力な
ヤミ光線に固められているドクター・ヒヤリを一瞥しながら、ベアトリーチェは彼に対して感謝の意を表した。…だがそれは、とても人に礼を述べるような態度ではない。彼女の気質から考えるに、内心では全くそのようなことを思っていないのだろう。
…
───ふむ……復讐を果たす絶好の機会に巡り合えたが故でしょうか、少々お喋りが過ぎましたね。それでは
───くたばりなさい、錠前サオリ
ひどく淡々とした口調で、大人は言った。
瞬間…、やみだんだんの各部に取り付けられた噴射口と頭のアンテナが光を放つ。持てる攻撃手段全てを使った光線がサオリに迫った。
「あ、ぐうっ…!」
赤黒い光が腕を掠め、サオリは蹌踉めく。
何とか倒れずに持ちこたえたものの…、間髪入れずに繰り出されたやみだんだんの蹴りには反応しきれない。
『ダッダダ、ダーン!』
やはり原型が『
サオリの華奢な体は宙を舞い、固い地面を何度も跳ねる。全身ボロボロだった。やみるんるん軍団との戦闘及びそれらからの逃走により蓄積した疲労と、
…指先が震えた。それは、著しい体力の消耗を知らせる反応か…あるいは──
「(! ……ダメだ、心を強く持て。ここで倒れたら…、誰があの子たちを守るんだ!)」
首を振って、拳を強く握りしめる。
再臨したベアトリーチェに対して一瞬でも抱いてしまった
「ふっ!」パァン
『……ヤーミ』
───はっ、そんな原始的な武器で私に傷を付けられるとでも? ……本当の『
嘲るベアトリーチェ。
アンテナの先端部分から、夥しい量の光弾がマシンガンの如く連射される。
「があああっ!!」
耐え難い激痛が全身を襲う。
体が鈍っていたために、まともに回避も防御もできなかった。…焼けるように熱い、身が焦がされていくようだ。
──暫くすると光弾の雨が止み、その集中砲火を一身に浴び続けたサオリは今度こそ地面に倒れ伏してしまう。
「ぐっ、ううぅ…」
───張り合いがありませんね、バシリカで対峙した時の威勢はどこへ行ったのです? これでは復讐のしがいもない。…所詮、一人では何もできない無力な人間だったということなのでしょうか
「っ……」
───それともまた助けを乞いますか? 先生とスクワッドに。………ああ、失礼。今彼らはこの世界にいないのでしたねぇ。くくくっ
「! …だ、まれ……!」
皮肉の効いた言葉が鋭いナイフと化して胸に突き刺さる。が…しかし、ベアトリーチェに対して強く反論できないこともまた事実だった。
──私は弱い。
悔しいが、彼女の言う通り…先生とヒヨリとミサキ、そして
「やめてー!」
「こ、これ以上サオリお姉ちゃんをいじめるなー!」
「! ……ふたり、とも。駄目だ…、にげろ」
傷つくサオリの姿に耐えきれず、メロンパンナとクリームパンダが物陰から飛び出した。やみるんるんと同じくらい小さくなってしまった身体と腕を必死に広げて、二人は
───何者ですか、お前たちは?
…いえ、そんなことよりも。……『
地雷を踏んだ、と直感した。
クリームパンダの言葉を反芻した瞬間。それまでの淑女然とした態度から一変、ベアトリーチェは憎悪の炎を燃え滾らせるように激昂する。
───笑止!! これはそんな次元の低い話ではないっ! 無関係で無知な餓鬼はァ…、私の舞台から疾く消え失せろ!!
『ダダンダーン!!』
ハイパーやみだんだんが足を高く持ち上げ、メロンパンナたちを踏み潰す体勢を取る。
それを見たサオリはボロボロの体に鞭打って懸命に手を伸ばすも、
「う、ぐっ…!」
………届かない。小さな子どもたちの、あの大きな背中には。
──サオリの意思に反し、無情にも時は過ぎ去っていく。
丸い形の足底が、二人をぺしゃんこにせんと勢いよく振り下ろされた。
「やめろおおおお!!」
どずん。
『ダダ…!?』
───なに?
ベアトリーチェの困惑の声が響く。
「「アンパンマン!」」
「…ふぬぬ───ええいっ!!」
『ダッ、ダッ…! ダーン』
遅れてやってきたみんなのヒーローは力を込めて、巨木のように太い足を持ち上げる。ハイパーやみだんだんは僅かに後退させられるも、なんとか踏ん張って立ち止まりアンパンマンを鋭く睨み付けた。
───貴様、
「きみはいったい誰だ? どうしてサオリちゃんを傷つけるんだ」
刺すような視線を全く意に介さず、アンパンマンは語気を強めて問いかける。
…険しい表情。
彼にしては珍しく、怒りの感情が露わになっていた。
だが。
───もしや、そこにいる女を庇うおつもりで? 救う価値はおろか、生きる価値すら存在しない
「! なんだって」
───この女は私の与えた命令と訓示を盲信し、ある都市の平穏を一夜にして奪い去った破壊者。許されざる罪を犯せし咎人です。…穢れなき正義の世界を生きる貴方には想像し難いでしょうがね。私は何か間違ったことを言っていますか、サオリ?
「………」
何も…、言い返せなかった。
あくまで余裕の態度を貫くベアトリーチェの言葉は戯言なんかじゃなく、全て紛れもない事実だったから。…己の罪が尚重くのしかかる。少女は自責の念に苛まれた。
──喉の奥が熱い。呼吸もままならない…。
やはり私は…夢を抱くことも、誰かのために尽くすことも、生きることも許されない人間なのだろうか。どこまでも優しいこの世界で得たもの全てを、無意味と否定されたような気分になった。
最早…何のために生きているのか、わからなくなってきた。
一瞬だけ、アンパンマンがこちらを振り返る。
思わず自嘲するような笑みがこぼれた。
こんな惨めで哀れな罪人…流石の彼も愛想を尽かすに決まっていると。私の
嗚呼…いっそのこと、“私”という存在そのものを否定してくれ。お前がそうしてくれれば、この世界に対して抱いた私の醜い未練はきっと断ち切れるはずだから。…だからっ───
「えっ」
そこまで思考を巡らせた瞬間、アンパンマンと目が合ってサオリは静かに息を呑んだ。
──失望も侮蔑の意思もない…
なんで……どうしてお前は、私を『絶対悪』だと非難しないんだ…
「時々サオリちゃんが悲しそうな
茶色のマントをなびかせてアンパンマンは再び、ベアトリーチェに向き直った。
決意を固めたその顔は、パンで出来ているとは思えないほど勇ましい。
───だったら、何です?
「ぼくは決めた。これ以上、サオリちゃんを苦しめさせやしないって。…また彼女を傷つけるつもりなら、ぼくはきみと戦うぞ」
───………なるほど、それが貴方の答えというわけですか
メカに巣食う憎悪の権化は、忌々しげな声色でこれに答える。
───その目、その言葉…私から全てを奪っていった彼の“
……いいでしょう。ならばお望み通り、貴様から先に始末して差し上げます
『ダダダダーン!』
正義と憎悪が衝突する。片や己の友を守るため、片や己の復讐を果たすため。
細く枝分かれした腕が触手のように長くうねり、アンパンマンに迫った。
…金属音が響き、音速で繰り出された拳から赤い光が生じる。彼は恐れることなくベアトリーチェの猛攻に立ち向かい、これを次々といなしていった。
「ふうぅんっ!!」
『ダーン!?』
そして、手頃なサイズのやみだんだんの腕を掴むと。遠心力を利用して、
──先ほどまで手も足も出なかったはずなのにッ…。想定以上の膂力を身を以て味わわされたベアトリーチェは内心毒づいた。
…例え焼き立てほかほかでなくたって、
「いくぞー!」
───ッッ…! 嘗めるなあぁぁ!!
互いの譲れぬものを懸けた戦いは、文字通り火花を散らし激化の一途を辿った。
…未だベアトリーチェの言葉に縛られているサオリは、情けなく膝をつきながらアンパンマンの後ろ姿を見ることしかできない。
「サオリちゃんはどこかに隠れていてください」
「ここは俺たちに任せて、さあ!」
「! 二人とも、その姿…」
そこへ、空から二つの小さな影が降りてくる。
やみるんるんへと姿を変えられてしまったカレーパンマンとしょくぱんまんだ。メロンパンナたちと同じくらいの体躯にも関わらず、二人の瞳は熱い勇気と闘志に燃えていた。諦めの感情は微塵も感じられない。
「僕たちも!」
「サオリお姉ちゃんを守るわ!」
そう言って…
力量差も体格差も歴然だというのに、…私のことなんて見捨ててくれても構わないのに。五人のヒーローは憎悪と戦っていた。
──もう、耐えられない…。私が愚かにも
「アンパーンチ!」
「このっ、でいっ、おりゃあ!」
───ええいッ、ちょこまかと…鬱陶しい!!
『ヤミヤミィー』
「「「うわあぁぁ!」」」
「「きゃあー!?」」
怒号とともに薙ぎ払いがさく裂し、みんなは吹き飛ばされてしまう。──どいつもこいつも無駄にすばしっこく、相手取るのは面倒極まりない。
ならば、
───消えよ
『ヤミダダダーン!』
「…っ!?」
ハイパーやみだんだんが唐突に後方を振り返る。頭部のアンテナより、
“先にアンパンマンを始末する”と豪語していたが故の、完全なる不意打ち。心身ともに弱りきっていたサオリに反応することはできなかった。
──しかし、ただ一人。
「危ない!」
誰よりも早くサオリの下へ飛び込んできた者がいた。彼は少女の体を素早く優しく抱きとめて、破壊光線の射程から彼女を退ける。
一瞬だけ…じゅっ、と何かが溶けるような嫌な音が耳に入ってきた。サオリは震える声で、自身を救ってくれた者の名を叫ぶ。
「──アン、パンマン…!」
「うう…、
───ちょうどいい。二人まとめて漆黒の彫刻に変えてあげましょう
『ヤミィー!!』
ベアトリーチェはさらなる追撃を開始した。ハイパーやみだんだんの口と胸部から発射された黒い光線が迫ってくる。
…今度こそ助からない、そう覚悟した
「ぐっ!」
──アンパンマンが立ち上がり、これを全身で受け止めた。
彼のおかげで私は光線に当たらずに済んだものの…、アンパンマンの身体は手足の先の末梢から徐々に黒い結晶に覆われていく。
泣き縋る子どもにも似た、悲痛な声が漏れ出た。
「アンパンマン、ダメだ…! 私を置いて早く逃げろ! 出ないとお前は──」
「だい、じょうぶ…」
『ダーン!!』
黒い光が再度…アンパンマンのからだを包み込む。
ぱきぱきと乾いた音が鳴り、漆黒の結晶が大きくなった。
「ぼくがっ、まもるからっ!」
「!」
───そのザマでまだ抗いますか。なんと愚かな…
そうベアトリーチェがアンパンマンを見下していると、突然彼の体が光り出した。キラキラと輝く光が粒子となり、天に昇って消えていく。
まさか、これは…。
───この光…
…何を、言っている。
───アンパンマン。貴方に恨みはありませんが、せいぜい惨たらしく苦しみ足掻いてください。
『ダダーン!!』
その言葉を皮切りに何度も、何度も…ヤミ光線は放たれた。
彼自身の生命力が強力なのもあってか硬化の進行自体は遅い。…しかし、ゆっくりとだが確実に、アンパンマンのからだに溶け込んでいたいのちの星の炎が小さくなっていく。彼の“いのち”が尽きるのも時間の問題だ。
……近くからエンジン音が聞こえてくる。ジャムおじさんたちが戻ってきた。
「いかん! バタコ、チーズ。すぐに新しい顔を焼くよ」
「「はい/アン!」」
───そうはさせませんよ
瞬間、
アンパンマン号が破壊光線により転倒させられる。無理やり車外に引きずり出されたジャムおじさんたちは、たちまちヤミ光線の餌食となり固まってしまった。
「な、なんということだ。ぐぬぬっ…体が動かないぞ」
「これじゃあパンが作れないわ!」
「アーン…」
───フフフ、これで希望は完全に断たれました。貴方たちはもう終わりです
「いーやまだまだ」
「あきらめませんよ!」
「「うん!」」
───……いい加減目障りな
『ダッダーン!!』
カレーパンマンたちが突撃するも軽くあしらわれてしまう。
──私は、最後の望みを懸けて懇願する。
「頼む…頼むから逃げてくれ! アンパンマン」
「……」
だが、彼は
逃げて私が身代わりになれば、これ以上傷つかずに済むはずなのに。彼は決して…、そこを動かなかった。
「あの女の話を聞いていただろう。こんな救いようのない悪人のためにッ…お前がいのちを投げ打つのは間違ってる。だから…」
「誰かを助けたいと思うのに理由なんていらないよ。ぼくは自分のこころに正直に従ったんだ。
それに、きみは──わるい人なんかじゃない。絶対に」
アンパンマンは、その時初めてこちらを振り返った。
中身の餡子が溶け出して…、黒い結晶がこびりつき…、鼻やほっぺの艶はとっくになくなってしまっていたけれど。彼は私に、
「だってほら、ぼくを想ってこんなにも涙を流しているんだもの。サオリちゃんは、とっても優しい女の子だよ」
「あ…」
───黙れ…!
貴様の餡と同じくらい甘ったれたその言葉ァ、まったくもって反吐が出る。じっくりといたぶるつもりでいましたが…、もう我慢なりません。この一撃で終わりにしましょう
『ヤミダーン……!』
黒い光が徐々に大きく…強くなっていく。ベアトリーチェの意思に呼応して、ハイパーやみだんだんが闇のエネルギーを充填し始めたのだ。
その様子を見て、カレーパンマンたちは大いに焦る。
「まずいぞ!」
「このままじゃ、アンパンマンとサオリお姉ちゃんが──」
「どけえっ!」
「うわああ!? な、なに?」
「今のって…」
四人の間を何かが猛スピードで突っ切っていった。あの酷く
『ダー──「どりやああっ!!」…ンンンッ!?』
突如横からパンチを食らい、やみだんだんは体勢を崩す。アンパンマンに向けて放たれるはずだったヤミ光線は大きく的を外れ、ただ町の一角を黒く染めるに終わってしまった。
…ベアトリーチェは怒りを露わにして周囲を探る。
───何者です?
「
───!!
空を見る。
するとそこにはアンパンマンの最大のライバル、ばいきんまんの姿があった。なぜ…と、彼を見ていの一番に思ったのは、純粋な疑問の言葉だった。自他共に認めるアンパンマンの
「やいやいやい! よくもおれさまのメカを使って好き勝手に暴れてくれたなぁ!」
───はっ。誰かと思えば…先ほどの喧しい羽虫でしたか。しかし心外ですね、貴方に代わってアンパンマンを倒してあげるつもりでいましたのに
「…それが気に食わないのだ。おれさまが造ったメカやおれさまがけしかけたやつがアンパンマンを追い詰めるのはまだいい。──でもな。おれさまの知らないところで、おれさまの知らないやつにアンパンマンが倒されるのだけは許せないのだ」
「!」
「確かにアンパンマンはだいきらいだ。…けど、それ以上に。この天下の大悪党ばいきんまん様の『生きがい』を奪おうとするやつのことは、もっともーっと!!だっいきらいなのだ。“アンパンマンを倒す”という名の、おれさまの最高の生きがいをな!」
ばいきんまんはあくまで、自分のためにベアトリーチェの邪魔をしたと主張する。
サオリは食い入るようにばいきんまんを見つめる。
「そもそも! おれさまのメカを使ってでしか戦えないような腰抜けが、アンパンマンとサオリに勝てるわけがないのだ。こいつらの強さは、何度もやられたおれさまがよーく知ってる」
腕を組みながらウンウンと頷くばいきんまん。まさか彼に擁護されるとは思っていなかったサオリは、目を見開いて呆然としている。
お前は、そんなことを考えていたのか…。ばいきんまんの生き様がここにきてようやっと理解できたような気がした。
……瞬間。膨大な怒気を孕んだおどろおどろしい声が響いた。
───誰が、
「ぷっぷっぷー、ホントのこと言われて怒ってや~んの。…悔しかったらおれさまから倒してみやがれ! あ、ハヒフヘホー!」
───……逃がさんッ!!
…まるで獣だ。一時一時の感情に押し流されるまま、己の本能が赴くままに暴れている。狡猾で思慮深いかつての彼女のままであったならば、*1あの程度の幼稚な挑発にそう易々と乗せられることもなかっただろう。──“憎悪”というのは人をここまで変えてしまうものなのかと、サオリは人知れず戦慄した。
奇しくもばいきんまんがベアトリーチェの注意を引いてくれたことでひとまずは難を逃れられたが…、アンパンマンの身体は緩やかに硬化をし続けている。やはり何度も光線を浴びたのがいけなかったらしい。彼の
──私が彼のためにできることは、本当に何もないのだろうか…。
そう考えた時、ふと
『"子供たちが苦しむような世界を作った責任は、大人の私が負うものだからね。"』
『"責任を負うのは、自分の人生そのものだよ、サオリ。"』
『間違いと向き合って、それを受け入れて、そして乗り越える。そうすることができたとき、人は強くなれるんだと思う』
『サオリちゃんの夢や生きる理由は、きみにしか見つけることのできない…きみだけのものなんだよ』
『お腹が空いたんだね。はい、どうぞ』
──なにが私の幸せか、なにをして生きるのか。
「いやだ…!」
私にも
サオリは自身の心と体を奮い立たせて、
「むう…。やはり抜け出せない」
「ジャムおじさん」
「さ、サオリちゃん?」
「私が───私が、
「ええっ/アンッ!?」
「…本当に、作るんだね?」
「ああ。必ず」
「…………」
暫しの沈黙。
サオリはジャムおじさんの答えを待った。
そして、
「──よし! ならば頼んだよ。アンパンマン号の中に材料は一通り揃っているからね」
「! …了解した」
「頑張って、サオリちゃん!」
「アンアンアーン!」
三人の声援を受けながら、転倒し傾いたアンパンマン号の中に乗り込む。材料と薪は……大丈夫、全て無事だ。彼の顔を作ることだけ、一度も成功した試しはないが…やるしかない。
「…っ。あつっ、くっ…!」
竃に薪を
パンを作る状況は悪い。加えて彼の容態を考えれば、仮に失敗したとしてのんびりとやり直せるような時間も無い。チャンスは…、おそらく一度きりだろう。慎重かつスピーディにいかなければ。
──準備は整った。
…まずは小麦粉に、砂糖と塩とイーストを入れる。そこにぬるま湯を少しずつ注ぎ込みながら、全体が混じり合うよう掻き回す。優しく丁寧に。
「よし」
次はいよいよ粉を練る。
…ここが一番の関門と言っていい。少しでも加減を誤れば、アンパンマンの顔の生地は歪み、上手く焼き上がらなくなってしまうから。それでも、
「絶対に…! 成功、させるっ…!」
──私も、皆んなに
先生とアンパンマンからもらった沢山の想いを…優しさを。これからの人生全てを懸けて。
それが
「アンパンマンを、救ける!」
……その時、不思議なことが起こった。
アンパンマンの勇気の源である『勇気の花』のジュースを、程よく練り上がったパン生地に垂らそうとした瞬間。小瓶の中のジュースが光り輝いたのだ。
「これは、
透き通るような、み空色の光。瓶越しに触れていてもほんのりと温かい。
今まで起きたことも見たこともない不思議な現象だったが…、サオリは迷わず青く輝くジュースを垂らした。上手くいってくれと願いを込めて。
そして、ついに。
「でき、た…」
生地が出来上がった。失敗できない緊張感との戦い故に、額には玉のような汗が滲んでいた。
──うん、パンの形状は申し分ない。あとは竈に入れて焼くだけだ。
もう少しの辛抱だ。待っていてくれ、アンパンマン…!
「ほーれほれほれほれーい! こっちだこっち!」
───お、のれぇッ…! ──?
『ダダン?』
「はひ? なんだあれは」
───この
アンパンマン号から発せられる青色の光に誰しもが釘付けになった。温かくて勇気が湧いてくるような、不思議な感覚だ。
やがて光輝は小さくなり、アンパンマン号のハッチが勢いよく開く。白いコートをはためかせ、出来立てピカピカの
「「「「サオリちゃん/お姉ちゃん!!!!」」」」
「行くぞ!」
───ッッ…! させるものかあッ!!
『ヤミダンダーン』
各種光線が再びサオリに襲い掛かる。
…しかしながら、今のベアトリーチェは著しく冷静さを欠いているためか、その分光線の命中精度も低下していた。『下手な鉄砲数打ちゃ当たる』とはよく言うが、相手は数々の死線をくぐり抜けてきた歴戦の猛者だ──そんないい加減な乱れ撃ちが当たるわけがない。
「あと少しっ…!」
激しい攻撃を躱しながら、サオリはひたすら走り続ける。そんな彼女を援護するように、カレーパンマンたちが攻勢に転じた。
「いくぜ!」
「「「おおー!」」」
『ダッ…!? ダダッ、ダッダッダーン!?』
───な、何も見えない…! ええいッ、離れよ!
ハイパーやみだんだんの
「「うわああっ!?」」
───く、はあっ…。全く手間のかかる連中……な!?
「バイキンメチャデカイパーンチ!!」
──そして、ようやく邪魔者を払い除けたと思ったら。
今度はバイキンUFOから超特大の拳が放たれ、ベアトリーチェは息つく間もなく地面に叩きのめされる。
チャンスはもう今しかない…!
「アンパンマン、受け取れえええぇぇ!!」
新しい顔がボロボロの古い顔と入れ替わり、いのちの星の輝きが蘇る。
愛と勇気と元気と、そして『神秘』を携えて。みんな大好きアンパンマンは再び空へと飛び出した。
「『神秘』100倍! アンパンマン!」
…これが私の答えです。異論は認めます。
今回は、サオリの殻を破るきっかけとするために『アンパンマンの顔はジャムおじさんにしか作れない』という法則性を覆しました。(参考文献;『アンパンマン大研究』)
一部例外となるケース*1は存在するものの、原則的にアンパンマンの顔はパンづくりの名人たるジャムおじさんにしか焼けません。…なので、彼の協力はおろか助言もなしに、たった一人でアンパンマンの顔を完成させたことがどんな意味を持つのか。もうわかりますよね?
加えて、ベアトリーチェ登場の反響があまりにも凄まじかったので、なんとか処刑が確定する場面まで書き上げました。またまたかなり長くなってしまいましたが。
次回はいよいよ