「パン工場の手伝いをしている 錠前サオリだ」【完結】 作:俺っちは勝者の味方ー!
序盤中盤をだらだら時間かけて書いていたら危うくエタりかけてしまった駄作者です。情報量が過去一多いので苦戦しました。今回はベアおばさんを本格的にフルボッコにしていきたいと思います。
そして遅ればせながらも一言……アリ夏最高でした。石上静香さんの配信も最高でした。
脳が
「『神秘』100倍! アンパンマン!」
──いのちの星の炎を熱く燃やし、アンパンマンは元気を取り戻す。
同時に、彼の顔にこめられたサオリの『真心』が、優しい光となって暗闇に包まれた世界を明るく照らした。暗く沈んでいたみんなの心にたちまち笑顔と希望が蘇る。
…だが、ただ一人。彼の復活劇を是として認めぬ“憎悪”だけが、煮えたぎるような怒りにその身を震わせていた。
───ほざけ……!
何が『
『ダーッ、ダダダダーン!』
「ふっ!」
怒りと憎しみに身を委ね、ベアトリーチェは獣が如く猛る。しかし、一直線に放った
さらに先ほどよりもパワーが増しているのか、頑丈な金属でできているはずの体からギギギ…と耳障りな音が響いた。刹那、鉄の体が地面から離れ浮遊感に包まれる。
アンパンマンは、やみだんだんの機体を天高く
ぐらぐらと頭が……世界が揺れる。
彼女の思考は怒りやら憎悪の念やらでぐちゃぐちゃだった。それらの感情をぶつけるかの如く、彼女は絶望的状況から一挙に勢いを盛り返してみせた
───己、よくも…!
「っ」
憎しみに満ち満ちた視線を一身に浴び、一瞬だけ険しい表情を浮かべるアンパンマン。
しかし、彼の心には微塵の恐怖も存在せず、そこにはサオリの託してくれた優しい想いが灯っていた。…そっと、胸に手を触れる。
───温かい。まるでふんわりとからだが包み込まれていくみたいだ。元気が…熱い勇気が湧いてくる。
「絶対に負けない。サオリちゃんの笑顔を守るんだ!」
例え、どんな敵が相手でも──と心に誓う。
赤い血潮の花びらと心優しき少女の神秘を胸にさし、アンパンマンは強大な憎悪の権化に真っ向から立ち向かっていくのだった。
「アンパンチ!」
「アンパンマン…」
間に合って良かった、と。元気一杯の彼の姿を見て、思わず安堵のため息を漏らしてしまう。
──だが、まだ安心はできない。
…顔を作るだけでは
もっと直接的に、彼の助けになれるようなことをしなければ。
そう思った時──。
「サオリ、これ使え!」
紫色のUFOに乗って、奴が…
「
「! ばいきんまん。お前は──」
そう言って私に
「ふふっ。全く…アンパンマンの力になりたいのなら、最初から素直にそう言ってしまえばいいものを」
「なっ///…う、うるさいうるさいうるさーい!!! おれさまはただ! 自慢のメカを横取りして、勝手にアンパンマンを倒そうとしたあいつが気に食わないだけなのー! アンパンマンを助けてやろうなんて、これっぽっちも思ってないからな。断じてだぞ!?」
などと若干食い気味に反論されてしまったが、アンパンマンのことを強く想っているのはどこからどう見てもバレバレだった。本心を必死に隠そうとするこの姿……これが先生の言っていた、所謂
そう微笑ましい気持ちを覚えていると、ばいきんまんが顔を赤くして怒り出した。
「だあっー! もう、さっさと乗れぇ! おれさま待つのはきらいなんだ!」
「ああ、確かにそうだな。私も…何もしないまま待っているだけだなんて、そんなのは御免だ」
手のひらが上を向いている形でマジックハンドが差し伸べられる。…ここに乗っかれというわけか。
複雑な装置の一切が取り付けられていない、まるで
瞬間、マジックハンドの指が微かに折れ曲がり、その手のひらの上に片膝を付いて乗ろうとした私の身体が優しく固定される。きつすぎず緩すぎず…、なんとも丁度良い力の塩梅だった。
───『ばいきんまんにも優しいところはある』と、いつかメロンパンナが言っていた言葉を思い出す。
「さあ行くぞ、突撃だー! 振り落とされるなよ!」
「ああ!」
威勢の良い声が響くと、ベアトリーチェと戦うアンパンマンの下を目指して、バイキンUFOがエンジン全開で飛び出していく。無事に復活を果たした
───視界の端が僅かに霞みがかる。
「「「「アンパンマーン!!」」」」
「「「
『ヤミィ…、ダーンッ!』
カレーパンマンやジャムおじさんたちの声援が大空に響き渡った。
見ているこちらの目が回ってしまいそうな速さで、アンパンマンは縦横無尽に空を飛びまわる。頭部や口や胸から絶え間なく照射され続ける光線の嵐を搔い潜りながら彼はやみだんだんに接近し、それらの射程圏外となる位置──
「アーンキック!!」
『ヤァッ…!? ダッ…! ダッ…! ダッ…!』
口から少しだけ突き出た円筒状の噴射口がへし折られると同時に、キックの威力に伴って巨大ロボットの重たい頭部が後ろ向きに大きく傾いた。…バランスが崩れ、からだが仰け反る。片足でステップを踏みながら、なんとか後方に倒れまいと耐久する
「あそこだ!」
「…っ!」
──背後に迫る予想外の追撃には気づかない。
ばいきんまんの指差す方角に向けてバイキンバズーカの引き金を引くサオリ。刹那、特大の
そして…、
『ダダダダダダー!!??』
メカの片足がつるつる滑るどろんこの上を踏み抜く。
「ぃやったー!」
「よし…!」
───こ、小癪な………なっ⁉︎
『ダァ、ダダン…ダーン』(((@ ๏ @))) ⌒☆
起き上がったベアトリーチェは、フラフラと目を回すやみだんだんの姿の変わり様に絶句する。
アンキックをもろに食らって勢いよく地面に衝突したためか、噴射口も頭部に取り付けられたアンテナも全て折れ曲がり、攻撃手段のいくつかが損なわれてしまったのだ。…特に後者は、破壊光線を放つことが可能な唯一の機関なので大きな痛手だった。
──己の優位性が徐々に奪われつつある。そんな忌々しい事実が、今のベアトリーチェにとっては腹立たしいことこの上なかった。
───っっっ、よくも……よくも虚仮にしてくれたなァ!!
鬼気迫る雰囲気を纏い、
「くうぅ、えいっ!」
「よっ、おっとぉ──うわわわわ!?」
「(っ、近づけない…!)」
何か良い打開策はないか、と。マジックハンドに強く掴まりながらサオリは思案する。
…ベアトリーチェは
──考えろ…考えるんだ。
いや。待て…
『お返しだっ!』
『のわあぁぁー!? やめろやめろ、来るなっー!?』
その時、初めて
───ああ。そういえばあったじゃないか、これまでの彼女とは明らかに違う点が“一つだけ”。再会時の
ある確信を抱いたサオリは、ばいきんまんに問いかける。
「──ばいきんまん」
「なんだ!」
「あの光線。触れた対象を固める特性を持ってはいるが、あくまでもあれは光の一種なのだろう? 懐中電灯なんかと同じ」
「ああ、そうだ。ヤミ光線は
やはり、そうか。確信が“確証”へと変わる。
「一応確認しておきたかったんだ。アレが物理的な威力を伴わない…
「“はねかえす”ぅ? どうやって」
「普通の光と原理が同じなら、
「はぁ? そんな
…まあそうだろうな。この状況…はおろか、そんな
鏡の代用となるものを町に降りて探すか。そう考えた時、ばいきんまんがUFOの中をごそごそ探って、大量のガラクタを引っ張り出す姿を目の当たりにした。
「どっっこいしょ! ぬえぇい…ンなもん持ってないから──」
「?」
「
「のののののののちょちょちょちょちょ!」と。文字通りの眼にもみえない早わざでガラクタを分解し、全く別のモノを
「ハヒフヘホー! やっぱりおれさまっ、大☆天☆才!」
UFOの下部からにょっきりと、二本のマジックハンドに掴まれた
「はは、流石だ。…
「ふん! 言われなくてもそうするっての」
口ではそう言いつつも、ばいきんまんは得意げな笑みを浮かべて操縦桿を強く押し倒す。ぐーんとさらにスピードが増したバイキンUFOは、ヤミ光線の乱射を躱しながら
──そうして捉えたのは、茶色のマントを何度も翻すアンパンマンの姿だ。どうやら彼も、依然として回避行動を迫られているらしい。
「アンパンマン!」
「!」
叫ぶサオリ。
少女の必死の訴えが込められた声を聞き、アンパンマンはすぐにそちらの方へと意識を向ける。何時ぞやの戦いの時のように、ふたりの目と目がばっちりと合った。アンパンマンは高速で飛んでいる最中のため、ふたりの間に言葉が交わされることはない。─しかし。サオリが何を伝えようとしているのか、彼は瞬時に理解できた。
バイキンUFOを一瞥して、大きく一つ頷き返す。
直後。空を直角に曲がり、サオリのいる方向──すなわち、UFOを目指してアンパンマンは進んでいった。その背後からはやはり、狙いを外した幾本ものヤミ光線が虚空を飛び交っている。このままではサオリたちも巻き添えを食らいかねないが…、
「(問題ない、
アンパンマンが瞬く間にUFOの横を通り過ぎると、彼を追尾する黒い光も一緒にこちらへ向かってくる。
……落ち着け。冷静に見極めろ、と。
激しい胸の高鳴りを抑制しつつ、サオリは深く息を吸ってばいきんまんに指示を出す。
「──今だ、構えろ!」
「おう! くらえーー!!」
───何ッ!?
ベアトリーチェの驚愕に満ちた声が木霊する。
盾のように構えられた鏡はいのちを奪う恐ろしい光線を見事跳ね返すと、ハイパーやみだんだんの鋼のボディを完全な黒へと塗り替える。胴体と両脚全てが
…そう。ばいきんまんのつくるメカは軒並み
──この好機、逃すわけにはいかない。
「あ、おい。サオリ!」
後ろからばいきんまんの声が聞こえるが……今振り返っている余裕はない。
ぼやけて見える視界や、ズキズキ響く頭の痛み。ベアトリーチェを追い詰めていく毎に、体を苛むこれらの症状がどんどん酷くなっている。
…これはただの憶測だ。
憶測であるがしかし…、まるで自分を
きゅっと、胸を締め付けられながらも…。この世界でたくさんの大切なものを教わった少女は得物を構え、その紐を力強く引っ張った。
…神経を研ぎ澄ます。指先はもう、震えていない。
──やれる、私なら絶対に。
「貫け」
凪を掻き消す一陣の風が如く。
極限まで力を込められた
「「おおー!!」」
「サオリちゃんが腕を撃ち落としましたよ!」
「流石だぜ!」
───そ、そんな馬鹿な…
応援していたみんながサオリの活躍に歓喜の声を上げる一方で、ベアトリーチェは信じられないと言わんばかりに動揺、驚愕する。自身にとっての脅威はアンパンマンのみ、と。また、この戦場において…サオリは最も恐るるに足りない存在だとみなしていただけに、その衝撃は大きなものだった。致命的な一撃を受けて泡を食うベアトリーチェを見上げながら、サオリは言った。
「たかが
───!
「甘いな。力を取り戻したアンパンマンの攻撃をどれだけ食らったと思っている。いくら頑丈でも、繰り返し同じ箇所を叩かれれば装甲が脆くなるのは当然だ」
───くっ…!
言葉を詰まらせるベアトリーチェ。…しかしそれでも、彼女はどうしても解せなかった。
装甲が破られた理由についてはまだ納得がいく。──が、やはりあんな
「それに……ベアトリーチェ。お前は一つ大きな勘違いをしている」
───なん、だと…
「
──唯我独尊を貫き、虚無を謳い、己の欲を満たすことしか能の無いお前がアンパンマンに勝てる可能性は皆無に等しい。諦めるんだな」
体の不調を一切感じさせない強い眼差しを向けて、サオリは言った。
───く、ハハ…。零落しましたね、サオリ。よもや貴女の口からそのような妄言が吐かれようとは…
「“零落”? “妄言”? 違うな。私はただ本当に大切なことに気づいただけだ。己が罪を背負い、救けを求めている人たちに手を差し伸べながら、私は生きていく──
私の…いいや、
───…~~ッッ! キ、サマァァァァ!!
『ダーーン……◎△$♪×¥●&%#?!』
殻を破り、生きる希望を胸に抱いたサオリの一点の曇りもない言葉を聞いて、ベアトリーチェの中で何かが
まるでゼンマイが切れた人形のような。不気味で低い声を上げながらやみだんだんが白目を剥くと──無数の目が刻まれた頭部が爆ぜ、中から既視感のある白き
瞬間、赤い光が一際強い輝きを放つ。アンテナの故障と同時に封じられていたはずの破壊光線が復活し、サオリに襲い掛かったのだ。
「最後の悪足掻きか。──虚しいな」
しかしサオリは、これが狂乱状態の元で繰り出されていることをしかと見抜いていた。狙いの存在しない攻撃を躱すは容易く、ひらりひらりと踊るようにステップを刻みながらその場を後にする。
…世界に厄災を齎しかねない危険な敵を前にして、どうしてサオリは後退という手を選んだのだろうか? これにはちゃんとした理由があった。
「(……引導は渡した。私の出る幕はもうないだろう)」
その理由というのは、
──ほら。ちょうど私の頭上を、
「「「アンパンマン!!」」」
───!? ヌウゥゥ…!
…もし。
もしも
この世界のワルモノがつくったメカを打ち砕くのは、私や他の誰でもない──
───カアァッ!
「…!」
甲高い奇声が鳴り、アンパンマン目掛けて破滅の光が放たれる。─しかし、彼の体は全身を覆うように顕現した
…神秘といのちの星が入り交じる眩しい光を纏う中。空を駆けるアンパンマンは拳を構え、ベアトリーチェにぐんぐん近付いていく。
───視界の悪化はさらに加速し、いよいよ物の輪郭も掴めなくなってきた。
───ヤ、メロォ……ヤメロォォォッ!
そして、これが…
醜く膨れ上がった憎しみと、それ以上の恥辱と無念を抱いたまま。自身が最も忌み嫌う──“愛”の力によって討たれかけていると悟った、ベアトリーチェの最期だった。
瞬間。光り輝く拳が振るわれ、アンパンマンの必殺技がさく裂する。
「アーン、パーンチ!!!」
───ギィアアアァァァ!!??……◎△$♪×¥●&%#
鋼のボディを貫くアンパンチ。けたたましい断末魔が一瞬だけ町に響き渡るもすぐに静まり──
宙に舞い散る光の粒は、ヤミ光線によって生み出された漆黒の結晶を瞬く間に浄化していき、身動きが取れなくなっていた町の住人たちを救い出す。奪われていたいのちの輝きが、みんなに戻ってきたのだ。ジャムおじさんやドキンちゃんたちも無事に解放され、やみるんるんに変えられてしまっていたしょくぱんまんたちも元の姿へと戻った。
…空を覆っていた黒い雲が逃げ、柔らかい朝の日ざしが町に差し込む。
温かい活気、人々の笑顔。─守りたかったものがそこにある幸せをひしと感じながら、サオリはふたりの
「ばいきんまん。──ありがとう。あいつに勝つことができたのは、お前が力を貸してくれたおかげだ。本当に、感謝してもしきれない」
「…ふーんだ。おれさま別に、サオリのために協力したやったんじゃないもんね」
「ああ、わかってる。それでも…これだけはどうしても言っておきたかったんだ」
───何せもう、限界が近い。きっとこれが最後の会話になるだろう。
「アンパンマン」
「サオリちゃん」
薄れゆく意識と滲んで見える視界の中、彼の丸い顔だけはなんとか捉えることができた。今一番アンパンマンに伝えたいことを、はっきりと言葉にして紡ぐ。
「──会えてよかった」
…この時、彼はどんな表情をしていたのだろう。
返事を聞く前に意識を手放してしまい、ついにそれを知ることは叶わなかったが…。“ぼくも”という声が、確かに耳に響いてきたような気がした。
◆◇◆◇◆◇◆
風の吹く音、花の香りもする。
感覚が呼び起こされ、すかさず目を開く。
──そよ風に踊る色とりどりの花々。果てしなく続く青い空。
それは、パン工場で目覚める前に見た明晰夢と全く同じ光景だった。
なぜか懐かしさを覚えるのは、これを夢で見たからではない。
しかし、妙だな…。
いつの間にか頭痛や視界のぼやけが治まっているし、太陽もあんなに天高くまで昇っている。私が意識を断ったのは、丁度
「やあ。急に景色が変わって、びっくりさせてしまったかな?」
「!」
背後から掛かる声。
咄嗟に振り向くとそこには、眼鏡をかけたうさぎの男性が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。私はこの時点で、自分の身体が元の等身に戻っていることに気が付いた。
「…貴方は、一体?」
「わたしは世界を旅するしがない絵本作家さ。絵本づくりの旅の道すがら、世界中のいろいろな景色をキャンパスに描いてもいてね。──ほうら、見てごらん」
そう言って有無を言わさず彼が私に見せてきたのは、思わず息を呑んでしまうほどに美しい─風景画の数々だった。
本人曰く…すべて手描きで描いたものらしいが、写真と見違えるレベルの繊細さである。“しがない絵本作家”というのは多分嘘だろう。
陽光がカーテンのように降り注ぐ森林、ごうごうと炎の燃える活火山、高い山の岩肌にて力強く咲き誇る花の群れなど。どれもこれも見る者の想像力を刺激する、素晴らしい作品ばかりだ。あまり絵に対する造詣が深くない私でも、彼がどれだけ絵を描くのが上手いかは流石に理解できる。
するとここで、うさぎの男性はある一枚の絵を取り出した。
「そしてこれが、わたしが最も新しく描いた風景の絵だよ」
「!? なっ──」
絶句せずにはいられない。それは、あまりにも見覚えのある景色だった。
高く並ぶビル群に、河の上の橋を渡る電車。──青く透き通った空に微かに見える、
紛うことなく“キヴォトス”だ。絵を握る手に、自然と力が入る。アンパンマンワールドの住人がキヴォトスの存在を知っていることはおろか…、その風景を絵にして持っているだなんて。普通じゃあり得ない。
「─どういうことか、説明して欲しい…。この夢の中のような不思議な場所にいる時点で、只者でないことは察してはいたが………やはり、私をあの世界に連れて行ったのは貴方なのか?」
「その通り。きみを
求めていた答えは、思いの外あっさりと返ってきた。
しかし、これに拍子抜けはしない。彼の人柄や甚く真剣な表情を見るに、何か裏があるとかそういうことではなさそうだったから。
うさぎの男性は言葉を続ける。
「きみを呼んだ理由はただ一つ、アンパンマンを助けてほしかったからだ。偶然にも迷い込んでしまった、“憎悪”という名の怪物を倒すためにね」
「……待った。ベアトリーチェを、もしや知っているのか?」
「もちろんだとも。わたしは世界中を旅してまわっていると話しただろう?
……驚いたな。まさか、そんな人物が存在したとは。
世界を渡る原理や理屈については正直理解が及ばないが、どれもこれも「
「その、ベアトリーチェと言ったかな? 先ほどまできみやアンパンマンが戦っていた彼女は──実は、本物の“彼女”ではないんだ」
「?」
「言うなればあれは、彼女の肉体から乖離した
言われてみれば…。
奴が優勢の時は余裕そうな態度を取っていてわからなかったが。形勢が徐々に傾き始めると、本来のベアトリーチェらしからぬ粗野で直情的な言動が多く見られたし、理性を失ってからのあれは…獣以上の
──なるほど。ところどころで違和を感じたのは、あれの正体が私の知るベアトリーチェ本人ではなかったからなのか。
疑問が一つ腑に落ちたところで、もう一つ気になっていたことを尋ねてみる。
…なぜ、
「キヴォトスには私よりも強い生徒がごまんといる。──トリニティの剣先ツルギ、ゲヘナ学園の空崎ヒナ。それ以外にも大勢。
サオリの問いに対し、男性は神妙な面持ちを以て答える。
「世界の調和が乱されていた故、あちらの世界へは“憎悪の主と強い
「深い因縁…」
「そう。─その縁を持つ人たちの中で、“
「……」
何も言えない。その指摘もまた、的を得ていたから。
確かに、虚妄のサンクトゥムの幕引きからしばらく経っても尚、不意に夢の中で…
キヴォトスでのことを思い返し閉口していると、男性は「申し訳ない」と一言を添えて、話を切り出した。
「わたしたちの世界に、“憎しみ”という感情は存在しない。誰もがあらゆるいのちに敬意を払い、手を取り合いながら、毎日を生きている。そこに突然現れた──憎悪の権化とも呼ぶべき
……とはいえ、トラウマを抱えるきみには大変酷な役目を押し付けてしまったと思う。一人の大人として情けない限りだ…。本当に、申し訳ない」
うさぎの男性は頭を下げる。
彼の誠心誠意の謝罪は、私に心の整理をしっかりとつけさせてくれた。怒りとか恨みとか、そういった感情が湧いてくることはなかった。
「──顔を上げてくれ。貴方に対して思うところは何もない。むしろ感謝している」
「アンパンマンたちとの出会いは…あの世界で過ごした日々は、暗い闇の中を生きていた私に“生きる意味とは何か”を教えてくれた。
「柵も同然だった過去の因縁に決着を付ける機会を。前に進むためのきっかけを与えてくれて──ありがとう」
静かに笑って礼を述べると、対する男性も安心したような表情を浮かべながら頭を上げた。しんみりとした雰囲気から一転、声音も穏やかなものに戻っている。
「そう、か……そうか。──うん。その答えを聞けて安心したよ。恨み言や小言の一つを言われても仕方がないと覚悟していたが、きみは優しいね」
「…ああ」
面と向かって
「! これは…?」
「どうやらゆっくりお話ができるのは、ここまでのようだね。──きみが目を醒ます時が近付いてきたらしい」
……そうか。ついに、この優しい世界と別れを告げなければならないのか…。僅かにだが名残惜しい。みんなにちゃんと「さよなら」を言えなかったことが今になって悔やまれた。
「──野暮なことだとは重々承知の上だが、最後に一つ聞いてもいいかな?」
「構わない」
「
だが…同時にそこは、日夜大きな悪意が渦巻く世界でもある。
人のいのちや権利が当たり前のように軽んじられたり、庇護されるべき無垢な子どもがあくどい大人に騙されたり。平和に見えるのはほんの一部分だけで、その陰では常に死と抗争が隣り合っている。──過酷な環境で暮らすことになるよりも、わたしたちの世界で幸せに生きたいとは思わないかい? 返答にもよるけれど、今ならまだなんとか─きみの存在を繋ぎ止めておくことができるが」
それは──キヴォトスを旅し、その闇について触れた上で持ち掛けられた質問……否。
「実に魅力的な話だとは思うがパスだ。私の帰るべき場所はキヴォトスであり、そこには私の家族や大切な人たちがいる。皆を差し置き、私だけが平和な生活を謳歌したところで…それは真の幸せとは呼べないだろう」
それに───
「子どもたちが安心して生活できない世界は、私が自分の手で変えてみせるさ。でなければ、
「………」
私の返答に、男性はぽかん、と呆気に取られたような表情を浮かべた。…はて? 何か変なことを言った覚えはないのだが。
「──はっはっは! …いやあ、すまない。断られるだろうとは考えていたけれど、まさか“キヴォトスを変える”とまで言ってのけるとは思わなくてね。びっくりしてしまったよ」
「…嗚呼、道理でな。だが実際、先生の活躍によってキヴォトスは破滅の危機から逃れている。救われた者が何人いるのかも計り知れん。だからこれくらい高い志を持たなければ、あの人には追いつけない」
「うーん。信頼されているね」
ゆっくりと頷き、彼は朗らかに笑ってみせた。
満足満足、と言いたげに目を細めている。
──今のやり取りを経て、体が引き寄せられていくような感覚がより明瞭なものになった。これが本当に最後なら…、と。思い切って彼に問う。
「私も。最後に一つ聞きたい」
「なにかな?」
……風が、吹いていく。
静寂がふたりの間を流れた。
「またいつか、みんなに──アンパンマンに会えるだろうか?」
「ああ。会えるさ。きみが強く望めば、いつだってね」
──その言葉を皮切りに。色彩豊かだった風景が、モノクロの世界に反転した。
太陽は白に、それ以外のすべては黒に染まり。
私の体は、白い光の中へと吸い込まれていった。
───
…再び、意識が遠のいていく。
───アンパンマンを……、わたしの
◆◇◆◇◆◇◆
「────ん!」
声が、聞こえる。
「リ──ー!」
「サオ──ん!」
…久しく耳にしていなかった懐かしい声が、私を呼んでいる。
「サっちゃん──!!」
「…っ!」
悲痛を孕んだ叫びを聞いて、脳が一気に覚醒する。
そうして真っ先に視界に飛び込んできたのは、目元を赤く腫らしたアツコとヒヨリ、ミサキだった。
「良かった…! サっちゃん…! 本当に良かった…!」
「ううぅ、起きました。やっと起きてくれましたよぉ…!」
「アツコ…。ヒヨリ、ミサキも──」
涙ぐむ三人の姿に一瞬だけ驚くものの、…そうさせてしまっていた原因が自分にあることをすぐに思い出す。
「──心配をかけて、すまなかった」
「うわぁぁぁん!! サオリ姉さんー!!」
「突然連絡つかなくなって…、行方も分からなくなるし。……心臓に悪いよ、ほんと」
「……すまん」
「もうっ、本当に心配したんだからね。サっちゃんが死んじゃったんじゃないかって…。
───でも。こうして無事に帰ってきてくれて、ありがとう。サっちゃん」
ぱあっ、と花のような笑顔を咲かせるアツコを前にして初めて、
──そして、アツコとヒヨリを抱擁して*2しばらく経った時。頬を伝う一筋の涙を拭って、サオリは周囲を見回した。
「それにしても、ここは一体…?」
「"大丈夫。ここはシャーレの休憩室だよ。"」
「! ──“先生”」
声のした方を向くとそこには、白いジャケットを着こなしたサオリの恩人─先生の姿があった。…そうか。アツコたちが人目を憚らなかったのは、この場に先生がいたからか。サオリはほっと胸を撫でおろす。安心できる拠り所があるというのは、やはりいいものだな。
「"朝出勤した時、シャーレの入り口の前にサオリが倒れててね。保護してすぐ、アツコたちに来てもらったんだ。今日は運よくシャーレの当番がお休みの日だったから問題ないだろうと思ってさ。
──それでなんだけど。この
先生が落ち着いた口調でそう聞いてくる。
しかしサオリは、自身が体験した一連の出来事をどのように口で表現すればよいかすぐに思いつかず、いつの間にか無意識に浮かんできた言葉をぽつりぽつりと呟きながら話をし始めていた。
…俄かには信じがたい、御伽噺のような奇跡の物語を。
「夢を、見ていたんだ」
「“夢”?」
「──ああ。とても長くて、幸せな夢を」
……動機とか理由がかなり抽象的ですが、ここはアンパンマンクオリティってことでご容赦ください。
最後に出てきたあの人は一体だれなのか? どういう能力を持っているのか? ご想像は皆さんにお任せします。
次回、いよいよ最終回です。