「パン工場の手伝いをしている 錠前サオリだ」【完結】 作:俺っちは勝者の味方ー!
「さよなら」なんて言わせません。
時は早く過ぎ行くもので───あの不思議な夢の目醒めから、三ヶ月が経過した。アンパンマンたちの世界から帰ってきて以降、私の日常には大きな変化が表れていた。
「──お邪魔する」
「"あ。おはよう~サオリ。朝早くから偉いね。"」
「! 先生。もうシャーレに来ていたのか? ………いや。もしかしなくても徹夜をしたな。その隈は」
「"たはは…。えっとぉ、そのぅ……はい。"」
全く困った
──あれは、先生や
心底心配している様子の四人に、“キヴォトスからいなくなったのは不可抗力だ”と弁面できるわけもなく…私は三時間みっちりと説教を受けて、絞られた。アリウススクワッドの元リーダーの名が聞いて呆れる。─けれども、言葉の一つひとつから確かな愛を感じられて、少しだけ嬉しくもあったのはここだけの話だ。
当初は信じてもらえないだろうとも考えたがやはり、突然キヴォトスからいなくなり連絡もつかなくなった理由を明かさないわけにはいかなかった。…
───空から降り注いだ星々によって、“いのち”を授かったパンのヒーロー
───その正義の味方を
───助け合いと『罪を憎んで人を憎まず』の精神を持つ、心優しい町の人々
そして……醜くおぞましい、憎しみの感情より生まれた怪物との
あちらで体験したことのすべてを打ち明けた。
まさか私の口から、何処か緩くてふわりとした言葉の表現が飛び出すとは思わなかったのだろう。当然ながら、驚きや呆然など─予想していた通りの反応が返ってきた。ことミサキからは『何言ってんの…』と言わんばかりの冷たい視線を送られ、気圧されそうになってしまったが。
ベアトリーチェの一件に関しては皆真剣に受け止めてくれてはいたものの、それ以外の内容へのリアクションは希薄というか微妙なもので……如何にも半信半疑な様子だった。
私が着ていたコートの内ポケットに違和感を覚え、
「終わったぞ。先生」
「"いや〜助かったよ。私一人だけじゃどれだけ時間がかかったことか。手伝ってくれてありがとね。"」
「何、私の我儘で
「"もう…。だから何度も言ってるけど、こんなの全然我儘の範疇に入らないって。それ言ったらヒヨリとかもっとすごいし。"」
「……ならなんと呼べばいい?」
「"『お願い』って言っとけばいいの。変に遠慮なんかしないで、ね?"」
「むう…」
──
それが
その鈴のような形をした桃色の花は、私が異なる世界に飛ばされていた事実を証明する材料として適任だった。─まさしく“論より証拠”。怪訝な表情を浮かべていたミサキも、これには目を見開いて驚いていた。
シャーレに勇気の花を置きそこで世話をしている理由についてだが…、これは私が安定した住居を所持していないからである。
また、勇気の花は二本あったので、内もう一輪は私の新しいバイト先で大切に飾らせてもらっている。その新たな職場とは、ブラックマーケットの片隅に店を構える小さなパン屋のことである。
元々請け負っていた傭兵や土木作業のアルバイトは一ヶ月も無断欠勤かつ無連絡だったため、言わずもがな契約は破棄。─しかしそのおかげで、パン屋を一人で切り盛りしている懐の大きな女将さんと巡り会うことができた。『経歴なんて関係ないさね』と、淑やかに微笑みながら仕事と居場所を与えてくれたその人との出会いは、私にとって運命的なものだった。
ジャムおじさんの下で極めたパンづくりのスキルは大いに役に立ち、今となっては非正規雇用の立場でありながらも店頭に並ぶ半分近い量のパンの製作を任せられるまで躍進を果たした。
女将さんに許可を取って作った、勇気の花のジュース入りの『あんぱん』が大変好評だったことも記憶に新しい。中でも、“
………ふむ、少々自分語りが過ぎたな。花に水をやろう。
「"───ふふ~ん。"」
「? なんだ、そのだらけきった表情は。私の顔に何か付いてるのか?」
「"んん? いいや。ただサオリがさ…目の色を変えるくらい打ち込めるものを見つけてくれてよかったなって、改めて思っただけだよ。"」
「あのパン屋のことだな」
「"そ。今までやってきたバイトと比べてとても健全な仕事をしてるっていう安心感も相まってさ。…本当に、あのお店の御主人には感謝してもし足りないよ。"」
「ああ」
「"──もちろん。道に迷っていたサオリを支えてくれた
「別に“さん”はつけなくていいと思うぞ」
「"そ、そう?"」
鉢の中に水を注ぐと、土が少しずつ潤いを蓄えていく。
勇気の花が生き生きとしだし、本物の鈴のような音色をリンリン奏でた。
「"───サオリは、大丈夫なの?"」
「……何を言っているのか、よくわからないな。健康体でなければ、こうして毎日シャーレに顔を出してはいないだろうに」
「"そうじゃないよ。私が心配してるのは、サオリの
「………はぁ、先生にはすべてお見通しか」
けれどもこれは、言うほど単純な問題じゃあない。
私がアンパンマンの世界を過ごした期間が
「寂しいか寂しくないかと言われれば、そりゃあ寂しいさ。…だが、向こうは最低でも半年──あるいは、それ以上の長い時間が過ぎていてもおかしくはない。そう考えると、なんだか怖くなって…」
「"みんなに忘れられてしまってるんじゃないか、ってこと?"」
「……そうだ。特に最近は、余裕を持って過ごせる時間が増えたからこそ…余計にな」
そんな悪い考えが頭をちらつく。仏を絵に描いたような存在である
──“会いたいのに、会うのが怖い”。相反するふたつの感情がせめぎ合っているせいか、サオリの心はとても複雑で不安定な状態と化していた。…とてもじゃないが、今のままでは真に再会を望むのは難しい。
サオリの表情が僅かに翳る。しかし、それを見逃さなかった先生は少女の隣に立ち、勇気の花を愛でながら言葉をかけた。
「"サオリにとってアンパンマンの存在がどれだけ大きいのか…、分かった気がするよ。だからこその不安というのも理解できる。──でもさ、そう考えてるのはきっとサオリだけじゃないと、私は思うんだ。"」
「"サオリがアンパンマンのこころに強く影響を受けたのなら。きっと彼の胸の中にも、錠前サオリという女の子の存在が強く刻み込まれているはずだよ。…難しく考えなくていい。自分の本当の想いに素直になってみてごらん。"」
「私の、想い……」
…嗚呼。やっぱり私は──
先生の言葉を反芻するサオリの瞳から曇りが消える。─その間も、勇気の花は静かに笑みを湛える少女のことを優しく見守り続けていた。
───ある日の深夜。
「くっ…、不覚…! 私としたことが、こんな初歩的なミスを犯してしまうなんて…!」
現在の仮拠点─もとい下宿先のボロアパートにて、サオリは首を垂れながら蹲っていた。悲壮な運命に打ちひしがれるかのようなその声色は、事態の凄惨さを如実に物語っている。一体何があったのか。
「
…そう。よりにもよって、極限まで腹を空かした今に限って──食料が空っぽだったのだ。パン屋が定休日である今日は便利屋68の募集する単発バイトに赴いていたのだが、忙しなく動き回っていたせいか帰りに食料の買い足しを行うのを完全に忘れてしまった…。
近場のコンビニで弁当を買うという最終手段もあるにはあるが、正直あれは値が張るので自炊した方が安く済ませられる。…そも空腹と疲労のあまり、動く気力自体さらさらなかった。情けない腹の虫の音が響き、脳が徐々に冷静さを取り戻していく。
……何をやっているんだろうな、私は。
「寝よう…」グウ〜
己の意思に反し身体はおいしい食べ物を欲しているが──ほとんどの店が閉まっている今、その飢えを満たすことは不可能に等しい。横になって気分を紛らわすしかない。一度眠りにつきさえすれば、きっと空腹も忘れられるはずだから。
「朝までの辛抱だ」
こんなにひもじい思いをしたのは、ここ三ヶ月の間で初めてのことだった。…身辺管理が不十分な自分の落ち度ではあるが。嫌に懐かしい感覚に苛まれる。
そんな究極的なすきっ腹に抗うように唾を飲み込むと。─ふと、いつか食べたあんぱんの甘い味を思い出す。
アンパンマンのこころをそのまま映し出したかのような、とても優しい餡子の味を。
───おなか、すいたなあ。
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暖かく穏やかな風が頬を撫でる。
蝶と花粉が舞い、日光が楽しそうに踊っている─そんな景色を前に、私は言葉を失った。
夏の暑さはすっかり遠のいてしまっていたが…どこまでも続く青い空と足元に広がる雄大な花畑は、記憶の中の姿と変わることなく私の目の前に確かに存在していた。
…自分の容姿も、いつの間にやらまたちっちゃ可愛い三頭身に縮んでいる。
「…!」
──瞬間、風の流れが変わる。
どうやら
「久しぶり。サオリちゃん」
そう…背中越しにかけられる声に、思わず体が震えた。
─驚愕と、安堵と、喜びと。それらの感情が一斉に湧き立ち、どんな顔をすればいいのか迷ってしまう。
…零れそうになる涙をぐっと堪える。
サオリは今の自分につくれる精一杯の笑顔を浮かべながら、おもむろに後ろを振り向いた。
「──ああ。久しぶりだな、アンパンマン。会えて嬉しいよ」
ぐ〜きゅるる〜ぐるる〜
「うう…///」グウ〜
「あ。お腹が空いているんだね。だったら─はい、どうぞ」
そう言って差し出されたのは、つぶあんがぎっしりと詰まったアンパンマンの顔だった。─サオリはまるで大切な宝物を扱うかのように、その一欠片を大事に大事に受け取った。
「………ありがとう。いただきます」
──小さく一口。
齧った瞬間、必死に抑えようとしていた涙が零れ落ちる。ぽっかりと空いていたこころの穴はたちまち優しい想いに満ち溢れ、体の奥がぽかぽか温かくなっていく。
「おいしい…。とってもおいしい」
「ふふふ。よかった」
ほっぺたが落っこちそうなほど甘くって…、最高に幸せだった。
食べること──
私は生涯。この時食べたパンの味を、決して忘れはしないだろう。
「だれかあーーっっ!! たすけてええぇぇー!!??」
──峡谷に響く悲鳴。
高い高い崖の上から、小さな影が真っ逆さまに落っこちている。
「うわあああぁぁー!!」
「──っ…!」
それを横から掻っ攫っていくは、一人の少女。
崩落する岩と岩の僅かな隙間を潜り抜け、悲鳴の主を優しく受け止める。
少女に抱きかかえられている
「~~~っっ! ……?? あれ。ぼく、どうなったの?」
「怪我はないか」
「! わあっ~! きみがたすけてくれたんだね。ありがとう! えへへへ、ぼくは大丈夫!」
「ふふ。そうか──どういたしまして」
全身を覆うピンクの羽毛に、大きな嘴。
どこか既視感のある特徴を持つ彼を地面に下ろしながら、少女は考えた。
「お前は、鳥…なのか?」
「そうだよ~。羽が小さいからとべないけど。
───あ! ぼく、
じつは、パン工場にいきたいんだけど道にまよっちゃって…どこをどうすすめばいいのかわからないんだ」
「そうか。だからあの崖に登って、行き先を確認しようとしていたんだな」
「うん!」
「──わかった…、パン工場に案内しよう。私も今、ちょうどそこへ向かっている途中だったからな」
陽気な鳥の少年─ドドは、少女の提案に歓声を上げる。
「わーいやったー!『グウ〜』あれ?」
「…ああ、安心したらお腹が空いてしまったのか」
少女はそう言って、持っていた鞄の中から『あんぱん』をひとつ取り出した。
「私がつくったパンだ。食べてごらん」
「え、いいの? それじゃあ…あーむ。もぐもぐ……っ!
──おっっいし~い!!」
小さな翼をぱたぱたはためかせながら喜びを露わにするドドに、少女も思わず破顔した。こんなにおいしいパンを食べたのはいつぶりだろう。アンパンマンの顔を食べさせてもらった時以来かもしれない! ─と、ドドは心を躍らせていた。
「すっごくすっごくおいしいよ~。えっとぉ、たしかきみの名前は────あははは! なんていうんだっけ?」
「そういえば自己紹介がまだだったな。私は、
───私は、パン工場の手伝いをしている 錠前サオリだ。よろしくな」
◆◇◆◇◆◇◆
───その頃。
「ここは一体どこなのでしょうか? 少なくとも、ゲヘナ学園の自治区ではなさそうですが…」
銀色の髪を靡かせる可憐な少女が小高い丘のてっぺんから町を一望する。彼女の頭上には、サオリと同じ─キヴォトスで生まれた者の証たるヘイローが浮遊していた。
「あら? ……ん〜。まあなんて素晴らしい、ほんの少し嗅ぐだけでも食欲が刺激されてしまいますわ。この香りは、もしや──」
「てんてんどんどん、てんどんどん♪」
「かまかまどんどん、かまどんどん♪」
「黒豚お肉をパン粉で包み、カラッと揚げたて豚カツよ~♪」
視線の先にいたのは──各々の持ち歌を熱唱する
芳しい丼ものの香りが三人を根源にして漂っているものと理解した瞬間、
───“
その背には、少女が食に抱きし…並々ならぬ
「うふふっ。美食が私を呼んでいる、ですわ♪」
『「パン工場の手伝いをしている 錠前サオリだ」』、これにて完結です。飽き性の私がここまで来ることができたのは、拙作をご愛読してくださった読者の皆様のおかげです。約四ヶ月に及ぶ連載にご付き合い頂き、誠にありがとうございました。
物語の後半は正直…、扱うテーマの重さに対して自身の文才が釣り合っていないという事実に打ちひしがれてました。やなせイズムがあまりにも偉大すぎて。
今後の予定はなーんも決めてません。出して後日談とか番外編くらいでしょうか。個人的には、ブルアカキャラがアンパンマンワールドにお邪魔するのは
めでたく最終回を迎えられたので、作者のページの活動報告にて当クロス作品の世界観や設定などについて質問を受け付けたいと思います。本編内で言及されていない情報が結構あるので、気になるなぁという方は是非。
ちな誰か三次創作として、続きを書いても全然いいですからね? むしろウェルカム。