VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
「自動生成でほぼ無限に広がる世界を舞台とするこのゲームに、特に達成すべきことはありません。探検、建築、戦闘、アイテム収集……何をするのもプレイヤーの自由」
「それすなわち、なんでも出来る。詳しくは知らないですけど、ほんと凄いですよね、このゲームは」
ゲームの詳細を述べる七草さんの言葉に、そんな反応を俺は返す。流石にこのゲームの存在は知っていたし、なんなら触ったこともあるので、俺は彼女の提案に驚きはなかった。
「このゲーム自体かなり配信向きだと思いますし、サーバーさえ用意すればオンラインで複数人同時に遊べますから、コラボや参加型企画の頻度が多いVTuberとは特に相性が良いですよね」
「はい、丹野さんの仰るとおりです。うちの事務所ももれなく共有サーバーを設置しておりまして。所属する殆どのライバーさんはそれに参加しております」
「じゃあ、ボクたちもそれに……⁉︎」
「ええ、参加することが出来ます」
千葉さんの問いに即答する七草さん。それを聞くなり、千葉さんは喜びの声を上げた。
「ヤッター! ボク、VTuberになることが決まってから、ずっとアスクラで遊びたいなーって思ってたんだ! これでようやく出来るー!」
「やるやらないは個人の自由では……?」
「あ、私が止めていました。今時アスクラを初見でプレイ出来る人間はそういませんから。是非配信にて初見の反応を残しましょうと、二人で決めまして」
「それは確かに……!」
言われてみればかなり貴重である。なんせこのゲーム、これだけ革新的ながら十年以上の歴史がある。だというのに未だゲーム業界の前線に立ち続けているのだから、本当に素晴らしいゲームなんだろうなと思う。
それでは、と七草さんは確認する。
「神宮寺誠さんはマルチサーバーに参加する、ということでよろしいですね」
「はい、勿論です!」
「ではサーバー名とアドレスを共有しておきますね。これらは配信画面に映さないよう注意してください。配信を始める前に一度設定しておくことを推奨します」
わかりました、と元気よく返事をする千葉さん。七草さんはそのまま、俺に対しても確認を取る。
「えくすとりーむメカさんは……いかがなさいますか」
「んー……」
問われ、微妙な反応を返す俺。参加したいのはやまやまだが、まだその時期ではないというか、心の準備が必要というか、ドクターストップというか、なんというか。なんにせよ、即決出来ない事情が俺にはあった。
(……ま、慣れればなんとかなるでしょ)
しばらく考えて、答えを出す。悩んだところで仕方ないので、結局俺は参加を表明するのだった。
「じゃ、俺も参加します」
「はい、かしこまりました。丹野さんにも情報を共有しておきますので、確認の方お願いしますね」
彼女はそう言って、トークアプリの方にメッセージを送ってきた。すぐさま通知を確認する。
(ありゃ……)
アプリを開いてすぐに、俺は唖然とする。理由はそのメッセージの内容にあった。サーバーに関する通達の後に、彼女はこんな文言を添えていた。
『ご自身の体調と相談してご参加ください。酔い止めをお渡ししておきますが、決して無理はなさらないこと。少しでも体調に違和感が生じたら、すぐにプレイを中断してくださいね』
どうやら俺の懸念は彼女にはお見通しらしい。まあ話した記憶はあるし、初配信のときにも述べているので、「画面酔いしやすい」という俺の体質について把握されているのは自然なことか。気遣わせてしまったことを、申し訳なく思う。
七草さんの方を見る。彼女は俺の視線に気付くと小さく笑って、ぱちっとウインクをした。やばい、とんでもないものを見てしまった。無料で見ていいものじゃない。チップってどこに置けばいいですかね。あ、スパチャを贈ればいいのか。俺達に贈られてくるスパチャは一部(確か三割)会社の金になるはずだから、俺が神宮寺誠にスパチャを贈れば実質七草さんに贈ったことと同じ。これぞスパチャロンダリング。スパチャ洗浄。妖怪スパチャ洗い。……まだ俺達収益化達成していなかった。前提から崩れ去っている。
「ねえねえ、丹野くん!」
ちょいちょい、と袖を引かれる。思考を妙な金策に支配されている俺に対し、隣の千葉さんが声を掛けてきたのだ。意識がハッと戻る。
千葉さんは続けて述べる。
「共有サーバーの参加も決まったことだし、今度一緒にアスクラで遊ぼうね!」
そんな風に、純粋な目を向ける同期。しかし俺は、つい険しい顔で答えるのだった。
「諸般の事情により、一旦持ち帰らせていただきます」
「う、うん……? そっか……」
「すまない、千葉さん。これはな、俺の問題なんだ……! どうせ乗り越えなきゃいけない壁なんだ、挑むなら早いうちがいい……! 千葉さん、すぐ追いつくから、どうか待っていてくれますか……?」
「えっと、なんの話……⁉︎」
話が見えず、困惑する千葉さん。いいんだ、あなたは知らなくていい。苦しむのは俺だけでいいのだ。
こうして俺は、その世界へ足を踏み入れることを決めた。これは恐らく、VTuberとして活動していく上で一番最初の試練となるであろう。これを乗り越えたとき、俺は人間としてもライバーとしても一皮剥ける。そんな風に確信していた。
配信タイトル。
【アンアースクラフト】俺は、闘う【ぶいすとりーむ/えくすとりーむメカ】
「ウス……! えくすとりーむメカだ、今日はアンアースクラフトやってくぞッ!」
:気合い入ってんな
:タイトルどうした
:何と闘うんだろう
「何と闘うか、だって? それは勿論、俺自身とだよ……!」
:なんなんだこの気迫は
:テンションが高え
:画面酔いするんじゃなかった? 大丈夫?
「そう、よく覚えていたな。今日は俺自身との、いいや、画面酔いとの闘いになる。だからあらかじめ酔い止めを飲んできた。体の準備は出来ている」
:そういうことかよ
:アスクラは視点移動慣れるまでキツいからなぁ
:あんまり無理しないでね
:最近メカの自覚無くしてきたな
「ソレデハ、ヤッテイキマショウ」
:急に機械音声調
:さては図星だったな
はて、なんのことやら。ちゃんと自認しておりますとも。いつも心の片隅に、メカはいる。メカです、よろしくお願いします。メカはいます。
というわけで、早速始まったゲーム実況配信。記念すべき初回はミーティングでも話に出てきた、アンアースクラフトである。ちなみにマルチサーバー(名前はぶいすとりーむサーバー、略してぶむ鯖だそうだ)ではなく、ソロプレイ用のワールドでプレイすることにした。ゲームに慣れていない状況で参加しても、意味がないと思ったからである。
(とりあえずはソロでやってみて、どれくらいプレイ出来るかを把握する。話はそれからだ)
プライベートでもちょっとプレイしてみたが、そのときは三十分ほどで酔ってしまった。配信となると精神状態の影響でもっと短くなるかもしれないし、逆に長くなるかもしれない。今回はそれを測るのを主な目的としている。
タイトル画面から移動して、新たなデータを作成する。今回は一番スタンダードなゲームモード、体力と腹具合のゲージが存在するサバイバルモードで遊ぶことにした。
このゲームは最初に、舞台となる世界を生成することから始まる。
「さて、ワールド作成。一応このゲーム、メカは初見ではないのであしからず」
:把握した
:今時初見な人間の方が少ないからな
「人間じゃない、メカだ。……あ、なんだ。俺のこと言われてるのかと思った。つい訂正してしまった」
:過剰かつ丁寧な言葉狩り
:やっぱこのメカ人間より人間だろ
チャット欄と適度に会話しながら配信を進行する。ワールドの生成がランダムなら、プレイヤーのスタート地点も完全なランダムであるのがこのゲームの特徴。今回俺が降り立った初期位置は、生い茂る森林の中のようだった。
「お、木があるのは及第点じゃないですか? 最初は木材からだもんな」
そう言って俺は、その辺に生えていた木を伐採し、素材として回収していく。木材として加工出来る木は序盤の定番素材なのである。
(うー、見上げんのキチィ。もう酔いそう)
この時点でちょっと怪しくなってきた。気分を誤魔化すために、アンアースクラフトの醍醐味について語っていく。
「このゲームの面白いところは、発掘って概念があるところだよな。地面掘ると石材や鉱物の他に、地層や化石なんかがある。それを復元したり調査の指標として利用出来るから、もう遊び方も無限大だ」
独り言のように呟きながら、プレイを続ける。木材を集め、加工して装備を作り、それでまた新たな素材を採取しに行く。その流れに逆らわず、俺は装備の質を一段階上げるために、今度は地面を掘り進めるのであった。
「木の次は石だもんな。人類史と一緒よ、石器使うわけよ、石器を」
ある程度石を採掘し、石材として加工する。
そうこうしているうちに、ゲーム内の時間が経過した。このゲームには時間の概念があり、昼と夜がある。そして今は夜。暗い間は少し気を付けねばならないことがあるのだ。
「うおっ、敵だ……ゾンビだ……」
呻き声と共に、敵性モブの一種であるゾンビがこちらに襲いかかってきた。夜になると敵性モブ達が出現し、プレイヤーに攻撃を仕掛けてくる。それを撃退するのも本作の楽しみの一つである。
ゾンビに対し攻撃を仕掛け、撃退を試みる。頭部への攻撃はダメージが大きくなるので、ジャンプしたり高台から攻撃するなどして工夫する。
何回か攻撃するうちにゾンビを倒すことに成功した。経験値が入る。アイテムをドロップした。拾う。ひろう、疲労……。
俺はそこで、ゲームの操作をパタッと止めた。
「……あの」
:なんだ?
:足を止めるな
:夜明けるまで油断出来んぞ
:もしや
「酔いました、しんじゃう……」
:⁉︎
:まだ二十分も経ってないのに⁉︎
:このメカ、クソ雑魚三半規管過ぎる
泣きそうになりながら視聴者にそう伝える。もうダメだ、跳んだり見渡したり移動したりした影響で目がぐるぐる回っている。目眩が凄い、吐きそうだ。
「ごめんなさい、酔いました……もうメカはダメです……ダメなメカです……」
:弱気過ぎる
:ちょっと可愛い
:今日はもうやめよう
「本当にごめん……今日はここまでにしときます……ほんまごめん……」
半泣きで謝罪するえくすとりーむメカ。メカなのになぜ泣けるのかはさておき、体調不良から配信を中断する。時間にしておよそ二十五分の配信。アスクラ配信としての見所は殆どなく、盛り上がったのは最後の、画面酔いで弱気になるメカの部分だけである。
(うぐぅ……ここまで酷いとは。呪うぞ、俺の体質を)
頭を抑えながら心の中でそう憎む。せっかくゲーム配信に挑戦してみたというのに、これでは先が思いやられる。
しかし、これで終わるえくすとりーむメカではない。きちんと予備プランとして、今後の対策を既に考えてある。次回の配信では今回の反省を活かして、楽しいアスクラの実況プレイが出来ることだろう。
「覚えておけよ、アスクラ……! 俺はただじゃ転ばんぞ……!」
吐き捨てるように、そんな独り言を溢す。次回にリベンジだ。七草さんと相談しつつ、次の配信に向けた準備を整える他ない。こんなことでめげる丹野達人ではないのだ。
ちなみにその後、三時間ほど寝込んでようやく落ち着いた。ほんと、画面酔いってしんどい。どうにかして欲しい。マジでメカになってやろうか。俺は再び、自分のこの体質を呪った。