VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
スカウトについて
東京都、新宿区。その一角のガラス張りオフィスの一室で、俺は件の女性、七草なつみさんと対面していた。
「本日はご足労いただき誠にありがとうございます。改めまして、ぶいすとりーむ採用担当、七草なつみです。よろしくお願いします」
挨拶と同時に、名刺を手渡される。それを受け取りつつ、俺も挨拶を返した。
「頂戴いたします。右ねじこと、本名
挨拶合ってる? まだ就活とかインターンとか経験ないから、結構緊張してます。
不安気な態度を察したのか、彼女はクスッと笑った。
「ふふっ。では、固い挨拶はこの辺で。リラックスしていただいて大丈夫です。今回は面接でも何でもありませんから」
長いクリーム色の髪を耳に掛けながら、彼女はおっとりとそう告げた。採用担当だって聞いてたからガチガチの、こう、出来る女性って感じの人が来ると思いきや、どえらい美人だった。服こそスーツだが、髪色や耳元のピアスからは洒落た雰囲気が醸し出されており、堅苦しさはほとんどなかった。でも綺麗な人だからめちゃくちゃ緊張する。彼女いない歴イコール年齢の俺には眩し過ぎる。輻射熱で蒸発しそう。
「それにしても」
唐突に、彼女が喋り始める。
「良いお名前ですね、達人。タツジンと書いてタツヒトと読むなんて、かっこいい……」
「あ、よく言われます。でも似合ってないともよく言われます。俺、武道の心得全くないんで」
俺が産まれた当時、父親が太極拳で指導員やってて、そこから出された名前なんだよな。仰々しい名前にしやがって、と思う反面、どちゃくそかっこええ、っていう気持ちもあるから、まあ総合的には気に入ってますよ。すぐ名前覚えてもらえるしね。
そんな俺の小話を聞いて、彼女は再び、小さく笑った。
「あはは、そうなんだ。それは随分と、ややこしい立場だね」
(ひょえ、美人のタメ口火力たっか)
彼女の口調に不意を突かれ、思わず怯む俺。ここに何しに来たんだっけ、俺。なんか本来の目的とは外れた部分でダメージ受けている気がする。
「ああ、ごめんなさい」と、彼女が話を戻す。
「話が逸れちゃいましたね。本題の方に参りましょう」
ぱん、と手を合わせて、仕切り直す彼女。続けて彼女は告げる。
「単刀直入に。丹野さん、VTuberに興味ありませんか?」
「は、はぁ」
彼女の提案に、返事に詰まる俺。いやまあ、事前にメール等のやり取りで聞いてはいましたけど。それにしたって、突然の話だ。DM来てから一週間経つけど、未だに混乱してます。
彼女は再度、俺に問う。
「どうですか? やってみたくはありませんか?」
「……いや、ま、興味無いと言えば嘘になりますけど。でも、あると断言出来るわけでもないですよ。そもそも、なんで俺なんです?」
当然の疑問を、俺は彼女にぶつけた。そもそも、企業所属のVTuberってオーディションが基本なんじゃないのか? それをスカウト、しかもほぼ無名の素人である俺をって、にわかに信じがたい話である。
そんな俺の疑問に、彼女は視線を斜め下に向けて、淡々と答えた。
「私は脱却したいのです、現状から」
彼女は続ける。
「VTuber、本を正せばバーチャルYouTuberなわけですが。始まりはVR技術を表に出した、新しいコンテンツ像だったと思うんです。でも今は配信が主軸となり、基本は2Dで、配信内容もただ雑談するだけとか、ただゲームするだけとか、無難な形に落ち着いてしまった。所謂Vライバーという位置に定まってしまった」
目を瞑り、拳を握る七草さん。徐々に彼女の話はヒートアップしていく。
「私は、もっとこう、凄いのを見たいんですよ。誰も予想出来ないような、現代技術の真髄のようなものを……! でももう今はなんか定型化しちゃってて、上層部もそれでいいみたいな節になってて、それが私、気に食わなくて……!」
「え、えっと。あの……」
「そもそもVTuberはアイドルじゃありませんから! 何ですか今の風潮! 女性Vばっか持て囃されて! ガチ恋営業⁉︎ んなモン見たくなあああぁぁぁい! 私が見たいのは技術的にも優れた映像なんだあああぁぁぁ!」
(なんか、キャラ変わってないか⁉︎)
社会人、コワ〜。色々と鬱憤溜まってるんだなぁ、この人。俺も大学卒業したらこうなっちゃうのかな。ちょっと、それは困るなぁ。
しばらくしてハッと我に返った七草さんは、一旦咳払いをして、そしてすぐに話を戻した。
「失礼、取り乱しました……。でも、深刻に思っているのは本当です。実際、ウチの事務所は女性Vばかり話題になって、数少ない男性Vはほとんど鳴かず飛ばずな状況なんです。これではまずいと、色々と探りを入れていました」
ほーん、と彼女の言葉を聞いて、思い返す。確かにこの間公式サイトを覗いたとき、名前に聞き覚えがあったのは全員女性VTuberだった。なんならぶいすとりーむに男性Vがいたなんて初耳だ。詳しくは知らないが、世間的な印象では基本、ぶいすとりーむは女性VTuberが中心の、まさしくアイドル売りしているのが特徴的な事務所だったはずだ。メディア露出の仕方からして、その印象は大体合っている気がする。
ふむ、と唸る俺。
「そこで、俺に白羽の矢がたったと」
そういうわけですか、と彼女に問う。俺の言葉に、彼女は静かに頷いた。
「丹野さんの動画と配信、全て拝見しました。アイトラッキングを利用した障害物競走、現実の指の形から反映される影絵の立体化、そして最近のウイルスバスターゲーム……。どれも目新しく面白い試みで、私はすっかり惹かれてしまったのです」
え、ガチ? 全部見たの、俺のチャンネル。自分で言うのもあれだけど、物好きな人だな。改めて聞くとラインナップがキショい。ちょっと恥ずかしくなってきた。
熱った思考をなんとか冷静に戻し、なるほど、と俺は口を開く。
「何となく話、見えてきました。要は、貴方好みのコンテンツを発信しており、なおかつVTuberとして適性の高そうな人物。その条件を満たしているのが、俺だった……。だからXを通じて、声を掛けたってことですね?」
こくり、と再度頷く彼女。今や情報化社会。SNSを通じてのスカウトなんざ、不思議じゃない。昔と比べて検索エンジンの機能も向上しているし、探し方を工夫すれば俺のような無名な人間ですら発掘出来てしまう。考えようによっては末恐ろしいとも言える。
彼女は真剣な眼差しを俺に向けて、そして語りかける。
「……自分勝手なお誘いであるのは承知しています。でも、私、丹野さんのチャンネルに触れて、感動したんですっ! この人ならきっと、今のVTuber界に一石を投じることが出来ると……!」
「え、いや、そんな大層な……」
「私、今のこの現実に飢えてるんです!」
「……!」
現実に飢えている。確かに彼女はそう言った。それは、俺が常日頃から思っていることと似た感情だった。
「VTuberは可能性の塊なんです。もっと楽しい、もっと面白い、もっと新しいことが出来るはず。でも今じゃ挑戦する方は中々出てこない。そんなの、勿体無いじゃないですか!」
彼女の言葉に、俺はものの見事に引き込まれていた。強烈なシンパシーが、俺の感情を揺さぶる。
「私は、もっとVTuberというコンテンツを、盛り上げていきたいんです……」
彼女の声は、震えていた。初対面だと言うのに、ここまで感情を表に出してくるとは。この人はただの美人ではなかった。俺と同じ、飢えた人間だったのだ。
(いたのか、俺と同じような人が、こんなところに……)
俺は少しだけ、彼女に同情した。それと同時に、期待感にも溢れていた。俺にとって退屈だったインターネットが、再び輝きを取り戻すような、そんな期待に。
彼女はというと、おずおずと謝罪した。
「ごめんなさい、熱く語ってしまって……。お話は以上です。お誘いの返事については、今すぐでなくとも構いません。一旦持ち帰って検討してもらっても」
「やりたいです」
「構いません。ウチの事務所の詳細や支援内容なども追々……って。……え?」
「やりたいです。ここで、VTuber」
気付けば俺は、承諾していた。心打たれた、って言うと気恥ずかしいが、でも彼女の熱意に動かされたのは事実だ。彼女と一緒に活動してみたい。俺はそう思ってしまった。
俺の返事を耳にした彼女は、顔をぱあっと明るくさせて、そして大袈裟に喜んだ。
「ほ、本当ですか⁉︎ やったー! ありがとう、丹野さん!」
「おわおわおわ、おわ」
勢いそのまま、俺の手を両手とも握ってぶんぶんと振る彼女。距離近え。良い匂いする。髪サラッサラ。やべぇ、ドキドキする。俺って年上もときめけるんだ、新たな自分を発見した。
そんな風にオドオドする俺を他所に、七草さんは盛り上がり続ける。握っていた両手を優しく包み直しながら、彼女は俺の目を見る。
「これからよろしくね、丹野さんっ!」
とびっきりの笑顔で、彼女はそう言った。