VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
神宮寺誠とえくすとりーむメカのコラボ配信による効果は想像以上に大きかったようで、両名のチャンネル登録者数がそこそこ伸びた。その結果、えくすとりーむメカのチャンネル登録者数はとうとう大台の十万人を突破した。めでたい話である。
(うへー、実感無え。十万って何万だ……?)
あまりの数字に頭が困惑する。十万は十万だ、そうに決まっている。何を考えているんだ、俺は。
ネットで得た知識なため信憑性は低いが、噂によるとチャンネル登録者数が十万人を超えているチャンネルは全体の一パーセント未満らしい。上位の方々の活躍から見るにYouTubeは夢のある話だと思われがちだが、その実数字を伸ばすには根気とセンス、そして運が必要で、そんなに単純な世界ではないみたいだ。まあそれも稼ぐことに関しては大変というだけであって、楽しむ分にはあまり関係ない。俺がやることは今後も変わらないであろう。
という感じで、デビューから一月半。えくすとりーむメカは順調に人気ライバーへの道を辿っていた。
コラボ配信後、初回のミーティング。十月最初の顔合わせにて、俺は千葉さんと七草さんから祝われた。
「えくすとりーむメカ、登録者十万人突破、おめでとーう!」
「おめでとうございます、丹野さん」
「あはは……ありがとうございます」
大袈裟に祝われ、つい照れ臭くなる俺。それを見透かした七草さんが、さらに言葉を付け加えた。
「もっと誇っていいんですよ、素晴らしいことです。貴方の良さが少なくとも十万人に伝わったということですから。私は嬉しくて仕方ありません」
(もおおおぉぉぉ! この人は、マジで、マジでもうっ!)
彼女の言葉に身悶える。表面上は取り繕っているが、胸中は発狂しそうで堪らなかった。
不意に、千葉さんが口を開く。
「丹野くん、話は面白いし、企画センスも良いから、伸びるのも頷けるよー。この間のコラボ配信もメカのおかげで盛り上がったようなものだもん」
「いやいや、そんなそんな……」
「トークスキルやリアクションも評判良いですから、そういったお仕事を受けても良いかもしれませんね」
「あの、ちょっと、そろそろ……!」
「いやー、流石だよ丹野くんっ! 同期として鼻が高いよ!」
「ふふっ。私もスカウトした身として、こうして成長していく丹野さんを身近で見れてとても楽しいです。今後もこの調子でお願いしますね」
「ああああああっ! はい、ありがとうございます」
「きゅ、急に叫んだと思ったら急に落ち着いた……」
「丹野さんの感情がオーバーフローしてしまいました……」
情緒がおかしくなる。一周回って冷静になった俺は、素直に二人からの祝福を受け取ったのだった。
それはさておき、ミーティングである。今後の予定について確認し合う俺達。七草さんから語られた予定には、これまためでたい報告が含まれていた。
「十二月にぶいすとりーむ所属ライバー達による、ゲームの大型大会配信を行う予定です。その大会に出場してみないかというオファーが、お二人に届きました」
その報告を耳にするや否や、俺達は目を見合わせる。千葉さんは見る見るうちに顔を綻ばせていって、嬉しくて堪らないと言わんばかりに目を輝かせた。
収益化に次いで、大型企画への参加。事務所の恩恵を否応にも感じつつ、俺達はどんどん先へと進めている。広がり続ける活動の幅に、自然と期待感が高まる俺なのであった。
十月も半ばを迎えた、とある土曜日の夕方。俺は七草さんと共に、神奈川県横浜市に所在する大型多目的ホール、「ヨコハマ・シンアリーナ」へとやって来ていた。既に会場内に入っており、そのときが来るのを関係者席で今か今かと待ちわびている。暗闇の中、観客の騒めきと俺の鼓動の音だけがただただ共鳴していた。
隣の七草さんが、俺に尋ねる。
「丹野さん、ここへ来たことは?」
「無いです、初めて来ました。思っていた以上にデカいですね」
「はい、かなり大きい会場です。アリーナの設営パターンにもよりますが、今回のライブの形式ですと収容人数は一万人ほどでしょう」
「一万人……」
それだけの人が、今この場に集っている。そしてその全員が、その人物の登場を待ち望んでいるのである。
「千葉さんはどうしても予定が合わないとのことで、残念です。お二人に直にお見せしたかったのですが」
こればっかりは仕方ありませんね、と語る彼女。俺としても無念だ、千葉さん自身も悔やんでいることだろう。お土産にグッズくらいは買って行ってあげようと思う。
しばらくして開幕の時間となり、合図がなる。それを確認した七草さんが、静かに告げた。
「さあ、始まりますよ。ぶいすとりーむきっての歌姫によるライブが、今」
瞬間、正面のモニターにライトが集まる。そこには何者かのシルエットが、ぽつりと浮かんでいた。影の形からしてスカートを穿いた、ロングヘアーの少女であることが分かる。それが映るなり、会場に大きな歓声が響いた。
その少女は一言、マイクを通して呟く。
『Are you ready?』
彼女のそんな言葉の直後、曲のイントロが流れ始める。EDMを基調としたアップテンポな曲調、思わず心が跳ね上がるようなリズム。初っ端のその音だけで、俺は心を掴まれる。感情が揺さぶられる。
だが、それで終わらない。
『────────』
彼女の歌い出しと共に、スクリーンは赤、青、緑の輝きで満ちる。華麗な演出と、可愛らしくも力強い歌声。それらを同時に受け、俺はあまりの凄まじさに鳥肌が立つ。彼女の存在を知ってから半年しか経っていない俺ですらこれだ。ファンからすれば卒倒ものであろう。
ステージの中心で、歌い、踊るその少女。スクリーン演出と同じく赤青緑のアクセサリーを施した衣装に身を包み、身体を動かす度にふわりとその緑色の髪が揺れる。赤と青のオッドアイが特徴的なその顔は、3Dモデルで再現されたものとは思えないほどに眩しい表情であった。
彼女こそ、VTuber事務所ぶいすとりーむの看板ライバー。チャンネル登録者百万人越えの超人気VTuber、ぶいすとの歌姫こと「ベリル」である。
「如何でしたか、ライブは」
終演後の帰り道。七草さんは運転しながらも後ろの席に座る俺に向かって、そう問いかけた。ぼーっと外を眺めていた俺は視線をミラーに移しつつ、抱いたその感想を彼女に伝える。
「凄かったです。ライブなんて初めてでしたが、一気に呑まれちゃいました」
「そうですか。楽しんでいただけたようで、誘った甲斐がありましたね」
朗らかにそう告げる七草さん。未だ興奮が冷めやまぬ俺は、つい彼女に話し続けてしまう。
「正直、舐めていました。彼女、『ベリル』の歌やパフォーマンスはYouTubeで何度か見たことありましたけど……。上手いな、って思うくらいで、俺にとってはハマるほどではありませんでした」
だけど、と今日のライブでの心境の変化を語る。
「実際に歌い踊る彼女の姿を見て、痺れてしまった……。アレは凄い、動画越しよりも迫力があった。現実にベリルが存在しているかのような、そんな感覚が確かにあった。彼女のパフォーマンスは本物だった」
喉の奥から忌憚ない感想がつるつると出てくる。たったの数時間で俺は、すっかり彼女の虜と化していた。
そうでしたか、と七草さんが言う。
「魅せられてしまいましたね、宝石の歌姫に」
彼女のそんな言葉に、息を呑む。
ベリルとは、珪酸塩鉱物の総称。六角柱状の鉱物で、綺麗なものは加工されて宝石となる。アクアマリンやエメラルドなどが代表例である。ステージで輝く「ベリル」は、まさしく宝石の如き光であった。
「私はですね」
七草さんが語る。
「彼女と、ベリルと比肩してくれればと、貴方達に思っているのです」
静かにそう告げる彼女。ここで言う貴方達とは、俺と千葉さんのことを指すのだろう。
「ベリルはその圧倒的な歌唱力とパフォーマンスで、VTuber界を駆け上がりました。バーチャルアイドルと言えばまず真っ先に彼女の名前が挙がり、その存在は界隈の歴史に刻まれたと言っていい。彼女以前と以後で、VTuberの在り方は変わったと言ってもいいでしょう。彼女はバーチャルライバーとして、一つの完成形であると個人的には思います」
やけに饒舌な七草さん。ここまで口が回る彼女を見るのは、久しぶりな気がした。
「丹野さんと初めてお会いしたとき、私は『VTuberはアイドルではない』とぼやいていたと思います。今でもその考えは変わりませんが、ベリルの活躍を見ているとどうも無理矢理口を塞がれてしまうような、そんな感覚に陥ります」
悔しい話ですが、と彼女は言った。きっと彼女は、本気で悔しいと思っているのだろう。VTuberに対して強い感情を持っている七草さんにここまで言わせる実力。それがベリルの力なのである。
「そんな超人気ライバーと比肩して欲しいだなんて、貴方は凄いこと言いますね」
「出来ると思っていますよ、私は」
「出来るも何も、俺と彼女とじゃ方針が違うように思いますけど」
「方向まで同じであって欲しいとは言っていませんよ。スカラー量で並んでくれれば、ということです」
彼女の言い分に思わず口を紡ぐ。理系の人間には刺さる説明だ、実に分かりやすい。
俺は視線を再び外に向けて、小さく笑う。
「まったく、面白い話になってきたなぁ」
「念の為言っておきますが、これは私のエゴです。私は丹野さん達に、こうして欲しい、ああして欲しいと強制することは絶対にありません。ですから先程の比肩して欲しいというのは、要望ではなく期待の話だということをお忘れなく」
(もっと重くない?)
彼女の言葉に心の中でツッコむ。今の話の流れ的に、その期待感は相当なものだとお見受けする。千葉さんがこの場にいたらどう思うだろう。あの人のことだから、最初は驚きつつも燃えるに違いない。あの人、可愛らしく見えてめちゃくちゃ強いお人だからな。
彼女の言う「VTuberはアイドルではない」という話は、ベリルや他の特定の誰かに対する考え方ではなくて。彼女らが作ってしまった風潮を指して言っているのだろう。それを払拭するには、それと並ぶほどの衝撃を界隈に与えなければならない。単純な話だ。
「俺はやりたいようにやりますよ。元よりそういう話ですからね、その結果が振るわなかったとしても文句無しですからね!」
「勿論です。でも、私はどこまでもお付き合いしますから」
静かに、だけど確かにそう言った七草さん。彼女といると熱に浮かされる。一時的に心が満たされども、それは一瞬のうちに渇いていくようで。それでも干上がることはなく、俺の欲を刺激する。
この先、俺はどういう道を辿るのだろうか。分からないが故に、楽しみである。
「あ、以前説明した通り、ゲーム大会ではベリルさんと同じチームですからね。丹野さんなら大丈夫かと思いますけど、失礼のないようお願いします」
「ひえー」
目を背けていたその事実を改めて告げられて、俺は思わず小さく悲鳴を上げたのだった。
仕事忙し過ぎて毎日更新が厳しくなってきた。