VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
VTuberになることを承諾した、ちょうど一ヶ月後。俺は七草さんから呼び出しを受け、ぶいすとりーむ事務所の大元となる会社、「パーティクル・パーティ」の本社へとやってきた。ここに来るのは七草さんとのスカウト懇談以来だ。相変わらずのガラス張り、まさにオフィスビルって感じがして、学生の身としては若干慣れない場所である。
彼女の話によると、今日は契約書類等の最終確認、そして俺の同期となるメンバーとの顔合わせが目的とのことだった。話がとんとん拍子に進んでいる。なんかノリで受けてしまったが、ここまで来ると途端に緊張するな。
(同期ねぇ……。上手くやれるといいけど)
俺はその同期とやらに、少しだけ不安を抱えていた。なぜなら俺は、動機が少し変わっているからである。同期だけに。やかましいな。
企業所属のVTuberになるには俺のようにスカウトを受けるか、事務所が開催するオーディションに参加する必要があると認識している。ただスカウトにしてもオーディションにしても、受ける人間はVTuberになりたいという気持ちがそこにはあるはずである。しかし俺自身、VTuberになろうと思ったことが無い。なんならVTuberの配信を見たことがほとんどない。たまに、話題になった配信の切り抜き動画を覗いたり、VTuber関連のネット記事を読むぐらいで、あまりそのコンテンツに触れてきていないのだ。VTuberに興味があるからではなく、斬新で愉快なインターネットを世に広げたいから、というのが動機な人間が馴染めるかというと、微妙な気がしてならない。
(一応この一ヶ月間、事務所のライバーの配信とか動画とか見てたけど。話合わせられるだろうか)
まるで入学したての学生のような気持ち。不安に思ってもしょうがないと、俺は意を決してパーティクル・パーティ本社のビルへと足を踏み入れた。
入ってすぐ、受付用のタブレットに向かう。そのまま担当を呼び出し、要件を告げた。
「お世話になっております。丹野達人です、書類確認と打ち合わせとのことで参りました」
『はい、お待ちしておりました。今、伺いますね』
この声は七草さんだ、機械越しでも分かる。というか面談のときから思ったけど、良い声してるなこの人。おっとりしてて耳に優しい上、非常に聞き取りやすい。鈴を転がすような声ってのはこのことを言うんだろうな。
しばらくして、彼女がエントランスに迎えに来た。以前会ったときと同様、スーツ姿。相変わらずの美人っぷりだ、眩しいぜまったく。
「おはようございます、丹野さん。予定の十分前、助かりますっ」
「おはようございます。別に普通だと思いますけど」
「いやいや、配信者って生活リズムが不規則になりがちで、その結果遅刻する方が結構いらっしゃるんですよ……」
困った話でして、と苦笑いする彼女。確かに、出勤とか定時とかがないとなると時間にルーズになるのは当然の成り行きだろうな。俺は学校があるからまだ整っている方だろうが、今後は時間により一層気を使わなければならなそうである。
それでは、と七草さんが言う。
「事務所の方に行きましょうか。もう同期の方もいらしてますので、着いたらご紹介しますね」
彼女の言葉に俺は頷いて、後を着いていく。
エレベーターへと乗り込み、目的の階へと向かう。黙っていても気まずいだけなので、俺は彼女と雑談を交わしつつ過ごした。
「このビルって、他の企業も入ってるテナントビルなんですよね? VTuber関連企業はパーティクル・パーティだけなんですか?」
「えーっと、VTuber関連かどうかは微妙ですが、一応CG制作会社とそこのXRスタジオがワンフロアずつありますね。うちと業務提携している企業ですが、他企業、なんならぶいすとりーむ以外のVTuber事務所もお世話になってます。あと、確かゲーム制作会社も一件。その他の階は全く別の業種だったはずです」
「へぇ、CG制作会社とXRスタジオか……」
なるほどね、と俺は納得した。同じ建物内にスタジオがあるとは。だから定期的に高クオリティな3D配信が出来るわけだ。俺もそれを使えるようになるかもしれないと考えると、めちゃくちゃワクワクしてくる。もし3Dモデルで遊べるってなったら何しよっかな。とりあえず腕伸ばしてみてえよ俺は。現実でも腕が伸びたら良いのに。背中の届かないとこ掻けるし、エアコンの上すぐ掃除出来るし。
そんなくだらない思考を巡らす俺を他所に、彼女は話す。
「丹野さんも3Dモデルが実装されれば、もれなくそのスタジオを利用出来るようになるはずです。うちの事務所では基本ライブや記念配信、お披露目配信で使いますが、個人の企画等での利用も検討できますので、もし何か案があれば気軽にお声かけてくださいね」
はい、と元気よく返事をする。先ほどまでの不安はどこへやら、すっかり期待してしまう俺なのであった。
しばらくしてエレベーターは事務所のある階に到着し、そこで降りることとなった。七草さんの案内に従い、後ろをついていく。そのまま進んでいくと彼女はとある一室の前で止まり、こちらです、と入室を促した。案内されたそこは、会議室のようだった。
彼女が戸を開け、中の人に向けて告げる。
「千葉さん、戻りました」
七草さんの報告を受け、中にいたその方はすぐに椅子から立ち上がった。千葉と呼ばれたその人は入室した俺たちを確認すると、慌てて被っていたスポーツキャップを外し、挨拶する。
「は、初めまして!
「あ、自己紹介はみんな座ってからで良かったんだけど……」
「あ、あ、あ! すみません……!」
しゅんと悄気る千葉さん。元々小柄な身体がさらに小さく縮こまっていく。恥ずかしかったのか、長く伸ばしている前髪両脇部分の毛先が、体と連動するようにふるふると震えていた。他の部分は短めの髪型なので、なんだかそこだけ触角のように見える。髪色がカーキ色なのも相まって、俺は思わず地面に擬態するタコを思い浮かべてしまった。ごめん、千葉さん。変な想像してしまって。俺、小学校の通知表には想像力豊かって書かれてたからそれに免じて許して欲しい。
(この人が、俺の同期……)
不安に思っていた同期は、思っていたよりずっとおとなしい存在だった。顔も姿も声も、どれも中性的で、なんというか、別の意味でやりにくそうであった。
「さ、これで全員揃いましたし。早速話を進めちゃいましょう! 丹野さんも千葉さんも、どうぞお掛けください」
七草さんに促されるまま、俺と千葉さんの二人は席に座った。これからVTuberとしてデビューするにあたっての、最初のミーティングが始まる。少しの緊張感と確かな期待感を抱えて、俺は打ち合わせに臨んだ。