VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
新衣装(新モード)お披露目からしばらく経ち、気付けば暦は三月へと突入した。早いものである。長かった大学生活もあと一年で終わり(院進は今のところ考えていない)だし、光陰矢の如しとはよく言ったものだ。
さて、本日は三月最初のミーティング。話の中心は俺と千葉さんそれぞれの、案件配信についてとなった。今月中旬を予定としているその案件放送の企画内容の共有。案件元の要望の確認や、配信における企画の立案などにおいて、七草さんや千葉さんから客観的な意見を得られたことで実に有意義な時間となった。準備万端、あとはその日を待つだけである。
打ち合わせが終わるや否や、三人揃って事務所を後にする。向かうは階下のXRスタジオ。今日から本格的に、3Dモデルお披露目配信に向けた稽古が始まる。興奮もひとしお、階は下がっているのに気分は上るばかり。
エレベーターで移動中、七草さんから改めて説明を受ける。内容は今日の目的についてであった。
「本日は初回ということで、施設の簡易的な説明と、3D配信における基本情報について確認を行おうと思います。CG会社のスタッフさん方もいらっしゃいますので、着いたらまず挨拶からお願いします」
「はいっ、承知しましたっ!」
「分かりました」
「それと、特別講師の方も呼んでいますので。モーションアクターとしてかなりの経歴を持っている方です。心構えや注意点などの話をしてくれるそうなので、しっかり聞いて糧にしてくれれば、と思います」
「おお、特別講師……!」
七草さんのそんな報告に、千葉さんが目を輝かせて反応を返した。ふむ、特別講師とな。なんとなく凄そうな響きである。一体どんな人が来るのだろうか。楽しみに思った、その矢先。
「本日講師を務めさせていただく、鈴木佳澄です! よろしく、お二人とも!」
その正体は普通に顔見知りの、ぶいすとの看板VTuber「ベリル」の中の人、鈴木佳澄さんであった。確かに経歴を見れば物凄い方だし、何も嘘はない。でもなんか出し抜かれた感じがして釈然としなかった。予想出来なかった自分が悔しい。
「講師って、ベリル様だったのか……! びっくりだ……!」
「ふふふっ。お手本のようなリアクションありがとう、千葉くん! では、丹野くんの反応はいかが⁉︎」
「よろしくお願いします、鈴木さん」
「んー、ドライだ! 弩級のライで弩ライだね!」
(何言ってんだこの人)
彼女の物言いに困惑する俺。鈴木さん、普段はこんな感じなんだな。配信やライブではあんなに可愛くてかっこいいのに。着てる服が「半袖」って書かれた長袖だったり、なんかめちゃくちゃである。どういうセンスだ……?
何はともあれ、説明が始まる。
「さて、ここの施設についてですが。CG制作会社である『アクティブ・ルチル』管轄の、XRスタジオとなります。ぶいすとの3D配信のほとんどがここで行われていますね」
「ぶいすとのスタジオじゃないから、使うためには事前申請が必要だからね。その点に注意だよ」
へえ、と相槌を打つ千葉さん。その辺の話は俺は既に把握しているので、特に引っ掛かる点はなかった。
七草さんがスタジオに手を向けて、引き続き語る。
「見ての通り、壁三面と床がグリーンバックとなったステージです。テクスチャ張り替えや透過といった、所謂クロマキー合成の際によく使われる技術なので、馴染みのあるものかと思います」
「確かに。ボクもよく使うもん、背景透過」
「実際の3D配信時も同様に、グリーンバックを背景素材やステージセットへ変換させて放送します。素材やセットについては追々決めていく予定ですね」
「ふむふむ、なるほどなぁ」
説明を受け、ぐるっとスタジオ内を見渡す。実際に利用するであろうグリーンバックステージと、機材が置かれるスペースとが隣接している。配信環境としても快適そうで、さすがXRスタジオに分類されるだけあるな、と思った。
「VTuberの配信の他にもテレビの収録や企業の広告、ゲームや映画のシーン撮影なんかでも利用されるから、設備に関しては信頼出来るよ。ほんと、なんでも出来ちゃうから、ここ」
「ベリルさんのライブでもよく使わせてもらってますもんね」
「うん! ほーんと、助かってる!」
両手を腰に当て、堂々と告げる鈴木さん。彼女の全身から感謝が伝わってくる。それだけこの設備が優れているということだろう。確かに、見ているだけで高揚してくる。ここは間違いなく、凄い場所だ。
ある程度スタジオを観察し切った俺は、二人に向けて質問をする。
「これって見た感じ、手法は光学式になるんですかね?」
「……コウガク、シキ?」
隣の千葉さんが片言で復唱した。キョトンとしたトーンで言ったので、可愛らしさが強調される。ちょっと小首を傾げているのもズルい。俺をこれ以上狂わせないでほしい。
そんな千葉さんにも分かるようにと、七草さんが詳しい解説を挟む。
「動きをデジタルデータに変換する技術のことをモーションキャプチャと言いまして、それの手法の一つが光学式と呼ばれるものになります。簡単に言えば、特殊な光を発するカメラとそれを反射するマーカーを用いてトラッキングするシステムになりますね」
「ほえー……。モーション、キャプチャ……」
「普段の配信で使っているものと比べて、より精密に動きを反映させられるよ。VTuberの3D配信は大抵光学式モーションキャプチャだから、それを思い出してくれれば一番イメージしやすいと思う」
「ふむふむ。なんとなく分かりましたっ!」
二人の説明に納得の返事を返す千葉さん。説明からするに、俺の予想は当たっているように思えた。
しかし。
「ただ、最近は一味違うんだ。丹野くんの考えは半分正解って感じ。手法は確かに光学式も用いるけど、それだけじゃないの」
鈴木さんがそう言った。続けて、彼女は詳細を告げる。
「体の動きは光学式、マーカーの付いたキャプチャースーツを着てトラックする。それに加えて、指に関してはセンサーを用いる慣性式、表情に関してはマーカーの要らない画像式を採用してる。色んな手法を併用して配信するの」
「あぁ、そっか。絶対位置の要否次第でそれぞれ導入すれば、同時に精度の高い再現が可能なのか……。うへー、目から鱗だ……」
「カンセイシキ……? ガゾウシキ……? ゼッタイイチ……⁉︎ うあああ、ムズカシイ! また分かんなくなってきちゃった!」
「この人、一挙一動が可愛過ぎない?」
「今頃気付いたんすか」
あまりの情報量に困惑し、頭を抱えて悶える千葉さんを見て、ついそんな感想を漏らした鈴木さん。この人の愛らしさは老若男女問わず通じるらしい。最強だな、俺の同期は。
それでは、と七草さんが仕切り直す。
「良い具合に説明も出来ましたし、3D配信の基本情報並びにスタジオについてはこの辺で。詳しい解説は後々、実際に演習する際にその都度話していきましょう。ここからは演者であるお二人に対し、注意点や留意点を。それでは、佳澄さん」
お願いします、と彼女は鈴木さんに促した。とうとう、鈴木さんの講義が始まる。
「お願いされました! さて、お二人とも。まずは改めて、3Dモデル実装おめでとう! 事務所の先輩として鼻が高いです! とても嬉しい!」
「ありがとうございますっ!」
「ありがとうございます」
「ふふっ。では、先輩としてアドバイスを! 3Dモデルが実装されると、活動の幅がグンと広がります! 歌やダンスを披露するライブが出来たり、身体を張った企画なんかも出来る。でもその分、普段の配信とは勝手が異なるの。今日はそれについて、お教えするね!」
まずは、と彼女は俺達に告げる。
「VTuberの3D配信時に一番必要な力について。結論から言うね。我々VTuberに最も必要なものは、想像力。もうね、これに尽きます」
真面目な声音で彼女はそう言った。かなり抽象的な言葉だが、その単語はクリエイターにとって、特別大きな意味を持つ。俺も千葉さんもそれを理解しているから、異議を唱えることなく真剣に彼女の話に耳を傾けた。
「さっきの話にもちょこっと出てきたけど、3D配信ではキャプチャースーツを着て、背景や舞台をコンピューター上で合成して行います。それはつまり、現実での光景と配信画面とで、差異が生じることになる」
実際に見た方が早いね、と彼女はステージ手前のパソコンまで向かって、モニターにとある映像を映した。
「はい、これを見てくれるかな」
彼女に促されるまま、俺と千葉さんは画面を覗き込んだ。それを見るや否や、俺は反応する。
「これは、ベリルのライブ映像と、鈴木さんの実写映像……?」
「そ、周年記念ライブのヤツ」
画面に映っていたのは、二つの映像。片方は豪華絢爛なステージの上で煌びやかに踊り舞うベリルの姿。もう片方には殺風景なグリーンバックの上で踊る、黒い特殊な衣服に身を包まれた鈴木さんの姿。同時に見るとなんだか対照的で、感覚がチグハグになる。これこそが、3D配信時における最大の障壁なのだろう。
「視聴者が見ている景色はとても綺麗で、輝いていて……。見ていて楽しい映像が殆どだと思う。けど実際はこんな風に、収録現場はかなーり地味なの」
「はー、こんな風にやってるんだぁ……」
「なんというか、思考がバグりますね」
「このギャップに困惑する方は少なくありません。配信と、現実世界との乖離。VTuberとして、受け入れなければならない難点ですね」
「ふーむ……。確かに、これは……」
「思っていたより、難しいのかも……」
二人して、難色を示す。なんとなくは分かっていた話だが、想像以上の現実であった。
「無いものを有るように扱う力、そして有るものを無いように扱う力。想像力を働かせて、配信に上手く反映出来るように動かなきゃいけない。私達は視聴者に、違和感を生じさせてはいけない。だって我々は、仮想世界の住人だからね」
現実を忘れさせなきゃ、と鈴木さんが語る。長らくVTuberの最前線を張って来たベリル様からのお言葉だ。強い説得力を感じる。
(なるほど、想像力か……)
心の中で、彼女の言葉を振り返る俺。現実にあるカメラやスーツを感じさせないように、なおかつ配信画面の舞台設定を遵守して動く。その光景を思い描くだけで、難しそうだという感覚が顔を出す。だけど同時に、楽しそうだという感覚も湧き上がってくる。やはりこういう状況は、面白くてたまらない。
「今後は実際に3Dモデルを用いたシミュレーションを、幾度か繰り返していくつもりです。こういうのはやった方が早いですから」
七草さんがそんな風に通達する。それもそうだ、と頷く俺達。何はともあれ、やってみることが大事だろう。トライアンドエラーだ、これに勝る経路はない。
「応援してるよ、二人とも! 3Dモデルのお披露目、楽しみにしてるからね!」
大先輩からの期待の目。暖かい言葉を受け、意識が高まっていくのを感じる。先導者から助言を頂けるのは企業勢の強みだ、存分に頼らせていただこう。
標は先人達が残してくれた。あとは、俺がどんな道にしていくかだ。えくすとりーむメカにとって、一生に一度の大切な配信。しっかり考え、鍛錬を積み、やりたいことをやり切る。まだまだ先は長いのに、それでも気分が高揚する。
(あー、もう……! ワクワクが止まらねえ……!)
きっとこの気持ちは、本番まで冷めやまないんだろうな。来年度に卒研控えているけど、こんな状態でまともに出来るのだろうか。俺は訝しんだ。
本当は確定申告の描写も入れたかったが断念した。
最近VRChatが盛り上がっていて嬉しい。ちなみに主人公はVRChatに触れた経験がありますが、案の定画面酔いで諦めたって感じの設定です。クソ雑魚三半規管設定は元々ここの辻褄を合わせるためのものでした。