VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
「私、実は昔、YouTuberだったんですよ」
四月最初の日。3D配信に向けた打ち合わせということでパーティクル・パーティ本社へとやってきた俺であったが、移動中のエレベーター内で七草さんからそんな言葉を受けて、たまらず唖然としてしまった。だらしなく開いた半口が、なかなか閉められなくて困る。
「あんぐり」
「実際に発するものではないですよ、それは。どちらかと言うと観測する側がその様を形容する際に用いる言葉です」
「ということは、あいむあんぐりって感じか」
「え、怒ってたんですか?」
「いえ。全然、そんなことはないです」
つい誤魔化すようにギャグを挟んでしまった。春先だというのに寒い空気になる。反省する俺。
なんというか、驚きであった。内容に驚いたというわけではなく、七草さんのその行動自体が予想外だった。不意打ちとは、実に卑怯な。誉は浜で死んだのだろうか。お侍様の戦い方じゃない。神宮寺殿が聞いたら怒るであろう。
『別に七草さんはお侍様じゃないでしょ』
イマジナリー神宮寺が正論ぶつけてきたんだけど。あの人、この場にいなくてもツッコミ出来るんだ。すげ〜。
「七草さんって意外とお茶目ですよね」
「ふふっ、よく言われます」
(よく言われるんだ……)
納得しかいかない情報に思わず息を呑む。お茶目な美人がマネージャーとか、ぶいすとりーむの層は厚い。
チン、とエレベーターが到着の合図を鳴らし、揃って降りる俺達二人。すれ違う社員さんらと挨拶を交わしつつ、その合間に七草さんと語らう。
「エイプリルフールに乗っかるとか、少しびっくりしました。しかも吐く嘘が微妙にあり得そうなラインなのが余計に」
「四月一日に予定が重なったものですから、つい。ふふふっ、丹野さんを驚かせたのなら、今年の嘘は成功だったかな」
(ヒョッ)
久方ぶりのタメ口に意表を突かれる。効果は抜群だ。もう一発は耐えられないであろう。七草さんのタメ口は、俺を確定二発で仕留める。結局規制はされなかったのか。まさか許されるとは……。運営による忖度を感じる。何の運営だよ。
「さて」
七草さんが話を切り出す。
「本日は3Dモデラーの方との打ち合わせとなります。メカさんの設定や3Dモデルの基本情報を照らし合わせつつ、仕様や配信に向けた企画確認を行う感じですね」
「もう話がこんなところまで……。よよよ、メカ、感動。略してメ感動」
「久しぶりに聞きました、それ」
「俺も久しぶりに言いました」
恐らく初配信以降使っていない。まったくもってハマらなかったし、流行りもしなかった。逆流行語大賞である。責任持って俺が供養します。南無。
そんなこんなで、今日も今日とてお仕事である。年度が変わっても、やることはあまり変わらないらしい。至って順調、通常通りの俺であった。
応接室にて。俺達は件の3Dモデラーさんと対面していた。
軽く自己紹介を済ませた後、改めて七草さんが挨拶する。
「本日はお忙しい中、ご足労いただきありがとうございます」
「いやいや、大して忙しい身ではないですよ。いつでも気軽にお声掛けくださいな」
彼女の言葉に、目の前の男性は朗らかにそう返した。なんというか、声色に余裕を感じる。見るに俺とは二回りほど歳が離れていそうだが、それにしたって格好いい。渋い、これがイケおじってやつか。歳をとるならこんな風にとりたい。そう思うようなお人だった。
それでは、と彼が言う。
「私からもご挨拶を。3Dモデリングを生業としています、岡崎努と申します。この度はえくすとりーむメカさんのモデルを担当させていただきました。今後とも、よろしくお願いします」
そんな言葉と共に握手を求められ、それに応える。所作の一つ一つに優雅さがあって、初対面ながら既に尊敬しつつある。うお、かっこいい……。これがダンディズムか……。
そんな岡崎さんの気品に圧倒されながらも、俺は言葉を返す。心なしか、声が上擦った。
「こちらこそ、よ、よろしくお願いします!」
「ははっ、お元気ですね。若さを感じます。さすが、現役大学生」
「いえ! はい!」
「ふふ。どっちですか、丹野さん」
動揺してついしてしまった変な返事を七草さんに指摘され、少し恥ずかしさを覚える。ンンッ、と誤魔化すように喉を整えたが、その様子を見た岡崎さんが顔を綻ばせていて、それが余計に俺を恥ずかしくさせた。くそ、かっこ悪いところを見せてしまった。悔しい。
「それにしても」
彼が不意に、口を開く。
「七草くんと会うのは随分久しぶりな気がするねぇ。お元気そうで何よりだ」
微笑ましげな目を七草さんへと向け、優しくそう告げる岡崎さん。その目からはなんだか、子供に向けるような温かさを感じる。釣られるように、俺も視線を彼女の方へと向けた。
「その節はありがとうございました。おかげさまで、楽しく過ごさせていただいてますよ」
「そうか。それは、良かった」
ふふふ、と二人が揃って微笑む。そんな光景を間近で見ていた俺は、つい七草さんに尋ねたのだった。
「お知り合いだったんですか?」
「ええ。昔、仕事でお世話になりまして」
「懐かしいですね。あの頃の君は結構、その、尖ってましたから」
「岡崎先生」
しー、と人差し指を口に当て、目配せする七草さん。やばい、とんでもないものを見てしまった。艶っぽいとかそういう次元じゃない。場合によっては死人が出る。俺がメカで良かった、生死の概念が無くて助かった。なんとか致命傷で済んだかも。試しにもう一度、彼女の様子を窺う。ダメだ、直視出来んかったわ。目がやられた。これって労災降りんのかな。
「それでは、そろそろ本題に行きましょうか」
逸れた話題を戻そうと、岡崎さんがそう告げた。心のメモリーに先程の七草さんの姿を保存しつつ、緩んだ意識を引き締め直し、話へと臨む。
「まずは3Dモデルの確認からですね。データは既にお渡ししていますから、大体は把握されているかと思います」
「はい。ではこちら、画面に映しておりますので」
「ありがとう、七草くん」
モニターに映し出された画面に注目しつつ、俺たちは話を進める。最初の話題は、モデルのビジュアルについてとなった。
「外形はこちらですね。レットさんから頂いたデザイン画を元に制作しましたが、立体にするにあたり細部に微妙に違いがあります」
「確かに……。特に、関節部分が印象的ですね。メカさんの2Dモデルの関節はパーツの繋ぎ合わせのようなものでしたが……」
「球体関節になってますもんね」
まじまじとモデルを観察しながら、そんな風に情報を交わす。前腕と上腕の間、人間で言う肘の部分を例に見てみれば、そこには人には無い膨らみがある。球体だ。関節の部分に、球体が挟み込まれている。これは人形の可動構造の一つ。先ほど述べた通りの、球体関節というヤツである。
「3Dモデルの関節設計としては割とありふれたものですよ。有名どころはみんな人ですから、目立たないだけです。モデルの外側剥いだらみんなこんなもんです」
「まあ標準搭載されているデッサン人形とかもそんな感じですしね」
「近年は美少女ばっかり注文来るので、メカさんの依頼は逆に新鮮でした。あ、ボーン隠さなくてもいいんだ、と」
「ハハハ」
岡崎さんの裏事情を耳にして、つい笑ってしまう。確かに、仮想世界は美少女で溢れている。
「突然ですが、ここでクイズです」
岡崎さんが唐突に告げた。あまりの突拍子の無さに驚きつつも、俺は彼の言葉に耳を傾ける。
「えくすとりーむメカさんには無くて、他のVTuberの方には有るもの。それは一体、何でしょうか」
「メカには無くて、他の人には有るもの……?」
発せられた問題文を復唱する。クイズの問題文というよりなぞなぞの例文のような気がするが、それより気になったのは、その言い回しである。聞き馴染みのある文に思えて、少し違う。
「メカには有って他には無いもの、じゃなくて?」
「はい。メカさんには無くて、他の方には有るもの、ですよ」
哲学か? こちとら情報理工学部なのですが。それは理系の人間でも答えられるものでしょうか。そもそも「有る」の定義ってどこからなのだろう。イチかゼロかでいいのだろうか。
うーむ、と知恵を絞り、心当たりを探る。論理クイズめいたものは苦手意識があるので、考えれば考えるほど分からなくなってくる。頭の中が再帰的な思考法になってきたあたりで、見兼ねた七草さんが俺の代わりに答えた。
「服と髪、でしょうか」
(────ッ!)
瞬間、俺の体に電流が走ったような感覚が広がる。すかさず岡崎さんの方を見てみれば、見事と言わんばかりに笑みを浮かべていた。
「はい、その通りです。メカさんには『衣服』と『髪の毛』がありません。これはモデルを制作する上で大きなポイントとなりました」
「くっ、あっ、うわっ! 自分で、思い付きたかった……!」
「ふふふ。まだまだですね、丹野さん」
七草さんが勝ち誇ったかのように余裕の表情を見せる。なんか、してやられた感。七草さん、メカに対する解像度がやけに高いんだよな。俺が覚えてない設定とかもちゃんと把握してそう。ほんと、よく見てるよなぁ。
「くあー、なるほどなー。服や髪がないということは、制作コストが低く済むということ……。改めて言われると、確かにこれはデカいかも」
「実際、メカさんのモデル制作は非常に円滑に進みました。ほぼ直方体と球でしたから」
岡崎さんのそんな言葉を元に、頭の中で制作過程を想像する。直方体があって、球体を挟んで、また直方体を用意して……。なんというか、空間図形の問題みたいな過程だ。受験勉強でこんな感じの積分を解いた気がする。ということは、メカの体積も定積分で求められる……? 額のVマークって、ボリューム、体積ってことだったのか……⁉︎ 衝撃の伏線回収である。今日は新たな知見が沢山得られますわね。
さらに言えば、と岡崎さんが付け加えた。
「衣装や髪の毛がありますと、慣性・接地を考慮した処理を挟む必要が出てきます。そこが甘いと視覚的な違和感が生じてしまうので、それを必要としないメカさんは3Dに適したキャラクターと言えそうですね」
ふむふむ、と頷く俺。衣服や髪の毛の演算は結構厄介なものと聞く。パッシブ設定やらアクティブ設定やらコライダやら……。俺も初めて3Dモデリングソフトを触ったときは苦労させられた。そんな演算処理を導入しようとなれば、手間になることは間違いない。確かに、これはメカである利点と言える。
「それだけではありません」
まだあるのかよ。岡崎さん、どんだけ畳み掛けるんだ。
「衣装や毛髪が無いということは、ご希望の企画に際しても都合が良いです。ギミックを妨げるものが無いということですから」
それを聞いて、俺は深く頷いた。彼の言うギミックとは、もちろんアレのことであろう。
「ロケットパンチ、ですね」
「ええ。パンチを飛ばすには、分離可能な外形であることが条件になりますから」
真面目な顔で岡崎さんはそう語った。かっこいい男性の口から「パンチを飛ばす」とかいう妙ちくりんなワードが出てきたことはさておき、確かに彼の言う通り、ロケットパンチを実現するには腕が外せる状態にないといけない。そこまで考慮した3Dモデルとなっているわけである。
「システム環境の整備、モーションの制作は既に完了していて、アクターによる予行も実践済みです。いつでもロケットパンチを撃てる状態にありますよ」
「うへー、至れり尽くせりだ……」
「あとは練習あるのみでしょう。えくすとりーむメカさんの腕の見せ所ですね、パンチだけに」
「ふはっ」
つい笑ってしまった。まさか冗談までいける口とは。ダメだ、この人強過ぎる。俺、将来こんな小粋なロマンスグレーになれる気がしないよ。
「道具と舞台はこちらで整えさせていただきました。あとは配信するだけです。既に配信当日を心待ちにしている私がここにいますね」
「そ、それはそれは……。非常に嬉しいと言いますか、何と言いますか……」
「ふふふ。期待していますよ、メカさん」
(ハッ、ハッ、ハァッ、ハァッ……!)
岡崎さんの期待の言葉を耳にした途端、心の中の息が荒くなった。過呼吸って肺を使わなくてもなるんだ、知らなかった。なんか凄く緊張してきた。気付薬が必要かもしれない、帰りに薬局行くか。地味に結構高いんだよな。
何はともあれ、岡崎さんの言う通り、舞台は整っている。あとは俺の技量次第。時間は充分にある。ロケットパンチを成功させるためにも、しっかり腕を磨いていこうではないか。
そう、パンチだけにな!
明けましておめでとうございます(大遅刻)
鬼は外(小遅刻)