VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
メン限配信から二週間ほど経ち、気付けばすっかり木々は緑に染まり、気温も暖かいフェーズから暑い段階へと移行し始めていた。どんよりとした本日の天気に梅雨の到来を感じながら、俺と千葉さんはパーティクル・パーティの本社ビルで時間を潰していた。
「グエー」
時間を潰していたというより、俺が潰れていたと言った方が正しいかもしれない。
ソファにもたれかかる形でくたびれる俺に、千葉さんが心配の声をかける。
「丹野くん、大丈夫そう?」
「ダメそうだから頭ヨシヨシしてくれ」
「冗談も言えるくらいしっかり受け答えは出来ているから、大事ではなさそうだね」
「くそっ、軽くいなされちまった……」
ううっ、と悔しさと若干の嘔気を混ぜた声を漏らす。誤魔化すためにペットボトルの水を少しだけ飲み、今度は「ふう」とため息をついた。
「あー、キツかった。VR機器を使うの結構久しぶりだったから不安だったけど、ちゃんとしっかり酔った……」
「本当に酷いんだね、画面酔い。VRでもなっちゃうんだ」
「うん。しかもまだ控えているからね、コレ。次回の収録も潰れることが確定している」
「それは、もう、なんというか。ご愁傷様……」
可哀想とでも言いたげな顔で、千葉さんはそんな風に告げる。俺はというと再度ため息を吐いて、企画に対する所感を語るのだった。
「自分で言い出したことだけど、収録がここまでしんどいとは……。VRに関してもリアルタイムレンダリングで出来れば楽だったのに。3D酔いしやすいこの体質が本当に悔やまれる……」
ガックリと肩を落とす俺。協議の結果、やむなしで事前収録となったVR企画の収録であったが、どう足掻いても多難なのが辛いところであった。
俺のそんなぼやきに対して、千葉さんが確認するように言う。
「えーっと、リアルタイムレンダリングってのは……。生の動きをそのままそっくりトレースする方法のことだっけ」
「そうそう、そのまんまの意味」
「で、事前に用意した動きを再現する形で行うのが……」
「プリレンダリング。プリレンダーとも言う」
「グッバイ♪」
「それはプリテンダー」
真面目に応答していたのに、急に千葉さんがボケを突っ込んでくるから反応せざるを得なかった。この人、本当に色々と染まってきたな。ツッコミ役に収まらなくなってきたぞ。
物の動きを計算、トレースし、それに対応するようにCGで再現することを俗に「レンダリング」と言う。VTuberにとって切っても切れないこの技術は先程の会話にもあった通り、リアルタイムで行うか事前に収録するかの択となる。どちらを利用するかは配信内容に依るところが大きいが、予定されている神宮寺誠の3D配信はすべてリアルタイムレンダリングで行い、それに対してえくすとりーむメカの配信は両方の手法を採用することとなっている。
「ボクは全体通して生配信にするつもりだけど、メカは要所要所で収録したものを挟むんだね」
「まあ、やりたいことやろうとすると全部を全部リアルタイムでするのは難しいからなぁ。でも逆に言えば、二通りの手法を駆使すればなんでも出来るということでもある」
ケースによって表現技法を選択・変更出来るのはVTuberならではメリットであろう。仮想空間での演出表現は、幅が広く奥が深い。光や音といったエフェクトは尚のこと、奥行きや画角、舞台といった空間までもが俺たちを味方する。理論上、出来ることに限りはない。
「楽しみだね、3D配信!」
千葉さんが明るく言う。
「もう今からワクワクが止まらないよ! 早く来月にならないかなぁ」
「ふふっ、そうだな」
まるでいつもの俺のようなことを言うので、つい小さく笑いながら俺は千葉さんに同意した。緊張や不安ももちろん感じているだろうが、それ以上に期待感が高まっているのが見ていてわかる。初配信のときは緊張を見せていたというのに、今ではもうこんな感じである。流石、ショタは成長が早い。しばらく見ないうちにすぐに大人になってしまうんだから。千葉さんは俺より大人だけど。
先日、とうとう俺達の3Dモデルお披露目配信の予定が公表された。ぶいすと界隈のみならず、VTuber界全体がその話題で持ちきりと言ってもいいほどの反響で、些かこそばゆい。世間のそんな期待の中、俺たちは着々と自分の目的のために動いている。
晴れ舞台はすぐそこまで迫って来ている。リハーサルの調子は重畳、準備も順調に進んでいる。このまま勢いに乗って、梅雨の雨空だろうが、なんなら台風だって吹き飛ばせるような、そんな配信になったら良いなと思う。あともう一踏ん張りだ、画面酔いで潰れようがそんなことで懲りる俺ではない。やりたいこと全部やってやるんだ、そのつもりでVTuberになる話を受けたんだもの。この業界に身を置く者としては、欲張ってこそであろう。
この夏で、俺達は文字通り一皮剥ける。それを機に可能性が広がるような、世界が拡がるような。そんな確かな予感が、頭を過った。
3章、完