VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
神宮寺誠の3D配信について(1)
暦は七月、七夕を目前に控えた初旬。とうとうこの日がやって来た。神宮寺誠の3Dモデルお披露目配信実施日当日である。
配信自体は夜の七時から始まるが、それまでに準備や打ち合わせ、軽いリハ等もあるため昼頃には現場に集まることになっている。今回の配信ではえくすとりーむメカはゲスト兼MC兼ガヤとして参加する予定となっているため、俺ももれなくスタジオに足を運ぶこととなった。
本社に到着してすぐに、七草さんが出迎える。
「おはようございます、丹野さん」
「七草さん。おはようございます。ふぃー、間に合って良かった。時間、大丈夫ですよね?」
「ええ、問題ありません。大学の方、無事に抜けられて良かったですね。四年生で忙しい中、申し訳なく思います」
「いやいや、もうやること卒研と英語しかないんで全然問題ないです。SAも代打頼んでおきましたし。おかげさまで就活の心配も要りませんし、うちの研究室自体割と緩めなので融通効きますから」
大丈夫です、と彼女に伝える。今の言葉に嘘はなく、実際余裕を持って学業と配信活動を両立出来ている。一番大きく影響しているのは、やはり就活を必要としないことだろう。VTuberという肩書きがあるおかげで、気兼ねなく専念出来ているのは強く感じる。
七草さんも察してか、「杞憂でしたかね」と小さく笑いながら語っていた。
「ちなみになんですが、研究の方はどんなことを?」
「え、それ聞いちゃいます……? 発表会来てくれればわかると思いますけど」
「ふふふっ、私は部外者ですよ。参加出来ませんから。是非とも直接、お聞きしたいです」
「七草さん、話わかる人だから『素人質問で恐縮ですが』しそうで怖いんですよね」
「するつもりでした」
「じゃあ話さないっす」
恐ろしいことを可愛い顔で言うので即お断りを入れる。「冗談ですよ」と笑っているが、多分この人はガチで言ってくる。俺には分かるよ、もう長い付き合いだし。オイラーの多面体定理をツッコんできた人だし。
道すがら近況を報告しながら、控え室へと向かう。千葉さんは既に到着して、今はお昼休憩中らしい。流石に当人は早々に来て準備する必要があったみたいだ。
「千葉さん、先ほどお昼ご飯を食べ終わったところだったので、ちょうど暇していると思います。話し相手になってあげて、少しでも緊張を和らげてくだされば」
「あの人なら大丈夫だと思うけど……。まあ色々始まる前に話しといたほうがいいですし、お任せあれって感じで」
「はい、よろしくお願いします。あ、控え室はこちらですね」
七草さんに案内され、部屋を確認する。扉には「神宮寺誠様」と「えくすとりーむメカ様」と書かれた一枚の張り紙があり、まるで芸能人かのような扱いをされている感覚になる。そんなことに少し感動しながらも、俺はノックをした。
中から応答が来る。千葉さんの声だ。
「はーい」
「おはようございます、丹野です。入っても大丈夫ですか? 七草さんも一緒です」
「えと、うん。大丈夫!」
「では、失礼します」
了承を受けたことで、俺は扉を開けた。部屋の中には勿論千葉さんが居たわけだが、俺はその姿を見て少し驚く。理由は、千葉さんの行動にあった。
「あれ、千葉さん……。お弁当食べてる。さっき食べ終わったところって七草さん言ってませんでした?」
「言いましたね」
七草さんに確認をとる間も、もぐもぐと咀嚼を続ける千葉さん。口の中のものを一旦飲み込んでから、堂々とした顔で言う。
「一個で足りる僕とお思いで?」
「……こりゃいつも通りですわ」
「ふふっ、心配要りませんでしたね」
大舞台の直前だと言うのに平常運転な千葉さんを見て、俺と七草さんは目を合わせて微笑んだのだった。
楽屋で千葉さんと雑談を交わし、しばらくしてのこと。ところ変わって、階下のXRスタジオ。もう間も無くまで迫った配信の準備のため、俺と七草さんはスタジオへとやって来ていたのだった。
眼前に広がる光景を目に、俺は思わず感嘆の声を漏らす。
「はえー、人と機材でいっぱいだ……。何度見ても壮観」
「ぶいすとの3Dチームやアクティブ・ルチルの担当者、システム環境を担当していただいたゲーム会社の方々を含め、配信関係の方たちだけでも四十名ほどいらっしゃいますからね」
「それは凄いな、普段の配信とは規模が段違いだ……。というか、なんか和服の方もいらっしゃいますね。あの人たちって……」
「千葉さんのお知り合いの方々ですよ」
「やっぱり。剣道・居合関連の方たちでしたか」
装いや立ち振る舞いからなんとなく察してはいたが、予想通り。つい先日行った、本番同様の流れで行われる「直前リハーサル」においてもあの方たちはいらしていたが、そのときはカジュアルな服装だった。今回は本番ということで、正装となる道着を身に纏ってきたのであろう。かっこいい。どうしてこう、和装って心が躍るのだろうか。
「居合を披露するにあたり、連盟の方がお立ち合いすることが条件でした。刀剣を利用する以上、都や区、教育委員会、その他諸々の役所の手続きを経なければいけませんでしたので、実現までは結構大変な道のりでしたね」
「うへぇ、それはそれは……。お疲れ様でした」
「ふふふっ、でもその労力以上に素晴らしい演舞が見れるはずですから。それを考えれば、安いものです」
苦労しただろうに、それを歯牙にもかけず七草さんはそう言った。そんな彼女の様子から、自然と俺の期待感は高まっていく。
「そう言えば、結局俺はリハでも居合のシーンを見れませんでしたけど……。本当にいいんですか?」
「ええ。やはり丹野さんには、配信上にて初見の反応をしていただきたいので」
「ふむ、前からそれは説明されてましたけど。でも、大丈夫ですかね? 俺、居合やら剣術やらは完全なる素人ですけど」
しっかり反応出来るかなぁ、と心配の声を上げる。居合や剣術をこの目で見たことなどもちろん無いし、知識もほとんどない。せいぜいアニメやゲームのモーションで目にしたくらいで、大した前情報を持っていないのが本音だ。
「大丈夫です」
心配など無用と言いたげに、七草さんは言い切る。
「千葉さんは丹野さんが思っている以上に、凄い方ですから」
そう告げた七草さんの表情は、どこか自信に満ち溢れていた。彼女がここまで言うとは。これは俄然楽しみになって来た。
「こりゃ、充実した一時間になりそうですな」
「ふふっ、ご期待くださいませ」
期待を込めて、にやりと笑う。神宮寺は一体どんな姿を見せてくれるのだろうか。リハーサルまでしっかり参加したというのに、いまだに予想がつかない。気持ちが昂っていくのが自分でもよくわかる。
記念すべき神宮寺誠の3Dモデルお披露目配信。かけがえのない同期の輝きの舞台。それをしっかり支えてやろうと、なおかつこの目で見届けてやろうと。俺は気を引き締め直して、配信へと臨むのであった。