VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
オンラインミーティングの翌日、午後五時半。
「まったく、昨日は本当にびっくりしたよ」
その言葉のすぐ後に、麺を啜る音が響く。依然その顔には不満が見て取れ、相当不服な様子が伺える。表情を堅くさせたままモニュモニュと麺を咀嚼する目の前の同期、千葉誠心に向けて、俺は軽く言葉を返した。
「そりゃ上々だね。ちゃんとインパクト抜群だったってことだもの」
「ボクはそういう感想求めてないんだけどな」
むすっとした声音で小言を突き返す千葉さん。小気味良いほどの言葉のキャッチボール。この数ヶ月で随分とこの人と仲良くなった。こんな風に一緒に飯食ってるくらいだしな、同期パワーだ。千葉さん、俺より五コも歳上らしいけど、タメ口でいいんだって。器でけ〜。
そうは言っても、と俺は告げる。
「決まったもんは仕方なくないか? そんなにロボット嫌い?」
「別に嫌いってわけじゃないけど。男性VTuberユニットって聞いてたのに蓋を開けたらこれだったから、ボクは困ったんだよ〜……」
「あー、なるほどね」
要するに、自分の想像するVTuber像と違ったわけだ。そのギャップにやられているということらしい。
「当初から七草さんが言ってただろ、俺達は新しい形としてのライバーにするって。男性VTuberユニットってのも間違ってるわけじゃないしな、嘘は言ってないだろ」
「そうだけどさぁ〜」
ぶぅ、と文句を垂れる千葉さん。蓮華で濃厚豚骨スープを掬って飲んでいる。あれ、え、もう麺ないの? 大盛りだったよな、しかも替え玉頼んでたよな。凄いなこの人、その小さな身体のどこに入っていったんだろう。
それはさておき、引き続き語る俺たち。ちなみにちゃんと個室を選んだ上で、声量控えめで話しているのであしからず。
「千葉さんは自分のモデル気に入ってるんでしょ? それなら何も気にする必要ないよ。二人で売り出すとはいえ常にニコイチってわけじゃないだろうし、俺がメカだったとしてもそこまで心配するほどのことでもないと思う」
「そうかなぁ?」
「なんなら千葉さんは恵まれてると思う。時代劇役者と少年剣士なんて、相性ピッタリに決まってる。千葉さんの声と器量、そしてあのモデルなら天下取れるね」
「えへへ、そんな褒めないでよ」
一瞬にして雰囲気が柔らかくなった。ちょろ過ぎないか、この人。俺が守らねば……。
そんな俺の心情など知らずに、千葉さんは納得した様子を見せた。
「そうだよねぇ。同期がどうとか、人かメカかとか、気にしても何にもならないか。うん、もう大丈夫! ボクはボクだ、自分の使命を全うすればいい話だもんね」
「そうそう、俺も俺なんで。メカらしくロケットパンチ実装を目指しますんで」
「まだ言ってるの、それ」
くすくすと笑う千葉さん。あぁ、この人が笑っているのを見ると何故だか安心する。千葉の笑顔は世界を救う。それと同時に世界をも滅ぼしかねない威力を併せ持つ……。
話を進めるうちに俺もラーメンを食べ終わって、そのまま店を後にする。予定通り本日は俺の奢り。千葉さんは最初こそ遠慮していたが、最終的には喜んでご馳走になっていた。ガッツリ替え玉頼んでたし。
「ご馳走様、丹野くん。君はこの後どうするの? ボクはこのまま帰っちゃうけど」
「俺は……」
尋ねられ、俺は言葉に詰まった。空を見上げ、少しだけ感傷に浸る。一息吐いて心を落ち着かせ、自分に言い聞かせるように、意を決して告げた。
「俺も、帰る。やんなきゃいけないことがあって」
その言葉を放って、俺は強い寂しさを覚えてしまった。
「ウス。右ねじです。ご無沙汰してます」
家に帰ってすぐ、俺は配信を始めた。もちろん「右ねじ」のチャンネルで、だ。元々週に三、四回は動画投稿、または配信を行っていた当チャンネルだが、ここ最近は活動頻度が週一程度にまで減っていた。その理由はもちろん、VTuberデビューが決まって忙しくなったからである。
(配信は久しぶりだなぁ。視聴者は……)
そう思って、俺はアナリティクスを確認する。配信開始して間もなくだが、それでも五人ほど見に来てくれているようだ。俺はそんな数少ない視聴者達に向けて、報告をする。
「今日の配信は短めだ、アーカイブも残しておく。まあアレだ。報告配信ってやつだ」
辿々しく話す。やっぱり、後ろめたさが出てしまう。だけど、言わなければならない。
「俺のXをフォローしてくれてる人は知ってると思うが、本日をもって当チャンネルの更新を停止します。要するに、活動無期限休止ということになる。理由は詳しくは言えないけど、前向きな理由だ。とあるお誘いを受けてな。新しいことに、チャレンジさせてもらえる事になったんだ」
そう、右ねじはもう少しでいなくなるのだ。今日のこの配信は、事実上の引退宣言なのである。
途端にチャット欄がざわつく。
:本当に止めるのか
:悲しい;;
:面白かったのに
「ありがとな、そう言ってくれて嬉しい。俺のチャンネルを登録してくれてる百八十人に、心より感謝します。俺を見つけてくれてありがとう」
:楽しかったぜ右ねじ
:主の挑戦が成功することを願う
:頑張れよ右ねじ
温かいコメントに、胸が熱くなる。思わず涙が溢れそうになって、慌てて袖で拭った。
:またどこかで会えますか?
不意に、そんなコメントが目に入った。俺はすぐに配信ソフトを操作して、画面にデカデカとサムズアップの画像を載せた。当チャンネルのお決まりのマーク、グッドと見せかけて右ねじのサインだ。
俺は声高々に宣言する。
「右ねじの活動は途絶えても、俺自身が消えるわけじゃない。新たな環境で活動していくうちに話題になれば、きっと会えると思う」
だから、と俺は続けた。
「またな」
心からの感謝と、少しの不安を込めて言葉を送る。俺がVTuberになることに対して、否定的な意見を持つ人もいるかもしれない。VTuberになるために動画投稿と配信をやって来たんじゃないかと邪推されるかもしれない。全員が全員、同じ意見を持っているわけじゃないことを、俺は「右ねじ」を通して知っていった。
それでもなお、進まずにはいられない。だって俺はクリエイターだ。面白そうなものに飛びつくのなんて、至極真っ当なことだろ。
配信を切る。こうして俺の「右ねじ」名義は終わりを迎えた。でもこれは、始まりでもある。俺の、「えくすとりーむメカ」としての、VTuber人生の出発点。
(絶対無駄にしないからな、このチャンネルでの活動を)
決意新たに、俺はもう一度、涙を拭った。
次話には温度は戻るものと思われます。