VTuberって凄えよな、だってやりたいことなんでも出来るもん 作:木野了承
右ねじの活動無期限休止宣言から一週間後。雨模様の空の下、俺は七草さんに連れられて、とある喫茶店にやって来た。
「ここ、美味しいのにお客さん少ないんですよね。個人的にはありがたいんですけど、繁盛して欲しい気持ちもあるのがなんとも……」
彼女は難しい顔でそんな風に言った。周りを見れば確かに、俺達以外のお客さんは一人もいない。打ち合わせには丁度良いが、寂しい気持ちになるのもなんとなく分かった。
七草さんはまっすぐ、角の席へ向かった。座ってすぐ、メニューを差し出される。
「おすすめはクリームソーダです。軽食でしたら、ホットドッグも美味しいです」
「へ〜。やべ、どっちもいただきてえなぁ」
「ふふ、構いませんよ」
彼女の甘言に唆されるまま、俺はクリームソーダとホットドッグを注文する。彼女はというと紅茶とサンドイッチを注文していた。うーん、そっちも良いなぁ。今度来たら頼もう。
料理を待つ間に、彼女が話を切り出した。
「本日は学校の後ボイスレッスンに参加ということで、お疲れ様でした。どうですか、疲れていたりなどは」
「全然、余裕ですよ。このあとカラオケだろうがボーリングだろうが何でもござれってくらい体力有り余ってます」
「あははっ、元気ですね。ラインナップが大学生らしいかも。若いなぁ、丹野くん」
不意のタメ口にドキッとする。相変わらずの火力の高さ。これは環境トップ、tier1、メガガ○ーラ、蒼き団長ドギ○ゴン剣、超魔導竜騎士ドラグーン・オブ・レッド○イズ。来期は間違いなく規制されるであろう。今のうちに堪能しておくべきだな。ありがたや、ありがたや。
「さて、体力有り余っているとのことですが、この打ち合わせが終わったら今日はもう上がりですので。頑張っていきましょうっ。今回は運用するSNSアカウントについてのお話です」
彼女から予定を聞くや否やキリッと意識を切り替え、真面目に話を聞く姿勢を整える俺。こういうメリハリはちゃんとつけられますよ、俺は。中学までサッカーやってたし。関係ないか。
「このまま順当にいけば、千葉さんと丹野さん両名のデビューは二ヶ月後の八月になります。ですがそのデビューの前から、SNSでアカウントの運用をしていただきます」
そう言って彼女は持ってきていたタブレット端末を操作し、資料を表示させた。それを俺に向けて提示して、引き続き説明を行う。
「アカウントを開設するSNSは基本三つ。広報用としての旧TwitterであるXと、ライバー同士や他の配信者様方との連絡用でのDiscord、最後に業務連絡用としてのSlackになります。アカウントの開設はこちらで請け負ってもよろしいですか?」
「あぁ、はい。お任せします」
「かしこまりました。出来次第お伝えします。あ、他のSNSについても運用出来ますからね。インスタとか、TikTokとか。必要であれば私の方に報告下さい」
「分かりました」
果たして俺に合うでしょうか、そんな「陽」なSNS。検討だけはしておきます。
「お待たせしました〜!」
話がひと段落した丁度良いタイミングで、店員が料理を運んでくる。いただきます、と小さく呟いてから、俺はホットドッグを頬張った。
「んまっ」
たまらずそんな感想が漏れる。それを聞いた七草さんが、優しく笑った。
「お口に合ったようで何よりです」
なんというか、良い日だなと思った。俺はクリームソーダを一口飲んで、この時間を噛み締める。外から聞こえて来る雨音すら心地よい。ずっとここにいたくなる。
ふと、思うことがあって食べる手を止めた。思うがまま、俺は彼女に質問する。
「そう言えば、俺の今のSNSアカウントについてはどうしたら。右ねじ名義のヤツですが」
「あぁ、そうですね」
すぐさま彼女は答える。
「所謂前世のものについては、ご自由になさって問題ありません。契約上、アカウントを消すも消さないも自由です。YouTubeチャンネルについても同様です」
「そう、ですか。分かりました、ありがとうございます」
俺はそんな風に礼を言うと、彼女から視線を逸らした。消すも消さないも自由。それを聞いて、俺はどうしたら良いか分からなくなってしまった。俺の「右ねじ」名義に、前世としてのメリットはあまりない。何せチャンネル登録者二百人未満の小さいコミュニティだったからな。しかも勢いとノリで活動していたから、炎上の火種となるものがある可能性も捨て切れない。別に法を犯すようなことはしてないけど、VTuberってだけでよく燃えるしなぁ。ワクチンでウイルスバスターするアレとか、見つかったらどうなるか予想出来ないな。
どうしたものか、とまごつく俺を見兼ねて、七草さんは口を挟んだ。
「私個人の意見としては、丹野さんのSNSアカウントやYouTubeチャンネルは残しておいた方が良いと思います。炎上の原因になる、みたいな可能性も無くはありませんが……。それを加味しても、戻れる巣を用意しておくのに越したことはありません。この先何があるか分かりませんし。それに何より、あれだけ面白い動画や呟きを見れなくなってしまうのは、個人的には悲しいです」
「む……」
またこの人はそんなことを言って。良い加減惚れるぞマジで。熱くなる胸の内を冷ますように、俺はクリームソーダを一気に飲み干した。頭はキンとするわ、喉は炭酸でイガイガするわ、少しだけ俺は後悔する。
「七草さんって、ほんと俺のチャンネル好きですよね……」
「ええ、もちろん! 発想が突飛でとても面白いですもの! 早くえくすとりーむメカでの配信も見たいものですっ」
(くそ〜、馬鹿正直に言われると何も言い返せねぇ。ダメだ、この人には勝てない)
恥ずかしくなって熱った体を、手で仰ぐようにして冷ます。冷たい飲み物が欲しいが、頼んだ一杯は既に空だ。やっぱり、クリームソーダを飲み干したのは失敗だったようだ。もどかしい。
「おかわり、頼みましょうか?」
蠱惑的な笑みを浮かべながら、彼女は俺にそう尋ねる。俺の思考が見透かされているようで、無性に体がむず痒くなる。重なり続ける恥ずかしさを押し殺して、俺は小さな声で彼女に、「お願いします……」と告げたのだった。
日間ランキング入りました、ありがとうございます。気ままに頑張ります。