「君、みかんは好きか?」
不思議な空間での戦闘の後、オレはセンパイに連れられて
オレを新しい仲間だ、とだけ他の人に紹介したセンパイはオレの手当てをするように頼んでどこかへ行ってしまった。オレはあっという間に不思議な力で全身の怪我を治療されて、今は副作用が無いか?とかで安静にするように言われた。暇だなーってベッドに腰掛けてたらセンパイがカゴに盛られたみかんを持って戻ってきてくれた。
「みかん?好きだよ!くれるの?」
「お嬢様が持たせてくれたんだ。新しい仲間との出会いを祝して、だそうだ。皮、剥いた方が良いか?」
「い、いいよそれくらい自分でできるよ!」
「そうか」
センパイはオレに一つみかんを手渡した。オレがみかんを剥いているところを、センパイはじっと見ている。剥きづらい……。オレはセンパイの意識をずらそうとずっと気になってたことを聞いてみることにした。
「センパイずっとフード被ってるけどとらないの?」
「……気になるか?フードの下」
皮を剥き終わったのでみかんを口に運べば、センパイはそう聞いてきた。気になる……と言えば気になる。けれど、オレにはもっと大事なことがある。
「センパイが嫌ならとらなくて良いよ?」
「……いや、別に嫌なわけじゃない」
そう言ってセンパイはフードをゆっくり取って――オレは息を呑んだ。
センパイの髪は、同じ人間のものと思えなかった。色がとても薄いのだ。白髪よりもさらに色が薄い。ライトに当たってるところは透明に見えなくもないくらい、センパイの髪の色は薄かった。
「これ、目立つだろう?普段は見られたくなくて隠してるんだ」
「そうなの?すごく綺麗なのに」
「物珍しいからそう見えるだけさ」
「あら、そう卑下しなくても良いじゃないセイ。私も好きよ?あなたの髪」
突然センパイ以外の声が聞こえてきたので驚いていると、亜麻色……っていうんだっけ?の長い髪の少女が部屋に入ってきた。美少女って言葉はこの人のためにあるんだろうなってくらい美人で、思わずオレは見とれてしまった。
「お嬢様、いらっしゃったんですね」
「ええ。セイが新しい仲間を連れてくるなんて珍しいもの。どんな子かこの目で見ておきたかったのよ」
「お嬢様……ってことは、この人が桐堂遥さん?」
クスクス笑ってる姿も絵になるその人へのセンパイからの呼び方で、この人がさっき名前だけ出てきた桐堂遥さんなんだって気づいた。遥さんは貴族みたいにスカートの端をつまんで華麗にお辞儀した。
「えぇ、そうよ。私が桐堂遥。よろしくね?山吹伊織くん」
「よ、よろしくお願いします!あ、なんかオレもあんな感じに挨拶した方が良いのかなセンパイ!?」
「あんな感じって、たとえば?」
「わかんないから聞いてるんじゃんかー!オレへーみんだよへーみん!お金持ちの人と会うなんて初めてなんだからー!」
「……それを言うなら平民じゃなくて庶民だろ」
「あ、そうそれ!それ言いたかった!さすがセンパイだね!」
「ふふ、賑やかな子ね」
遥さんは目を細めてオレを見てた。それだけなのになんか恥ずかしくなってきて、オレはみかんをまた口に運んだ。
「それで、セイ?もう説明はしたの?」
「いえ、まだです。伊織の手当てを優先しました」
「あぁ……ひどい怪我だったってスタッフたちも言ってたものね。どう?具合の方は。ここのスタッフは優秀だから痕一つ残っていないと思うけど」
「うーん……具合は良いんだけど……」
「?何か気になることでも?」
オレはずっと言うか迷ってることがあった。でもよくよく考えたらセンパイだったり不思議な力でオレの怪我を綺麗さっぱり治しちゃうような人たちしかここにはいない。思い切ってオレは話してみることにした。
「ずっと嘘の匂いがする」
「嘘?」
「あぁ、君は嘘の匂いがわかるって言ってたな」
「うん。なんかこう……治療されてる時ずっと嘘の匂いがしてたっていうか……。あ、でも嘘の匂いとはちょっと違うのかな……?嘘の匂いに近い匂い!」
「……」
遥さんは黙ってセンパイの方を見た。……やっぱり、オレ変なこと言っちゃったかな。うぅ、取り消したい……。
「恐らくだが」
「うぇっ!?」
いきなりセンパイが話し出したからオレは飛び上がりそうになった。センパイは悪い話じゃない、と言ってから続ける。
「伊織、君はパラドックスを嗅ぎ分ける鼻を持っている」
「ぱらどっくす……?」
「直訳すると矛盾ね。この世界で起こり得ない出来事――つまり生じた時点で矛盾が生まれるような出来事を私たちはパラドックスと呼んでいるわ」
「???」
「……要は、ありえない出来事をパラドックスと呼んでいるってことだ。それこそさっき伊織を治した力だってパラドックスの一つだ」
「そうなんだ」
じゃあパラドックスって悪いことばかりじゃないのかな、なんて思いつつオレはみかんを口に運ぶ。
「でもそれと嘘の匂いが何の関係があるの?」
「嘘もパラドックスの一つなんだよ。現実で起こったこととは異なることを言葉にするわけだからな。だから僕は君にパラドックスを嗅ぎ分ける鼻を持つ、と仮定する」
「たしかにそれなら納得できるわね。後でギルフォードに見てもらいましょ」
「それが良いですね」
パラドックスを嗅ぎ分ける鼻……。それが、オレだけ嘘の匂いがわかった理由。言葉にしてもらえて……いや、オレの言葉を信じてもらえて、オレは胸がスッキリしたような気がした。
だって嘘の匂いがわかるなんて言ったところで誰も信じない。オレだって言われたところで信じられないと思うから。だから、こうもすんなり信じてもらえてオレはすごく嬉しかった。
「パラドックスは本来絶つべきものなの。だから伊織くん、あなたが私たちを手伝ってくれるなら心強いわ」
「うんん……?結局パラドックスってどういうものなの?」
「先程僕たちが行った空間、覚えてるか?」
「うん、覚えてるよ。……えーと、何て名前だっけ……」
「ラヴィリンス、な。あれは人の強い思いから引き起こされたユガミによってできる空間だ。ユガミとはそもそもこの世界から捨てられたものたちのエネルギーで構成されたもの。この世界には存在しないはずのものだ」
「?じゃあなんで……」
「はず、と言ったでしょう?その状態が正しいと判断するにはある程度正しくないものも必要なの。つまり、この世界はユガミと表裏一体なの」
「?????」
「……ここに空のペットボトルがある」
遥さんの説明がわかってないオレに呆れることなく、センパイは近くに置いてあった簡単に潰せるペットボトルを手に取った。
「この何もしてない状態を正しいペットボトルとする」
「うん」
「じゃあ、こうしたら?」
そう聞きながらセンパイはペットボトルを潰した。
「これは正しいペットボトルか?」
「うーん、正しいとは言えないかも……?」
「この正しくないペットボトルの姿があるから先程のペットボトルの姿が正しいと言える、ということで理解できたか?」
「うーん……たぶん!」
「少しでもわかったなら上出来さ」
センパイはオレの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。遥さんはそんなオレたちをにこにこと見てる。
「……何ですか」
「ずいぶんその子のこと気に入ってるのね?セイにしては珍しいと思って見てただけよ」
「そういえば、遥さんはセンパイのことセイって呼んでるの?」
「えぇ。誓って漢字はセイとも読めるでしょう?それにセイって呼び方の方が男っぽいじゃない」
「あ、じゃあセンパイは男の人なんだ」
「いや?」
「え?じゃあ女の人なの?」
「いや」
……?????オレが?を飛ばしていると遥さんがフォローを入れてくれた。
「あのね、セイはどちらでもあってどちらでもないの」
「……?えーっと、あ、最近よく聞く……なんだけ、トラップジェンダーってやつだ!」
「それを言うならトランスジェンダーな。……僕は、存在自体がパラドックスなんだよ」
センパイは一瞬目を伏せた。けどすぐにまた戻ってみかんを一個手に取った。
「人は生まれる時、肉体と魂それぞれに存在権が与えられる。他の人間……それこそ君やお嬢様は肉体の存在権が与えられてから魂の存在権が与えられるものだが。僕はそれが逆だった。魂が存在を与えられてから、肉体の存在が与えられた。だから肉体の定義があやふやなんだ。性別が無い、というのもそれが関係してる」
「セイ、伊織くん全然わかってないみたいよ」
ずっとセンパイが何を言ってるのかわかんなくてポカンとしてると、センパイは皮を剥いたみかんを右手に、皮を左手に持った。
「こうなると思ってた。伊織、ここにみかんがあるな?」
「うん、あるね」
「みかんの実を魂、皮を肉体としよう。皮と実、どっちが先にできるのが普通だと思う?」
「えーっと……そう簡単に動物に食べられないようにしたいし、皮の方かな?」
「そうだな。皮が先にできて、実が成る。これが普通だ。じゃあ、逆はありえると思うか?」
「ありえないと思う」
「……それがありえるんだよ」
センパイは悲しそうに笑った。……オレは反射的にセンパイの言葉を否定したのを後悔した。
「センパ――」
「実が先に成って、皮が後から与えられた人間。それが僕だ」
遥さんに皮を剥いたみかんを渡したセンパイは、部屋から出ていった。遥さんはみかんを口にしながら、どうするか迷ってるオレを見てる。
「追いかけないの?」
「!でも」
「もう動いても平気よ。私が後で言っておくわ」
「……ありがと、遥さん!」
オレはベッドから下りると、センパイを探すことにした。別荘は広いけど、センパイの姿は意外と早く見つかった。庭に一人立つセンパイのもとに駆け寄る。
「センパ――」
「ラヴィリンスだ」
「え?」
センパイは目を丸くして遠くを見ている。センパイの見てる方をオレも見ると、さっきみたいに空が歪んでた。
「こんな短時間で二つもラヴィリンスに遭遇するか……?やっぱりここは……」
「センパイ!どうするの?」
「!……悪い、ちょっと考え事をしていた。ひとまずラヴィリンスの方へ向かおう」
センパイはまたスマホを耳に当ててどこかに電話をかけた。
「ギルフォード」
『ラヴィリンスだね?こちらでも観測した。けど、さっきのものほど存在は確立されてない。急いで向かった方が良いかも』
「わかった、すぐに向かう」
スマホをしまったセンパイは、オレの方を見た。
「伊織」
「な、なに?」
「一緒に来てくれるか?君の鼻があればラヴィリンスの主を見つけやすい」
「!うん!」
センパイと一緒に駆け出す。スマホでナビを見てるセンパイいわく、別荘のすぐ近くにラヴィリンスの主はいるらしい。センパイの後を追いながら、オレは精一杯鼻に意識を集中させた。
『……駄目だね。こっちでは完全に反応を見失った』
「この近くから離れたということか?」
『ううん、そういうことじゃなくて。それだけ存在が不安定なラヴィリンスなんだよ。……おそらくだけど、ラヴィリンスの主はそろそろユガミに呑まれてもおかしくない』
「……時間がないな、早く見つけないと。伊織、君の方はどうだ?」
「……」
「伊織?」
「たぶんだけど、あっち……かな?」
オレはかすかな匂いの香る方を指差す。直感も混ざってるから自信はない。けどセンパイは
「そうか。行こう」
と迷わずオレの指差した方に歩き出した。
「じ、自信ないよ?合ってるかどうか」
「僕たちは君の言うパラドックスの匂いがわからない。が、君はパラドックスの匂いを小さい頃から嗅いでいたんだろう?ならこの場において何よりも信用すべきは君の鼻だ。――僕は、君を信じる」
「!」
オレのことをまっすぐ見つめてそう言い切ったセンパイは、周りをキョロキョロ見回して異変が無いか探してる。……おかげで助かった。絶対今変な顔してるから。
「伊織、次はどこに向かえば良い?」
「あ、ちょっと待って!」
オレはまた鼻に意識を集中させて残り香を追った。かすかな匂いは段々濃い匂いに変わっていって、目的の人に近づいてきてるのがわかった。匂いを追い続けていると――直感でわかった。あの人だ!
「センパイストップ!」
「!どうした?」
「たぶん、あの人かな……?」
オレは黒髪のポニーテールが特徴的な少女の方を見た。……って、あの人たしか……。
「榊先輩?」
「知り合いか?」
「うちの学校の生徒会長だよ。あれ、播磨先輩も一緒なの珍しいな。播磨先輩榊先輩のこと鬱陶しがってたのに」
一方で
「……」
「センパイ?」
センパイは迷わず二人のもとへ向かう。近づいてきたセンパイを、榊先輩は不機嫌そうに見てる。
「何か?」
「そいつの魂はどうした」
「!?」
センパイがそう聞くと、榊先輩はたちまち目を見開いた。
「なっ……あなたまさか……!」
「悪いことは言わない。僕にユガミを断たせろ。そうすれば――」
「……ない……渡さないわ!!永斗は、誰にも!!」
急にこっちを睨みつけたかと思うと、榊先輩を中心に空気が歪んだ。榊先輩は何の感情も感じられない播磨先輩の体を引っ張って、歪んだ空間の中に迷わず飛び込んだ。
「追うぞ!ついてこれるな?」
「うん!」
オレは先に歪んだ空間に飛び込んだセンパイの後を追って同じように飛び込んだ。
※
空間の中に広がってたのは何の変哲もない家の中だった。……いや、それはちょっと違うか。家の中って言うにはあまりにも不気味すぎる。具体的には壁の色が赤黒くて溶かされたみたいにところどころ穴が空いてた。
「ホラー映画みたいだ……」
「怖いか?」
「こ、怖くないよ!」
……強がったけどほんとは怖くて仕方ない。センパイと違ってオレは戦う力なんて無いし。
「……グレイス。いるな?」
そんなオレを置いて、センパイは床に向かってそう尋ねた。すると巨大な氷の骸骨の手が床から這い出てくる。
「ア……」
「で、出たぁぁぁぁぁ!?」
「落ち着け、こいつは僕たちの味方だ」
「ア……」
巨大な氷の骸骨は床から現れると、オレに向かってペコリと頭を下げた。
「あ、ども……」
「こいつは
「イビツキ……?」
「あぁ。ラヴィリンスはパラドックス界というユガミでできた世界と僕たちの世界の中間に存在していてな。強い思いがラヴィリンスと僕たちの世界を結びつけるんだが……まぁそこは追々話そう。イビツキは元はパラドックス界に住んでいてな。大概は自我を失い見境なく襲ってくるが、グレイスは違う」
「ア……」
「グレイスは僕にユガミに抗う力を与えているんだ。それがこの姿だ」
手慣れた手つきでセンパイは仮面ライダーイリスに変身してた。どうやらセンパイの説明を聞いてる間に囲まれてたみたいで、オレたちの周りには包丁みたいな物を手に持ったドロドロの蜘蛛みたいな化け物がたくさんいた。
「か、囲まれちゃったよ!?」
「これくらいなら簡単に倒せるさ」
イリスは手に持ってた剣型の氷をカツン、と床に打ち付け音を鳴らした。氷は杖の形に変わり、イリスは杖を化け物に向ける。
「――
その一言で、世界が変わった。オレたちを取り囲んでいた化け物たちはみんな凍りついて、動きを止めている。
「さ、行くぞ」
颯爽と去っていくイリス。……オレはイリスの強さに言葉を失うしかなかった。