「ねぇセンパイ。ラヴィリンスって結局どういうところなの?」
オレは前を進むセンパイにそう尋ねた。センパイはさっきまでイリスの姿になってたけど、イビツキが一体ずつしか出てこないし本体を叩くまで力を温存したい、と言って変身を解いてた。
センパイはオレの方をチラッと見た。……なんでそう思ったか気になるのかな。
「前は校舎だったけど、今は家みたいなところだから」
「……そうだな。ラヴィリンスとは、大抵その人間の心象風景が顕れる。前のはただ単にユガミが馴染んでいなかっただけだが」
「しんしょーふーけー?」
「その人間にとって守りたい場所、ということだ。……でも」
センパイは赤黒い壁に素手で触れた。
「こんなにドロドロとしたラヴィリンスを見るのは僕も初めてだな。よほどユガミが馴染んでいるのか、それとも――」
「せ、センパイ!そんな直で触って大丈夫なの!?」
「あぁ、問題ない。僕はパラドックス耐性が極めて高いからな」
「パラドックス耐性?」
そういえばさっきもセンパイ耐性がなんたら、って言ってたような。オレは高いかも、的なこと言ってたっけ?
「簡単に言えばユガミへの抵抗力だな。この世の生物すべてに備わっている耐性だ。大抵は低く中以上の耐性を持つ者は稀だと言われている。先程のラヴィリンス、誰も気づいていなかっただろう?それは耐性が低いから存在を感知できないからだ」
「へぇー……じゃあ見えるオレは耐性高いってこと?」
「そうなるな。パラドックスを嗅ぎ分ける鼻を持ってるんだ、少なくとも中以上はあるだろう。……そうだな、魔法についても話しておくか」
「魔法?」
急にセンパイからファンタジーな単語が出てきた。いやラヴィリンスもユガミも全部ファンタジーではあるんだけど、全部体験しちゃってるからなぁ。あまりファンタジーって感じがしない。
「魔法って、漫画とかで出てくる?」
「その認識で間違いないな。ただ、僕が言う魔法とはもっとリアリティのあるものだ」
魔法にリアリティってあるの……?って思ってたらまた小さい蜘蛛型のイビツキが現れた。小さい、と言っても普通の虫のサイズよりは全然大きいけど。
「……ちょうど良いな。伊織、下がってろ。今から魔法を使う」
「え、魔法見れるの!?」
「……あまり期待するなよ」
センパイに言われた通り、オレはセンパイの邪魔をしないように後ろで待つ。……けど、センパイの魔法がどんなものか気になって、ワクワクしながらイビツキに向かってくセンパイを見ちゃうのは仕方ないと思うんだ。
センパイは手のひらをイビツキに向けて口を開く。
「セット、
センパイが呪文のようなものを唱え終わると、その瞬間炎があがりイビツキを焼き尽くした。ボッ!と音をたてて炎に焼かれたイビツキは、悲鳴をあげることもなく一瞬で灰になった。
「こんなところだな。見ていたか、伊織」
「……」
「伊織?」
「すっっっごい……!すっごいよセンパイ!!魔法って本当にあるんだね!?」
オレはセンパイの近くに駆け寄ってとにかくこの興奮を伝えずにはいられなかった。だって、漫画とかでしか見れないような魔法が本当にあるなんて!こんなのオレじゃなくても興奮すると思う!
「落ち着け。言っておくが、君も使えるようにならないといけないんだぞ?僕がずっと君を守るわけにもいかないからな」
「オレも魔法使えるの!?」
「パラドックス耐性が中以上ある人間なら使える。……が、使えるようになるには色々前置きがあってな。それと、僕のグレイスのように君に力を貸してくれるイビツキを探そう」
「力を貸してくれるイビツキ?」
「あぁ」
センパイは後ろに控えてるグレイスが頭を下げたのに合わせてグレイスの顎を撫でた。……ほんとに仲が良いんだなぁセンパイとグレイスは。ちょっと羨ましい。
「君をまたラヴィリンスに連れてきたのはそれが目的だ。僕がいなくても戦える力を身に着けてほしくてね。魔法もそうだが、仮面ライダーの力も手に入れられれば上々だな」
「仮面ライダーの力も魔法の一つなの?」
「少し違うな。魔法とは、その名の通り魔の力であるユガミを自身の法で縛り調律する力だ。一方で、仮面ライダーはユガミを鎧のように纏ってラヴィリンスのユガミと抗う。魔法は自身のパラドックス耐性でユガミを制御し、仮面ライダーはイビツキの力でユガミと抗う。自身の力を使うかイビツキの力を使うか、といった違いがあるんだよ」
「じゃあ魔法はイビツキがいなくても使えるの?」
「あぁ。色々制約はあるがね」
センパイは周りをキョロキョロ見回している。何か探してるのかな。
「魔法のことはここを抜けてからでも良いんだが、力を貸してくれるイビツキは探さないといけないな。とは言っても、先程から僕たちを襲ってくるやつしか見当たらないが……」
「センパイ、あの子は?」
「ん?」
オレが指を差した方には、壁に隠れてこっちをじっと見てる小さい精霊みたいなのがいた。水が周りにふよふよ浮いているそいつは、オレが指を差すとビクッと体を震わせて隠れてしまった。
「水の精霊か。たしかに敵意は感じないな」
「精霊……!初めて見た!」
「あ、おい!」
オレは精霊の近くまで駆け寄る。精霊はさらに隠れようとしたから、オレは慌てて敵じゃないってアピールしようとした。
「あ、待って!オレは敵じゃないよ!そもそも戦えないし、センパイに守られてばっかだし、オレ鼻が良いくらいしか役立ってないし…………オレなんでここにいるんだろう……」
「自分で言って落ち込むなよ……」
項垂れてると、頭に何かが軽く触れるような感じがした。顔を上げれば、隠れたはずの精霊がオレの頭に手を当ててた。
「えっと……泣かないで?」
「しゃべった!?」
「そりゃしゃべるさ。グレイスは発声器官に問題があるからしゃべれないけどな」
「そうだったんだ……」
オレは精霊の小さな手に指を合わせた。
「慰めてくれてありがと!キミは優しいね」
「!」
精霊はじっとオレを見てる。逃げ出したり隠れようとすることは無い。……話をするにはきっと今がチャンスだ。
「ね、オレに力貸してくれない?オレもセンパイみたいに戦えるようになりたいんだ。キミがいてくれたら今よりずっと心強い!」
「……わたしで良いの?」
「うん!キミが良い!」
精霊は少しの間オレをじっと見つめて、こくりと頷いた。
「……驚いたな。こんなに早くイビツキを仲間にできるなんて」
「よろしくね!えっと……なんて呼べば良いかな?」
「わたし、名前ないの。好きに呼んで?」
「え、名前無いの?うーん、なんて呼ぼう……。センパイ、なんて名前が良いと思う?」
「僕に聞くなよ……。君の呼びやすい名前で良いと思う」
「呼びやすい名前……」
オレと一緒にいてくれるんだし、どうせならオレに近い名前が良いな。そういえば、前に母さんがオレが女の子で生まれてきたら澪ってつける名前だったのよ、って言ってたっけ。……澪、みお。うん!
「キミのことはミオって呼ぶ!」
「ミオ?」
「うん、ミオ!どうかな?」
「ミオ……。うん、わたしも好き」
「やったー!じゃあミオ!改めてよろしくね!」
「うん。よろしくね」
ミオはふよふよ浮いてたと思ったらオレの頭に乗った。周りに浮いてた水はしまってくれたみたいで、オレの頭が濡れることは無い。
「これで仮面ライダーに変身する下準備はできたな」
「後は魔法使えるようになるだけだね!」
「そうだな……いや、魔法のことは後にしよう」
センパイの周りの空気が急に変わった。センパイは前をキッと睨みつけてる。もしかして、とオレも前を見ると椅子に縛られた播磨先輩と、その隣に榊先輩が立ってた。
「あなたも来たのね。招かれても無いくせにズカズカ上がりこむなんて、ずいぶん礼儀がなってないのね?」
「誰もここに通すつもりなんて無いくせによく言えるな。そいつの魂もここに縛り付けてるだけだろ?」
「そこまでわかってるのね。……あぁ、やっぱりあなたは邪魔者だわ」
榊先輩は播磨先輩の隣から離れる。すると、榊先輩の姿が黒い炎に包まれた。
炎が晴れると、そこに立ってたのは榊先輩じゃなかった。女の人の体に似てるけど所々から黒い液体が流れてる上半身に、蜘蛛みたいな脚が生えてる。
「セット、分析。対象、前方約五メートル。設定、画面として表示。以上を以て魔を法とす。詠唱開始――《自他乖離ヲ禁ズ》」
また呪文を唱えたセンパイの前に、ゲームのステータス画面みたいなものが浮かぶ。そこにはあの蜘蛛みたいな化け物の隣に『イビツキ:ジョロウグモ』と書かれていた。
「あいつは女郎蜘蛛のイビツキに憑かれたようだな」
「イビツキって人に取り憑くの!?」
「ラヴィリンスの主はな。主はイビツキに憑かれることで怪人の姿に変化する。先程の不良のようにな」
センパイは素早い動きでまたイリスに変身した。剣型の氷を手に取って、女郎蜘蛛を見据える。
「伊織、頼みたいことがある」
「な、何?」
イリスはオレにしか聞こえないくらい小さな声であることを伝えた。オレが頷いたのを見ると、イリスは女郎蜘蛛に向かって真っ直ぐに駆け出した。
「ワタサナイワァァァァ!!」
女郎蜘蛛は蜘蛛の糸のようなものを体から吐き出す。イリスは糸をくぐり抜け、間を突き進み氷で糸を叩き切ろうとする。
けど、それはできなかった。
「チッ!」
イリスの持ってた氷は糸に絡め取られる。イリスは氷から手を離すと、また女郎蜘蛛から距離をとった。
「厄介な糸だな……」
イリスが横に手を伸ばせば、グレイスが床から手を伸ばして新しい氷を渡してくれる。またイリスは女郎蜘蛛に向かっていくけど、糸がイリスを阻んでまた距離をとらざるをえなかった。
「アハハァ!ソコデハイツクバッテナサイ!」
「!」
女郎蜘蛛は糸を丸めてイリスに投げつけ始めた。イリスは簡単に避けてみせたけど、糸玉がぶつかった壁はジュワ……と音を立てて溶け、丸い穴を空けた。
「酸の糸か……なおさら厄介だな」
「マダヨォ!」
女郎蜘蛛は丸めた糸玉をじゃんじゃん投げつけてくる。イリスはそれを全部軽々と避けてみせるけど、このままじゃいつまで経っても攻撃に回れない。センパイはどうするんだろう?
「イツマデニゲテルノヨォ!ハヤククタバリナサイ!」
「それは聞けないお願いだな。それに、くたばるのはお前だ」
イリスは宙に跳び、杖型の氷を女郎蜘蛛に向かって投げた。女郎蜘蛛は自分に向かって飛んでくる氷の杖を糸で弾き飛ばそうとするけど――氷が糸に触れた瞬間をイリスは見逃さなかった。
「凍狩れ」
その一言で糸はすべて氷に覆われた。
「ナッ!?」
「この糸、糸自体が酸性なんじゃなくて酸性の液体を纏わせてるんだろ。たっぷり観察させてもらったからよくわかったよ。それなら凍らせた方がお前の動きも封じられるし効率が良い」
女郎蜘蛛は凍らされた糸の中心からなんとか抜け出そうとしてるけど、氷がなかなか砕けないのもあってその場からまったく動けそうになかった。
イリスは床に降りて女郎蜘蛛に一歩一歩近づいてく。
「お前の負けだ」
「ワタシハ、マダマケテナイ……!」
女郎蜘蛛は糸を吐き出す。けど吐き出された糸はイリスが簡単に叩き切れるほど弱々しいものだった。
「いいや、もう勝負はついたね。なぁ、伊織?」
「!?」
女郎蜘蛛の目がオレの方に向けられた。オレは糸の拘束が解けて自由になった播磨先輩の隣に立って、イリスにブイサインを向けた。
「播磨先輩救出作戦すいこーしました!」
「イツノマニ……!」
「僕が何の考えも無しに走り回ってたとでも?全部お前の意識こっちに向けるために決まってるだろ。これでそいつの生命力を吸うのもできないってわけだな」
「えっ……榊先輩そんなこともしてたの!?」
「魂をラヴィリンスに拘束することで自由を奪い、さらに糸で生命力を吸って自分の強化と抵抗力の奪取を両方行う。なかなかに狡猾なやつだ」
「カエシナサイ……!エイトハ、ワタシノ!!」
女郎蜘蛛は力を振り絞って氷から体を無理矢理抜け出すと、オレたちの方にものすごい勢いで向かって来た。オレは反射的に、動けない播磨先輩を庇うように立った。女郎蜘蛛が脚を振りかぶって、オレは思わず目をつむる。
――でも、女郎蜘蛛の攻撃が当たることはなかった。目を開けると、イリスが女郎蜘蛛の体を貫いていたからだ。
「僕を慕ってくれる後輩に、そう簡単に手出しはさせないよ」
「アァ……」
女郎蜘蛛はその場に倒れた。蜘蛛の脚が灰になって崩れ、元の榊先輩の姿になったのを見届けてからイリスは変身を解いた。
「センパ――」
「ありがとう、伊織」
「え?」
お礼を言うならこっちの方なのに。オレがポカンと口を開けていると、センパイはオレの手を指差した。
「震えてるくらい怖いのに、それでも僕の頼みをちゃんと実行してくれた。僕を信じて動いてくれたんだろ?それに礼を言わないほど僕は不義理な人間じゃないよ」
「お、オレは大したことしてないよ!ずっとセンパイに助けられてばっかりだったし……」
「君は戦えないなりに最大限動いてくれた。それがあいつを倒す活路を切り開いた。君の行動に、たしかに僕は助けられたんだよ。礼くらい素直に受け取ってくれ」
「……うん!センパイも、助けてくれてありがとう!」
「どういたしまして」
「……おいあんた」
それまでずっと黙ってた播磨先輩が口を開いた。
「もうしゃべれるのか?無理はしない方が良いぞ」
「平気だ、これくらい。それより、飛鳥はどうなった?」
「ユガミを断っただけだから死んでもないし怪我も無い。安心してくれ」
「別に、心配はしてねぇよ」
播磨先輩はそっぽを向いた。照れくさいのか耳が若干赤くなってる。
「う……」
そんな播磨先輩の声に反応してか、榊先輩が顔を上げた。体をずるずると引きずってこっちに少しずつ近づいてくる。
「かえ、して……。詠斗は、私の……」
「うわっ!?まだ動くの!?」
「戦う力はもうないがな。……が、ユガミを断たれた後もこうして意識を保っているのは珍しいな」
センパイがオレたちを守るみたいに立ってくれた。榊先輩は播磨先輩に向かって手を伸ばす。
「もうこいつはお前のものじゃない。そもそも、こいつは誰のものでもない。諦めるんだな」
「でも、それじゃ……」
「あぁもうしつけーな!!俺はお前のもんじゃねぇって何回言えばわかる!!でもももってもねぇんだよ!!」
播磨先輩がズカズカと榊先輩に近づいて胸倉をつかんだ。
「けど……それじゃ、あなたが、一人になっちゃうじゃない……」
「……は?」
「あなたが、不良になって……家族も元の友達も、みんなあなたから離れて……。新しい世界で、あなたは笑っていた、けど……私は、私だけは、あなたを元の世界と繋ぐ、楔でいたかった……。あなたを、一人にしたくなかった……」
「……」
「だから、私は、あなたを手放したくなかったの……。あなたを、一人に、したくないの……」
榊先輩はボロボロと涙を流していた。そんな榊先輩を、播磨先輩は黙って見てる。なんて返せば良いのかわからないみたいだ。
「センパイ……」
「こっちを見るな……。僕だってどう言葉をかければ良いかわからないよ……」
二人でどうしようか迷っていると。ふと、爽やかな匂いが鼻をついた。
もしかして、とポケットに手を突っ込むとみかんが一個入ってた。
「それ、さっきのみかんか?」
「あ、うん。お腹空いてたから一個もらってて……」
「君なぁ……」
「……それ、もらって良いか?」
センパイが呆れたみたいにオレを見てると、播磨先輩がこっちを向いた。オレは頷いて播磨先輩にみかんを手渡した。
「飛鳥」
「……?」
「お前、みかんゼリー好きだったろ。俺の作ったやつ。帰ったら作ってやる。……だから、今度はちゃんと話そうぜ。もうこんなことが起きないように」
「……」
みかんを榊先輩に差し出しながら、播磨先輩はそう言った。そんな播磨先輩とみかんを交互に見てた榊先輩は、口元を緩めた。
「いつの話よ、それ……。……でも、そうね。今度は、ちゃんと話し合いましょ」
榊先輩が笑うと、空間が光に包まれた――。
※
「センパイ!ごはん食べよ!」
「……また来たのか、伊織」
センパイと初めて会った日から三日後。センパイと遥さんは正式に風間高校に引っ越してきた。センパイも遥さんも学年が違うから教室は遠いけど、オレはそんなの気にしないで毎日センパイに会いに行ってる。だってセンパイに会いたいし。
「うん!だってセンパイと話したいし!」
「よくもまぁ飽きないものだな……。別に構わないが、今日は難しい話をするぞ?」
「うっ……理解できるようにガンバリマス……」
オレはセンパイの後ろをついていく。廊下を歩いてると、播磨先輩と榊先輩の二人とすれ違った。どうもパラドックス耐性が低いから二人はラヴィリンスでの記憶が無いらしい。
けれど。
「詠斗、そろそろテスト期間に入るわよ?勉強はちゃんとしているの?」
「うっせーな、やってるっつーの……」
「昨日もそう言って課題やってなかったじゃない」
「あーもーしつけぇって!あんましつけぇとみかんゼリー作ってやんねぇぞ?」
「そっ、それは卑怯じゃないかしら!?」
前に見た二人と違って、言い合う二人の顔には笑顔が浮かんでた。
「伊織、置いてくぞ?」
「あ、待ってよセンパイー!」
オレは二人から目を逸らしてセンパイの背中を追った。
満感(みかん)
「少なくとも、今は。以前よりも満たされていると感じるわ」