亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

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第九話 約束

 〈集結地(シェオル)〉に(つど)う〈ティターン〉をあらかた掃討し、組織的攻勢の要であった〈指揮統制種(ムネモシュネー)〉も撃破。午前八時をもって作戦を完了し、レン達は全員無事でレクス回廊まで撤退する。

 雨上がり、雲の隙間の(あお)い空から光が射し込む中で。きらきらと煌めく草原の静寂に、ぱちんと頬を叩く音が響く。

 

「私に使うなと言っておきながら、貴方が使用してどうするんですか!」

「……ごめん」

 

 怒鳴るリーナに、レンは伏し目がちに言葉をもらす。

 彼女の怒りはもっともだとは思うものの、とはいえあの場面では覚醒紋章を使うのが一番安全かつ有効な手段だったのだ。

 それに。今までも〈指揮統制種(ムネモシュネー)〉相手では覚醒紋章を幾度となく使っていたのだ。今更そこまで心配されるようなことでもない。

 

「……なにか、あったんですか?」

 

 事情を知らない三人を代表するように、レイチェルが訊ねる。しばしリーナは言うのを躊躇って、それを告げた。

 

「私たち王家とその隷下の騎士家系には、生命(いのち)を代償にして力を得る、覚醒紋章と呼ばれるものが左眼に刻印されているんです」

 

 ブローディア家は、王族に代々近衛騎士として仕えてきた家系だ。ゆえに、レンにも彼女と同じように覚醒紋章は備わっている。

 きっとレンを睨みつけて、リーナは吐き捨てるように言う。

 

「それを、レンは……!」

「だ、大丈夫だよ。ブローディアのは王家のと違って出力調整ができるし、それに、もう何回も使って――」

「なら、なおさらダメです!」

 

 ぴしゃりとレンの弁明をはねつけて、リーナは怒鳴る。

 

「貴方は、私の大切な部下なんです。これ以上生存限界を縮めるようなことは、隊長の私が――」

 

 ううん、と首を捻って。リーナは決意を瞳に宿して、レンの目を見据える。

 

「いや。元ヴァールス王国第二王女の、エルリーナ・フォン・ヴァールス=エーデルヴァイスとして。今後、貴方が覚醒紋章を使用することは許しません」

 

 その真紅に、レンはしばし押し黙って。

 

「……わかった。もう、使わない」

 

 折れたように、そう宣言した。

 レンの言葉に、リーナはほっとしたように頬を緩める。

 

「なら、今日のことは許してあげます」

 

 満足げに言う彼女の顔には、心の底からの安堵の表情が浮かんでいて。レンは苦く笑う。

 覚醒紋章の使用は、みんなに命の危機が及ばない限りは控えよう。そう思った。

 

「……なんかよく分かんないけど、解決したの?」 

「ええ。解決しましたよ。……では、帰りましょうか」

 

 イヴの言葉に、リーナは屈託のない笑顔で頷いて。レンたちは帰路につく。

 

 

「お前、やっぱり()()ブローディアだったんだな」

 

 レクス回廊を伝って、味方防衛線内へと帰還する途中。ふいにフリットが言ってくるのに、レンは複雑な表情で答える。

 

「そうだよ。()()ブローディアだよ、俺は」

 

 

  †

 

 

 予定通り午前一一時には味方防衛線内へと撤退が完了して、そこでレン達は傷の応急手当を受ける。

 紅瞳種(ルファリア)の衛生兵からレンが魔術による治療を受けている間、リーナは後方支援の人たちからの質問責めに遭っていた。

 

「嬢ちゃんたち、レクス回廊の〈指揮統制種(ムネモシュネー)〉を()ってきたんだってな!?」

「ええ、まぁ……、はい」

「おおー!」「さっすが特戦隊!」「助かるぜ!」

 

 戸惑いつつもリーナが返すのに、周囲の人たちは更に盛り上がる。けれど。渦中の当人は置いてけぼりを食らっていて、正直何が何だか全くもって理解できていなかった。

 今、リーナを囲んでいるのは、黒や青、黄色や緑などの瞳を持つ男の人たち――つまりは紅瞳種(ルファリア)ではない、正規の軍の人たちだ。

 

 これまでに感謝状は何通も貰ってはいたから、内地の人たちほど憎悪や軽蔑をあらわにするような人たちではないと思ってはいたが……。まさか、これほどとは。

 憎悪も軽蔑も全く含まれていない、賞賛と興奮の声が、幾度となくリーナに届けられる。

 

「あいつ、個体防壁もだけど周りに回ってる四色の円もやたらと硬かったろ? どうやって倒したんだ?」

「ブローディア中尉が個体防壁を突破して、その隙に私が〈魔術式剣(アロンダイト)〉で核を」

 

 戸惑いつつも、リーナは左手で剣の柄を握って、右手で斬る動作をする。

 

「……嬢ちゃん、見かけによらず豪快なことするねぇ」

「そ、そうでしょうか……?」

「そんな可愛い顔して、〈魔術式剣(アロンダイト)〉片手にぶっ飛んで来るんだろ? 俺が〈ティターン〉だったら、見とれてる間に斬られちゃうね」

「安心しろ、お前の相手はまずカワイイ女の子じゃないから」

「はぁ!? 殺られるならカワイイ女の子にやって貰いたいんだけど!?」

「残念ながらお前が〈ティターン〉になっても、相手はオッサン共の弾丸だよ」

「ちくちょう! それじゃあ死んでも死にきれねぇじゃねぇか!」

 

 周囲の大人たちがみっともなく喜怒哀楽を表現しているのに、リーナはあはは、と曖昧に笑う。

 何とかこの状況から逃れようと、助けを求めて視線を彷徨(さまよ)わせていた先、丁度治療を終えたレンと目が合った。

 

 懇願の目線で助けを求めて――露骨に目を逸らされた。

 む、と真紅の双眸を細めて、リーナはにやりと口元を緩める。息を吸い込んで、わざとらしく声を張り上げた。

 

「あ、あそこに〈指揮統制種(ムネモシュネー)〉の相手をした人が!」

 

 指をさした方向にいるのは、もちろんレンだ。左脚を庇うように松葉杖(まつばづえ)をついている姿は少し痛々しいが、とはいえ自分だけは逃げようだなんてことは許さない。

 これも私を制止して一人で覚醒紋章を使った罰だ、と、あとから理由を付け加えた。

 

「ばっ!? 何言ってんだアンタは!?」

 

 ふざけるなといった調子で非難してくるが、リーナはしたり顔でその瞳を見つめ返す。大人たちがレンの方へと行った隙にその場を抜け出して、リーナはイヴとレイチェルの居る場所へと逃走した。

 

 

 逃げた先、ここの部隊の食堂にたどり着いて、リーナが見たのはお菓子やら食糧やらの袋に囲まれた()人の姿だった。

 あまりにも異様な光景に、思わずリーナは訊ねる。

 

「……ええと。そのお菓子と食糧品は……?」

 

 百歩譲ってお菓子や食糧品を贈られるのはまだ分かる。だが、その量はなんだ。宴会でもするつもりなのか?

 苦笑いとも照れ笑いともとれる曖昧な表情で、レイチェルは言う。

 

「今回の作戦成功のお礼だーって、何だかたくさん貰っちゃいました……」

「まぁ、そういうことです……」

 

 そういうこと、と言われても。全くもって納得はいかないのだけれど。そもそも紅瞳種(ルファリア)人にまともな贈り物だなんて、どんな物好きなんだ。

 微妙な表情をするリーナに、フリットは肩を竦めて笑う。

 

「まぁ、なんだ。今夜は祝勝会にでもするか?」

「そうそう! 祝勝会でもしちゃいなさいな!」

「なんか急に出てきたな……」

 

 満面の笑みでリーナたちを見てくるのは、先程までレンに魔術治療を施していた紅瞳種(ルファリア)の女性だ。

 他にも数人、この駐屯基地には紅瞳種(ルファリア)の衛生兵がいるようだが、いずれも(あざ)などの虐待を示すような特徴は見当たらない。どうやら、ここの駐屯基地では紅瞳種(ルファリア)も対等な存在として扱われているらしかった。

 

「あんたらのお陰で、アイツらが無駄死にするような戦闘はしなくて済むようになったんだ。それぐらいの礼はさせてくれよ」

 

 奥から出てきた衛生兵が、爽やかな笑顔で言う。

 その笑顔の奥には何か隠し事があるのを感じるのだが、とはいえまさか同胞に毒を盛ったりはしないだろうし。いったい、どうしたものか。

 

 ちらりと仲間の顔を見ると、三人の顔には一様に無垢な笑顔が浮かんでいて。そこで、リーナも僅かに口元を緩める。

 何かあった時は、その時だ。

 衛生兵の女性たちに視線を向けて、リーナは笑顔で言葉を返す。

 

「では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

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