亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

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第十話 祝勝会

 自分達の駐屯基地へと帰還して、口頭での簡単な報告を終えて報告書の作成を行っている時だった。

 こんこん、とドアをノックする音がして、リーナは思考を現実へと引き戻す。どうぞ、と返すと、入ってきたのはレイチェルだった。

 意味深な笑みを浮かべて机を回り込んでくると、彼女はリーナの手を取ってくる。

 

「……? どうしましたか?」

 

 思わず訊ねると、

 

「いいから! リーナさん、ちょっと来て!」

 

 そう言われて、リーナは連れられるがままに部屋を出た。

 一階へと降りて、食堂の前を通り過ぎるとそのまま外へ。扉を開けて視界に入ってきたのは、机に並べられた多種多様な料理だった。

 いつものじゃがいもとビーフジャーキーのスープだけではなく、生野菜のサラダや今や貴重な食べ物となってしまったライ麦パン。それに加えて、ビスケットやジュースの瓶などの嗜好品が、机には並べられていた。

 

「これは……」

 

 先程言っていた祝勝会、というやつなのだろうか。こういう催しはやったことがないから、いまいち実感は湧かないのだけれども。

 

「リーナさんの考えてることで合ってますよ」

 

 思考を見透かしたかのようにレイチェルが言うのに、リーナは思わず視線を振り向ける。目が合って、彼女はふわりと微笑んだ。

 

「せっかくの祝勝会なんです、主役の一人が居なくちゃダメでしょう?」

「は、はぁ……」

 

 ……そういうものなのだろうか?

 

 戸惑いを胸中に秘めつつも、リーナは周囲の様子を見回す。イヴとフリットはどうやら拳銃での射撃大会を開いているらしい。少し遠くの机に空き缶を置いて、それを的代わりに撃っていた。

 反対側へと視線を向けて、そこに居たのは、()()()料理をしている()()だった。

 

「……あ!?」

 

 その姿に、リーナは目を見開く。

 

「お、やっと来たか。どうだ? すごいだ……」

「何してるんですか! 傷口が塞がるまでは安静にって言われてましたよね!?」

 

 思わず叫んでいた。脚を負傷して、それこそ松葉杖をつかないと歩くのにも苦労していたのに。なのに、なんで立ち仕事なんかをしているのか!

 リーナの怒声に、レンは一瞬呆けたように眉を上げる。それから、ぷい、と不服そうに顔を(しか)めた。

 

「やだね」

「……は?」

「こんなにいい食材があって、いろんな調味料も貰ったんだ。俺が料理しなきゃ損だろ?」

 

 得意げに言うのを聞いて、リーナは呆れて大きなため息をつく。

 まぁ。いい食材と色んな調味料があったら、料理をしたくなるのは料理人の(さが)ではあるけれど。

 とはいえそれで怪我が悪化したら元も子もないだろう、とリーナは胸中で呟く。自分たちはあくまで前線で戦う軍人であって、後方勤務ではないのだ。特に、紅瞳種戦術義勇軍(RTVF)では余程の重症でない限り後方移送はされないので、なおさら怪我には気を遣わなくてはならない。

 仕方ない、といった表情で、リーナは彼に近づく。

 

「あとは私がやりますので、ブローディア中尉は大人しく座ってて下さい」

「だめだって。まだ調味料とかなんも入れないんだから――」

「料理ぐらいできますよ、私も」

 

 そう言って、リーナはレンの持っていたお玉を半ば強引に取り上げた。間髪入れずに、待機していたレイチェルへと指示を送る。

 

「レイチェル、この馬鹿を椅子に連行してください」

「りょうかいです!」

「はぁ!? ばかふざけんな――」

 

 放たれる非難の言葉に、リーナはむ、と唇を尖らせてレンを睨む。

 

「私だってこの六年間はずっと自炊してきたんですよ。そこまで拒否される(いわ)れはありません」

 

 流石にレンには劣るかもしれないが。かといって、ここまで全力で拒否されるほどではないはずだ。

 脇に置かれていた水と牛乳を二対三の比率で鍋へと注ぎ、固形のコンソメを二個そこに落とす。

 

「……ちょっと待って、六年? 第一特戦隊が設立されたのって、五年前だぞ?」

 

 訝しげな声音で聞いてくるのに、リーナは鍋をかき混ぜながら苦笑をもらした。

 

「お姉ちゃんは料理をする気がなかったので。食事はずっと私が担当だったんです」

「……そっちでもそうだったのか」

「……もしかして、第一特戦隊の中でも同じ感じだったんですか?」

「まぁ……、うん」

 

 歯切れの悪いレンの返答に、二人は何とも言えない微妙な表情で押し黙る。

 

 ――お姉ちゃん、料理はなんにも分かんないからさ。リーナちゃん、頼んだよ?

 

 脳裏に甦るのは、お姉ちゃんが笑顔で言い放った遠回しな料理しない宣言だ。

 元々料理は好きな方だったから良かったものの、もし私の料理が下手だったらどうするつもりだったのだろうと今でも思う。

 

 ……というか。第一特戦隊(あっち)でも料理をしなかったのなら。もしかして。

 

「……他の家事とかって、」

「かろうじて洗濯だけはやってるの見たことあったけど、ほかは全然」

「やっぱり……」

 

 案の定の回答に、リーナは空いた左手で頭を抱える。

 正直、家に居た時よりかはできるようになってるのかと少しは期待していたのだが。どうやら、そんなことは一切なかったらしい。

 鍋の中にある白い液面を見つめながら、リーナは苦笑いの表情で言葉を続ける。

 

「お姉ちゃん、徴兵が来るまでは朝から晩までずっと仕事ばかりだったから。料理もそのほかの家事仕事も、結局全然できないままだったんですよね」

 

 かろうじてできたのが、アルバイトでよくやっていたお皿洗いと洗濯だ。もっとも、どちらの仕事も紅瞳種(ルファリア)だからという理由で長くは続けられなかったらしいが。

 

「まぁ、その分戦闘では誰よりも戦果はあげてたから。とやかく言う人はいなかったよ」 

「とはいえ、していなかったのは事実なのでしょう?」

「それはそうなんだけど」

 

 レンは苦笑する。

 

「俺たちとしては、その分守って貰ってたからね。別に、不満に思うことはなかったよ」

「だったら良いのですけれど……」

「ああ。姫様といえばこんな話があって――」

 

 

 そんな感じで二人が延々と楽しそうに話しているのを、レイチェルは紅茶を嗜みながら無言で耳を傾けていた。

 射撃大会のセッティングを終えて、少し離れたところで食事をとっていたイヴとフリットに、レイチェルは近寄る。

 

「二人とも、リーナさんたちがなんの話してるのか分かります?」

「いいや?」

「全然分かんないけど」

 

 案の定の返答が帰ってきて、レイチェルは何とも言えない表情を浮かべる。レンとリーナの和やかな笑顔を流し見て、フリットは肩を竦めた。

 

「まぁでも。楽しそうだしいいんじゃないか?」

 

 自分たちの知らない話題で盛り上がっているのは、少し寂しい気はするが。とはいえ、二人のあんな無垢な笑顔を見られるのは貴重だ。たまには、こういうのもいいだろう。

 そんなふうに思って、フリットは口の端を緩めながら二人の様子を見守る。

 

「……くない」

「え?」

「全然、よくないわよ!? いっつもいっつもレンばっかり隊長と話して!」

 

 癇癪(かんしゃく)を起こしたようにイヴが喚くのに、フリットは呆れのこもった言葉をもらす。

 

「いや、それはお前が恥ずかしがって話しかけないからで、――」

「うるさい!」

 

 フリットの指摘を突っぱねて、イヴはレイチェルの手をとる。

 

「いくわよ、レイチェル! あんなずるいの、許すわけにはいかないわ!」

 

 彼女の言葉に、レイチェルは「うん!」と頷いて。二人揃ってレンとリーナの方へと突撃していった。

 その光景を、フリットはしばし呆けた様子で見守って。

 不意に、ジュース瓶の中にある一つの瓶が目に入った。 先程イヴが開けて飲んでいたものだ。

 ……まさか。

 

 嫌な予感を感じながら、フリットはその瓶のラベルを読む。『ワイン』の品目名に、『アルコール度数:12%』という文字があるのに、思わず変な笑いが込み上げた。

 

「未成年に酒を送る馬鹿がいるな?」

 

 少なくとも、通常の補給ではこんなワインなどという品が送られてくることはまずないのだ。こんなものを第二特戦隊に与えるのなど、十中八九夕方のあの基地しかない。

 幸い、イヴが飲んだのは少量だ。さすがに急性アルコール中毒に陥ったりはしないだろう。

 明らかに様子のおかしい彼女の様子に、フリットはしばし考えて。

 

「まぁ……。楽しそうだし、いっか」

 

 そう呟いて。酒瓶を椅子の下に隠すと、フリットは机のお菓子を口へと運んだ。

 

 

 

 それから酔いの覚めたイヴも含めて全員で射撃大会をして。机に広げた料理の大半を平らげて。照明の灯火(とうか)管制のかかる九時を目前に、レンたちは後片付けを行っていた。

 シャワー辺りは管制の対象にはならないから大丈夫だが、廊下や屋外の照明は管制の対象だ。暗い中で机やら椅子やらを移動させるのは危ないので、優先順位はそちらの方が先になる。

 

 ……まぁ。レンは脚の負傷で重いものを持てないので、キッチンで皿洗いをしている訳なのだが。

 なんだか自分だけ楽して申し訳ないなと思いつつも、とはいえ今はこれぐらいしかできないので仕方ないのだと自分に言い聞かせる。

 

「残った料理はラップを巻いて冷蔵庫に入れておきますね」

「ああ。助かる」

 

 残飯の後片付けにリーナが来るのに、レンは食器を洗いながら応じる。

 冷蔵庫が開いて、閉まった音が鳴ってからも彼女が動かないのに、レンは訝しげな目を向ける。

 

「……どうかした?」

「え、ええと……」

 

 リーナはしばし押し黙って。突然、頭を下げてきた。

 

「今日は、その。頬をぶったり、名前を呼び捨てにしたりと、色々とすみませんでした」

 

 その言葉に、レンは蛇口の水を止めてリーナに向き直る。

 苦笑いを含んだ声音で、答えた。

 

「別に、全然気にしてないから。そんな謝らないでよ」

 

 頬をぶたれたのも、名前を呼び捨てにされたのも。全ては、レンの身の安全を案じてのことなのだと分かっているのだ。感謝こそすれ、苛立ったり不快感を感じるようなことではない。

 

「……というか。むしろ、ちょっと嬉しかったから」

「え……?」

 

 綺麗な真紅の双眸が、驚きに振り上げられる。思わず目を逸らしながら、レンは口角を吊り上げてわざとらしく言い放った。

 

「いっそのこと、これを機に全員呼び捨てで呼んでみればいいんじゃないんですかね? その方が、あいつらも嬉しいだろうし!」

「……そう、なのでしょうか……」

 

 そう呟くと、リーナは真剣な表情で考え込んでしまう。

 思わぬ反応に硬直していると、外からリーナを呼ぶ声が聞こえてきた。

 その声にはっとして。

 

「……か、考えておきます!」

 

 言い置いて。リーナは兵舎の外へと走り去っていった。

 

 

 走り去っていく白銀の後ろ姿を見つめながら、レンは両拳を硬く握り締める。

 なぜ、姫様(エルゼ)が彼女に使命を託したくなかったのか。

 なぜ、姫様(エルゼ)がレンに守ってくれと言ったのか。

 それが今、ようやく分かったような気がした。

 彼女は……リーナは、普通の女の子なのだ。

 

 ちょっと容姿がよくて、育ちがいいだけの、普通の女の子なのだ。

 決して、姫様(エルゼ)のような英雄ではない。

 英雄を演じようとしているだけの、ちょっと繊細な、普通の女の子なのだ。

 その事実に気付いて、レンは朱色の双眸をきっと細めさせる。

 決意を瞳に宿して、胸中で硬く誓った。

 リーナは、俺が守ると。

 

 

  †

 

 

 どこまでも続く満天の星空の下で、レンは()()()()()の仲間たちと焚き火を囲んでいた。

 北方地方にルーツを持つ青髪の少年――カズキに、彼の肩に頭を落として眠りこけているのは、濡羽(ぬれは)色の長髪が綺麗な女の子のツバキ。

 その様子を、この辺りでは珍しい緑髪をサイドテールに結んだフィーユが暖かい視線で見守っている。

 隣へと目を向けると、そこには白銀の髪を肩で切り揃えた少女がいた。

 

 ――そこには、隊長の姫様(エルゼ)がいた。

 こちらを見つめて来る真紅の瞳に、レンは切羽詰まったように口を開く。

 

「ひ、ひめさ、」 

『なんで、()()()を見殺しにしたの?』

「っ……!?」

 

 無機質な微笑みで放たれた刃物のような言葉に、レンは喉を詰まらせる。

 気がついた時には、カズキとツバキはそこからいなくなっていた。

 ――二人は、〈王冠(ケテル)〉との戦いの中で浄化の祝福をもろに受けて、いなくなった。

 

「違う!」

 

 姫様(エルゼ)の真紅の双眸を見据えて、レンは確固たる意思をもって言う。

 

「二人がいなくなったのは、俺のせいじゃない。みんな必死で戦って、それでも戦死者が出た。それだけだ!」

 

 〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉には、それを中心として一一個の紋章による維持術式が展開されている。紋章と、それを守護するものを撃破するのが、第一特戦隊――〈救世主(サルヴァトーレ)〉の役目だった。

 

『なんで、()を見殺しにしたの?』

 

 今度は、フィーユがいなくなった。

 ――彼女は、〈王国(マルクト)〉との戦いで刺し違える形で戦死した。

 けれど。

 

「違う!」

 

 語気を強めて、レンは断固とした口調で言い放つ。

 

「フィーユは、あの時点でもう助からなかった! 俺たちを生かすために、彼女は生命(いのち)を最大限に使ってくれただけだ!」

 

 〈王冠(ケテル)〉と〈王国(マルクト)〉には、特に強力な守護者が待ち構えていて。三人は、激戦の中で犠牲となった。

 三人とも、俺が見殺しにしたわけじゃない。必死で戦って、それでも犠牲が出た。たったそれだけのことなのだ。

 無機質な微笑みを微塵も動かさずに、姫様は言い放つ。

 

『どうして、()()を見殺しにしたの?』

 

 心臓の鼓動が、止まったような気がした。

 意識が漂白され、視界が明滅する。

 意識が戻ってくる頃には、レンの視界は忌まわしき景色に変貌していた。

 

 原罪の深紅の空と、穢れなき純白の大地。地平線で分かたれた下方には、漆黒の闇がどこまでも広がっている。

 そして。その中で、レンは見る。

 無惨に朽ち果てた、姫様(エルゼ)の姿を。

 

 

「ひめさっ…………!?」

 

 自分の声で、目が覚めた。

 呼吸が浅い。心臓の鼓動は早くて、全身が冷や汗でびしょ濡れになっていた。

 深呼吸を何度か繰り返して、レンは自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

「あれは……、夢だ」 

 

 そう。夢。己のトラウマが作り出しただけの幻想だ。そんな事は誰も思っちゃいない。俺の弱い心が、自分を責め立てているだけだ。存在しない、虚構でしかない。

 呼吸と意識が落ち着いたところで、レンは胸中でぽつりと呟く。

 

 ……もう、一年も経つのに。まだ、俺は引きずっているのか。

 一年前と比べて、頻度は一ヶ月に三、四回にまで下がってきている。けれど。それでもまだ、この悪夢から解放される気配はない。

 

「……そりゃあ、そうだよな」

 

 自分の思考に、レンは自嘲混じりの笑みをもらす。

 当たり前だ。俺はあの時、確かに姫様(エルゼ)を見殺しにしたのだから。

 原罪と浄化の世界に、姫様(エルゼ)を一人見捨てて逃げ帰った。それは変えられない過去で、揺るぎようのない事実だ。

 だから。これは、その罰だ。己の命惜しさに大切な人(あるじ)を見捨てた報いだ。

 

 はぁ、と大きなため息をついて。レンは水を取りに行こうと部屋を出る。廊下は、灯火(とうか)管制の影響で最低限の照明しかついていなくて薄暗い。階段の反対側、最奥の執務室から光がもれているのに気付いて、レンは目をしばたたかせる。

 

「……まだやってんのか」

 

 今日は祝勝会に連れ出していたから仕方ないとはいえ。こんな深夜にまで仕事をするのはやりすぎだ。明日は休暇だからといって無茶をするのは、身体を壊すもとにしかならない。

 開きかけていたドアを開け、執務室へと踏み入る。

 声をかけようとして、そこでレンは踏みとどまった。

 

「……なんだ。寝てたのか」

 

 そこには、執務机に突っ伏して無防備な顔をさらけ出しているリーナの姿があった。

 彼女の顔の下にはいくつもの戦闘データと、何かを書き連ねているらしいノートが見える。どうやら、戦闘分析の最中に寝落ちしてしまったらしい。

 

 起こしてベッドに促すことも考えたが、ここで起こしたらどうせまた戦闘分析を再開するだろう。そう判断して、レンはベッドから毛布をとる。

 突っ伏すリーナの肩に毛布をかけて、静かに立ち去ろうとした時だった。

 

「お、ねえ……ちゃん……」

 

 哀しげに呻く寝言に、レンは思わず立ち止まる。

 口の中に苦いものが広がっていくのを感じながら、今度こそ執務室を出た。

 

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