亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

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第四章 穢れなき戦場の中で
第十一話 平和な夢


 アルフェン山脈沿いまでの攻勢作戦が成功に終わり、いよいよ旧ヴァールス王国領への攻勢作戦が間近に迫ってきていた、六月上旬の夕方。

 

 その日も救援要請に応えて出撃して。全員無事で戦闘が終わって、日が落ちるころにレイズフォード駐屯基地へと帰還するさなか。

 眼下の後方駐屯基地に緑の樹葉(じゅよう)と花で飾り付けられたポールが立っているのを見て、フリットは呟く。

 

『そういや、もうそろそろ夏至祭の時期か』

 

 夏至祭。六月の下旬ごろに行われる、世界各地で開催されるお祭りのことだ。

 共和国においては、本来の意味である神への信仰と感謝は失われているが。それでも、年に数回の祭事として、飾り付けられたポールだけがその名残りとして残っている。

 

『一ヶ月後には人類の存続をかけた大作戦があるってのに、呑気なもんねぇ……』

 

 半眼でイヴが呟くのに、レンは言う。

 

「控えてるからこそ、やるんだろ」

 

 一ヶ月後に控える大攻勢――〈運命の聖槍(ロンギヌス)〉作戦は、共和国の使用できる全戦力をもって旧ヴァールス王国領へと突入し、全ての元凶たる〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉を破壊する――というものだ。

 

「旧ヴァールス王国領は、既に全域が浄化された地域だ。〈浄化〉作用にある程度対応できる俺たちと違って、普通の軍人にとっちゃ死地でしかない」

 

 生身の人間の場合、浄化された地ではどれだけ長く耐えたとしてもせいぜい半日しかもたない。その上、〈運命の聖槍(ロンギヌス)〉作戦は被害を顧みない突撃作戦だ。

 

「そんな作戦が間近に迫ってるんなら、今できる楽しみはやっておこうって思わないか? 死ぬ前に、後悔しないように……ってな」

 

 どうせ死ぬのならば、楽しい記憶は少しでも多い方がいいに決まっている。

 もっとも。この考え方も言葉も、全部姫様(エルゼ)の受け売りではあるのだが。

 苦しいことばかりを考えるんじゃなくて、少しでも楽しいことを見つけて生きよう。そういう姿勢はいかにも姫様らしくて、レンは好きだ。

 

『まぁ……確かに?』

『なんだ? それは誰かの受け売りか?』

「そうだよ! 悪かったな!」

 

 不貞腐れたように言い捨てるのに、くっくとフリットが笑う声が聞こえてくる。どうも、レンの思考は彼にはお見通しらしい。

 それきり会話は途切れて、耳には士官たちの叫び声と風の音だけが鳴り響く。

 

『なら、私達もやりませんか? 夏至祭』

 

 突然、リーナがそんなことを言い放った。

 言葉の節々に無邪気な上機嫌さを感じ取って、レンは肩を竦める。

 

「別に反対はしないけど……特別になにかできるような食糧の余裕はないぞ? 前に貰ったジュースとかはもう飲み切ったし」

『それについては大丈夫です。私がなんとかしますので』

 

 自信ありげに言われるのに、レンは目をしばたたかせる。

 いったい、どういう打算があってなんとかすると言っているのだろう。

 疑念を抱くレンを傍目に、レイチェルの楽しげな声が通信機に響く。

 

「なら、決定、ですね!」

 

 

 

 

「――以上のことから、この行事を私達が開催することは極めて合理的かつ有効な行動であると思われます。……司令、どうか、追加補給の申請許可を」

 

 今日の戦闘の口頭報告を終えて、司令部からの通達も聞き終わって。()()についての有用性を淡々と提示したリーナは、そう締めくくった。 

 しばし、ブローディア司令は沈黙して。いつもの無感情な口調で言う。

 

『……確かに、君の言う通り「夏至時期における催事」の開催には、部隊の士気向上や結束力の強化が期待できる。……しかし、』

 

 続く言葉を遮って、リーナは抗弁する。

 

「先の〈幻影の嵐(ファントム・ストーム)〉作戦において、私達はレクス回廊付近に発生した〈集結地(シェオル)〉の掃討および〈指揮統制種(ムネモシュネー)〉の撃破に成功しました。また、北西戦線における大攻勢――〈春の目覚め(スプリング・アウェイキング)〉作戦においても、私達は突破路の構築のほか、進撃路上に出現した大型種や〈指揮統制種(ムネモシュネー)〉の排除など、あらゆる不安要素の排除に奔走し、結果、この作戦に私達は多大な貢献をいたしました」

 

 一度、短く息を吸って。凛然とした声音でそれを告げた。

 

「以上の功績から、私達には追加補給を要求する権利があると思われます。ここまでの活躍をしてもなお、報奨がないと周知されれば、紅瞳種戦術義勇軍(RTVF)全体の士気にも関わるのではないでしょうか」

 

 ブローディア司令はしばしの間沈黙を貫いて。帰ってきたのは、いつもよりもほんの僅かに暖かみのこもった声だった。

 

『……大尉の申し入れは許可しよう。ただ。全ての要求に応えられる訳でないことを承知して貰いたい』

「……! はい!」

 

 ぱあっと顔を明るくして、リーナは応答する。

 勝算は十分にあると考えてはいたが。それでも、要求が通ったことはとても嬉しかった。

 

『明後日の補給申請期日までに、追加の申請品目を纏めて提出したまえ』

 

 こくりと頷いて。リーナは見えない司令に敬礼を送る。

 

「了解しました!」

 

 

 

 

「……なにを、そんなに難しい顔をしてるんですか?」

 

 夕食の支度中。隣で久しぶりに支給された葉野菜を切り終わったレイチェルに訊ねられて、レンはさも当然かのように言葉を返す。

 

「夏至祭、やるんだろ? なら、今からメニューは考えとかないと」

 

 明後日の補給申請期日を逃すと、次に申請できるのは〈運命の聖槍(ロンギヌス)〉作戦のあとになる。それでは夏至などとっくの昔に終わってしまっているし、何より明日も全員が生きているという保証はないのだ。

 

 実際につくれるかどうかはともかくして。それまでにメニューを決めてリーナに必要品目を申請しておかないと、夏至祭の時期には間違いなく間に合わない。

 

「とは言っても、そんな大それたことはできないんでしょ?」

 

 〈魔術式銃(クラウソラス)〉を整備しながらイヴが言うのに、レンはスープに野菜を放り込みながら苦笑をもらす。

 

「まぁ、それはそうなんだけど」

 

 アティルナ共和国は海洋を失って久しい上に、その他の嗜好品類に関しても生産の余裕がないために殆ど流通していない。

 場合によっては、金よりも高値がついていたりすることもあるぐらいなのだ。仮に流通していたとしても、価格が高騰しすぎて紅瞳種戦術義勇軍(RTVF)では仕入れることはまず不可能だろう。せいぜい生クリームぐらいが関の山だ。

 

「あれ? まだ少し早かったですかね?」

 

 聞き慣れた凛然とした声に、レンは朱色の瞳を振り向ける。丁度食堂へと入ってきたリーナは、どことなく上機嫌だ。 

 

「あと十分ぐらいだし、丁度いいぐらいだね。……その感じだと、通ったんだ?」

「はい。明後日の期日までに申請書を提出しろと」

 

 言いながら席へと座ると、そのタイミングで洗濯を終えたフリットが帰ってきた。

 

「お、もう隊長も来てたのか」

「ええ。今さっき来たところですけれど」

 

 にこりと微笑むのに目線で笑顔を返して、フリットはレンへと顔を向けてくる。

 

「まだ時間かかりそうなら手伝うが」

「残念ながら今できあがったところだよ。……さ、早く席座って」

 

 そう言って、レンはレイチェルと一緒に配膳を始める。今日の夕食は、じゃがいもと葉野菜のたっぷり入ったコンソメスープだ。

 ビーフジャーキーも一緒に入れてあるから、普通のコンソメスープよりも旨味が増してより一層美味しくなる。限られた食糧品で少しでも美味しくなるようにと、試行錯誤して編み出した料理法だ。

 〈魔術式銃(クラウソラス)〉の整備を一旦辞めて、イヴが席へと着いたのを確認してから、一同は夕食を食べ始める。時々、他愛もない話を交わしながら。

 

「そういや皆さん、甘い物って大丈夫ですか?」

 

 雑談の中で唐突にリーナに訊ねられて、一同は困惑を交えつつも答える。

 

「俺は大丈夫だけど……、みんなは?」

「私も、別に嫌いじゃないけど」

「俺はいけるが」

「私も食べれる……というか、好きですけど。急にどうしたんですか?」

 

 レイチェルの問いに、リーナは少し照れたような笑顔を浮かべる。

 

「レイチェルとオーレンキール少尉の誕生日が近いでしょう? 材料が手に入るかはまだ分かりませんが、できるのならケーキをつくろうかなと思いまして」

「私の誕生日、覚えててくれてたんですか……!?」

 

 レイチェルが驚愕と歓喜の入り交じった嬌声を上げるのに、リーナは得意げな表情を浮かべてさも当然かのように答える。

 

「当たり前でしょう。私はあなた達の上官なんですから、ちゃんと全員分覚えていますよ」

 

 そのままの表情を浮かべて、リーナは一人一人の顔を見つめて誕生日を次々と言い当てていく。

 

「レイチェルが六月二四日で、オーレンキール少尉が七月七日。ラインハート少尉は九月一五日で、ブローディア中尉が一二月二五日です」

「それで、リーナさんが一月一日、でしたよね」

 

 付け加えるようにレイチェルが言って。にこりと、心底幸せそうな笑みを浮かべて、彼女は続ける。

 

「みんなの分も、全員でお祝いできたらいいですね」

 

 その言葉に、一同は無言の肯定を返していた。

 レンたちが居るのは戦場で、つまりは常に命を危険に晒しているような状態なのだ。こうして全員で夕食を食べて、笑って過ごせているだけでも奇跡に近い。

 湿っぽくなった空気を吹き飛ばすように咳払いをして、レンは当初の話題へと話を戻す。

 

「……それで。話戻すんだけどさ。リーナはその肝心のケーキ、つくれるの?」

「技術的にはできなくはないのですが……、私にはあまりそれに割ける時間がなくて。できれば、ブローディア中尉の手を借りたいのですが……、よろしいでしょうか?」

 

 申し訳なさそうに視線を向けて来るのに、レンは肩を竦める。

 

「断る理由もないしね。手伝うよ」

「……! 助かります」

 

 ぱあっと表情が明るくなるのに、レンはますます苦笑をもらす。別に、そんなことは苦労のうちにすら入らないのに。

 

「じゃあ、いつも使う食材とかは片方の冷蔵庫に集めといた方が良さそうだな。ケーキは当日のお楽しみにしてた方がいいだろうし」

「……そういうの、当人がいる前で言っていいもんなの?」

 

 イヴの苦言に、フリットはこともなげに応える。

 

「言わなきゃ事故るだろ?」

「まぁ……、それはそうなんだけど」

 

 いまいち釈然としないらしいイヴをよそに、レンは言葉を続ける。

 

「なら、二番冷蔵庫の方にそれ用の食材とかは全部入れとくか。ケーキは……」

 

 しばし、考えて。続けた。

 

「一番上の段に置いとこうか。前にパーテーション置いとけば見えないだろうし」

「ええ。それで大丈夫だと思います」

 

 こくりと、右斜め前でリーナが頷くのが見えて。レンはにやりと笑みをこぼす。

 

「レイチェルは手届かないと思うけど……、二人とも、くれぐれも覗き見するんじゃないぞ?」

 

 そんな売り言葉に、イヴは呆れたようにぼやく。

 

「ガキじゃあるまいし、やるわけないでしょ」

 

 

  †

 

 

 それから数日後。無事に申請していた補給物資が届いて、昨日の夕方にはケーキの材料も何とか到着して。夏至祭の開催に向けての準備は、着実と進んでいた。

 今日も防衛線からの救援要請で出撃して、全員無事で夕方までを戦い抜いて。いつも通りのあかいろに染まる薄暮の空をゆっくりと飛びながら、レイズフォード駐屯基地へと向かっている時だった。

 

「……最近、ちゃんと寝れてるか?」

 

 いつの間にか近くに来ていたレンが、訝しげな表情で訊ねてくる。その問いに、リーナは何とか笑顔を取り繕って答えた。

 

「ええ。ちゃんと睡眠はとっていますよ?」

「嘘つけ。今日の戦闘、危なかったぞ」

 

 見透かしたような真剣な表情と声色で追及されて、リーナはしばし押し黙る。

 さっと目を伏せて、観念したように小さな声で呟いた。

 

「……すみません」

 

 いつの間にか随分と嘘が下手になってしまったな、とリーナは胸中で苦笑いを浮かべる。

 彼の言う通り、最近は〈春の目覚め(スプリング・アウェイキング)〉作戦で入手した情報の分析だったり、夏至祭の準備だったりであまり眠れていなかったのだ。

 

 自分では戦闘に支障はないと思っていたが……。どうやら、気付かないうちに彼らには迷惑をかけてしまっていたらしい。全員の命を預かる身として、部下たちに不必要な負担を与えていたのはあるまじき失態だ。

 罪悪感に俯くリーナに、レンは苦笑したように笑う。

 

「情報分析が大事なことなのは俺も分かってるけどさ。けど、それであんたが怪我でもしたら元も子もないだろ? ましてや、俺たちの負担になっちゃ本末転倒だ」

「……」

 

 宥めるような口調の言葉に、リーナは全く返す言葉がなかった。思わず、自嘲の笑みがこぼれ出る。

 危険を遠ざけるために情報分析をしているのに、それが原因で彼らに負担を強いてしまっていてはまるで意味がないではないか。彼の言う通り、本末転倒でしかない。

 とはいえ、どちらかを疎かにすることなどはできないし。とリーナは胸中で呟く。

 どうしたものかとしばし考えて。リーナは、レンの瞳を真摯に見つめ返す。

 

「では、今日の準備は中尉、あなたに一任してもよろしいでしょうか?」

 

 どちらも疎かにできないのならは、私にしかできないことに集中しよう。それが、リーナの出した結論だった。

 幸い、ケーキはレン一人でも作ることができる。久しぶりのお菓子作りができないのは残念だが、だからといって情報分析を士官教育のない部下にやらせるわけにはいかないのだ。隊長として、ここは己の楽しみよりも優先すべきことをやるべきだ。

 一瞬の暗い表情を見抜いてか、レンはにっと無垢な笑顔をつくって言う。

 

「任せとけって。今日はちゃんと寝て、明日、一緒に飾り付けしようぜ」

 

 その言葉に、リーナは今度こそ偽りのない笑顔で答えた。

 

「はい!」

 

 

 

 駐屯基地へと帰還して、そこでレン達とは一旦別れて。二回の執務室にある通信モニターの画面を見て、リーナは目をしばたたかせる。

 

「……不在着信?」

 

 そこには、司令部からの一通の不在着信が表示されていた。時刻は今から数分前。恐らく、リーナたちが帰還してくる時間帯を見計らったものだろう。

 とはいえ、司令部から直接通信をかけてくるのはこれが初めてだ。何かあったのだろうかと首を傾げながら、リーナは司令部へと通信を繋げる。

 三コール目で、通信は繋がった。

 

「……! こちら第二特戦隊隊長、エルリーナ・エーデルヴァイス大尉です。つい先程司令部よりこちらに着信があったようですが、なにか急用でもあったのでしょうか」

 

 リーナの問いに、ブローディア司令は淡々と、けれども彼にしては珍しく僅かに感情のこもった声音でそれを告げた。

 

『本日午後二時、君達に明日出撃の緊急任務が下達、発令された』

 

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