亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

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断章Ⅱ There's a flip side to everything
断章Ⅱ There's a flip side to everything


「あれって、ホントに倒しても良かったのかな?」

 

 

 五年前。最初の〈セフィラ〉を破壊し終えた、その日の夜のことだった。

 人工の光の一切ない暗闇の中、一緒に見張りをしていた姫様(エルゼ)が、不意にそんなことを言うのにレンは訝しげな目を向ける。

 

「なに言ってんですか? 〈セフィラ〉はおれたちの国を消した、〈生命(セフィロト)の樹〉の一部なんですよ? 倒していいとか悪いとかじゃなくて、倒すべき、倒さなきゃなんない相手ですよ」

「それはそうなんだけどさ……?」

 

 疑念の表情を変えない姫様(エルゼ)に、レンは呆れと困惑の入り交じった声音で問う。

 

「……姫様は、なにがそんなに気がかりなんですか」

 

 〈生命(セフィロト)の樹〉を破壊しない限り、世界の浄化も〈ティターン〉の発生も止まらない。それらの発生要因である〈セフィラ〉は、壊す理由こそあれどそのまま放置しておく理由は皆目見当たらないのだが。

 しばしの沈黙ののち、姫様(エルゼ)はいつもの明るい口調で訊いてきた。

 

「レンくんはさ、『表裏世界説』って知ってるかな?」 

「……なんですか、それ」

 

 やっぱり知らないか、と肩を竦めて、姫様(エルゼ)は続ける。

 

「世界歴史学とか、魔力学とかで度々議論になってた話でね。この世界にはもう一つの世界――つまりは『裏』の世界があるって説だよ」

「裏の世界……?」

 

 なんともオカルティックな話だな、とレンは眉を(ひそ)める。

 超自然的なことを扱う魔力学はともかくとして。なぜ、史料を読み解くのが仕事な歴史学の場で、そんな頓珍漢(とんちんかん)なことを議論しているのだろうか。

 魔術で焚き火に薪を投げ入れながら、姫様(エルゼ)は続ける。

 

「この世界にはエネルギー保存の法則がある。だから、薪を火にくべようがそのエネルギーがこの世界から消えるようなことはないし、逆に全くの無からエネルギーが生じるようなこともない。……ただ、魔力を除いてはね」

「……それが、さっきの話となんの関係があるんですか」

 

 半眼で言うレンに、姫様(エルゼ)は得意げな顔を浮かべた。

 

「全くの『無』からエネルギーや、時には物質さえも創り出すような力――魔力。そのエネルギーや物質は、いったいどこからやってきているのか。そう思ったことはないかな?」

「た、たしかに……?」

 

 思わず、興味のこもった相槌を打っていた。

 姫様(エルゼ)の言う通り、『無』から何かを生み出すような力など、本来ならばありえないはずなのだ。

 力の根源となる何かがなければ、あらゆる物質やエネルギーは発生しない。それは、現在のあらゆる方面の科学研究によって証明されている。

 

 そもそも。魔力というもの自体、いまだ計測すらも実現できていない未知の力なのだ。

 自分の趣味を人に話せて嬉しいといった笑みを浮かべて、姫様(エルゼ)は続ける。

 

「そこで考え出されのが『表裏世界説』だよ。私たちのいるこの世界がいわゆる『表』の世界で、魔力は『裏』の世界から漏れ出したものだっていう説だね」

「でも、それがなんで歴史学の場で議論されてるんですか?」

 

 魔力学でそういう議論がなされるのはまだ分かる。だが、裏表の世界の話が、どうして歴史学にまで派生するのだろうか。

 

「超古代文明の文献に、こういう記述があるんだ。“正世界の証明たるセフィロトに、私達は渾沌(こんとん)と厄災を封印した。負の世界たる奴等の地を、私達は〈クリフォト〉と名付けた”。――っていうのがね」

「……えと、」

「あー、急にこんなこと喋られても訳わかんないよね、ごめん。一人で突っ走っちゃうのは、ボクの悪い癖だね」

 

 苦笑を浮かべてそう言うと、姫様(エルゼ)は魔術を使って宙空に文字を並べ立てていく。淡い燐光の単語を一つずつ指差して、姫様(エルゼ)は続けた。

 

「“正”の世界には“セフィロト”が。“負”の世界には渾沌(こんとん)と厄災が。この記述は、世界中で発掘されたあらゆる超古代文明に記されている文言なんだ。そして。超古代文明に記載されている“セフィロト”と、ヴァールスの地に刻み込まれた巨大な紋様である〈生命(セフィロト)の樹〉。この二つは、形状も紋様も完璧に一致している」

 

 唯一、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉のある〈神の真意(ダアト)〉だけは違うけどね。と付け加えて、姫様(エルゼ)は燐光の文字を消し去った。

 

「つい長々と喋っちゃったけど……。つまりは、ボクたちの倒した〈セフィラ〉からは、もしかしたらもっと危険なものが出てくるのかもしれないってことだよ。それこそ、世界に渾沌(こんとん)と厄災を振り撒く存在……。たとえば、悪魔とかね」

 

 にっと快活な笑顔を向けられて、レンは肩を竦める。

 

「悪魔って……。そんなの、おとぎ話に過ぎないでしょ」

 

 いくら世界がめちゃくちゃな状態になっているとはいえ、そんなおとぎ話の中の存在まで出てくるわけがない。

 爽やかな笑い声を上げる姫様(エルゼ)を傍目に、レンは小さく息を吐いて。真面目な声音で言う。

 

「でも。どのみち今は〈セフィラ〉を倒していくしか道はありませんよ。でないと、おれたちが〈ティターン〉に滅ぼされるんですから」

 

 レンの言葉に、姫様(エルゼ)はゆっくりと、感慨深げに目を瞑って。再び開きながら、彼女はぽつりと呟いた。

 

「……ま、それもそうだね」

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