亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

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第五章 エーデルヴァイスと騎士
第十七話 穢れなき浄化の地へ


 絶えず響き渡る爆発と銃声の大音響の中、レンたちの輸送機は赤い空と(しろ)い大地の狭間を駆け抜けていた。

 窓外では、光の十字架と爆散する機体の光があらゆるところで煌めいては消えていく。爆撃機の大型ロケット弾が発射され、色の違う〈天竜種(ヒュペイオン)〉の群れを纏めて消し飛ばす。次の瞬間、その爆撃機は別の方向から襲いかかってきた〈天竜種(ヒュペイオン)〉に胴体を食い荒らされていた。

 

 その隙に、別の戦闘機隊が爆撃機を食らう〈天竜種(ヒュペイオン)〉に対してロケット弾の斉射を叩き込む。

 討っては討たれ、そしてその爆炎が赤い空の至るところで咲き誇る。そんな地獄の様相が、機体の外では繰り広げられていた。 

 そして。その戦闘の様子は、敵地の深奥に近づくに連れて刻々と激化して、そして劣勢に立たされていく。

 

 浄化の領域へと侵入してから、約二時間程が経った頃。各自で武器の点検を行っている最中に、レンたちはそれを聞く。

 

『まもなく投下地点に到達します。各員、降下準備を開始してください』

 

 言い終わるのと同時に。機体後方の投下扉のロックが外れる音が響いた。

 と思うと、その扉は徐々に下開きに開いていく。吹き込む風はなく、けれど鮮烈な戦場の音だけが入り込んでくる。

 開いた扉から見えるのは、相変わらずの紅い空と(しろ)い大地。そして。そこだけ世界を作り忘れたかのような、真っ黒な場所がいたるところに広がっていた。

 眼下の白黒の大地を見て、イヴがぽつりと呟く。

 

「あれ……時空断絶だっけ」

「正確には、時空“断裂”だな。浄化の力が強くなると、普通なら起こるはずのない圧縮が起きる。その結果が、あれだ」

 

 詳しいことは、未だに何もわかっていない。ただ。

 静かに目を細めて、レンは警告する。

 

「あれに落ちたら最後、〈ティターン〉だろうが二度と帰ってこれない。……落ちないでよ」

 

 イヴとフリットは、隣で静かに頷くだけだった。

 機内通信から、操縦士(パイロット)の声が響く。

 

『投下地点に到着しました! 各員、出撃開始!』

 

 了解、と全員が返すと。レンは躊躇なく白黒と赤の世界へと飛び込んでいた。

 レンを先頭にして、イヴ、フリットが降下に続く。三人の後方につくのが、リーナだ。

 降下ののち、頭上の輸送機が来た道を帰ろうと進路を変える。その傍ら、レンたちは身体強化と武器への魔力付与(エンチャント)をかけていた。

 

 身体が宙に浮き、降下が止まる。〈魔術式銃(クラウソラス)〉の銃剣が鮮やかな緋色に染まるのを傍目に、他の三人も魔力付与(エンチャント)を終えるのを見る。

 視界の奥で時空断裂へと墜落する戦闘機を見ながら、レンは告げた。

 

「これより、第二特戦隊および特別挺身隊は北西方向へと突撃。敵地深奥の〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉に接触する!」

 

 

 

 通常のそれよりも遥かに巨大な〈ティターン〉の間を潜り抜け、時には撃破しながら、レンたちは〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉のある方角へと一目散に突撃する。

 通りがかりの戦闘機が、敵に機体をぶつけてレンたちを守る。恐らくは、共和国軍の操縦士(パイロット)が。

 

 たとえ、相手が忌むべき紅瞳種(ルファリア)だとしても。彼らにとっては守るべき対象なのだ。

 でないと、この作戦は失敗する。そしてそれは、家族の死とともに人類の滅亡を意味するのだから。

 十分ほどを進んだところで、()()は唐突に視界に現れた。

 

『なっ……!?』

『えっ……!?』

 

 驚愕するフリットとイヴの声が通信機から聞こえてくる。ぎり、とレンも無意識に奥歯を噛み締めていた。

 真紅(しんく)の空と時空断裂の闇の中、(しろ)い島々だけが辛うじてそこに土地があったことを伝えている。それ以外の構造物は、何もない。かつて栄えたヴァールス王国首都フェアシュプレとしての面影は、もはやどこにも残っていなかった。

 

 唯一。そこには、一年前と同じ深淵の黒色が巨大な円弧を形作る姿――〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉だけが厳然と佇んでいる。

 全て、一年前と同じ。姫様(エルゼ)を見捨てて逃げ帰ったあの時と何も変わっていない光景だ。人類を滅亡の危機へと追いやり、刻々と世界を浄化している、全ての元凶。始まりの爆心地。

 

 〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉からは、滅多に発見されることの無い巨大な〈ティターン〉が這い出てきている。その〈ティターン〉の異様に、イヴが思わず呻いていた。

 周囲の取り巻きと、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉から這い出てくる〈ティターン〉の討伐。それが、レンたち第二特戦隊に与えられた役割だ。その役割を、共和国軍は“目標撃破のための脅威の排除”という名称で与えた。なにが、目標撃破のため、だ。

 

 通信機に、冷徹を装った少女の声が届く。

 

『ここまでの護衛、ありがとうございました。以後は作戦の司令通り、周囲の〈ティターン〉掃討をお願いします』

 

 それだけ言い置くと。リーナは通信機を切断した。

 直後。覚醒紋章を起動すると、立ち止まるレンたちの間をすり抜けて〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉へと全力で突撃していく。使命以外の全てを振り払うかのように。

 その背中に目を細めて。レンは通信機へと告げた。

 

「……じゃあ、頼むぞ。フリット、イヴ」

『ええ』

『任せろ』

 

 短く、そう応答するのが聞こえて。

 レンは決意のこもった声で答える。

 

「……行ってくる」

 

 それきり通信を切断すると。レンは覚醒紋章を詠唱しながら、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 迫り来る無数の腕を斬り裂き、蛇のようにも見える何かを斬り捨てて、リーナは〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉へと突撃する。

 狂気の絶叫が耳を(つんざ)き、幻覚のように揺れる視界とあいまって正気が削がれていく感覚を覚える。けれど。決して進む足は止めない。

 

 これが私の使命だから。私がやるべき、なすべきことだから。だから。どんなに身体が痛もうが、心が軋もうが。私は、絶対にこの門を破壊しなければならないのだ。

 身体強化で研ぎ澄まされた感覚に、謎の直感が走る。本能のままに停止して――直後、眼前に漆黒の球体が現れた。

 即座にその場を離れて、漆黒の球体は瞬く間に大きくなっていく。一秒も経たないうちに、それは先程リーナのいた場所を完全に飲み込んでいた。

 

 ぎり、と奥歯を噛み締めて。リーナは太もものナイフを取り出す。取っ手に触ったと同時に魔力付与(エンチャント)を施し、狙いをつける。刹那、球体の中央めがけてそのナイフを投擲(とうてき)した。

 淡い魔力の燐光(りんこう)を纏わせながら、ナイフは黒い球体の中央へと吸い込まれるようにして飛んでいく。

 が。刃が球体に到達しても、そこには何の変化も見られなかった。

 

「え……?」

 

 戸惑う間にも、黒い球体はどんどん小さくなっていく。そのまま完全に消滅したかと思うと、そこには()()()()()()()()()()()。魔力の燐光は、どこにもない。

 

 ――あれは、まずい。

 

 咄嗟にそう思った。直感が感じるままに、リーナは動く。周囲のあらゆるところで漆黒の球体が発生しては消えていく。それらの一つにでも当たれば大怪我になるのは分かりきっていた。

 恐らく、この黒い球体は〈勇者の弓矢(ブレイヴ・スワロー)〉作戦の時に遭遇した天使と竜――〈アスタロト〉が発したものと同じものだ。掠っただけで左腕を叩き折られた、去り際のものと。

 

 黒い球体を避ける間にも、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉から生える闇と蛇の腕は幾度となく襲いかかってくる。

 正直、打つ手がなかった。猛攻を捌くのに精一杯で、攻勢に出る余裕がない。多少の負傷を覚悟で打って出れば最後、何もできずに死ぬ。結果は明らかだ。

 

 とはいえ、このままではジリ貧だ。そう遠くないうちに、リーナは負ける。使命を果たせずに。〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉に、傷一つ負わせられずに。

 どうしたら、この状況を打破できるのか。焦燥の中で必死に考えを巡らせている時だった。

 

 虚空から発生した黒い球体を(かわ)したその先には、闇と蛇の腕が待ち構えているのをリーナは見る。

 身体は速度を乗せているために、急停止はできない。かといって迎撃するにも、距離が近すぎて対応が間に合わない。

 ……ああ。これで、終わりか。

 ゆっくりと進む時間の中で、緩慢とそう思った時だった。

 

『リーナ!』

 

 聞き慣れた男の子の声と同時に、視線の先にいた腕が魔力の光条に焼き尽くされる。思わず振り向いた先、そこには左目を赤く煌めかせるレンがいた。

 通信機を起動して、対象をレンに設定する。繋がるなり、リーナは怒鳴っていた。

 

「あ、あなたは、いったい何をしているんですか!?」

 

 彼に課された役割は、戦域の確保だ。〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の撃破は、リーナに一任されている。

 それに。彼の左目の発光は、覚醒紋章を使用した証拠だ。

 

「覚醒紋章も、使うなと言ったでしょう!?」

 

 一旦戦域を退避して、覚醒紋章を解除する傍ら、リーナは叫ぶ。覚醒紋章の代償は、生命(いのち)。使えば使うほど、生きる時間は短くなるのだ。だから、使うなとあれほど言ったのに。

 

『今のあんたは、俺の上官じゃないだろ? なら、そんなの守る義務もないな』

 

 ふ、と、軽口のような口調でレンは言ってくる。こっちは、本気で心配してるのに……!

 

『なぁ、リーナ』

 

 一転、真剣な声が聞こえてきて、リーナは戸惑う。

 

『おれは。おれ()()は。リーナと一緒に生きていたいんだ。だから、こんなふざけた作戦には従えない』

「っ……」

 

 やめて。そんな言葉で、私の心を揺さぶらないで。

 

「……なんですか、それ」

 

 私は、使命を果たさなくちゃならないのに。この身を捨ててでも、王家の罪を償わなければならないのに。

 なのに。なんで。そんなことを言うのだろう。私が使命を果たさなければ、ここで死ななければ。あなたたち紅瞳種(ルファリア)はずっと今の辛いままなのに。

 激情を堪えた声が、通信機に届く。

 

『それに。こいつは、俺にとっても倒さなくちゃならない存在(やつ)なんだ』

 

 深い、後悔の滲んだ声だった。いったい、この一年間でどれだけの後悔と悲嘆を積み重ねてきたのだろう。今の一瞬で、それは容易に想像ができた。

 

 ……彼も、リーナと同じなのだ。エルゼという大切な人を喪って、自分の存在意義が分からなくなってしまった。それこそ、生きる価値があるのかと考えてしまうほどに。 

 リーナの真紅の瞳に、決意の炎が宿る。

 まだ、こんなところで死ぬわけにはいかない。彼の心に、新たな傷をつけたくない。そんな思いが湧き上がってきていた。

 

「……〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉は、どこを討てば倒せるんでしょうか」

『それが分かってたら、一年前に逃げ帰ったりなんかしてないよ』

「ですよね……」

 

 〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の攻撃範囲外から、リーナはそれをじっと見据える。漆黒の円。実際に見えるのはそれだけで、核がどこにあるのかなど全く予想がつかない。というか。そもそも、こいつに核なんてものはあるのだろうか。

 

『……ただ。円の端に見える金色の輪は、一年前にはなかったやつだ』

「金色の輪……?」

 

 言われて、リーナは〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の外縁部分を注視する。そこには、彼の言う通り金色の輪が点滅しながら存在していた。

 ……他の部位への攻撃は、一年前にレンとお姉ちゃん(エルゼ)が一通り試したのだろう。その結果、何らの効果がなかったのだとすれば。

 しばし、考えて。リーナは告げた。

 

「私は左手から突撃します。レンは、右手から攻撃してください」

 

 一年前にはなかった、金色の輪への攻撃。他への攻撃に効果がないのならば、それしかないと思った。

 推測に根拠はなかったとしても。前例がないのならば、可能性は残されている。

 

『了解』

 

 短く、応答の声。

 一度深呼吸をして、心を落ち着かせる。悠然と佇む〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉を見据えて、リーナは再度それを(うた)い上げた。

 

「【過去と未来、そして現在(いま)()りし全能神よ。我ら薄雪(エーデルヴァイス)に民草を護り導く力を貸し与えん】――!」

 

 直後。緋色に染まる〈魔術式剣(アロンダイト)〉を両手で構えて、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉へと突撃した。

 

 

 

 

 同時期。戦域に蔓延(はびこ)る〈ティターン〉の掃討をしていたイヴとフリットは、巨大な黒色の球体が出現するのを見る。

 

「なんだ……!?」

 

 二人が困惑する間にも、その球体は別の個体を形作っていく。刹那、邪悪な衝撃波を伴って、それは実体化した。

 

『あれって……!?』

 

 イヴが驚愕の声を上げる。

 そこに発生していたのは、竜にまたがる天使の姿――〈アスタロト〉だった。

 

 

 

 

 黒い球体を(かわ)し、影と蛇の腕を〈魔術式銃(クラウソラス)〉で撃ち倒しながら、レンはそれを聞く。

 

『レン! 〈アスタロト〉が出た!』

「あいつが……!?」

 

 思わぬ事態に、声が大きくなる。〈アスタロト〉。前回の〈勇者の弓矢(ブレイヴ・スワロー)〉作戦にて唐突に現れては消えていった、レイチェルを殺した張本人だ。

 いかなる攻撃も通らず、全くの為す術がなかった、破滅の悪魔。

 そんなやつがなんで、今この状況下で。

 

『俺たちじゃあ時間稼ぎにもならねぇ! レン、いけるか!?』

 

 イヴもフリットもここまで生き抜いてきた精鋭とはいえ、やはりレンやリーナには及ばない。彼らに〈アスタロト〉の対処を任せるのは、それこそ二人を殺しかねない選択だ。

 焦りにぎり、と奥歯を鳴らしながら、レンは応答する。

 

「……了解!」

 

 迫る蛇の腕を銃剣で貫いて、通信対象を二人からリーナに変更。戦場の音にかき消されないように叫んだ。

 

「〈アスタロト〉が出た! 俺があいつをやるから、リーナはそっちを!」

 

 しばし、間が空いて。決然としたリーナの声が聞こえた。

 

『……了解しました!』

 

 

 

 

 (あか)い空と時空断裂の闇の中。〈アスタロト〉は、周囲に群がる〈ティターン〉と戦闘機隊を無差別に撃ち落としていた。

 漆黒の球体が回避行動をとる戦闘機のコクピットを削り取り、無謀にも〈アスタロト〉に向かう〈ティターン〉の胴体を消し飛ばす。幾数(いくすう)もの爆発が周囲で巻き起こり、けれども〈アスタロト〉本体は微動だにもしない。

 神聖と(おぞ)ましさを同時に兼ね備えた天使が、そこには悠然と佇んでいた。

 

 〈魔術式銃(クラウソラス)〉にありったけの魔力を注ぎ込んで、銃口を〈アスタロト〉の天使の方に向ける。人の心臓にあたる部分へと照準を固定。風による修正は、この浄化の世界では必要ない。

 憎悪と焦燥と、少しだけの恐怖と。様々な感情を弾丸に乗せて、レンは引き金を引いた。

 

 その弾丸は(あやま)たずに天使の左胸へと命中し――ない。

 真っ直ぐな軌道を描いた弾丸は、〈アスタロト〉の前で薄紫の障壁によって阻まれていた。

 

「はじ……かれた……!?」

 

 目にした光景に、レンは驚愕の声を上げる。〈魔術式銃(クラウソラス)〉が発揮できる最大の火力を叩き込んでもなお、〈アスタロト〉の個体防壁には傷一つ付けられないのか。

 漆黒の球体が発生するのを感じて、その場を離脱する。魔力を飛行魔術へと振り分けながら、レンは苦い表情で舌打ちした。

 きろり、と、〈アスタロト〉の――天使の瞳がこちらを向く。

 

『【哀れな仔羊。己の敵が何かも()らず、神の残滓(ざんし)に縋るとは】』

 

 脳に入り込んできた声に、レンは顔を(しか)める。

 

「頭に……直接入ってくる……!?」

 

 五感のどこからでもない、奇妙で不快な声だった。ただ。レンの魂が、これは目の前の天使の声だと告げていた。

 目の前の天使はこちらに向いただけで、口を動かしてすらいないのに。

 

「ッ……! 黙れッ!」

 

 声を振り払うかのように、レンは〈魔術式銃(クラウソラス)〉を何度も撃ち放つ。銃の限界にまで魔力を載せて、それらはただ一点、天使の左胸だけに狙いをつける。

 けれど。やはり。その弾丸たちは、ことごとくが弾かれていく。

 

『【己の神に見捨てられし愚民どもが、我に仇なすか】』

 

 魂に直接響く、神性の声。

 天使の声に気を取られていた、その刹那に。レンの左腕と右脚の部分に、黒い球体は発生していた。

 直感を削がれた分認識が遅れてしまって、レンはそれを見ながらも回避行動が間に合わない。直後、球体が拡大した。

 視界が暗転し、全身が捩じ切れるような激痛に襲われる。

 

「がぁっ…………!?」

 

 身体の至るところで骨が折れ、砕け散る。何とか抜け出すと、レンは口から血を吐き出しながら呻いていた。

 

「こんなの……どうやって戦えってんだ……!?」

 

 

 

 迫り来る闇と蛇の腕を斬り伏せ、周囲に発生する黒い球体を振り切りながら、リーナはただ一点、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の外縁部めがけて翔け抜ける。

 狂気の絶叫が耳を(つんざ)き、集中力が何度も途切れそうになる。それを理性で繋ぎ止めながら、リーナは何とか〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の外縁部にとりついていた。

 

 〈魔術式剣(アロンダイト)〉と飛行魔術にありったけの魔力を注ぎ込み、緋色の刀身が実体の二倍ほどにまで延伸(えんしん)される。背中の魔力の翼が、鮮やかな赤翼(せきよく)となってより一層に煌めきを増す。

 直後。急降下。剣の切っ先を外縁部の輪へと突き刺した。

 

「堕ちろッ!」

 

 影の腕があらゆるところから湧き上がり、リーナを握り殺さんと襲いかかってくる。それを傍目に、リーナは金色に沿って〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の外縁部を翔け抜ける。

 銃の扱いがてんでだめなリーナでは、こうして剣で直接斬り込むしか術がないのだ。それがどれだけ危険であったとしても、やらなければこの場に居る全員が死ぬ。

 それだけは、何としてでも阻止しなければならないから。

 

 右手で〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉を斬り裂く傍ら、眼前に待ち構える腕を睨み据えて、リーナは右腰からもう一振りの〈魔術式剣(アロンダイト)〉を引き抜く。即座に魔力付与(エンチャント)を施して、迫る腕に刃を叩き付けた。

 

 切った腕は跡形もなく消滅し、その間際に蛇のようなものが一瞬視界に映る。もう、何度も見た光景だ。

 絶叫の声といい、この視界といい。いったい、こいつはなんなんだ。左手の剣を鞘に戻しながら目を細めた、その時だった。

 

「あっ――――!?」

 

 突然、頭を割られたような激痛が生じて、リーナの意識が刹那吹き飛ぶ。意識が戻ってきた時には、全てが終わっていた。

 集中力が途切れたことで、覚醒紋章と魔力付与(エンチャント)は途切れ、飛行魔術も維持できずにリーナの身体は落ちていく。

 全身から力が抜けていき、握っていた右手の剣が手からこぼれ落ちる。その剣は、漆黒の球体に吸い込まれて消えていた。

 

 〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の腕が伸びてくる。応戦しようと剣を握るが、肝心の魔力は全く湧いてこない。それどころか、自分の腕を動かすだけで精一杯だった。

 

 ――なんで。私は。

 

 迫る無数の腕をどこか遠い気持ちで見つめながら、リーナはひとり呟く。

 この頭を割られたような激痛は、覚醒紋章の代償だ。

 家臣たちの血筋が使っていた覚醒紋章と違い、王家(エーデルヴァイス)の覚醒紋章はその効果も代償も強い。だから、一度使用すると身体に大きな負荷がかかるのだ。時には、生命機能そのものに影響をきたすほどに。

 

 ……けれど。だからって。たった数十分全力で魔力を使っただけで、限界が来るだなんて。いったい、私はどれだけ無力なんだ。

 魔力を失った生身の人間に、この腕たちを撃退する手段はもはやない。よしんば腕を撃退できたとしても、リーナに待っているのは〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉に落ちるか時空断裂の闇に落ちるかだ。どちらにせよ詰んでいる。

 

 王家としての使命も果たせなければ、レンたちの祈りすらも叶えられない。

 自分の無力さに、涙がこぼれ落ちた――その時だった。

 

 自分と無数の腕の間に、いつの間にか金色の粒子が割り込んでいるのにリーナは気づく。

 その粒子は瞬く間に集まって、人の形をした何かを形作っていく。輪郭がしっかりしてくると、その人型は〈アスタロト〉のいる方向に向かって銃を撃ち放つ。

 そして。その人型が実体化するのと、ほぼ同時。()()の持つ緋色の巨大剣は、迫り来る無数の腕を纏めて薙ぎ払っていた。

 

 突然現れた女性の姿に、リーナは呆然と立ち尽くす。

 肩で切り揃えた白銀の髪に、共和国軍の女性用士官軍服。振り向いてくるのは、リーナと同じ真紅の双眸。

 煌めく左眼を茶目っ気たっぷりにウインクして、彼女はにっと快活な笑みを向けてくる。

 いつか見た、思い出の中の笑顔そのままで。

 

「久しぶり、二人ともっ!」

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