亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

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第十八話 再会と、決着

 突然の援護射撃に驚いて、レンは射線の来た方向へと目を向ける。そこに見えた女性の姿に、レンは思わず目を見開いていた。

 

「姫様……!?」

 

 肩で切り揃えた白銀の髪に、〈魔術式剣(アロンダイト)〉と〈魔術式銃(クラウソラス)〉を左右に持ったその姿は。間違いなく姫様(エルゼ)のものだった。

 切っていたはずの通信機から、快活な少女の声が聞こえてくる。一年前に見捨てて、もう二度と聞くことはないと思っていたはずの声が。

 

『久しぶり、二人ともっ!』

 

 その声に、レンは眼前に敵がいることも忘れて呆然と呟いていた。

 

「ひ、姫様が、なんで……!?」

『細かい話はあと! 今は戦闘に集中して!』

 

 言われて、レンは〈アスタロト〉へと意識を向け直す。

 その時、唐突にレンの身体が光の粒子に包まれた。すぐに魔力の燐光だと気づいて、身構える。けれど。レンの身体に起こったのは、傷が癒えていく感覚だった。

 

 重い身体が軽くなり、頭痛が収まっていく。折れた骨こそ治らないものの、血管の破裂は修復されていた。

 いつの間にか隣に来ていた姫様(エルゼ)が、肩を掴んでレンの前に躍り出る。

 

「レンくん、君はリーナちゃんと一緒に〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉を! こいつは、ボクが相手をする!」

「で、でも。どうやって倒せばいいのかわかんなくて……」

「金色の輪さえ壊せれば、あの門は勝手に自壊する! 二人でやれば、できるはずだよ!」

 

 骨は治せなかったけど、それだけ治ったら大丈夫でしょ? と、姫様(エルゼ)はにやりとした笑みを向けてくる。

 そうか。さっきの治癒魔術は、姫様がかけてくれたのか。

 

「君とリーナちゃんは、ボクの自慢の子たちなんだから。だから、大丈夫。できるに決まってる!」

「……わかった!」

 

 決然の口調で答えると。レンはその場を発って、リーナのいる方へと全速力で向かった。

 

 

 

 レンが遠ざかるのを見送って。エルゼは、静止する〈アスタロト〉と対峙していた。軽快に、けれども一瞬の隙すらも見せないで、〈魔術式銃(クラウソラス)〉を構える。引き金に指をかけて、エルゼは笑った。

 

「そろそろ退()いてくれると嬉しいんだけど。どうかな?」

「【現世神(げんせいしん)の遺児が、我らの世界を(かて)に、死してなお存在し続けるのか】」

 

 脳に直接語りかけてくる言葉に、エルゼは苦笑する。質問に質問で返すなと、教わらなかったのだろうか。

 

「これが、ボクが遺した未来への保険だからね。分の悪い賭けではあったけど、上手くいったみたいだ」

 

 自分という存在を、丸ごと裏の世界――つまりは魔力の世界へと変換し、再び誰かが〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉を叩くのを待つ。それが、エルゼが遺した未来への保険だった。

 命を懸けて見つけ出した〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の撃破方法を伝え、余計な邪魔が入った時にそれを抑止するための力。それが、今のエルゼだ。

 

 〈アスタロト〉が、毒の霧と漆黒の球体を同時に吐き出してくる。それを見て、エルゼは口元に笑みを浮かべたまま、真紅の双眸を細めた。

 〈魔術式剣(アロンダイト)〉と〈魔術式銃(クラウソラス)〉にありったけの魔力を注ぎ込んで、エルゼは苦笑をもらす。

 

退()いてはくれない、か」

 

 

 

 

 エルゼから魔力を分け与えられたリーナは、再度覚醒紋章を使用して〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉へと突っ込んでいた。

 先程の症状から推測するに、リーナが全力で覚醒紋章を使用できるのはもって十分程度。それまでに、金色の輪を全て破壊できなければ終わりだ。勝ち目はなくなる。

 

 迫る影の腕を斬り伏せて、再度金色の輪に〈魔術式剣(アロンダイト)〉を突き立てる。

 そのまま、両断。切断面からは、漆黒の霧が噴き出しては消えていく。それを見て、リーナはお姉ちゃん(エルゼ)が言ったことが本当なのだと確信していた。

 

 お姉ちゃんが来る前に与えた傷は、癒えるどころか内から噴き出す圧力によって徐々にその亀裂を広げている。縦に斬ったからあまり見た目に変化はないが、その端を横に斬った箇所では、早くも金色の輪がめくれ上がっていた。

 この感じならば、ある程度の間隔で切り刻めば勝ち目は充分にある。 

 

 亀裂の中央部に、〈魔術式銃(クラウソラス)〉の銃撃が炸裂する。破壊された金色の破片が飛び散り、残った大きな輪の欠片が黒い霧にゆっくりと持ち上げられていく。

 その様子を驚きの表情で見つめていると、不意に、レンの声が通信機から届いた。

 

『リーナ!』

「ええ! わかってます!」

 

 こくりと頷いて。リーナは眼前に佇む〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の全容を見下げる。漆黒の球体が発生するから、高速で移動しながら、だが。

 円形を時計に見立てて、九時から十二時の区画は先程リーナが与えた攻撃でほとんど崩壊状態にある。これ以上は、放置していてもそのうち全ての金色が剥がれ落ちるだろう。

 

 となると。二人が破壊するべきは、零時から九時まで――つまりは四分の三の区画だ。

 戦域の安全確保はフリットとイヴが頑張ってくれているおかげで保たれているし、最大の障害だった〈アスタロト〉も、今はお姉ちゃんが抑えてくれている。

 

 けれど。それがいつまでも持つ保証はない。そしてそれは、二人も同様だ。

 覚醒紋章が切れれば、今度こそ使命は果たせなくなる。それどころか、命の危険すらもありうるのだ。

 私はともかくとして。レンには、そんなことは起こって欲しくない。

 漆黒の球体を振り切りながら、リーナは通信機に叫ぶ。

 

「私は時計回りでやります! レンは、反対側から!」

『了解!』

 

 それきり通信は途切れて、二人は各々の方向へと散っていく。リーナは右手へ、レンは左手へ。

 門の中から無数の腕が伸び、リーナへと襲いかかってくる。進む足を緩めずにそれを斬り払って、更に吶喊(とっかん)

 

 〈魔術式剣(アロンダイト)〉に更なる魔力を注ぎ込み、横薙ぎに一閃する。確かな感触とともにその場を離脱し、次の地点へと翔け抜ける。待ち構えていた腕に左脚を掴まれるが、それには目も向けずに即座に斬り捨てる。

 たとえ掴まれたとしても、力が入る前に斬り落とせば関係ない。

 

 金色の輪を切断する傍ら、対岸の方へとちらりと視線を送る。

 そこには、銃剣を突き刺して至近で〈魔術式銃(クラウソラス)〉を撃ち放つレンの姿があった。爆発と同時に後退し、赤い爆発を煙幕にして次の地点へと向かう。それに翻弄されて、無数の腕たちは彼を捉えることができない。

 

 さすがの戦闘だな、とリーナは思った。これまでの経験を存分に生かした、攻撃と防御を高レベルで両立した戦い方だ。 

 再び、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉へと目を向ける。僅かに、けれども確実に、門の漆黒は薄まってきていた。

 

「これなら、いける……!」

 

 静かに呟いて。リーナは金色の輪へと突撃していった。

 

 

 

 エルゼの〈魔術式銃(クラウソラス)〉が〈アスタロト〉の個体防壁を打ち破り、〈魔術式剣(アロンダイト)〉が天使の剣とつば迫り合う。

 魔力の火花が散る中で、脳内に〈アスタロト〉の声が響く。

 

「【己の神に捨てられた貴様らを、我が救済しようというのだ。何故、それを拒む】」

「わけわかんないこと言わないでくれないかな!」

 

 あえて弾き飛ばされて、距離をとる。刹那、元いた場所には漆黒の球体が現れていた。

 体勢を整えて、再び突撃。

 

「ボクは、二人に生きていて欲しい! ただそれだけだよ!」

 

 神がどうのだの救済がどうしただのはエルゼは知らない。ただ。二人には、この戦争を生き抜いて、幸せに暮らして欲しいから。

 

「だから、ボクは今ここにいるんだ!」

 

 

 

 斬撃と銃撃の閃光が、闇と赤色の世界で何度も何度も煌めいている。

 影と蛇の腕を斬り捨て、振り払いながら。レンとリーナは、着実に〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の破壊を進めていた。

 残る金色の輪は、五時と四時の間。ここを崩せば、この戦闘は終わる。紅闇種(ルファリア)への迫害政策も、王家に課せられた使命も、この戦争でさえも。全てが終わる。

 

 〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の闇はほとんど消えかかっていて、そこから這い出てくる〈ティターン〉はいない。伸びてくる闇の腕も、数が少なくて対応は随分と容易になっていた。

 けれど。それでもなお、リーナたちを圧殺せんと漆黒の球体だけは周囲に発生しては消えていく。

 最後の区画を両断しようととして――頭の割れるような頭痛に襲われた。

 

「っ……!?」

 

 制止したその一瞬の隙を突いて、闇の腕と漆黒の球体が襲いかかってくる。辛うじて球体の回避には成功したものの、その奥からは影の腕が迫ってきていた。

 どうにか飛行魔術は維持したが、身体に力が入らない。手から〈魔術式剣(アロンダイト)〉が滑り落ちていく。痛みで歪む視界には、十数本の腕が闇と蛇を交互で映していた。

 

『リーナ!』

 

 通信機に響く、レンの声。

 全速力で駆けつけたレンが、落ちゆく〈魔術式剣(アロンダイト)〉を拾って即座に魔力付与(エンチャント)。緋色の刃で、迫る腕たちを横薙ぎに一閃した。

 

『大丈夫か!?』

「私はいいですから、早くあれを!」

 

 あともう少しで、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉は完全に崩壊する。六年に渡って厄災を振り撒いてきた諸悪の根源が、ようやく終わるのだ。

 だから。今は、私よりもあっちの方が大事だ。

 

『……わかった!』

 

 それだけ言うと。レンは〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉へと突撃していく。なおも抵抗を試みる腕が巻き上がるが、それらは〈魔術式剣(アロンダイト)〉によって斬り捨てられていく。

 彼の銃剣が緋色に煌めき、魔力の燐光を纏わせる。痛む意識の中で、リーナは小さく叫んでいた。

 

「いけ――……!」

 

 

 

 漆黒の球体が、レンの眼前に現れる。しかし、レンは止まらなかった。

 全身がねじられる感覚を堪え、全速力で突き進む。リーナの覚醒紋章は、限界が来てしまってもう使えない。レンの方も、そろそろ限界だ。これ以上の継戦は身体がもたない。

 

 〈魔術式銃剣(カルンウェナン)〉に魔力を注ぎ込み、左手の〈魔術式剣(アロンダイト)〉を残る金色の輪へと投げつける。

 投擲(とうてき)した剣はまっすぐに直進し、切っ先が金色の輪へと突き刺さる。生じた亀裂に向かって、今度は銃剣を突き立てた。

 

 短く、深呼吸をして。レンは〈魔術式銃(クラウソラス)〉に残る魔力を集中させる。限界を迎えた魔術機構が悲鳴を上げ、銃の至るところにひびが入り始める。構わず、撃てなくなる限界まで魔力を注ぎ込んだ。

 

「終わりだッ!」

 

 吐き捨てるように叫んで。引き金を引く。

 

 ――瞬間。爆発。

 

 〈魔術式銃(クラウソラス)〉を離して、鮮やかに咲く魔力の爆発から距離をとる。そのままリーナの隣まで下がって――そこで、二人は目にした光景に絶句した。

 

「あ、あれは……?」

「なんだ……あれ……?」

 

 全ての金色の輪が外れ、消えゆくはずだった〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉。しかし、そこには、残った漆黒の闇をかき集めて、中央に一つの球体を創り出している姿があった。

 巨大な黒の球体は、次第に鮮やかな(あか)の光へとその姿を変えていく。瞬間、二人はそれの正体に気づいていた。

 

 ()()()()()()()。それは。

 魔力が爆発する時の光だ。

 

 

 

『全員速やかに退避! 〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉が爆発する!』

 

 魔力を介して届いたレンの叫びに、エルゼはちっと舌打ちする。

 

「やっぱり、そうきたね……!」

 

 〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の本質は、魔力の集まりだ。それはつまり、自身を媒体として大規模な魔力の爆発を引き起こせることを意味している。

 通常の〈ティターン〉が、死滅時に爆発を引き起こすのと同じ原理だ。

 

「【潮時か】」

 

 脳内に伝わる声が、それを最後に途切れる。目を向けると、そこにいたはずの〈アスタロト〉は姿を消していた。

 どうやら、神の領域に足を踏み入れている〈アスタロト〉でさえも、あの爆発には巻き込まれたくないらしい。

 そんなものがそのまま爆発すれば、二人どころかこの戦域にいる全員の命が喪われてしまう。

 そんなことは、絶対にさせない。

 

「……お別れ、かな」

 

 消え入りそうな声で呟くと。エルゼは、紅の球体へと全速力で向かった。

 

 

 

 眼前に煌めく紅の光を前にして、レンとリーナは呆然と立ち尽くす。

 これほどの大きさの爆発だ。万全の状態ならばまだしも、満身創痍の今ではどうやって逃げても、防護魔術を使っても、この死は避けられない。

 無意識のうちに、二人はお互いを求めるように手を繋いでいた。

 

 紅の球体が、更に光を強める。そして。〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉だった球体が爆発する直前。白銀の閃光が、そこへと突っ込んで行くのが見えた。

 

「……え?」

 

 小さく呟いて。

 直後。

 紅の閃光が、リーナたちの目と意識を()き払った。

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