亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

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第二話 戦地へ

 電車を使って都市の外縁部の駅まで移動して、そこから専用のシャトルバスで数十分ほど揺られたところが、指令書で指定されていた空軍基地だ。

 晴れ渡る蒼穹(そら)の下、検問所で指令書を見せて門を通過して、リーナは一面コンクリートで舗装された滑走路を一直線に歩く。

 

 遠巻きにこちらを見てくる空軍兵には一切の意識を向けない。どうせいつもの侮辱と嘲笑なのだ、反応していては誰にとってもためにならない。

 視界の奥、指定された双発輸送機の前にも軍服を着た人が何人か固まっていた。けれど、彼らの周囲には他の士官たちが寄り付こうとしないのに気付いて、リーナは怪訝に目をしばたたかせる。……もしかして。

 

 その場に立ち止まって指令書を取り出して。リーナは自分がこれから指揮する部隊――第二特別戦術戦隊〈ヴァイスエッジ〉の構成人員欄を見る。写真こそ添付されてはいないが、年齢と身長、それと性別ぐらいならば載っている。

 

 〈ヴァイスエッジ〉の構成人員は、リーナを除いて男性二名に女性二名だ。いずれもリーナと同じぐらいの年頃の。

 そして、眼前の輸送機の前に集まっているのは、男性一名と女性二名。遠くからなので確証は持てないが……恐らく、みんなリーナと同じぐらいの年齢だ。濃緑の軍服はどこかみんな様になっていて、それがただ着ている()()の存在ではないことを言外に告げている。

 ……つまり。彼らが。

 

「私の部下…………、なのでしょうか……?」

 

 思わず首を傾げて、リーナは誰に言うでもなく呟く。

 強制収容所内で厳しい訓練を受けてきた人たちだというから、正直もっと怖い雰囲気を纏った人たちだと思っていた。けれど。今、リーナが目にしているのは、共和国民と変わらない平穏さを纏った少年少女たちだ。

 あの子たちも、リーナたち(エーテルヴァイス)のせいで戦地に赴くことになってしまった被害者になる。

 

「あなたが第二特戦隊――〈ヴァイスエッジ〉の指揮官ですか?」

 

 突然声をかけられて、振り向くとそこには()()の瞳をした青年士官が近寄って来ていた。着ている戦闘服と瞳の色から察するに、彼がこの輸送機の操縦士(パイロット)か。

 先程までの困惑と慚愧(ざんき)を頭の片隅に押しやりながら、リーナは微笑を浮かべて応える。

 

「ええ。私が第二特別戦術戦隊〈ヴァイスエッジ〉の指揮官、エルリーナ・エーデルヴァイス戦時特務()()で――」

「エーデ……っ!? し、失礼いたしました、()()殿()()!」

 

 慌てて敬礼を返してくる操縦士(パイロット)の青年に、リーナは胸中で嘆息する。()()殿()()、か。

 

「その呼び方は辞めてください。今の私は王女でも何でもないんです。今の私は共和国陸軍の、ただの大尉なんですよ。それも、戦時特務の」

 

 普通の状況であれば、十六歳であるリーナが大尉などになることはまずないのだ。まして、経験のない新兵な上に紅瞳種(ルファリア)なのだからなおさらに。

 複雑な感情を笑顔の下に捨て置いて、リーナは続ける。

 

「あなたがこの輸送機の操縦士(パイロット)で?」

「はい。特務部からの司令を受けて、王女――じゃなくて、エーテルヴァイス大尉らの前線輸送を命じられております」

 

 ……ということは、やはりあの人達は私の部下なのか。

 納得と共にもう一つの疑問が浮かび上がってきて、リーナはそれを問う。

 

「一名がまだ来ていないようなのですが、()()は何か知っていますか?」

「ブローディア中尉のことでしょうか? でしたら、彼は前線設営のトラックで向かうとの報告を受けておりますが」

「……なぜ?」

「さぁ? 後で本人に聞いてみたらいいのでは?」

 

 どうやら詳細なことは彼にも知らされていないらしい。何故彼一人だけが別移動なのかは分からないが……、それはさておき。

 とりあえず、これで第二特戦隊の人員は揃った。

 

「では、少し早いですが出発の準備をして頂けますか? ()()()()()()()

「……俺、自己紹介してましたっけ?」

 

 驚嘆に眉を上げる操縦士(パイロット)の表情に、リーナははっとする。……そうだった。まだ、彼からは何も情報を提供されてはいないんだった。

 

「腕の階級章と――それとドッグタグが見えていたので。……すみません。気持ち悪かったでしょうか」

 

 こういう細かいところを見すぎて、勝手に情報を貰った気になってしまうのは私の悪い癖だ。暗い気持ちに伏せそうになる瞳を何とか上げて、リーナは苦い笑みをこぼしながら彼の様子を伺う。

 

「いえ、そんなことは決して! ……ただ、そんな細かいところまで見ているだなんて、流石だなぁと思いまして」

「そう……ですか」

 

 とりあえず不快な感情を与えることはなかったらしい。安堵と共に今一度自分の行動を戒めて、リーナは貼り付けた笑顔のまま言葉を続ける。

 

「では、よろしくお願いしますね、ビュイック少尉」

 対して、操縦士(パイロット)の少尉は特に気にするふうもなく笑顔で応えた。

「輸送科の名にかけて、安全で快適なフライトをお届けしますよ」

 

 

 

 それから第二特戦隊の三人と合流すると、リーナは輸送機へと乗り込んだ。出発まではまだ時間がかかるとのことだったので、まずはお互いの自己紹介をしようとリーナは緊張を抑えて口を開く。

 

「あ、あの! 今日からあなた達の指揮官になります。エルリーナ・エーデルヴァイス戦時特務大尉です。宜しくお願いしますっ!」

 

 先程渡された資料を胸元に抱えながら、お辞儀をして。リーナは恐る恐る目を上げる。すると、そこには振り向いた三人が一様に驚きの表情を浮かべていた。

 姿勢を正して、リーナは伏し目がちにそれを訊ねる。

 

「えっと、その。できれば貴方達のお名前をお聞きしたいと思うのですがっ……!」

 

 言ったきり。機内には異様な沈黙が立ちこめて、リーナはしまったと胸中で顔を青ざめさせる。

 彼らを今の状況に導いたのは他でもないリーナ(エーデルヴァイス)なのだ。元凶の癖に、何を仲間になった気でいたのだろう。馴れ馴れしいにも程がある。

 そんな自己嫌悪に陥りかけたところで、甲高い少女の声がリーナの耳に届いた。

 

「レイチェル・エールラー。階級は少尉だよ」

 

 その声に、伏せかけていた目を上げる。

 三人の中でも一番背の低い、金色の髪をサイドテールに結んだ少女は無垢な笑顔を向けてくる。

 

「よろしくね!」

「え? あ……、はい!」

 

 思いもしなかった好意的な反応に戸惑いつつも、リーナは応える。

 すると、それを皮切りに次は少年が口を開いてくれた。

 

「フリット・ラインハートだ。階級はレイチェルと同じで少尉。んで、こっちが、」

「イヴ・オーレンキール。階級は二人と同じよ」

 

 金髪の少年に促されて、赤髪の少女が素っ気なく自己紹介をしてくれる。 少年の方がラインハート少尉で、少女の方がオーレンキール少尉だ。

 二人が応えてくれたことに呆然としていると、エールラー少尉の甲高い声音が訊ねてくる。

 

「エルリーナさん? はなんて呼べばいいのかな?」

「いや、そこは隊長とかじゃねぇのか」

「それだとなんか硬っ苦しいじゃん?」

「お前なぁ……」

 

 エールラー少尉にラインハート少尉が苦言を呈するのに、リーナは戸惑いつつも視線を向ける。ええと。こういう時はどうすればいいのだろう。

 

「あんたはなんて呼んで欲しいわけ?」

 

 腕を組みながらこちらを流し見ていたオーレンキール少尉が言う。口調こそ強いものの、その言葉の中に確かな優しさを感じて、リーナは思わず呆気にとられる。

 

「……なによ」

 

 しゃー、と猫が耳を反らせているのが幻視できて、リーナはつい微笑を漏らす。睨み返してくる彼女のあかいろには、侮蔑や嗤笑の感情は一欠片も見えていなくて。久方ぶりに感じる感覚に、心が暖かくなるのを感じていた。

 

「呼び方は各自の呼びやすいもので構いませんよ。リーナ、とはよく呼ばれていましたけど」

 

 まぁ。そもそもリーナのことを名前で呼ぶような人などお姉ちゃんぐらいしか居なかったが。それは置いておいて。

 エールラー少尉は暫し、沈黙して。満面の笑みでリーナのことを見返した。

 

「じゃ、リーナさん。よろしくね!」

 

 その笑顔は、夏に咲く大輪の向日葵のようで。とても心地の良い、心の安らぐ優しい笑顔だった。

 

 

 

 それからいよいよ出発時刻が迫ってきて、リーナは席について輸送機の発進を待つ。一応各員との自己紹介はできたとはいえ、やはり彼らの隣に座るのは色々と気まずい。

 ラインハート少尉たちから少し離れたところに着席すると、リーナは新たに渡された資料に目を通していく。

 

 第二特戦隊の駐屯基地の設置場所と、その周辺に設置されている駐屯基地の戦力と位置。確認されている〈ティターン〉の種類と、出現頻度とその数。

 読み進めていくうちに、どうやら第二特戦隊が使用する武器もこの輸送機で一緒に輸送されていることにリーナは気付く。一応要求通りの武器は積んでくれてあるらしい。そのことに、ひとときの安堵を覚えた。

 

 基地まわりの資料を一通りを読み終えて、(ページ)をめくると今度は部隊設置にあたる理念と目的の項へと移る。

 そこで、リーナは資料を閉じた。どうせここから先は美辞麗句を並べ立てただけの、迫害の自己正当化だけが延々と紡がれているだけの(ページ)なのだ。この部隊の最終目標は分かり切っているのだから、読む価値もない。

 

 第二特別戦術戦隊〈ヴァイスエッジ〉の最終目的は(ただ)一つ。〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の破壊だ。

 ヴァールス王国が起こした厄災は、同じヴァールスの民がその血肉を(もっ)て対峙し、終結させなければならない。歪曲された憤懣(ふんまん)と憎悪はそうした論調に発展し、結果、国籍の関係もなく紅瞳種(ルファリア)人の全てを奪う法律と化した。

 

 それによってリーナの姉も徴兵され、そして一年前に戦死した。

 どんな作戦で、どこで戦って死んだのかは知らない。戦死を報せる憲兵は何も答えてはくれなかったから。

 骨すらも帰って来なかったことから察するに、お姉ちゃんの部隊――第()特戦隊は相当の激戦地に送り込またらしい。そして。その後継となる第二特戦隊も、恐らく同じ運命にある。……けれど。

 

 決意に真紅の瞳を細めて、リーナは胸中で呟く。

 ――同じ結末(みち)は辿らない。絶対に辿らせない。

 今度こそ、私が王家の使命を果たす。〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉を破り、全ての絶望と迫害を終わらせる。たとえ、この命が尽き果てようとも。仲間(民草)は死なせない。それが、王家たるリーナの使命であり義務だから。

 

『あと数分で発進しますんで、そろそろ安全ベルトしといてください』

 

 操縦士(パイロット)のアナウンスに、リーナは意識を現実へと引き戻す。ようやく出発か。

 言われた通りに安全ベルトを着用して、資料を鞄の中へとしまう。手持ち無沙汰になったところで、少女の甲高い声が通路の方から届いた。

 

「リーナさん。お隣、いいかな?」

 

 振り向いて、居たのはエールラー少尉だった。金色の髪をサイドテールに結んだ、紅玉(ルビー)のように綺麗なあかいろの瞳の少女の。

 

「え? ええ、構いませんが……?」

 

 まさか来るとは思ってもいなかったので、リーナは流石に困惑を隠せない。何故、お友達のところから離れてまで私の隣に……?

 じゃあ、と言って、エールラー少尉はリーナの隣へと座り込む。安全ベルトもつけているので、少し話に来たという訳でもないらしい。

 再びこちらを見つめて、彼女は朗らかな声音で口を開く。

 

「何してたんですか?」

第二特戦隊(この部隊)が就く予定の基地と、その周辺の戦況のデータを確認していました。……私達が送られる時点で察してはいましたが、やはりこの戦線はかなり戦況が逼迫しているみたいですね」

 

 思わず苦笑を漏らしながらリーナは言う。

 第二特戦隊が配属される北西戦線の第一陣は、ヴァールス王国との旧国境線約一〇〇キロの後方にあたる。つまり、対〈ティターン〉戦争の真正面だ。

 

 機甲部隊による機動防御と堅牢な縦深陣地が築けているから保てているだけで、戦力に余裕がある戦区などどこにもない。他の戦線から引き抜ける戦力もなければ、徴兵制も議会を通らない以上、何とか捻出できた新設部隊をここに投入するのは当然のことだろう。

 

 ……それに。第二特戦隊の目的上、ヴァールス王国への突入が可能なこの戦線以外に配置する選択肢はない。

 

「じゃあ、私たちが頑張らないと、ですね」

「エールラー少尉達が頑張る必要はありませんよ。貴方達は死なないように戦ってくれれば、それでいいんです」

 

 この部隊はリーナ(エーデルヴァイス)の使命の為に設立された部隊で、つまり頑張るべきはリーナ一人であって他の隊員たちはみんな王家の被害者でしかない。彼らが命を投げ打ってまで頑張る必要など、何一つないのだ。

 エールラー少尉は暫く沈黙して。変わらない声音で続けた。

 

「なら、死なないように頑張ります」

「ええ。そうしてください」

 

 にこりと微笑しながらそう返して。直後、エールラー少尉は滑るような調子で言葉を続けた。

 

「あの。一つ、言いたいことがあるんですけど」

「……? なんでしょうか?」

「私のこと、エールラー少尉って呼ぶのやめません?」

「……え?」

 

 突然の要求にリーナが呆気にとられる最中、金色の少女ははにかむように笑って続ける。

 

「軍規的にもそう呼んだ方が良いっていうのは分かるんですけど。けど、やっぱり、何もない時ぐらいは硬っ苦しいのはヤじゃないですか。だから、」

 

 真正面からリーナを見据えて。エールラー少尉は無垢な声色で言い放った。

 

「私のこと、名前で呼んでください」

「……いいんですか?」

 

 彼女の要求を聞いて、思わずそんな言葉がこぼれ落ちていた。

 だって。私はみんなを地獄に落とした王家の血筋で、みんなの大切なものを何度も幾つも奪い去って。みんなを、これから死地に導くだけの悪姫(あっき)なのに。

 

「……? 共和国の人ならともかく、王国の人にリーナさんに名前で呼ばれて嫌な人なんているんですか? リーナさんは、私たちの自慢の()()()なのに」

 

 さも当然のことのように言うのに、リーナは少し心が()()なるのを感じていた。……操縦士(パイロット)の少尉といい、彼女といい。どうして、こんな生きている価値のない、生きているだけで周囲に害悪をもたらすだけの人間に優しいのだろう。

 

 彼らの絶望は全てリーナ(王家)のしたことが原因なのに。もっと恨んで、憎悪をぶちまけてお前のせいだと叫んでも誰も文句は言わないのに。なのに。なんで。

 けれど。それを問う勇気は、リーナは持っていなかった。

 だから、リーナは笑う。自分の臆病と卑屈を笑顔で覆い隠して、安心と平穏だけを周囲に振り撒くために。

 

「では、レイチェル。改めて、これからよろしくお願いしますね」

 特に何か気づいたふうもなく、レイチェルは満面の笑みで応えた。

「はいっ!」

 

 

 

 そして、それから程なくして。輸送機は空軍基地を離陸した。

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