亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

4 / 23
第二章 戦姫
第三話 襲撃


 輸送機が水平飛行の高度まで上昇して、フライトが安定したところで操縦士(パイロット)の少尉からのアナウンスがあって。リーナはそこで安全ベルトを解く。

 一旦立ち上がって伸びをするのに、隣に座るレイチェルも同じ仕草をしつつ口を開いた。

 

「基地に着くまであとどれぐらいかかるんでしょうか」

 

 少し、考えて。リーナは無意識に口元を緩めながら答える。

 

「この機体の速度なら一時間ぐらいだと思います。……着陸体勢に入る時にはまたアナウンスがあると思いますし、それまでは自由に歩き回っても大丈夫だと思いますよ」

 

 何だかんだあと三十分ぐらいは自由時間があるだろう。正直、その間をずっと二人で会話を続けられる自信がリーナには全くないので、席を外した方がいいんじゃないかとそれとなく促した。

 幸い、私には時間を潰せる仕事があるのだ。こちらが手持ち無沙汰になることはまずない。

 

「じゃあ、イヴたちと話してきますね!」

 

 そんな心境を知ってかしらずか、レイチェルはたったっと床を鳴らして前方――ラインハート少尉とオーレンキール少尉の座る席だ――に駆け寄っていく。

 

「また後でね、リーナさん!」

 

 無垢な笑顔で振り向いてくるのに、リーナも笑みをつくって手を振り返して。彼女が背を向けたのと同時に、機体後方にある物資格納庫へと足を進めた。

 一応、確認をしておきたいのだ。先程の資料にこそ武器は積載していると書かれていたが、何せ自分たちは共和国の人々が忌避する紅瞳種(ルファリア)だ。士官たちが感情に任せて己の仕事を放棄している可能性はどうしても捨てきれない。

 

 前部の人員を守るための耐爆扉を開けて、格納庫の照明を付ける。見えてきたのはやはり無機質な鉄色で、格納庫の中は殆ど空っぽだった。もとより輸送物資は殆ど積載されてないので、これ自体は予想範囲内だ。

 中へと踏み入って、リーナは端っこの方に積まれている数個の木箱の方へと歩み寄る。この木箱の中身が、第二特戦隊(わたしたち)に支給された武器だ。

 

 さてと。

 

 頭に先程の資料を思い浮かべながら、それと相違がないか木箱の中身を一つずつ慎重に確認していく。幾ら同じ部隊とはいえ、これらはレイチェルたちの身を守る武器なのだ。変に触って動作不良を起こしたりでもしたら、彼らの命までおも危険に晒すことになる。それだけは、絶対に避けなければならない事態だ。

 

 資料にあった通り銃器は全部で三丁で、そのうち二丁が半自動小銃。そして残り一丁が対物質用ライフルだ。いずれも、魔力付与(エンチャント)が可能な〈魔術式銃(クラウソラス)〉であることを示す青灰簾石(タンザナイト)が嵌め込まれているので、不備はない。

 

 ――〈魔術式銃(クラウソラス)〉。それこそが、アティルナ共和国軍が世界に誇る科学技術の結晶であり、〈ティターン〉戦争を生き抜くことができた要因である。

 人類に唯一(のこ)された神秘、魔力。それを科学技術を(もっ)てして制御し、通常兵器の作動に組み込んだものは魔術式兵器と呼ばれる。そして、その一つが〈魔術式銃(クラウソラス)〉だ。

 

 魔力付与(エンチャント)によって強化された弾丸は〈ティターン〉の持つ強固な障壁を破る力を持つため、現在の共和国軍の装備は殆どが魔術式兵器である。

 そして。リーナの要求していた武器もまた、魔術式兵器だ。

 最後に残った木箱の中身を確認しようとした――その時だった。

 

 突然、外で何かが爆発する音が鳴り響くとともに、機体が激しく振動した。

 木箱にしがみついて必死に振動に耐えて、収まったタイミングを見計らって物資格納庫の外へ。壁に取り付けられている受話器を強引に取って、リーナは戸惑いを胸に秘めつつ叫んだ。

 

「ビュイック少尉! これはいったい何があったんですか!?」

 

 どうも先程の衝撃からエンジンの音がおかしい上に、機体も斜めに傾いている。

 ちっと舌打ちをして、操縦士(パイロット)の少尉は必死の声音で唸る。

 

『〈ティターン〉に左翼のエンジンをやられました! 畜生、ヤツら前線の警戒網を抜けてきやがったのか……!?』

「〈ティターン〉が……!?」

 

 彼の恨み節はそのままに、リーナは思わずその名を反芻していた。〈ティターン〉。人類を殺戮して回る、異形の怪物の総称だ。

 しばし、思考を巡らせて。

 

「……敵は〈天竜種(ヒュペイオン)〉ですね?」

 

 それしか考えられないと思って、断定の声音で告げた。

 〈天竜種(ヒュペイオン)〉。〈ティターン〉の中でも最も出現確認の多い種類だ。天竜の如き対の大翼(たいよく)で空を自在に翔け回り、口から吐き出す魔力の熱線で人類軍の航空機や機甲部隊を幾度となく焼き尽くしてきた。〈ティターン〉の航空戦力の一種。

 操縦士(パイロット)の少尉が苦しげに唸る。

 

『まだちっさくしか見えてないですけど、多分そうです!』

 

 その言葉に、リーナはきっと目を細める。

 周囲に陸軍の対空部隊がいないことは先程の資料で確認しているし、かといって近傍の空軍基地からの迎撃も到底間に合わない。

 ……となると。やはり()()しかないか。

 

『何とか不時着を試みますが、俺が言ったらすぐにでも機体を脱出してください! それと――』

「では、私達が〈ティターン〉の迎撃に当たります」

 

 操縦士(パイロット)の言葉を遮って、リーナは決然とした声音で告げた。

 

『は!? 何言ってんですか大尉! こんな、戦闘の準備も何もできてないような状態で――』

「準備なら十分にできています。私達は正規の軍服を着用していますし、使用する魔術式兵器も格納庫にあります。……記憶魔術も、(おぼ)えているからこそこの部隊に選ばれたんでしょうし」

 

 記憶魔術とは、ある特定の効力を発揮する魔術を詠唱省略(シングスキル)で発動させるために必要な技能のことだ。

 第二特戦隊は対〈スタストール〉戦において必須の魔術――とりわけ飛行魔術と身体強化の魔術を詠唱省略(シングスキル)できることが選抜の条件の一つとなっている。つまり、彼らが戦闘を行えないという事態は普通に考えてまず起こりえないはずだ。

 ……それに。

 

「私達は、奴らを撃滅するため()()に設立された部隊です。ここで出撃しなければ、何のための部隊ですか」

 

 言い切って。リーナは応答も聞かずに受話器を叩きつけるように戻した。もとより反論を受け付ける予定はないのだ、これ以上の会話は時間の無駄にしかならない。

 振り向いて、そこには神妙な面持ちでこちらを見つめる三人の姿があった。彼らの心情は敢えて汲み取らずに、リーナは努めて冷淡に告げる。

「聞いていましたね? 各員、後部格納庫にて携行武器を着用。準備でき次第出撃します」

 

 返答を聞かぬまま、リーナは一足先に格納庫へと向かった。

 

 

 格納庫へと入って、唯一まだ開けていなかった木箱に歩み寄る。躊躇なくそれを開けて――中に入っていたのは()()()()()だった。

 

「……よかった。これなら、戦える」

 

 安堵にそんな声がこぼれ落ちる。〈魔術式剣(アロンダイト)〉。リーナが部隊設立にあたって要求していた、近接戦闘用の魔術式兵器だ。

 

「私とフリットは半自動小銃の方でいいのよね?」

 

 呟く少女の声に、さっと振り向く。オーレンキール少尉はこちらを一瞥すらせずに、木箱の中身を取り出していた。 同様に、ラインハート少尉も木箱から半自動小銃型の〈魔術式銃(クラウソラス)〉を取り出して、不意に訊ねてくる。

 

「戦うしか、ないんだろ?」

 彼の赤眼はリーナのことを鋭く見据えている。戦場に居る兵士特有の、戦意の宿る意志の炎を湛えて。

 

「今やらなければ、操縦士(パイロット)達の命がありません」

「じゃあ、やるしかないな」

 

 微かに笑みをこぼして言い置くと。彼はオーレンキール少尉と共に格納庫を出ていった。

 

「行こう、リーナさん」

 

 決意のこもったレイチェルの言葉に、こくりと頷いて。二人も格納庫を出た。

 座席室へ戻るなり、リーナは再び壁の受話器を取って有無を言わせぬ気迫で告げる。

 

「これより、第二特戦隊は敵部隊の殲滅を目的とした迎撃作戦を開始します。……ビュイック少尉、ドアのロックを解除してください」

 

 しばし、沈黙して。操縦士(パイロット)の少尉は苦い口調で呟いた。

 

『了解。……全員、生きて帰ってきてくださいね』

 

 その言葉にリーナは苦笑する。生と死の境に最も近いのは、私たちではなく不時着を敢行しなければならない少尉たちの方だろうに。

 

「そちらも、どうかご無事で。……では、いって参ります」

 

 決然とした声音で呟いて。受話器を元の位置へと戻した。

 ドアのロックが解除されていることを確認して、右側のドアを開ける。左側はいつ破片が飛んでくるかも分からないので、危険性を考慮して使用しないことに決めた。

 左腰の〈魔術式剣(アロンダイト)〉を抜き放ち、リーナは振り向いて告げる。

 

「前衛は私が担当しますので、貴方達は決して突出せずに援護射撃だけをしていてください。細かい指示は――ラインハート少尉、貴方に一任します」

「了解だ」

 

 ラインハート少尉が言うのに、了解を込めて頷いて。

 

「では。――作戦開始!」

 

 そう告げて。リーナは宙空へ向けて()()した。

 

  †

 

 基地設営のための資材を積んだトラックの助手席。正面上空に〈ティターン〉の威容が見えて、黒髪赤瞳(せきとう)の少年――レンは目を見開く。

 

「あれは……〈天竜種(ヒュペイオン)〉か!?」

 

 ここはまだ人類圏――それも陣地防衛線の内側のはずだ。なのに。なぜ。あいつらが。

 驚愕を抑えた声で、基地設営部隊の部隊長である運転手が通信機に告げる。

 

「各車移動停止! ……ラディアの空軍基地に迎撃を要請する。いいな?」

 

 振り向いて言うのに、レンは別方向の空に目を向けながら首を横に振る。

 

「……いや。それじゃあ、おれたちはともかくあの輸送機がもたない」 

「輸送機……?」

 

 呟いて。運転手の士官はレンの視線の方へと目を向ける。はたして、そこには炎を上げて飛んでいる輸送機の姿があった。どうやらエンジンを被弾しているらしく、左右に機体を揺らしながら急速に高度を下げている。

 

「……!? あの機体、〈天竜種(ヒュペイオン)〉の攻撃を受けたのか!?」

「多分な」

 

 ぎりと奥歯を噛み締めて、レンは呟く。

 操縦士(パイロット)がまともな練度の持ち主ならば、あの状況でも何とか不時着には持ち込めるだろう。 だが。〈ティターン〉が迫っているとなれば、話は別だ。

 

 急速な高度低下に、操縦の効かない機体による焦燥と緊迫。それに加えていつ攻撃されるのかも分からない恐怖も相乗されれば、いくら腕利きの操縦士(パイロット)とてまともな操縦は叶わない。

 

 現に、共和国軍の戦闘機乗りはそうした精神不安定によって凄腕を何人も戦死させてしまっているのだ。武装を持たない輸送機ともなれば、その恐怖と焦燥はより一層強いものとなる。

 

「近隣の部隊に消火部隊と救護班の要請を。……アイツらは、おれがやります」

 

 きっと空の異形を見据えて、決然と呟いた。

 近隣部隊がどれも間に合わない以上、()()()()()の一員であるレンがやるしかない。

 

「……死ぬんじゃねぇぞ? レン」

 

 真剣な表情で言われるのに、レンは思わず苦笑する。おれの戦闘の腕は、彼ならば十二分に知っているだろうに。

 足元に置いていた〈魔術式銃(クラウソラス)〉と、銃剣用の〈魔術式銃剣(カルンウェナン)〉を手に取って、レンは不敵に笑う。自分の中に蔓延る不安と無力感を抑え付けるように。

 

「大丈夫ですよ。なんてったって、おれは()第一特戦隊なんですからね」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。