亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

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第五話 転機

 魔力の枯渇に気を遣いながら、残りの旅路を飛行魔術で移動して。駐屯基地に着いたのは戦闘終了から四時間もたった夜のことだった。

 

 北西戦線第一戦区、第二防衛線レイズフォード基地。そこが、リーナたち第二特別戦術戦隊〈ヴァイスエッジ〉の駐屯する基地だ。

 これから数ヶ月間、リーナたちはレイズフォード基地を本拠として戦線の各戦区へと赴き、攻撃してくる〈ティターン〉の撃滅を行うこととなる。つまり、機動防御の戦力として実戦経験を積むことになるのだ。

 

 本格的な作戦投入は、ある程度の練度が確保されてからになる。それまでは、比較的安全性の高い戦闘になるといえよう。

 もっとも。だからといって気は抜けないのだけれど。

 仮設テントの一棟、通信設備の一通りを揃えた簡素な執務室で、リーナは各種の書類業務にあたる。

 

 既に輸送されてきた補給品の受領サインに、今後必要となる補給品の選定と数量の指定。それに付随する書類の作成に、今日の戦闘で必要が生じてしまった報告書の作成。

 それだけでも大変なのに、まだ他にもやることが沢山あるのだから目が回りそうになる。最短で終わらせようとせると、少なくとも今夜は寝れない量だ。

 

 これは長い戦いにりそうだ……と胸中で呟きながらも、リーナは書類業務を黙々と処理していく。区切りのいいところまでをやり終えて、ふと、時計を見ると。針は九時の少し前を指していた。

 確か……、九時には夕食ができあがるとブローディア中尉が言ってたっけ。

 休憩がてらに部隊のみんなと一緒に食べれたらいいなと思い立って、リーナはテントを出る。

 

 

 執務テントを出ると、そこは併設された食堂テントだ。どこまでも続く草原の中、レイズフォード基地周辺だけが柔らかい人工の光を灯していて。前線に特有の寂寥(せきりょう)感を醸し出していた。

 

「あ、リーナさん! 丁度いい時間に!」

 

 ぱあっとレイチェルが満面の笑みを向けてくるのに、リーナはつい表情が緩む。確か、彼女の年齢は一四でリーナの二個年下だ。自分に妹がいたらこんな感じなのかなと、ふとそう思った。

 

「そろそろお夕飯ができあがるんです。ぜひ、ご一緒にどうですか?」

「貴方達の迷惑にならないのであれば、ぜひ」

「やったぁ!」

 

 嬉しそうに腕を引いてくるレイチェルの姿に、リーナは困惑しつつもなされるがままに足を進めていく。

 これなら、仕事を一旦切り上げてきた甲斐もある。多少無理を押してでも部下との交流は持っておかなければ、いざという時に信頼されない事態に陥ってしまう。彼らの命を預かる身として、ある程度の信頼は絶対に勝ち取らなければならない要素なのだ。

 たとえ、それが嫌悪と憎悪の上に成り立った薄氷のものであったとしても。

 

「仕事、まだかかりそうなの?」

 

 〈魔術式銃(クラウソラス)〉を整備しながらオーレンキール少尉が訊いてくるのに、リーナは無意識に口元を緩める。漂う雰囲気につられて、つい口を滑らせてしまった。

 

「……私のことを心配してくれているんですか?」

「んなわけないでしょ! ただ、変に頑張って明日の戦闘に影響が出たら困るってだけよ!」

 

 ぷいっと顔を背けられて、リーナはしまったと目を伏せる。

 

「……すみません」

 

 完全に対応を間違えた。自分から挑発して信頼を損ねるような言葉を吐くだなんて、無能にも程があるだろう。

 自己嫌悪に陥りかけたところで、ふいにレイチェルが耳打ちしてきた。

 

「……リーナさんはちょっと勘違いしてるみたいなんですけど」

「え?」

 

 勘違い? いったいなんのことだろう。

 視線を向けた先、レイチェルはいたずらっぽい笑みをつくって囁くように言う。

 

「別に、イヴはリーナさんが嫌いってわけじゃないんです。ただ、ちょっと素直じゃないところがあるってだけで。……だから、そう、思い詰めなくても大丈夫ですよ。リーナさんに敵意を持っているような人は、少なくともこの部隊には居ませんから」

「………………どうして、ですか?」

 

 たまらず問い返していた。

 

「私は、貴方達を今の最悪な状況に追いやった元凶の血筋です。恨んだり、憎んだりだってしていいはずです」

 

 憎悪して侮辱して、心に積もった憤懣(ふんまん)をリーナにぶつける理由も権利も彼女達にはあるのに。なのに。何故、そんなことが言えるのか。

 そもそも。どうしてレイチェルがこんなにも好意的に接してくれているのか。あまりの居心地の良さに、リーナは耐え難い苦痛を感じていた。

 私には、そんな優しい言葉を投げかける価値などないというのに。

 

 戸惑うリーナの瞳を真正面から見つめて、レイチェルは肩を竦めて困ったように笑う。

 

「でも。リーナさんが今を変えようと必死に頑張っているのは、みんな知ってます」

「……?」

 

 それがいったいどうしたと言うのか。困惑に顔を(しか)めるのに、レイチェルは安心させるような声音で続ける。

 

「リーナさんのお姉さん……エルゼさんが私たちのために戦って、そして死んだことも、私たちは知ってるんです」

「でも、だからって、私達を恨んだりしない理由にはならないでしょう……?」

 

 息苦しい感覚に襲われながらも、リーナは問う。だって。そんなことで赦されるほど王家のしたことは軽いものじゃないのに。私達が生命(いのち)の全てを差し出してでも足りないぐらいに、王家(エーデルヴァイス)のしたことは重く、業の深いものだ。

 世界を滅茶苦茶にした罪。それは、全ての〈ティターン〉を屠って、元凶たる〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉を破壊してもなお償い切れるものではない。

 

「確かに、紅瞳種(ルファリア)の中にもリーナさんを恨んだり、悪く言ったりする人はいます。それは否定しません。……けれど」

 

 にこりと微笑して、レイチェルは告げる。

 

「少なくとも、私たちはリーナさんが指揮することを承知で〈白き刃(ヴァイスエッジ)〉に志願したんです。ぜんぶ分かった上で、私たちはリーナさんの傍で戦うことを選んだんですよ」

「え…………?」

 

 思わず声がこぼれ出ていた。私が指揮をすることを知っていた? それなのに、〈ヴァイスエッジ〉に志願した?

 全部、意味が分からない。ならなぜ、誰も私に暗い感情を一つたりとも叩き付けて来ないのか。そもそも。私が指揮すると知っているのに、何故、わざわざこの部隊に志願したのか。リーナには何もかもが分からない。

 自分でもよく分からない程に感情が混ざりあって、なのに何故だか視界だけが歪んでいく。何か熱いものが込み上げてくる。そんな感情は、決して持っちゃいけないのに。

 

 目を潤ませるリーナを、レイチェルはどこまでも真摯に見つめてくる。全てを赦すような、慈愛に満ちたあかいろの瞳で。

 

「……だから。そんなに自分を追い詰めなくてもいいんですよ。少なくとも、ここではリーナさんを殺したいと思っているような人はいません。仮にいたとしても、そんな人は私が許しません」

「……」

 

 優しく告げられた言葉に、リーナは心の中に棲みついていた何かが溶けていくような感覚を覚えていた。ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたような、そんな感覚だ。

 

 私のことを赦してくれる人がいる。そのことが、何よりも嬉しくて、そして哀しかった。王家のことを赦してしまえるほどの心の優しい人を、自分のせいで戦地に送ってしまっているという事実。王家の罪をこれ以上ないぐらいに突き付けられている気がして、とても苦しかった。

 

「ちょっとそこ、さっきから何をコソコソ喋ってるのよ?」

「んー? 今日のお夕飯はカレーだよって話をしてただけだよ?」

「……なら、いいけど」

 

 オーレンキール少尉が半眼でこちらを流し見てくるのに、リーナは涙を拭って見つめ返す。何でもない、というふうに口元に笑みを浮かべて。

 リーナの手をとって、レイチェルは言う。

 

「さっきのも、別にリーナさんを傷つけたくて言ったわけじゃないと思いますから。だから、それだけは、覚えておいてあげてください」

 

 こくりと頷いて。手を引かれるがままに夕食のテーブルへと向かった。

 

 

 

「……えっと。リーナ、その顔、なに?」

 

 夕食のカレーを食べながら。ブローディア中尉に困惑気味に訊ねられて、リーナはどうにか笑顔を張り付ける。

 

「ここに来る前に、花粉の薬を飲み忘れていまして。それで、です」

 

 全くの嘘だ。リーナは花粉症ではないし、そもそもそういった類のアレルギーは何一つ持ち合わせていない。涙でさらに赤くなった瞳は、みっともないことで泣いただけだ。

 しかし、そんな事実は馬鹿正直に言えるものでもないし、そもそも個人の感情としても言いたくはない。

 とはいえ、嘘というのはやはり完璧につけるものでもないわけで。

 

 「そ、そうか……」と、口では言いつつも疑念を向けてくるのに、リーナは何とか話題を逸らそうと口を開く。

 

「このカレー、とても美味しいのですけれど。いったい誰が調理をしたんですか?」 

「俺だ」

「ブローディア中尉が?」

 

 完全に予想外の人に、リーナはまばたく。それから、ふ、と笑った。

 

「ブローディア中尉ってお料理お上手なんですね」

「まぁ、元々趣味だったのもありますけど。前の部隊ではずっと料理番だったんで」

「その“前の部隊”って、具体的にはどこに所属していたんですか?」

「あれ、人事資料には載ってませんでした?」

 

 きょとんとした表情でレンが言う。リーナは困ったように笑みをこぼしながら続けた。

 

「どうやら機密事項扱いらしくて、殆どの行は黒塗りだったんです。……よろしければ、どこに所属していたのか教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 レンは少しの間沈黙して。それから、頭をかきながらいつもの調子で再び口を開いた。

 

「北西戦線に配置はされてましたけど、別に、全然普通の部隊でしたよ? 強いて言うなら、他の部隊よりもちょっとだけ精鋭揃いだったぐらいで」

「……そうですか。答えてくださってありがとうございます。あまりにも黒塗りが多かったので、つい、気になったもので」

 

 本心を悟られないように笑顔を繕って、リーナは感謝を述べる。幸い今回の嘘は成功したらしく、ブローディア中尉がリーナの嘘に気付くそぶりはなかった。

 適当に笑顔と言葉を繕いながらも、リーナは胸中で()()を確信する。

 彼の元いた部隊は、少なくとも“普通の部隊”などではないということを。

 

 本当に普通の部隊ならば、そんなに所属をぼかして情報を開示する必要がない。所属していた部隊の名前を出せば終わりだ。たとえそれが機密事項だとしても、ここには彼の発言を軍令部に報告するような人も居ない。

 つまり。そこまで巧妙に嘘をついてまで所属部隊を隠す必要は、本当に“普通の部隊”だったならば、ないはずだ。

 

 何か、ある。

 リーナは直感でそう思った。

 

「戦闘もあんなにできるくせに料理もできるの、卑怯よねぇ」

 

 オーレンキール少尉が恨めしげに言うのに、リーナの思考は現実へと引き戻される。

 

「卑怯……?」

 

 レンが怪訝な表情で反芻するのに、リーナも胸中で同じ言葉を反芻していた。卑怯、とは。

 

「そう。卑怯」

「何が卑怯なんだ……?」

「全部」

「全部!?」

 

 レンの戸惑う姿に、リーナは思わず苦笑する。

 まぁ。オーレンキール少尉の言いたいことは分かったけれども。

 

 可愛い顔をしているくせに戦闘ではめっぽう強くて、そのくせ料理もできるのだ。女の子からすれば、今の彼は理想の軍人像でしかないだろう。

 その理想の軍人像を、同年齢の男の子が体現しているのだから、まぁ、色々と納得がいかないのは理解はできる。

 とはいえ、その不満をレンにぶつけるのは理不尽でしかないが。

 

「でも、なんであんなに戦闘のできるレンが料理当番だったんだ? 言っちゃ悪いが、そういうのってあんまり戦闘できねぇ奴がやることじゃないのか?」

「そうだよ。だから、前の部隊では俺が一番弱かったんだ」

 

 当然のようにさらりと放たれた言葉に、一同は驚愕に静まり返る。

 ……レンが、前の部隊では最弱だった?

 さしものリーナも信じられない言葉だった。

 

「え、レンさんが……ですか?」

「うん。部隊の中じゃあ俺が一番弱かったよ。間違いない」

 

 おずおずとレイチェルが確認するのに、レンは肩を竦めてさらりと言う。

 思いもしなかった事実に全員が言葉を出しあぐねている中、リーナは部隊資料に書かれていた彼の戦歴を思い出していた。

 

 レン・ブローディア中尉が前に所属していた部隊は、一年前に彼一人を残して全滅したとの記載がなされていた。それは、彼より強い人達でさえもが〈ティターン〉の軍勢の前に敗退し、そして戦死したことを意味している。

 そう。ブローディア中尉よりも強い人達ですら、死んだのだ。

 なら。彼よりも何倍も弱い私達は。

 

「まぁでも。別に、俺が強かったとしても料理当番はやらされてたんじゃないかな。今みたいに」

「……へぇ。随分とデカいこと言うじゃねぇか」

「少なくとも今ん所は事実だろ?」

 

 にやりと笑うレンに、フリットは肩を竦めて苦笑をもらす。全くもってその通りなので、リーナも何も言い返せない。

 

「レンの言う通り、今の俺たちじゃあひっくり返ってもお前には勝てねぇよ。……だがな、かといって今の状態をただ座視するつもりもねぇ」

 

 そもそもとして、だ。レンよりも強い人達ですらも戦死するのが、対〈ティターン〉戦争の戦場なのだ。今日のような戦闘ばかりを行っていたら、いずれ来る死の運命からは逃れられない。

 けれど。来たる運命をただ受け入れるだなんてつもりは、フリットたちにはさらさらない。だから。

 

「まぁ。流石にお前みたいに……とは言わねぇけどな。それでも、邪魔になんないぐらいにはなってやるよ」

「じゃあ、私はフリットぐらいは倒せるようになろうかな?」

「俺を倒してどうすんだよ。相手は人型じゃねぇんだぞ」

 

 オーレンキール少尉の言葉に、フリットが苦笑する。

 今のところ、〈ティターン〉に人間と同等の大きさの種類は確認されていないのだ。対〈ティターン〉戦と対人戦では勝手が違いすぎて、対人戦闘をいくらマスターしようが実戦では殆ど役に立たない。

 

「私も、みなさんの援護をもっと効果的にできるように頑張ります!」

 

 少し遅れて、レイチェルの決意のこもった声も続いてくる。

 

「君ら……」

 

 三人の意志表示に、レンは呆気にとられているようだった。無理もないな、とリーナは思う。

 所属部隊こそ志願したとはいえ、元はと言えば彼らは強制連行で軍人の道を選ばされた人たちだ。守られこそすれ、横に立てるようにと努力をする必要など、本来ならば、ない。

 

 そして。明日の保障がない戦場に身を置きながらも、明日を強く願い、生きようとする姿。それは、部隊の全滅を経験したレンにとってもとても眩しいものだろう。

 彼の戦歴に書かれている空白の一年。その間、彼()大切な人の喪失によって絶望し、明日を見いだせなかったはずだから。

 

 短く息を吸って、吐く。

 部下が三人とも一緒に戦ってくれることを示してくれたのだ。ならば、隊長であり彼らを戦場へと押しやった王族(エーデルヴァイス)であるリーナも、彼らの意志には応えなければならない。

 

「私は、」

 

 全員の視線がリーナに向けられる。構わず続けた。

 

「私は、この部隊の誰よりも強くなります」

 

 今の私の力では、民草の全員を守ることはできない。そんな権力は、私にはない。けれど。

 せめて、私の活躍が少しでも紅瞳種(ルファリア)人の励みになるのなら。私の命が、少しでも紅瞳種(ルファリア)人の人権回復に寄与できるのなら。

 そして。何より。私の力で、この部隊の人達を守れたのなら。

 私は、使命を少しは果たせると思うから。

 しばし、沈黙して。不意に笑って、レンは穏やかな口調で応えた。

 

「……分かった。期待してる」

 

 

  †

 

 

「ねぇ、レイチェル」

 

 夕食を食べ終わって、簡易のシャワーを浴びて女子用の仮設テントのベッドの上で。イヴは横の毛を弄りながら、ぽつりと呟く。

 

「私、隊長に嫌われちゃったかな」

 

 しょげた様子で突然イヴが言い出すものだから、レイチェルは思わず驚きに目を向ける。

 

「……なんでそう思ったんですか?」

「だって、私、あんなこと言っちゃったし」

 

 視線を床に彷徨(さまよ)わせながら言うのに、レイチェルは苦笑する。

 いざという時に素直になれないのは、訓練兵時代に一緒の部屋になってから知ってはいたが。まさか、ここまで拗れているとは思わなかった。

 

「嫌う……というか。嫌われた、と思ってたよ?」

「……なんで?」

 

 しばし、間が空いて。

 

「…………イヴって、ほんとに不器用なんだね」

 

 思わずそんな言葉がこぼれ出ていた。

 心底戸惑った様子で視線を向けられるのに、さしものレイチェルも少し呆れたように嘆息する。自分の髪をブラシで()かしながら、それを問うた。

 

「イヴは、リーナさんのことが好きなんですよね?」

「それは……、その。まぁ…………、うん」

「なら、どんなところが好きなんですか?」

「……」

 

 しばらくの間押し黙って。イヴは訥々(とつとつ)と言葉を紡ぐ。

 

「……ずっと、私たちのために頑張ってくれてるところ、かな。ほんとは普通の学校で普通の生活して、普通の勉強がしたいはずなのに。なのに、私たちのために士官学校に入って、たった三年で卒業できるぐらいに頑張ってて。お姉さんが戦死しても、それでも私たちのところ(戦場)に来てくれたのは、嬉しい」

 

 ……思ったよりも好きだな、この人。

 想定以上の想いに少し気圧されつつも、レイチェルはその中に垣間見える感情を見逃さなかった。リーナさんに対する感謝も尊敬も、果ては好意すらも彼女にはある。けれど。

 心底に渦巻く憎悪が、彼女の言葉の端々からほんの微かだけれど滲み出ていた。恐らく、それが素直になれない原因の正体だ。

 

 とはいえ、仕方ないな、ともレイチェルは思う。

 赦したと自分では思っていても、普通の生活と家族を失った憎しみは、簡単には消えないから。

 

「じゃあ、それをそのまま伝えてあげればいいじゃないですか」

「で、できるわけないでしょ!? そんな恥ずかしいこと!」

 

 かあっと耳を赤くしてイヴは振り向いてくる。その仕草にふふっと笑みをこぼしながら、レイチェルは言う。

 

「明日、謝りに行きましょうか。その方が、イヴも顔を合わしやすいでしょ?」

 

 一瞬、きょとんとした表情をして。それから少し照れくさいように笑った。

 

「……ええ。よろしく、頼むわ」

 

 

  †

 

 一方。レイズフォード基地から少し離れた北西の平原。

 静寂に包まれた闇夜の中に、レンは立っていた。

 

 空には無数の星々や銀河が散りばめられていて、様々な光を放ちながら夜空を綺麗に彩っている。この辺りは人の気配も人工物も殆どないから、普段は見えない小さな星の光ですらも空を彩る煌めきとなるのだ。空の彼方まで続く満天の星空と、そのただ中で悠然と佇む三日月の白光。

 その光景は、静かな空気と相まって幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな、目の冴えるような絶景の下で。レンは、蒼柘榴石(ブルーガーネット)のペンダントを握り締めていた。

 一年前、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の破壊を目的として発動された〈竜殺しの剣(アスカロン)〉作戦。その作戦の開始前に、姫様(エルゼ)がレンに貸し与えてくれたものが、このペンダントだ。

 

 生きて帰って、それを返せと言われて結局返せなかった、彼女の誕生石の、貴重な青色の柘榴石(ガーネット)

 

「……俺が、守らなくちゃなんないんだ」

 

 目を(すが)めて、レンは決意を込めて呟く。

 俺のせいで、リーナは戦場へと駆り出されることになってしまった。

 俺のせいで、リーナは過剰なまでの自己犠牲をするようになってしまった。

 俺が弱かったせいで。大切な人の願いすらも、レンは守れなかった。叶えられなかった。

 だから。

 せめて。

 姫様が遺した大切な人を――エルゼの妹であるリーナを、レンは絶対に守らなくてはならない。

 

 たとえ、()()()()()を使うことになってでも。それだけが、レンが今も生きている意味で、残された命の使い道なのだから。

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