亡国王女とエーデルヴァイスの騎士   作:暁天花

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第三章 踏み出す勇気
第六話 攻勢作戦


 第二特戦隊が初陣を飾った日から、一月(ひとつき)と少しが経った。

 今日の戦場は第四戦区。北西戦線の陣地帯を擁するダーヌ川の紆曲(うきょく)帯、鋭角状に陣地を構える対〈ティターン〉戦争の最前線とも言うべき場所だ。

 

 地上型の〈ティターン〉こそ陣地帯の砲兵隊と歩兵隊が協働(きょうどう)して対処するものの、〈天竜種(ヒュペイオン)〉や〈哨戒鳥種(ポーラス)〉といった空中型に対しては地上部隊ではどうしても対処が難しい。特に、第四戦区は飛行隊が不足しているからなおさらだ。

 

 〈天竜種(ヒュペイオン)〉四〇匹を含む大隊規模の編隊を三度撃破して、そこでようやく日が落ちる。

 〈ティターン〉は夜間は行動しない。これで、今日の戦闘は終わりだ。

 一面緋色の世界の中で、ふぅ、と戦闘で張り詰めていた息を吐いて。リーナは周囲警戒を緩めながら耳の通信機(インカム)へと告げる。

 

「敵残存部隊の撤退を確認。これにて今日の迎撃作戦を終了します。みなさん、お疲れ様でした」

『お疲れ様です』『おつかれさん』『お疲れ様』『おつかれ』

 

 いつも通り四人の声が無事に帰ってきて、リーナは今度こそ安堵の息を吐く。

 私もみんなも戦闘の腕は着実に上がっているから、今更そんな簡単に戦死はしないだろうが。かといって、戦場に絶対なんてことはないのだからやはり気は抜けない。

 

 特に、最初の出撃から今日の戦闘まで、第二特戦隊には毎日のように救援要請が届いているのだ。その度に出撃しては今日みたいに日没までを戦うことになっているので、流石に目に見えない疲れが溜まっているだろうなとリーナは思う。

 そろそろ部隊の休養を司令官に上申しないとな、と胸中で呟いて。部隊のみんなと合流すると、リーナたちはいつも通り駐屯基地へと帰投した。

 

 

 

 

「では、私は司令に報告することがあるので、ここで失礼します」

 

 そう言って二階の執務室へと上がっていくリーナを見届けて、レンたちは食堂へと足を進める。

 レンとレイチェルで夕食ををつくっている間、イヴが全員分の〈魔術式銃(クラウソラス)〉の整備をして、フリットが洗濯などのその他の家事を担当する。リーナはその間報告書の作成等の隊長業務を行うのが、戦闘後の日課になっていた。

 朝に用意しておいた下味付きの鶏肉に衣をまぶして、サラダ油の鍋へと入れる。ジュージューと美味しそうな音が鳴り響く中で、野菜を切っていたレイチェルが不意に訊ねてきた。

 

「それで。リーナさんとはどこまで進んだんですか?」

「は? どういうこと?」

 

 何の話なのかさっぱり分からなくて、思わず聞き返していた。

 対して、レイチェルは意味ありげな声音で言葉を続けてくる。

 

「なにかある度にリーナさんに話しかけたりしてて。好きなんですよね?」

「別に。全然そういうのじゃないけど」

「……え?」

 

 手を止めて心底びっくりしたというような表情をするのに、レンはますます怪訝な顔をする。いったい、自分のどこを見てそんな結論に至ったのか、まるで分からない。

 驚愕を顔に出しながら振り向いて、レイチェルは問うてくる。

 

「なら、なんで毎回毎回小姑(こしゅうと)みたいにリーナさんに突っかかってるんですか?」

「え、なに。俺は小学生かなんかだと思われてんの?」

 

 そんなガキじゃあるまいし、とレンは不満げに目を細める。身長こそ男子の平均を下回ってはいるものの、レンも一応彼女と同じ一六歳だ。好きな子にちょっかいを出すような真似は流石にしない。

 というか。そもそも、レンの指摘することは彼女や他の隊員達の命に直結するようなことだけだ。別に、小姑(こしゅうと)と言われるほどどうでもいいところを指摘しているわけではない。

 

「じゃあ、どうして?」 

「そりゃあ、俺らの命を任せてる隊長なんだからさ。いつも万全な状態でいてくれなきゃ困るでしょ」

 

 肩を竦めてレンは言う。

 リーナは放置しておくとどこまでも頑張ってしまう人だ。だから、多少強い言葉でも誰かが止めないと限界まで頑張ってしまう。副長としては、そんな状態で部隊の指揮をしたり戦闘をされたりしたら迷惑でしかないのだ。

 

 ……なにより。彼女の姉から託された人として。彼女の命を危険に晒すようなことは、できる限り避けなければならない。

 

「……そう思うのなら、変につっかかるの辞めればいいじゃないですか。それも心労の一つになってるんじゃないですか?」

「……」

 

 多分、全くもってその通りでもあるので、レンは何一つ反論ができない。黙って揚げ物の様子を見ていると、その様子を見たレイチェルが困ったようにため息をついた。

 

「ほんと、なんでみんな揃って不器用なんですかね?」

「うるさいな。ほっといてよ」 

 

 まぁ、と一言置いて、レイチェルは言う。

 

「思ってることを伝えるのはいいことだと私は思います。だけど、言葉は選ばないと」

 

 不服げに振り向くレンに、レイチェルは肩を竦めて苦笑したように笑った。

 

「でないと、仲が悪くなるだけですよ?」

 

 

  †

 

 

 今日の戦闘の報告書を提出し終えて、通信モニター越しでの口頭報告もやり終わって。そろそろ部隊の休養を上申しようとリーナは口を開く。

 

「戦闘とは別に、今日はもう一件司令に報告したいことがありまして……」

『休養の上申ならば、今週分は受領できない』

 

 いつも通りの無感情な硬い声で退(しりぞ)けられて、さしものリーナも怪訝な表情をつくる。

 常に合理的な判断を下すことに定評のある()()()()()()司令長官が、こちらの状況を聞きもしないで休養を拒否するとは。いったいどういうことなのだろう。

 燻る感情を抑えて、リーナは冷静に言葉を返す。

 

「何故なのか、説明を頂いても?」

『これから説明する。……送付した資料を確認したまえ』

 

 言われて、モニターに送付されていた資料を開ける。書かれていた中身に、リーナは驚愕に目を見開いた。 

 

「これは……!?」

『つい先程、国軍司令部より紅瞳種(Rufalia)戦術(Tactics)義勇(Volunteer)(Force)に下達された司令書だ』

 

 紅瞳種戦術義勇軍(RTVF)。共和国政府によって軍人へと振り分けられた紅瞳種(ルファリア)人が所属する軍の名称だ。名の通り“義勇軍”なのでリーナ達にはほんの僅かな給料しか支払われないし、戦死した際の補償も一切ない。『特戦隊』は、その中でも司令長官直属の特殊部隊だ。

 中身を読み進めていくにつれて、リーナは次第に目を細めていく。

 

「北西戦線における、アルフェン山脈(ふもと)に確認された〈集結地(シェオル)〉の掃討作戦……。それも、明後日には作戦開始の、ですか」

『既にかなりの規模を形成している敵地深奥(しんおう)への潜入作戦だ。〈集結地(シェオル)〉の掃討と、そこに発生しているとされる〈指揮統制種(ムネモシュネー)〉の撃破は、君達以外には達成不可能なものだ』

 

 〈集結地(シェオル)〉。〈ティターン〉の侵攻拠点にして、大地を(けが)れなき浄化の地へと変える中心ともなる地点のことだ。そのまま放置しておけば〈ティターン〉の組織的な攻勢にも繋がるし、何より大地の浄化が始まってしまえばそこに人間が住むことができなくなってしまう。

 

 確保すべき人類圏の最低をアルフェン山脈沿いまでと共和国政府が策定している以上、この地点での土地の浄化は何としてでも阻止しなければならない。

 ……それに。

 

「この〈集結地(シェオル)〉、よりにもよってレクス回廊の(そば)に作られているのですね……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でリーナは呟く。

 今から三年前、リーナの姉であるエルゼが率いていた第一特戦隊は、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉への連絡路を切り拓いた。それが、レクス回廊(王の道)だ。

 

 等間隔に張り巡らされた神聖魔術と暗黒魔術の効力によって、通路の周辺は浄化の力が弱まり、〈ティターン〉の発生おも阻害する。要するに、この回廊を使えば比較的安全に〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉へと辿り着けるのだ。

 ああ、と淡々と応答して。ブローディア司令は続ける。

 

『この〈集結地(シェオル)〉を掃討しない限り、レクス回廊の使用は不可能だ。早急に撃滅しなければ、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の破壊作戦は実施できない』

「しかし、〈ティターン〉は何故このような場所に〈集結地(シェオル)〉を構築したのでしょうか? レクス回廊の周辺は神聖魔術と暗黒魔術によって彼らの発生は阻害されますし、第一、浄化の抑制によって戦闘力を十分に発揮できないはずです」

『だが、ここはアルフェン山脈の唯一と言っていい標高の低い地帯だ。我々の旧領――既に浄化された土地からの増援を集結させるには丁度いい場所だ』

 

 暫し考えて。リーナはそれを問うた。

 

「……つまり。最も効率的に部隊を集結させることのできる場所がここだから、と?」

『ああ』

 

 無感情に肯定を返して、ブローディア司令は言う。

 

『少なくとも、紅瞳種戦術義勇軍(RTVF)はそう考えている。奴らが知能を身に付けようとしている以上、〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉は早急に破壊されねばならない。そして。その為には、君達の尽力が必要なのだ』

「……ええ。それは承知しております」

 

 決然と目を細めて、リーナは拳をぎゅっと握り締める。

 姉が果たせなかった〈奈落の門(タルタロス・ゲート)〉の破壊。それが、私のやるべき使命で、唯一遺されたものだ。

 紅瞳種(ルファリア)の人々を今の迫害から解放し、王家の大罪をそそぐには、もうそれしか方法はない。

 

『君の姉が命懸けで繋いだ道だ。レクス回廊を失えば、我々紅瞳種(ルファリア)にも人類にも未来はない』

 

 締めくくるように言い置いて。ブローディア司令は告げる。

 

『休養の件は、この作戦終了時には取れるように調整をしておこう。明日は出撃しなくていい。早朝行軍に備えて十分に休息をとりたまえ』

 

 了解しました、と返答して。リーナは通信を切断した。

 

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