「よおォ嬢ちゃん、王都から来たんだって? なんでこんな特産物が魔物~みてえなカスの街に来たんだかわかんねえけど、どうだい生活は」
40前半程度だろうか。
年齢は、皆目見当もつかない。
というのも、おそらくはこの男、人間ではないからだ。
「どうもこうもないよ。いたって普通の街だし、おかげ様でいたって普通の生活ができてる」
「はっはァそうかいそうかい、んなら良かったんだ。しばらくみねえなと思ったら、まっさかこんなところで会うなんて思いもしなかったからよォ。思わず話しかけちまった」
全く騒がしい限りだ。
二週間ぶりにあったという割にはよそよそしさのかけらもない。
むしろこんなに親しかったっけ? と思う程に距離の近い男だ。
「ところで、なんでこんなとこにいんだァ? アンタ、冒険者なんてやる質じゃねえだろ」
その通りだ。
私はこれまでずっと貴族として王都で暮らしてきた。
箱入りとまではいかないのだろうが、戦闘系の祝福に恵まれなかったことから、そういった訓練は人並み以下にしかやっていないし、それ故にこんな状況で魔物とまともに戦おうものなら瞬殺されて終わる。
ならばなぜ冒険者ギルドになんかいるのか。
決まっている。生きるためだ。
「仕方ないでしょ。ここくらいしかお金もらえる仕事受けれるところないんだから」
「はァ? じゃあなんだ。迷い猫探しでもしてんのか?」
「ま、まあおおむねそんなところかな」
万物の声を聴く能力。
仮に名前を付けるとしたら、万物聴取だが、この能力を使えば迷い猫探しなど簡単に終わる。
ただその辺の野良猫に迷いネコの特徴と匂いをかがせて、それっぽい反応があったらついていく、っていうのを繰り返せばいいのだ。
だが、そんなことをもう一カ月も続けていると、流石に迷いネコの数が減ってくる。
つまり。
「ところで、今お金に困ってたりする?」
「急にどうしたんだァ? 金でもくれんのか? 気前いいじゃねえか」
「逆だよ。お金が欲しいの。しばらく何も食べれてなくて」
お金がないのだ。
そろそろ、この服を売ろうとしていたくらいには。というより、もう何なら一銭もない。
お爺様にもらった誕生日のプレゼントだったが、背に腹は代えられない。
だがなかなか決心がつかず、それ故にしばらく何も食べれていない。
「……嬢ちゃん。それ、マジなのか?」
「……大マジだよ。もう三日はここの無料飲料水しか口にしてない」
「……お前、死ぬぞ?」
「……だから頼んでるんだよ。お金くれって」
当初の予定では、この街に来たらまずやることは、探偵事務所を開設して、しばらくは冒険者の依頼をこなしつつ名前を売ることだと考えていた。
が、予定は所詮予定だ。
世の中、そんなうまくいくことばかりではない。
商業申請を出すために身元を提示しなければならないのだが、追放された身では、その証明になる物が一切ない。
名前を言えばただで入れると思ったのだが、受付に身分詐称の疑いで詰められそうになって、慌てて逃げ帰ってきた。
つまるところ、私はこの街で、戸籍のない一般浮浪者になった、というわけだ。
そんなの、登録するときに身分も資格も何もいらない冒険者くらいしかやれることがないだろう?
だから冒険者になったのだ。
「——で、この街の迷いネコをかたっぱしから保護して回ったら、迷ってるネコちゃんがいなくなっちまった、と」
「そう」
「お前、バカか?」
至極まっとうな意見だった。
「……じゃあよ、そんなお前に一個提案なんだが、お前、俺らのパーティーに入らねえか?」
頭の上の方に獣の耳を生やした男——年齢は見当もつかないが、自分を嬢ちゃんと呼ぶくらいだからおそらく年上なのだろう――が、そんな提案をしてきた。
私の知る限りでは、この獣男はこのギルドでも割と名前が売れているちょっと強い冒険者だ。
だから、個人的には嬉しい提案なのだが、一つ不安なことがある。
「嬉しいんだけどさ、私全く戦えないんだよね」
「……は?」
「いや、だから、私全く戦えないの。戦えたら魔物狩りしてるでしょ? 猫狩りなんかしないって」
「なんで上から目線なんだよお前」
男のため息がギルド内に混じって消えた。
「ほら、私って貴族じゃない? もともと。だから、戦わなくても生きていけたの」
「王都のやつらでも一般教養として剣術とか魔法は学ぶって聞いたんだが、実際はんなこともねェのか?」
「いや? それは事実だよ」
「じゃあなんで全く戦えないんだよ」
「才能がないからだよ」
さらに大きなため息がギルド内に混じって消えた。
獣男がどこまで譲歩してくれるかはわからないが、私が全く戦えないのはまぎれのない事実だった。
私にできるのは、せいぜい動物の声を聴くことと、会話のできる相手の死念体、つまり魂と意思疎通ができることくらいだ。
だが、この街においてそれを生業とするにはいささか難しすぎる。
何故ならそもそも戸籍がないからだ。
仕事ができるかどうかと仕事を始められるかは別問題なのだ。
魔物が特産品の街だからしょうがないのだろうが、肩身が狭くはある。
しかし、浮浪者や犯罪者の臓器が特産品になるよりかはましなのだろう。
少なくともそういう方法で秩序が維持されているなら、この街の領主は優秀なのだ。
「才能がないつったって、全く扱えないわけじゃねェんだろ?」
「まあ、一切できないってことはないけど、猫ちゃんにお湯をかけてあげたりとかそれを乾かしてあげたりとかくらいしかできないかな」
「……それは、このギルドに限ンならなんもできねえのと変わんねェわ」
「マジか」
獣の耳が徐々に垂れていくのが見えた。
面白い造りだ。
人間以外の種族が外にはあふれているんだという話は聞いたことがある。
小さい頃に読んだ絵本なんかでもよく出てきたものだ。
獣と長耳と人間の英雄が、竜族の悪者を倒して世界を救ったよ~みたいな話。
祖父がよく話して聞かせてくれた。
神話をもじって物語風に描き直したらしいが、彼らが実際にいるかどうかは定かではない。
ただ彼らの末裔たる種族はいるようで、獣は獣人、長耳は森精、そして人間は人族と呼ばれる種族になった、らしい。
私も噂程度に聞いていただけで、実際見るのは初めてなのだが、街をうろつく猫のような綺麗な毛並みはしていないらしい。
冒険者だから仕方がないのかもしれないが。
そんなことを考えている間、獣男は長考していたようで、ようやく答えが出たのか、その口を開いていった。
「あーわかった。じゃあ、こうしよう。別に依頼にはついてこなくていいから、俺のパーティーには入っておけ」
「……それは、どうして?」
「お前は戦えない。だけど仕事もなければ戸籍もない。つまり、明日生きているかどうかも定かではない。だから、俺らでお前の身分を証明できるようになるまで面倒を見てやるって言ってんだ」
「それは本当!?」
願ってもない誘いだった。
ただ今日と明日の食事代だけもらえれば良くて、別に無理をいうつもりはなかったのだが。
しかし、ここまでわかりやすく私に都合がいいと、何か裏があるのではないかと考えてしまう。
ここはひとつ、揺さぶりをかけてみるか。
「ああ、本当だ。俺もここにいるギルドの冒険者たちも、ふらっとやってきたお前のことを気にかけているからな」
「……そっか、それはありがたいんだけど、私、本当に何もできないよ? それとも、この私でもできるような仕事があったりするの?」
「……あー、そこなんだが。……そうだな、明日のこの時間、もう一度ここに来れるか? あとこれはお前の今夜分の食事代だ。一応やるよ」
餌付けされている気分だったが、不快ではない。
この男にウラオモテがないことなんて今までの彼の様子を見ている限りでわかるし、時折聞こえてくる彼の心の声ですら、完全な善人であることを裏付ける物ばかりだった。
「こんなのもらっちゃ断れないよ。わかった、明日のこの時間ね」
「ああ、お前に見せたい物がある。俺らのパーティーに入るかどうかは、それを見てから決めるで構わねェ」
「お気遣いありがとう。夕飯、ごちそうになります」
だから一応、何を考えているのか心の中が透けないかと揺さぶってみたのだが、収穫はなかった。
人の心の声を聴くということに関して、自分でまったく制御できないというのは何かと不便だ。
結局何もわからなかった上に、彼の反応から察するに、口にするには難しい内容なのだろう。
……思った以上に、面倒くさくなりそうな予感がした。
三話までわざわざありがとうございます