「あの、領主様」
「アーシアか。どうした?」
「実は……」
そんなわけで本日はアーシアから相談を持ちかけられたわけだが、内容はなんと戦闘訓練の希望だった。
「その、私より小さいと思ってた白音ちゃんにも体力テストで突き放されたので……」
「あー、そればっかりは種族差もあるからなァ。白音は猫又っつーか猫魈だし」
意外や意外。年下に大差で負けたのが原因らしい。多少活動的に改変されてるとはいえ争い事を嫌う部分は大きく変わってないと思ってたんだが。
白音は仙術修行が本格化して身体能力も上がってきたからなぁ。浄化能力のある火車とやらの取得にも挑戦中らしいし、遠近物魔の揃った万能型に仕上がりつつある。
鬼いさん世界の火車さんとややこしいが、だからってまさかあの火車さんを召喚する能力とかに改変されてねぇだろうな。なんだかんだあの巨大猫の妖怪は強いんだぞ。バイク込みだと余計に。たまに荼吉尼様もセットでついてくるし。
「そうなんですけど、でもやっぱり負けたままでいたくないです……」
「ふむ。焦るなって言っても難しい話か……よし、じゃあちょっと秘密の特訓をしてみるか?」
「秘密の……ですか?」
控えめなアーシアの貴重な頼み事となれば多少の苦労は厭うまい。個人レッスンと師匠紹介とどっちにすんべ。
そんな提案に対して、アーシアは首をこてんと傾げて疑問を口にした。とてもかわいい。つーかそっちが引っかかるんかい。
「訓練を公開して努力してる姿を見せたら白音も真似するかもしれンぞ。そうでなくとも負けてられないって頑張るから差が縮まらンだろうし。それでも良いのか?」
「そ、それは駄目です! わかりました、秘密の特訓をお願いします!」
「あいよ、承った」
なんか妙に思えるくらいやる気に満ちてるなぁ。なんか別の意図が隠れてそうな気もするが、なんだろうな、こう、女の勘が。
「領主様と二人きり……えへっ」
あっ(察し)(不整脈からの心不全)(問題は未来の自分に丸投げしよう)。
そんなわけで秘密の特訓を開始する。場所は執務室に設置した置物から入れる某マインドとタイムのルームを模した劣化版な異界だ。アガレスの魔力やアタシの
時流が違うから利用時間の分だけ加齢してる事になるって副作用があるんで、人間の子供や女性には割と厳しいかもしれん。どちらも該当するアーシアは特訓終了後に劇的な使用前使用後を認識してショックを受けてしまうかもしれんな。もちろん周りも。
あ、本人に説明はしたし、リスクも呑むとハッキリ意思表示してきた。未来予想図も作成してみせたが、むしろそちらも白音に対してリードできると目を輝かせていたのでほっこり。
後悔先に立たず、とならない事を祈るばかりだが、最悪は、ホラ、若返り薬とか作れるし。
つーか異界内の年単位で過ごしたら途中で初潮を迎えるとかあるかもしれんし気を配らんといけんね。年齢一桁だろうと三位一体コンプしてるガチ聖女やぞ、色んな意味で油断はできん。
さすがの鳩や聖霊も処女懐胎はさせんと信じたい。信じたいが……うん、万が一にもやらかしやがったら鬼灯様に説教してもらった後でシロに食わせんべ。
「さて、始める前に確認する事がある」
「確認する事ですか?」
「そ、一言に強くなるって言っても、どんな風になりたいかの方向性を決めンとな」
「えっと、その……」
何故か言い淀む。はて、人に言えないような戦闘スタイルなんだろうか。でも実戦でバレるし……あぁ、聖水や聖句みたいな信仰系主体って事か。ルキフグス領じゃ耐性持ちがほとんどとはいえ、悪魔に請うのは違う感じがして言い出せないと。
「領主様みたいに鞭で戦えるようになりたいです!」
「お、おォ」
全然違ったわ。恥っず。口にしなくて良かった。少し前のアタシGJやで。
しかし鞭か。散々使っておいてなんだが、実戦向きじゃねぇんだよな。
ただまぁアーシアの場合は基本的に不殺だろうし、逆に良いのかもしれんね。聖職者がフレイルやモーニングスターみたいな鈍器を持ってたのは流血回避目的だったはずだし、鞭でも同じやろ。同じか?
「まァ前々から言ってたし、本格的に教えるとするか。そういや小さい頃に渡したリボンはどうなった?」
ふと、以前にもアーシアは鞭を扱いたいと言っていたので安全性に配慮して新体操に使うようなリボンを渡していた事を思い出し、尋ねてみた。
「えっと、ここに」
そう言って、アーシアは何故か修道服の胸元から当該の道具を取り出した。女体の神秘ってレベルじゃねーぞ。知らん内に追加で収納系の
ちなみに年齢一桁だけあってその胸は平坦であった。余計に謎が深まったんだが?
「まさか持ってきたとは思わンかったが、大切にされてるなら渡した側としても嬉しいもンだな」
うーむ、実物があるならクラフトチートで鞭に改造しようと思ってたんだが、取り出したのが胸元じゃ貸してくれとは言い辛い。
セクハラ、ダメ。ゼッタイ。
「それはもう、領主様に頂いた大切な物ですから」
「そこまでかー。ならそのままにしておくか、それとも後で今のアーシアに合わせた長さに調整しておくか?」
「あ、それなら調整をお願いします」
「了解」
調整を頼むって事は、つまり現役で使ってるんだろうか。
いっその事、鞭に転向せずそのままリボンで戦うのも選択肢に入れていいような。舞うように戦うって表現もあるし、演舞と演武は音が同じだし、新体操とバトルの合わせ技ならモビルファイターに前例もあるし。
でもまぁ今は希望を叶える方向で進めていくか。何でも試して経験を増やしていくのが今後の閃きに繋がったりするし、仮に失敗しても糧になる。
「とりあえずは準備運動から始めるか。軽くジョギングしてから体操で体を解すぞ」
「はい、わかりました!」
うーむ、元気があって大変よろしい。
ルキフグス領で過ごしている以上は一般人よりも鍛えられちゃいるが、それでも戦闘職未満。つまりはその辺のテコ入れから始めんといかんから、自主トレできる体力作りや筋トレを教えていく事になる。よってウォーミングアップが必要だ。
いうてせっかくの秘密特訓なわけだし、軽く教えたら後はひたすら模擬戦して必要な部分を酷使させて鍛えていくが。幸運補正は本人の前向きな姿勢を汲んで働かないといいなぁ、なんて考える次第。
幸いにも若いだけあって体の柔軟性は優れてるし、怪我を負うリスクは低めだ。体力だって余り気味で、むしろこっちが先にバテたら威厳も何もなくなるんたがどうしようかね。
いやまぁ半月くらいなら無休で働けるがなこの悪魔ぼでー。
そして時は流れ約一年。
そんなアーシアは一つ歳を重ねたわけで、地味に身長が5cm以上も伸びた。そして戦闘訓練に明け暮れたので顔付きもちょっぴり凛々しくなってる。
「アーシア……ちゃん?」
「あら、見ない間に大きくなったにゃん?」
うん、まぁ、バレるよね、そりゃ。顔を合わせた
黒歌は親戚のおばちゃんみてぇな反応してるが、白音の反応を楽しんでるから適当なだけか。ジャンヌなんて白目剥いてんぞ……あれ啓示受けてねぇよな?
「ふむ、筋肉量がかなり増しているな。しかも日常生活や単なる筋トレとは比率が違う」
「何があったのかはわからないが、雰囲気も変わったな。以前にも増して芯がしっかりして、戦士としても一皮どころじゃなく剥けたんじゃないか? 十中八九領主の仕業だとは思うがね」
「確かにバールドも身長が伸びて魔力量が更に上がってるな」
さすがの幼馴染、見るところは見ているらしく違いに気づいている。いや視点が幼馴染じゃなかったわ。それでいいのか絶食系イケメン共。
なんかこっちにまで言及されてるが、禁欲のために運動やアイテム制作で発散した成果なんだよなぁ。慣れって怖いよね。
「白音ちゃん、皆さん、私は生まれ変わりました。今の私は……
「「「どうしてこうなった」」」
みんなの視線が痛いです、はい。
――説明中――
「と、まァ滅多に我儘を言わないアーシアたってのお願いだったンでな。要は寿命の前借りにも近いからオススメせンぞ。新作ゲームの発売日前に寿命が尽きたらどうする気だ」
「抑止の例がショボすぎないか?」
「緊急時は借りたいところだな。長生きするために強さが必要になるなら結果的に寿命が延びるわけだし」
「どっちにしろ、現状じゃ向こうで二年こっちじゃ二日が利用限度だ。使い所を間違えると後悔すンのは変わンねェぞ」
明確な目標と細かい軌道修正がされて常に高いモチベーションを保てるならまだしも、途中で迷ったり間違えたり或いは漫然と過ごしたりで時間を無駄にしたら目も当てられねぇからな。
かといって指導者側も自分のために時間を使いたいだろうし、細かい出入りはその工程こそがそもそも貴重な時間の無駄になってしまう。割と悩ましい問題じゃなかろうか。
ま、リスペクト先を龍球じゃなく魔法先生にすれば使用制限はなくなるわけだが。持ち運び可能な点を考えれば後者に近いし。
それでも制限するのは人生経験を積ませたいからであり、子供の頃にしかできない恥も外聞もなくはしゃぎ回る事で思い出をたくさん作ってほしいからである。
特に人間組は寿命が短い上に、ほぼないとは思うが原作通り進んだら短い期間しかない青春時代を下らん争いに巻き込まれてバトル漬けにされかねないから余計に、な。
その辺は大人として矢面に立って巻き込むのは最小限で済ませるつもりではあるし、なるべく起きないよう方法に働きかけてる最中だが。
「まァ、なンだ、アーシアは数日もすれば落ち着いて羞恥に悶えるだろうから優しく見守っといてやれ」
「そうなんですか?」
「説明するのは難しいです。皆さんのご想像にお任せします」
話を切り上げるために話題をアーシアの変わりように移してみたが、尋ねた白音に対するアーシアらしからぬ突き放すような返しに本当かと疑う多数の視線がこちらへ突き刺さる。
「タブンネ」
色んな意味でフラグ立ってるから、白音が隠してた実力を発揮して笑えよアーシアとか言い放つ可能性もあるし、うん。
そんな感じで第一次アーシア魔改造計画は大きな成果とほんの少しの傷を残し完了した。
だが、忘れてはならない。いつか第二第三の魔改造計画が立ち上がり、アーシアはその度に新たな力と傷を得る……かもしれない。
なお、アーシアは特訓の成果を発揮して白音と互角以上に戦えたものの、そこから増長してヴァーリに挑み男女平等チョップを脳天に受けて正気に戻った。
そしてそれまでの自分を冷静に振り返って……引きこもった。
が、どうやらルキフグス領のごちゃ混ぜな属性のオーラというか神秘(?)が濃すぎるせいで天照大神と同一視され、太陽神アーシア概念が誕生してしまったらしい。鬼灯様経由で日本神話から問い合わせというかお知らせが来てビビったのはここだけの話である。
それと忘れてたが、ロキから贈られてアーシアの護衛を担っている
シルエットが似てるからと自分を鞭扱いするよう無茶振りする一幕もあり、最終的にヤマタノオロチと天叢雲剣の逸話を参考にして自分の脱皮した抜け殻から
そういやHSDDのヤマタノオロチって確か邪龍の一角だったが、鬼いさん時空の影響で日本地獄にいて労働してるんだよなぁ。介入しなくても原作の悲劇が予防されてるんですが、それは。
八重樫、じゃなかった八重垣もルキフグス領の教会で牧師やってっしな。半年くらい前にはクレーリアが種族変更薬を所望したし…後はわかるな?
挙式する際はベリアル家とストラーダ猊下セレクションの教会面子を招くくらいまでならなんとかなるかね。鳩が祝う時点で知った連中を逃がす気はないぞ、くけけ。
予定を確保してもらえるかは賭けな部分もあるが、ディハウザー・ベリアルを引き込むチャンスでもあるしな。クレーリアがレーティングゲームのファンな以上はシーズンと合わせるだろうし、決して分は悪くないはず。
なんならついでに貧乏貴族として有名なベリアル領の開発にも介入しておきたい。単なる経営下手だとしたら教育するし、売りがないなら眠ってる資源を探せばいい。お宝探しは任せろー。
さておき、こうしてアーシアは無事に強化された。図らずもそれなりに敬虔な信者であるアーシアが天照大神の分霊概念を得てしまったが。
これにより一年の強化が誤差なレベルで強くなるとか種族が日本神話所属の神になるとかの変化はない様子。場合によっては狐っ娘アーシアになる可能性もあったと思えば惜しくもあり。
あと、日本神話が聖書勢力の下に入るとかアーシアが日本神話に鞍替えしたりとかは一切ないので安心だ。
まぁ、日本神話との関係は大きく深まったが。アーシア信仰します。