ひとりあるき野エルフ   作:灯火011

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エルフのいた国

 この世界には、人、神、悪魔、魔物、動物、亜人。様々な種族がいる。最も数が多いのは人。その次に多いのは亜人と動物、そして次いで魔物、悪魔、そして神となる。

 

 その中でも、特に希少なのは、純潔のエルフ。白髪の直毛、金目、白い肌を持ち、魔力と身体能力が誰よりも高いと言われている。それは、神と人が願い生まれたとも、全ての血を掛け合わせた非道な実験が大昔にあったのだ、などと言われているが、その真偽は不明だ。

 しかし事実として、この世界でも伝説の書物に記されている程度しかその存在は薄い。しかし、過去にエルフが作り上げたと言われる国や街道、システムや道具が残っている。だからか、全ての生きる生物は、エルフに畏怖を覚えながら、そして、エルフをいつかこの目で見てみたいと思いながら過ごしている。

 

 曰く、神よりも美しい、だとか。曰く、この世界では消え果た、呪文を使わない魔術・魔法を使える。だとか。

 

 中には、エルフを奴隷に…などと思いながら過ごす輩もいるが、まぁ、人それぞれ。それに、エルフというのは先も言った通り、伝説の書物にしかその存在が記されているだけだ。例えば、その希少性と言えば、『エルフが着ていた肌着の切れ端』という真偽の判らないものがその土地で見つかっただけで、博物館が立ってしまうレベルなのだから。

 

「…大袈裟」

 

 しかし、得てして希少な物、というのは案外と近くに転がっているもので…。

 

 

 都市エルメイヤ。古代においてはエルフの英雄が、魔王を倒してその居城を中心に再建の街としたという伝説を持つこの国で最も栄えている場所だ。首都ルドベキアよりも栄えている街であるため、国王やその眷属たちは一年のほとんどをこちらで過ごしている。遷都の話も何度も出ているが、それは、古から伝わるエルフの『首都はルドベキアにのみ栄えある』という言葉を守っているため、結局ソレは行われていない。

 

 なので、エルメイヤは政治の中心、ルドベキアは商業の中心としながら、国は大きく発展を遂げている。そして、このエルメイヤにももちろん、エルフ博物館は存在する。流石エルフが作り上げた国だけあって、その装飾品の多さと言えば、世界一の貯蔵量を誇っている。

 

 例えば王冠にしても、初代から10代目までのエルフの王がつけたものや、肌着、マント、そして食器にいたるまで展示され、更には変態的な展示としては髪の毛や爪なども展示されていたりする。それを好機の目だけではなく、尊敬の念をもって世界中から人々が集まるものだから、この国の繁栄と言えばそれはそれは素晴らしいものだ。

 

「はい、どうぞー。エルフ焼き」

「ありがとう!」

 

 もちろん、それだけエルフ推しの人々と国だ。そこらへんで売っている食い物も、なんにつけてエルフ、エルフ、エルフ。例えば、古代エルフの定食だったり、エルフの愛用したと言われているペンだったり、木材、食材、衣類。様々なものが売っている。

 ちなみにエルフ焼きとは、エルフの里で食べられて…いたかもしれないと伝えられている麦と呼ばれる穀物を砕き、水で溶き、キャベツと呼ばれる古代から伝わる野菜などを混ぜて、熱された鉄板で焼き、様々なスパイスと野菜から抽出したドロリとした黒い液体をかけて食うという特殊な食べ物だ。イカ、タコ、ブタと呼ばれる動物や魔物を混ぜたものも人気だが、それは、ダークエルフ焼き、ハーフエルフ焼きなどと言われて、様々な派閥が存在している。 

 

「ハーフエルフ焼きひとつ」

「お、嬢ちゃん判ってるね。この6つの具材の入ったハーフエルフ焼きこそ本家ってもんだ。なぁ!」

「そう、だね」

 

 豚・いか・えび・貝柱・たこ・ミンチ肉。本当のエルフ焼きはコレなのだが、何がどうなってエルフ焼きはシンプルなものがそう言われてしまっている歴史がある。

 

「しかし嬢ちゃん、その恰好はエルフ様の仮装かい!?」

「うん」

「よーく似合っているよ!いやぁ、眼福ってやつだな。ほい、お待ち。ついでに、エルフの丸焼きも付けとくぞ」

「いいの?」

「おう。いいもん見してもらったからなぁ!また来てくれよ!」

 

 エルフの丸焼き。字面は恐ろしいが、その実は、先のほど麦の粉を水で溶いたものを、くぼみのある鉄板で焼いたものだ。中にはタコが入っていて、この都市の一つの名物となっている。ソースは少し、エルフ焼きと比べてまろやかなものが使われている。

 

「ありがとう。いただきます」

 

 そういって、嬢ちゃんと言われた女性は頭を下げた。美しいストレートの白髪が、さらりと流れる。上げた顔は雪のように白く、その眼には、金色の輝きが灯っている。彼女が歩けば、思わずと言っていいほど人々は視線を集めてしまうほどの仮装の出来。

 そんな彼女がはふはふと、おいしそうに丸焼きとエルフ焼きを食うものだから、その宣伝効果たるやピカイチだ。先ほどまで行列など無かった店の前に、長蛇の列があっという間に出来上がっていた。

 

「丁度よかった」

 

 彼女は胸を撫でおろしながら、ソースの味を楽しむ。シャキっとキャベツが歯を撫でて、じわりと具材の味が舌を包む。

 

「美味しいね」

 

 間髪入れずに今度は丸焼きを口に含む。とろりとした生地に口の中を焼かれたのだろう。目をぎゅっとつむりながら、手足をパタパタとさせていた。そして、口を開けてはふはふと息を吐く。丸焼きが熱すぎた。というか、勢いよく頬張りすぎたと後悔する彼女の脳裏に、今度はタコのうま味がやってくる。

 

「あふ、あふ」

 

 熱さを少し我慢しながら、歯を合わせると、グリっとした食感と共に、更にタコのうま味があふれ出した。そうなるとこちらの物と言わんばかりにもぐもぐと今度は口をしっかりと動かして、丸焼きを楽しむ。

 

「わー、エルフのおねーちゃんおいしそう!」

「エルフのおねーちゃん美味しそうね」

 

 子供から声が掛かると、彼女は小さく手を振って、先ほどの店を指さした。すると子供の目が輝いて、両親であろう男女の手を引っ張ってそちらの店へと足を運び始める。と、その男女が申し訳なさそうに頭を下げて来ていた。彼女は気にしないでと、頭を横に振った。

 

 

 ぶらりと目抜き通りを行く、エルフの仮装の彼女。よくみれば、そんな格好をした人や亜人がそこらへんで見て取れる。だからだろう。確かに彼女は美しいのだが、彼女の事を「エルフだ!」と言って囃し立てるような者はいない。

 

「おお、これは美しい。エルフの仮装のお方。お代はいらぬので、一枚、描かれてはくれないだろうか?」

 

 だが、何度も言うが彼女の美しさはまたそれ以上のものだ。故に、伝説のエルフに近い彼女ということで、絵を残したいという人は少なくはない。

 

「いいよ」

 

 そして彼女としても悪い気はしないので、それは快く受けている。そして、その人に連れられて画家の元に行くと、半日程度は拘束されるが、見事な絵が出来上がる。例えばそれは抽象的な淡いものもあれば、油絵のような重厚な物、色を重ねられた水彩画や、黒で描かれたデッサン絵など、様々な作品が残される。

 これが後々、とんでもない価値になったりもするのだが、それはまた別の話だ。

 

「いやぁお美しい…握手をよろしいですかな」

「うん、いいよ」

 

 ぐ、と握手をして別れるのも毎度のことで、その瞬間、相手が必ず息を呑むのも毎度のことだ。彼女の絹のような繊細な肌に触れた人々は、一瞬惚けてしまう。そして、それを不思議そうに見つめる金色の輝きで意識を取り戻すのも、また毎度のことだ。

 

「これは失礼、美しさに見惚れてしまいました」

「ふふ。ありがとう」

 

 ほほえみで別れる彼女。その背中をいつまでも見送る人々の姿があったとか、無かったとか。

 

 

 日が傾いたころ、エルフの仮装の彼女は、街の郊外へと出る。宿に帰るためだ。彼女の宿は良く言って掘っ立て小屋。この世界では日当にあたる銀貨1枚で3泊できる破格の宿である。しかも朝食と夕食付という至れり尽くせりの宿である。

 

「おう、お帰り。楽しめたかい?」

「はい。楽しめました」

「おお、そうかそうか!」

 

 宿屋のおかみは笑いながら、彼女の部屋の鍵を渡す。その隣では、宿屋の親父が静かにやり取りを見つめていた。

 

「掃除はしといたぞ。私物には触ってねぇから確認しといてくれ。飯は鐘6つと笛1つな」

「はい。ありがとう」

 

 彼女が頭を下げると、さらりと銀髪が流れる。そして、彼女は部屋へと足を向けながら、宿屋を軽く一瞥した。掘っ立て小屋だが、掃除は行き届いていて埃は少ない。安宿にありがちな、獣のような体臭もほとんどない。隠れた名店であるなぁとぼんやりと思う頃には、彼女の腕は既に部屋の鍵を開けていた。

 

「楽しかった」

 

 鍵を閉めてベッドに腰かけながら、そう呟く。彼女の頭には、博物館や、その周囲で食べた焼き物の味が浮かんでいる。

 

「やっぱりこの()はソースが美味しいね」

 

 いろいろな街を旅している彼女であるが、その中でもこの街のソースはお気に入りになったらしい。それが証拠に、ベッドの上の彼女の顔は見事に惚けている。そして、一息をついた彼女は、その仮装を…。

 

「よし、と…」

 

 とるわけでもなく、さらりと銀髪を片方の肩に流して、ベッドから立ち上がる。そして、両の手をほっぺたにあてた。

 

「やっぱり痛いね」

 

 彼女の言葉に呼応するように、両手が淡く光る。すると、先ほどのエルフの丸焼きにやられた口内の痛みがスルリと引いていく。この世界では失われた、詠唱を必要としない魔法の一つ。回復魔法を彼女は自然と使っていた。

 

 そう。彼女は、エルフの仮装などでは決してない。

 

 彼女の正体は、エルフ。銀髪の直毛、金色の眼、雪のような白い肌は自分の物。特徴的なとがった耳ですらも、彼女の生まれ持ったものだ。

 

「この町、楽しいけれど、少し恥ずかしい」

 

 だが、人々は気づかない。ここはエルフの古都。エルフにあこがれた人々が集うがゆえに、たとえ本物が混ざっても、それに気づくことは()()無い。

 

 コン、コン、コン、コン。ドアが叩かれる。

 

「どうぞ」

 

 エルフの彼女がそういうと、ドアが静かに開かれて、先ほどの宿屋の親父が立っていた。

 

「お手紙です」

「ありがとう」

 

 彼女はベッドから立ち上がり、それを受け取る。そして、宿屋の親父はといえば、顔を見ずにそのまま部屋を後にしようとしていた。

 

「お待ちを」

 

 エルフが声をかけると、親父はようやく顔を上げた。

 

「何かございましたか」

「少々失礼しますね」

 

 そういうとエルフは、親父の顔に手をやった。すると、親父の顔に少しの驚愕の表情が浮かぶ。

 

「…これは」

「初めて見たときから思っていました。虫歯ですね。直しましたので、これからは歯磨きをマメになさってください」

「有難い」

 

 親父は深々と頭を下げて、今度こそ部屋を後にする。そして、エルフはと言えば、渡された手紙をゆっくりと、その細く、白い、絹のような指で丁寧に開いていた。

 

「なるほど。なるほど。少し、はしゃぎ…油断しすぎましたか」

 

 手紙を読み進めると、彼女の顔には少しばかりの笑みが浮かぶ。まるでそれは、懐かしい何かを見つけた時のような。

 

「せっかくのお呼び出し。ならば、明日にでも向かうとしましょう」

 

 手紙をベッドに置くと、彼女は天に手を伸ばして背中をほぐした。その手紙には、この国で唯一の紋章。『国王』が使うことを許された5つ星の紋が刻まれている。

 

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