ひとりあるき野エルフ   作:灯火011

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エルフとオンディーナ

 ガーディニアの花を弄びながら、アールヴはエリュキナと共にカフア・ラテと呼ばれる飲み物を啜っていた。

 

「美味しい」

「有難きお言葉です」

 

 カフア・ラテ。それはこのウェネティアの街独特のカフアの飲み方だ。カフアは通常、湯によってその汁を抽出するのだが、このウェネティアでは蒸気で抽出を行うことが多い。通常のカフアよりも濃厚で、蜂蜜のようなとろみ、そしてうま味が強いカフアとなる。そこに合わせるのが、蒸気で温められた牛の乳だ。そこに砂糖を入れて味を調えれば完成。

 

「カフアに乳を入れるだけでこんなに美味しくなるなんて」

 

 つまりはカフア・ラテとは牛乳入りのカフアということだ。アールヴの顔は、自然と笑顔になっている。味についてはエリキュナの腕によるところが大きい。

 

「誰に対してお出ししても恥ずかしくないよう、日々、精進しておりますので」

 

 なるほど、とアールヴは頷いていた。修道院という場所だけあって、訪れる人は一般庶民だけではなく、貴族や王族もくることだろう。彼らにこの街の名物を美味しく味わってもらいたい。そんなエリキュナの気持ちが伝わる一杯だ。

 

「そういえば、エリキュナ様はわたくしの事をご存じのようですね」

 

 聖アールヴ。それは、この国の神と崇め奉られているエルフその人に他ならない。しかし、この国ではそのエルフにあやかった仮装で過ごす者や、その名前を付けられている者も多い。

 区別するために『聖』という言葉を付けているのだが、このエリキュナはアールヴを見るや、直ぐにその名で呼んだ。これはつまり、エリキュナがアールヴの正体を見破ったか、それとも知っていたかのどちらかだ。

 

「一度、ゴンドラにお乗せしております」

「…ああ。そういうことでしたか」

 

 修道女にしては背の高い彼女は、オンディーナという精霊族だ。彼女もエルフまでとは言わないが、寿命が長い。100年や200年はアールヴと同じように朝飯のことだろう。と、アールヴはもしや、と口を開く。

 

「違ったら申し訳ありません。もしや、リベルティナ様もオンディーナではありませんか?」

 

 エリキュナは驚きに目を開く。オンディーナと人の女性の差は実に少ない。強いて言えば、背が比較的高く、魔術が得意と言ったところであろう。

 

「その通りです。ご慧眼に脱帽いたします」

 

 姿勢を正し、頭を下げたエリュキナ。実のところ、この修道院はオンディーナが納める修道院。ウェネティアの街が用意した、ゴンドラを降りた彼女たちの受け入れ先の一つだ。

 

 

 アールヴの目の前には、ウェネティア特製の鍋料理が置かれている。ヴィーの薬が良く効き、一人の修道女がその病気を根治させる道筋がついたその礼ということらしい。

 

「ウインディーネの水運亭でもお出ししている名物料理です。どうぞ、ご堪能下さいませ。聖アールヴ様」

 

 リベルティナが給仕よろしく、腰を折りながらそう告げる。30センチはあろうかという金属製の鍋に、この町で採れる魚や貝がふんだんに入れられていて、トマトと呼ばれる赤い野菜や、パプリカと呼ばれる色とりどりの野菜なども入っていて、目にも楽しい料理だ。

 

「ウインディーネの水運亭というと、確か、オンディーナが経営するという?」

「ええ。実は修道院の外貨稼ぎの場所なのです。我々が持ち回りで料理をしているのですよ」

「なるほど、それは、期待が持てますね。では、早速頂かせてもらいます。リベルティナ様」

 

 食材の目の前で手を合わせ、お辞儀。正直、アールヴは腹を空かせている。速いところ口に含みたい所なのだが…今回、『聖アールヴ』などと呼ばれてしまっているからか、少々、気を張っているようだ。

 

「どうぞ。聖アールヴ様。ご説明させていただきますと、魚はスズキという白身魚。貝はイガイというものです。こちらの具材はタコとイカという物です。それらを塩水で煮込んだものですが、味は保証いたします。お好きなものを、お好きなように摘まんでくださいませ」

 

 それならばと、ど真ん中に置かれている白身魚に触る。フォークとナイフで小さく身を切り取ると、それを口へと運んだ。

 

「…おいしい」

 

 程よい塩味、そして、貝などの出汁が身にしみこんでいるからだろうか。淡泊な魚の身を上質な魚へと変身させている。一口食べたアールヴの口内には、唾液があふれて、次の一口をすぐによこせと暴れまわっている。と、そういえばと、2口目を食べる前に、アールヴが疑問を投げた。

 

「そういえば、エリキュナ様のお姿がお見えにならないようですが、いずこにいらっしゃるのでしょうか?」

「ヴィー様のお知り合い…いえ、ヴィー様のお弟子様の看病に向かっております。聖アールヴ様がお運び頂いたヴィー様の薬は良く効きましたが、体力が低下しておりますので念のためです」

「そうでしたか。その、差支えなければお教えいただきたいのですが、そのお弟子さんについて」

「承知いたしました。…ああ、お食事はお続けください。ご説明させていただいます」

 

 2口目、3口目と、言葉に促されて魚を口に含むアールヴ。そのたびに、頬の筋肉は緩んでいく。そして、その付け合わせのように置かれているタコ・イカ・貝も口に運んでいく。アールヴとしてはエルフの丸焼きでよく食べているタコであるが、このような食べ方をするとまた別の旨さに気づかされる。

 

「まず、弟子の名前は『フノッサ』と申します。こちらは、我々と違い、人族です」

「人族」

「ええ。そして、としのころは20前で、女性です」

 

 タコを口に含む。むぎゅ、となかなか良い歯ごたえだ。そして、その歯ごたえを楽しむように咀嚼していると、どんどんとうま味が口の中に広がっていく。そのせいで、彼女の手は全く止まらない。

 

「そして…今回ヴィー様が造り、アールヴ様がお届けいただいた薬。これでしか治療しえない病にかかっておりました」

「病」

「はい。腎の水がうまく回らなくなる病です。我々オンディーナの魔術や、医療では根治が難しい病です」

 

 今度はイカを口に含む。タコよりは柔らかなその歯ごたえであったが、味はどちらかというと此方のほうが濃いかもしれない。そしてこの鍋は火入れの加減も抜群で、固すぎず、柔らかすぎず、全ての具材の口当たりが非常に良い。

 

「最近ではその症状が酷くなり、常にひどい浮腫みと、貧血、動機や息切れといったものが見られ、顔は青白くなり、どんどん衰弱している様を見ている他、手立てがありませんでした」

「それほどまでに、酷かったんだ」

「ええ、まさに、立ち上がれないほどに衰弱しておりました」

 

 貝はと言えば、やはりこれもいい味を出している。身はぷっくりとしていて、それを口に含めば貝の中から出汁がじゅわりと口の中に広がった。そして、もう一度白身魚に手を伸ばしてみると、なるほど、間違いない。思った通り、今まで食べた具材の味がしっかりとしみ込んでいる。

 

「ですが…今回頂いた薬を服用したところ、たちどころに…浮腫みや息切れがなくなり、顔色がピンク色に戻りました」

 

 これならば、もしかするとと、スープを一口含む。アールヴの目が開くほどに、濃い出汁が出ていて、これだけでも何か一つの料理と言えるほどの旨さだ。

 

「誠に、感謝いたします。聖アールヴ様」

「いいえ…私はただ、薬を運んだだけ。その言葉はヴィーに言ってあげて」

 

 気が付けば、特製鍋のほとんどを腹に収めたアールヴは、満足げな笑顔を浮かべてリベルティナの顔を、その金色の瞳でまっすぐに捉えていた。

 

「寛大なお言葉…。承知いたしました。必ずや、その言葉、ヴィー様に届けさせていただきます」

「うん。よろしくね。それと、お鍋、すごくおいしい」

「それはそれは。ご満足いただけたようで、なにより嬉しく思います」

 

 そして、食事を終えたアールヴはリベルティナと共に再び、カフア・ラテを楽しんだ。既に時間は日が昇り、青々とした空がウェネティアの街を包んでいる。

 

 

 数時間後、修道院を後にしたアールヴは、ウェネティアの宿へと歩みを進めていた。リベルティナから紹介された宿は、修道院から15分ほど歩いた場所にあるもので、一泊は金貨2枚程度。掃除は綺麗に行き届いていて、店員の士気も高いように見える。どうやら期待は持てそうだ。

 

「明日、フノッサに会うという約束も取り付けましたし、ひとまずは休みましょう」

 

 本当は今日中に一度その顔を見ておきたかったのだが、どうやら、今日は疲れて眠ってしまった、ということだった。まぁ、話を聞く限りは山場は超えたと考えて良いだろうし、ひとまずは安心して一夜を過ごすとしようと心に決める。

 

「それにしても…お鍋、おいしかった」

 

 脳裏に浮かぶのは、昼間に食べた鍋料理。あれは本当に美味しかったなぁ…とアールヴの顔が緩む。そういえば、と。リベルティナとエリキュナが別れ際に言っていた言葉を思い出す。

 

『宿は夕飯が自慢の宿をご用意致しました』

『魚料理がお嫌いでなければ、ぜひ』

 

 魚料理…ウェネティアのものは間違いない。ウェネティアに来たら魚。魚と言えばウェネティア。夕飯は、鐘6つと半と聞いている。今は鐘5つ。

 

「はやくご飯、たべたいな」

 

 軽くなった時止めのトランクを部屋の隅に置いて、自らはふかふかのベッドに体を投げる。今日は、心置きなく食事を楽めることであろう。

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