ひとりあるき野エルフ   作:灯火011

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エルフの居た玉座

 翌朝。小鳥が囀り、優しい太陽の暖かさが街を目覚めさせる。たちどころに家々の煙突からは煙が上がり始め、人々の営みの音と香りが漂い始めた。

 

「良い香り。小麦のパンかな?」

 

 その中、まだ人通りのない目抜き通りをエルフが歩く。この都は大都市だが、まだまだこの時間帯では人々は家の事で手一杯。誰かが彼女を見つければそれはそれは大騒ぎになるのであろうが、彼女は抜かりない。

 

 楽しそうに鼻を動かしながら、視界を動かしながら、彼女は軽い足取りでずんずんと道を進む。その先にあるのは、街の中心である議会や裁判所などがある政治の中心。そして、王の住む城だ。

 

「久しぶりだけど、変わってないね」

 

 居住区と政治の中枢を隔てる大きな門の前に立ち、軽く頷くエルフ。そこに、守衛の兵士が近づいていく。

 

「止まれ。ここから先は立ち入り禁止だ。観光客が来てよい場所ではない」

 

 職務に忠実。まさにそういったいでたちのガタイの良い男から発せられる低く、威圧感のある声。普通の人であれば、申し訳ないと慌てながら身を引くところだ。

 

「呼ばれています」

 

 エルフは特に気にせず、昨日受け取った手紙を彼に差し出した。すると、その紋章を確認した守衛は、背筋を伸ばし、敬礼を繰り出した。

 

「これは失礼いたしました。どうぞ、お通り下さい」

「職務、ご苦労様です」

 

 エルフは軽く頭を下げる。銀の髪がさらりと流れ、金色の瞳が細くその間から守衛を覗く。そして、エルフが歩みを進めるのと同時に、扉が重い音を奏でながら、ゆっくりと開いた。

 

 

 堂々と政治の中心を歩く彼女は、どこかその風景を懐かしそうに眺めながら、目移りしてしまっているようだ。時には足を止めて、建物を良く観察している。

 

「変わってないね」

 

 建物についた傷を見つけると、足が勝手にそちらに向いているのだろう。無意識に近づき、そして、その傷に優しく手を添えた。どうやらナイフでつけられた傷であるのだが、それが、いくつも付けられている。低いところでは120センチ、大きなところでは180センチ。まるで、何かを比べたような傷跡だ。

 

「来て下さいましたか」

 

 と、その背から声が聞こえた。どこか深く、低く、しかし、優しさを含んだ声。エルフは自然に立つと、首を左に傾け、そして、左の足を一歩引きながら体を返す。

 

「呼ばれたからね」

 

 手紙をひらひらと振るように弄ぶエルフに、男は深く頭を下げた。

 

「感謝いたします。そして、お初にお目にかかります。私めはこの国を治めさせていただいております、現国王、アレクサンド…と申します。以後、お見知りおきを」

 

 その言葉に、エルフは頷く。そして、今度はエルフが膝をついて、王をその金色の眼で射抜いた。

 

「丁寧な自己紹介、お受けいたします。わたくしはエルフのアールヴと名を賜っております」

「やはり、アールヴ様でありましたか…!」

 

 王は驚きを隠さず、その場に思わず跪く。そして、エルフのアールヴに対して、首を垂れた。

 

「お会いできて光栄にございます。初代国王陛下」

 

 初代国王。この国の起こり、つまりは魔王を倒したエルフその人のことだ。名は、アールヴと伝わっている。そうやって尊敬の念を送られたエルフだが、少々困惑の表情を浮かべていた。

 

「国王は私じゃありません。祖先の事です」

「祖先…?」

「はい。私の祖先、それの名がアールヴ。代々、我がエルフの一族はその名を継いでいくのです」

「あ、ああ…左様でしたか」

 

 国王はそう言いながら立ち上がる。エルフよりも長身で、先ほどの守衛よりもガタイがよく、なるほど、肉体的にも鍛えられた良き王の雰囲気が漂っているとエルフは感じている。

 

「何か、勘違いをさせてしまったようですね」

 

 少しだけ困ったように、目尻を下げたエルフ。国王はいいやと首を横にふった。

 

「混乱させてしまいまして申し訳ない。しかし、エルフがこの都に訪れていただける。それだけで歓待する価値がございます。よろしければ…このあと、朝食などご一緒にいかがでしょう?」

「お受けいたします」

 

 エルフがそういうと、国王は表情を明るくさせた。そして、大きく手を叩くと、数人の従者が足早に王の住む城へと姿を消した。

 

「では、ご案内させていただきます。どうぞ、私めの後ろに」

「はい。国王様」

 

 王が先導し、その後ろをエルフが歩く。まるで絵画のような一幕に、それを見ていた数人の守衛は心を奪われている。

 

 

 王の案内で向かった先は、王城の中でも古い区画だった。

 

「何か苦手なものはございますか?」

「何もないですよ」

「それは良かった。我が都伝統の朝食をお楽しみいただけると自負しておりますので」

 

 王とエルフは重厚な扉の前で歩みを止める。その横には従者が2人控えていて、頭を深く下げた彼らが、その扉を手で押し広げた。

 

「…ここは」

 

 エルフが思わず声を上げた。きっと、思い出があるのだろう。左から右へと、扉の外から部屋を眺めていた。

 

 大きなテーブルがあるあたりで、ここは食事会場であることは明白。だが、それにしては装飾が豪華賢覧で、奥には一段高くなっている場所がある。まるで、何かを置くようなそんな雰囲気すら漂っている。

 

「こちらへ」

 

 王の言葉のまま、上座へと座るエルフ。そして、下座に座った王は、再び、大きく手を叩く。すると、どこからか大勢の従者が現れ、次から次へと食事をテーブルへと配膳していった。

 そして気づけば、少し冷えた、おそらく毒見がなされたであろう食事がテーブル一面に置かれていた。

 

「豪華なおもてなし。感謝いたします」

「そのお言葉だけで、我らは天にも登る思い。アールヴ様のお気持ち、有難く受け取らさせていただきます。では、どうぞ。お食べください」

 

 エルフは頷いて、早速ナイフとフォークを手に取った。目の前に置かれたのは油で揚げられた食材たち。トマト、コーン、ベーコン、ウインナー、そしてパンも油でじっとりと挙げられていて、目玉焼きかと思った卵も、フライドエッグ。その横に、ベークドビーンズが置かれている。

 

 ナイフでパンを切り分けて、ベークドビーンズを乗せて口に運ぶ。

 

「おいしいね」

 

 見た目のじっとり感とは別に、カリカリになっているパンの表面。そして、ベークドビーンズの塩気が丁度良い。ベーコンやウインナーも、油で揚げられているとはいえ、流石の王の食事とだけあって、悪い食材は使っていないようだ。エルフのほほが緩む。

 

「お口に合ったようでなによりです。この都には、しばらくご滞在を?」

「うん。しばらく。気が向いたらまたどこかに行くよ」

「左様でしたか」

「ここにいたほうが、良い?」

「いいえ。ご自由になさってください。ああ、ただ、初代国王様に出会うことがございましたら…そうですね。お元気ですか、とお伝えくだされば幸いです」

「判った」

 

 もぐもぐと口を動かしながら、エルフと王は食事と会話を楽しむ。フライドエッグは中は半熟。これが、意外と油まみれのパンと合うな、などとエルフは考えている。

 

「この国は、いかがですか?」

「良い国。少なくとも、私の知る中では平和で、ご飯が美味しい。素晴らしい国」

「そうでしたか。いやはや、エルフの方にそう言っていただけると、冥利につきるというものです」

「これからも、頑張って」

「ありがとうございます」

 

 空になった皿を前に、エルフは一礼をする。と、間髪入れずに彼女の前にカップが置かれた。その中には、何かの葉が浮かぶ。

 

「良い香りです。これは、何のお茶ですか?」

 

 口に含んだエルフが、王に問う。すると、王は笑顔を浮かべてこう言った。

 

「ローズマリーという異国の香草です。祝い事などに使うものなのですが、今日この一杯は、アールヴ様との出会いに」

 

 

 居住区と政治の中心を仕切る重い扉が再び閉まる。このころには街の息吹は完全に温まり、昨日と同じようにエルフの格好をする者に溢れていた。

 

「ご苦労様です」

 

 守衛の声に軽く会釈をし、街中へと消えていくエルフ。その背中を、国王は自らの城から眺めていた。

 

「やはり、初代様か」

 

 彼女は違うと言い張っていたが、最初の彼女が気にしていた傷は、彼女と、その家族たちが身長の記録を残していたものだという伝説がある。そして、朝食をとった部屋は、過去においては魔王の座。つまりは、初代国王が王座を置いていた場所。今でこそ手狭となり食事会場となってしまっているが、その格式は高い。彼女の懐かしそうな視線が、それをよく、物語っていた。

 

「この国が、あの方の瞳にどのように映っているのか」

 

 彼女は、素晴らしいと言ってくれた。しかし、まだまだ問題はある。人身売買の闇、薬物の闇、人の形をしたものの欲望たるや、計り知れないものだ。王は、天を仰ぐ。本当に今のままでいいのかと。しかし。

 

 いや、と彼は首を振る。きっと彼女も闇を知っているだろう。それでも、私の呼び出しに答えてくれたのだから、きっと、期待されているのだと思い直す。

 

「より一層、良い国にせねばな」

 

 再び、彼女の背を送ろうと街に目をやった。すでに、彼女の姿は街の喧騒の中に消えている。 

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