ひとりあるき野エルフ   作:灯火011

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エルフの食べていた物―曼の丼

 王城を後にしたアールヴは、その美しい白髪を揺らしながら街の喧騒の中を歩く。昨日、舌を楽しませてくれたエルフ焼きの店は、今日は大行列だ。アールヴは溜息を吐いて、首を横に振る。

 

「どうしようかな」

 

 朝食は食べたが、あれでは、少々量が足らないというのが正直な感想だ。となれば、エルフ焼きのこってりとしたソースが恋しいと思うのは仕方のない事。

 

「うーん」

 

 しかし、歩けど歩けど、エルフ焼きの店は見事に行列が出来てしまっている。エルフの丸焼きの店もまた同様にだ。この異様な混みようの原因は一つしかない。『昨日、美しいエルフの仮装の女性がエルフ焼きと丸焼きを食べていた。肖りたい』という話が広がってこのような状況になっているのだが、アールヴは知る由もない。

 

 しかし都市エルメイヤを侮るなかれ。エルフの聖地ともいえるこの街には、エルフ焼き以外の数多の食事が取り揃えられている。古代にあったもの、無かったもの関係なく、エルフと名前がついているのだから。

 

「ん、いい匂いがする」

 

 このアールヴというエルフ、普段は丁寧な言葉遣いなのだが、こと、食事となるとどうにも言葉が稚拙になるきらいがある。しかも彼女の身長、約150センチといったところであろうか。その小ささも相まって、どうにも、飲食店の店員や店主からは若い女性に見られてしまうことが多い。

 だからこそ、昨日もおまけをつけてもらったのだが、それは、本人は知る由もない。

 

 それはともかく、彼女は食事の匂いに釣られて足が自然と進んでしまっている。どうやらソースとは違う香りのようで、彼女の目が明らかに輝きを増している。そして、その店を見つけるや否や、明確に足が早まった。どうやら、彼女の琴線を刺激するものだったらしい。

 

「イールだ」

 

 看板に描かれた紋様。それは、彼女の記憶の中にある『イール』という魚だった。彼女の故郷ではそれを、大豆と呼ばれる穀物を発酵させて出来たソースと砂糖、そして特殊な酒を混ぜ合わせて発酵させたものを塗りながら、じっくりと焼く料理が存在していた。さらに、それを米と呼ばれる穀物の上にのせて食べることが一つの贅沢である。

 

「楽しみかも」

 

 少し弾む気持ちを抑えるように、店の前で深呼吸をするアールヴ。そして、いざいかんと気合を入れるように頷いて、店のドアを押し開けた。

 

 

「大当たり」

 

 ごくりとアールヴの喉が鳴った。客は少ないが、彼らが食べている物は彼女の故郷の料理そのものだった。店の内装は木を基調に、なにがしかの植物で編んだラグが敷かれている。掃除も行き届いていて、好印象だ。

 

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

「うん。駄目だった?」

「いいえ。そんなことはございません。こちらへどうぞ」

 

 案内されたのは、2人掛けの小さな机。引かれた椅子に、彼女は会釈をしながら静かに腰を掛けた。

 

「当店は曼の丼専門店です。お品書きは、上から松竹梅とございます」

「松竹梅」

「はい。松は、上等な曼が3枚ほど、それに肝吸いと季節の果物。竹は2枚、肝吸いが付きます。梅は1枚、御御御付と呼ばれる大豆を発酵させたスープが付きます。料金は上からリョース金貨3枚、金貨1枚、スヴァルト銀貨5枚となっております」

「松でお願い」

 

 間髪入れずに彼女は上等な曼を頼む言葉を発していた。まっすぐに金色な瞳で見つめられた店員は、思わず、笑みを深める。内心でいえば、この子可愛い。といった具合だろう。だが、ほんの少しの笑みだけでその気持ちを表に出さない店員のプロ意識たるや、素晴らしいものだ。

 

「承知いたしました。では、少々お待ちください」

「うん。待つ」

 

 去り際、アールヴの前には緑色の液体が湛えられたカップが置かれていた。彼女はそれを両手で持ち上げて、軽く香りを嗅ぐ。朝に飲んだローズマリーよりは香りは無い。どちからと言えば、青臭い香りが漂う。

 

「なんだろう」

 

 少しだけの恐怖と、好奇心がせめぎ合う。もう一度カップの香りを嗅ぐ。やはり青臭い。ただ、周囲の人々の行動を見ていると、ゆっくりとそのカップを口に運んでいる。どうやら毒ではないようだ。それならばと、彼女は思い切ってカップに口を付けた。

 

「…爽やか」

 

 青臭いかと思った香りは、口に含めば爽やかな香りへと変貌する。なるほどとアールヴは一人納得した。この爽やかさならば、確かに、イールの()()と良く合うことだろう。

 

 

 店員が近づいてくる。それと同時に、鼻をくすぐる香りまでやってくる。楽しみなのだろう。アールブの体が、小さく左右に揺れている。

 

「お待たせいたしました。曼の丼、松でございます」

「ありがと」

 

 金色の眼が蓋をされた丼に釘付けだ。店員は思わず吹き出しそうになる気持ちを抑えて、言葉を続ける。

 

「そしてこちらが付け合わせの肝吸いに、こちらが季節の果物、いちごにございます」

「ありがと」

 

 ピタリと体の揺れが止まって、肝吸いといちごにこれまた釘付けである。ピクリと、店員のほほが思わず上がった。

 

「どうぞ、ごゆるりとお過ごしくださいませ」

 

 小さく頷くアールヴを見て、ついに店員の顔が破顔した。ふふ、と笑いながら店の奥に引っ込むと、やれ、可愛いね。だの、奇麗だなぁ、だの。アールヴについての雑談が始まったのだが、それは彼女にとって全く関係のない話だ。

 

「いただきます」

 

 目の前にご馳走がある。それが彼女にとっての最重要事項。さっそく、左手で丼を抑えてから、右手でその蓋を持ち上げた。

 

「大当たり」

 

 湯気が立ち上がり、それと同時に彼女の鼻にタレと曼…エルフでいうところのイールの香りが届いた。そして、彼女の金色の目に、美しい照りが映る。そして、箸と呼ばれる2本の棒を器用に使い、さっそく口に運んだ。

 

「おいひい」

 

 もぐもぐと丼を食らうアールヴ。タレの濃さ、甘さ、風味、そしてイールの身の油の旨さと、その味に彼女の顔は破顔する。と、ふと彼女はお品書きを再度確認した。そういえばと、曼の丼という名前がこの町では珍しいからだ。大抵、エルフの何か、なんて名前がついているのだが。

 

「…ああ」

 

 もぐもぐと口を動かしながら、納得した。曼の丼。その上に書いてあった文字が『エルフ丼』だからだ。なるほどなるほど。やはりここは、エルフが造り、エルフによって栄えている都市エルメイヤである。

 

「それにしても…」

 

 良く再現したものだと彼女は考える。確かに一族の伝統料理…ではあったはず…だと思うのだけれど、再現度というか、味はこちらのほうが上かもしれない。と彼女は思う。エルフ焼きなんかもそうだ。

 世界をめぐるうちに、彼女が気づいた時には、様々なものにエルフという名前がついていて、なんとも不思議な気分になったことは思い出に新しい。

 過去の記憶、新しい記憶。様々なものがまじりあって、彼女の記憶はなかなかに面白い事になっている。

 

「美味しい」

 

 ずずず。と今度は肝吸いを啜る。塩気が丁度良く、スープの熱さがイールの油を一度リセットしてくれた。再び、彼女は丼へと齧り付く。少しだけ横にずれた思考であったが、今はもう、曼の丼に夢中なエルフが一人いるだけだ。

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