ひとりあるき野エルフ   作:灯火011

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エルフの食べていたもの―おにぎり

 時止めのトランクにこれでもかと詰められたお握りは、無事に、熱いままで孤児院へと届けられた。ヴィーと再会したアールヴは、挨拶もそこそこに孤児たちへとそれを配る。その腹を満たすのには十二分な量があったようで、皆、笑顔でそれを頬張っている。

 

「来る途中で野盗に襲われてね」

 

 そんな子供たちの笑顔を見ながら、アールヴは道中の出来事を話していた。2日目の野盗の襲撃が一番の盛り上がりどころであろう。

 

「あら、それはお気の毒なことですわね」

 

 ヴィーはそれを聞きながら、お握りを頬張りながら頷きを返している。ヴィーが食べているのはイールが握りこまれたお握りだ。昆布とよばれる海藻を塩漬けにしたものも混ぜられていて、非常に味は良い。ただ、お子様には少し早い味である。

 

「そうでしょ?おにぎりを運んでいただけなのに」

「アールヴ様が、ではありません。野盗がですわよ」

「野盗が気の毒」

「そうでしょう。知らなかったとはいえ、エルフのアールヴ様に挑むなど死ぬ事と同義でしてよ」

 

 否定はしない。アールヴは少し遠くを見る。自らの過去からの行いを思い直して…心配はされないな、確かにと納得をしてから、己のお握りを頬張る。

 

「おいしい」

 

 彼女が食らうお握りは、コシヒカルという米の品種を少しだけ柔らかめに炊き、ふんわりと握られた極上の逸品。イール丼の旨さから並みではないと思っていたが、なるほど、確かにこれはヴィーがお気に入りということはある。具は、ムメと呼ばれる樹木の実を塩漬けにし、イヌエとよばれる香草で色付けを行ってから、天日干した物。ムメ干しと呼ばれたそれは、非常に酸っぱいが米とよく合う具材だ。

 余談であるが、このムメ干しとイールは相性が悪いとかいう伝承がこの国には伝わっているのだが、これは誤りであり、本来はムメ干しとイールの相性はすこぶる良い。すこぶる良すぎて食いすぎるため、誰かが流したデマだったというのが真相である。

 

「アールヴ様は本当に美味しそうに食べ物を食べますわね」

「美味しいから」

 

 美味しいものを美味しく食べて何か不思議?と言わんばかりに首を傾げるアールヴを、ほほえましく見つめるヴィー。彼女の姿は赤い髪こそユングと同じなのだが、170センチを超える長身であり、グラマラスなボディであるため、150センチしかないアールヴと並べばまるで姉妹のように感じられる。もちろん、ヴィーが姉のように見えてしまう。

 

「それにしても、子供たちを拾ってきてくださるとは思いませんでしたわ。それに、就職希望者も」

「拾ってない。野盗の拠点を壊したら、いたから」

 

 しれっと彼女は告げたが、実はこの野盗たちは厄介な連中であり、ここ最近の失踪事件の犯人達でもあった。アールヴを襲ったのが運の付きであり、アールヴは乗りかかった船だしとその拠点を襲撃。囲われていた大人の女性数名と、十名以上の子供たちをここまで送り届けたのである。

 

「良く拠点がお分かりになられましたわね?我らでも尻尾を掴めなかったのですわよ?」

「あの森の熊に教えてもらった。昔の馴染み」

「あら、そういうことでしたの」

 

 馴染みと言った熊は、ヨルミの森を守る熊のことで、魔獣達の長の一頭だ。人よりも賢く、魔獣よりも強い体を持つ彼らに協力を仰げたとなれば、野盗の拠点などは赤子の手をひねるより簡単に見つけ出し、壊滅させられることだろうとヴィーは納得する。

 

「それでアールヴ様。野盗たちは結局どうされたのですか?」

「みんな仲良く」

 

 地獄行き。と言わんばかりに彼女の人差し指が地面を差していた。

 

 

 わぁわぁと孤児院の庭を駆け巡る子供たちの喧騒を尻目に、ヴィーとアールヴはカップを目の前に静かに時間を過ごしている。ただ、その隣ではアールヴによって救出された女性たちの検査が行われていたりして、案外と空気は張りつめていた。

 

「精神状態はあまりよくありませんわね。なぶられていたとみて良いでしょう」

「そうでしょうね。野盗たちの品性は、少なくとも人間のそれではありませんでした」

 

 アールヴが彼女たちを発見したのは、野盗を地獄に送り終わって散策をしていた時だ。森の熊が、こちらにも人が居ると彼女に伝え、それを素直に受け取った事が、彼女たちの命をつなぐ理由となった。ただ、身分を証明する物というのは野盗に奪われてしまったのか、どこのだれだかは彼女らの証言を信じるしかない。

 

「体の面ではどうでしょうか、ヴィー。回復の魔法をかけましたので、傷はないと思いますが」

「ええ、その面は全く問題がありませんわね。流石ですわね。彼女たちの()()()は無傷ですわ」

 

 頷きながら、アールヴはカップから液体を啜る。苦みの中にある、確かなコク。珍しい飲み物だと彼女は考えている。

 

「さて、ではアールヴ様。彼女たちの身柄は確かに私の庇護下で保護させていただきますわ」

「よしなに」

「身元が分かり次第、本人の是非になりますが、故郷に戻っていただきますけれど、問題はありませんわよね?」

「ええ。私もそれを望んでいます」

「それと、子供たちについても調べを付けて…返せるものは返していきますわ。もし孤児である場合は、このままここで」

「お任せしますよ。ヴィー」

 

 頷き合った彼女らの姿に、救われた女性たちの心が少し軽くなっている。そして、少し気になっている。ヴィーは、都市エルメイヤの大聖堂司教、ユングの妹であることは周知の事実。ならば、その目の前にいる、ヴィーが明らかに敬う姿勢を見せている少女…女性は誰なのであろうかと。

 

「さて、では一度彼女らを寝室にお連れしてきますわね。アールヴ様はしばしお寛ぎを」

「ん」

「…アールヴ様、カフアにご興味があるのですね?後で教えて差し上げますわ」

「お願い」

 

 彼女らの疑問はついに晴れることはなく、久しぶりのふかふかの暖かい寝具にくるまれて、彼女らは夢の中へと旅立っていった。

 

 

「カフアというのは、カフアの木から獲れる実を加工し、その種を取り出し、そして、炙ったものを抽出したものですわ」

「うん」

「その種類や炙り方によって、このカフアの味は千差万別になるのですわよ」

「そうなんだ」

 

 ヴィーにより始まったカフア講座を真剣に聞くアールヴ。その目の前には、薄い色のカフアと、濃い色のカフアが置いてあり、これらは炒り方の違いを現している。

 

「苦い、けど、味が濃い。苦くない、そして、味が繊細…勉強になる」

「よかったですわ。と、いいますか…アールヴ様は世界を旅しているお方であるはずなのにもかかわらず、お飲み物には疎いのですのね?」

「食べ物にしか興味がない」

「あら、潔い事で」

 

 クスクスと笑うヴィーを、少し睨むように見つめるアールヴであったが、その口元には小さく微笑みが浮かんでいる。どうやら、彼女たちにしてみれば軽くじゃれているような感じなのだろう。

 

「それにしても百年ぶりの再会にしては、お変わりがなさすぎますわ。アールヴ様」

「ヴィーは変わりすぎています。孤児院の経営をしていると聞いた時は、驚きました」

「ふふ、どうしても、放っておけない子供たちがおりましたので、ユングに無理を言いましたの」

 

 本来、ユングとヴィーは2柱で一人の神族である。別れて行動するというのは、本来ならば珍しいどころかあり得ないことだ。

 

「そうですか。しかし…あなた方の小煩い()()()()は何も仰らなかったのですか?」

「『アールヴが自由に過ごしているのだから、貴様らも少しは自由に過ごしてしまえ。別に混乱はせんし、力も衰えん』と、お言葉を賜っておりますの」

 

 名前を出されたアールヴの顔が少しひきつった。これは裏を返せば、『アールヴは自由に過ごしていい奴ではない』という遠回しの文句の一つである。彼女は溜息を吐き、目の前のヴィーに言葉を吐き出した。

 

「私は神とかそういうものではないと皆さまはご存じでしょうに…」

「アールヴ様の功績を見れば、そういう言葉がでてしまうのは当然ですわよ」

 

 魔王をその座から引きずり下ろし、平和をもたらした存在。彼女が最も活躍した時代から生きている連中にとっては、アールヴとは神にも等しい存在なのである。

 

「大したことはしていないのだけれど」

 

 アールヴからしてみれば、本当に大したことはしていない。少し、態度がデカく、世界に迷惑をかけていた魔族のちょっと強い者に、少し大人しくしなさいと注意に行っただけなのだから。 

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