コーチのパートです。
ちなみに、このコーチは岸辺露伴の大ファンです。
7/27全体を加筆修正しました。ストーリーに変更はないので、ご安心ください。
「——ないッ! ないッ! ないッ!」
同時刻、KIRISHIMAのミーティングルームでひとりの男が悲鳴をあげていた。
男とわかったのは彼がスーツにネクタイを締めていたからだ。そんなことせずとも顔を見れば一目瞭然だろうが、それはできない。
彼は頭から紙袋を被っていた。〈亀福堂〉の紙袋だ。そのせいで顔は見えないが、もし〈人生のバイブルを失くした人間〉がいたら、今の彼と同じ顔をしたに違いない。なぜなら——。
「俺の『岸辺露伴は動かない』がないッ!」
まさしく彼は〈人生のバイブル〉を失くしていたのだから。
◆ ◆ ◆
昨日まで時を戻そう。
「君、明日からジェットバトルのコーチね」
「……えっ?」
朝、出社してきた彼は、まるで〈コピーを頼むような気楽さ〉で上司から人事異動を言い渡された。
九州の離れ小島に。しかもたったひとりで。
「り、理由を伺っても」
「君さぁ、いつだったか事務の女の子から飲みに誘われたでしょ」
「え、ええ」
「仕事は平凡なのに、顔はそこそこイイんだから。まったく、羨ましいよ」
3日前のことだった。佐藤だか、鈴木だか、田中だか、名前はよく覚えていないが、若い事務員から飲みに誘われた。
「でも『だが断る』しましたよ」
「それがいけなかったんだよ」
「……どういうことです」
「その子ね、専務のお気に入りだったんだよ」
話が見えない。
しかし、部長席の前でずっと立たせたまま話すものなんだから、と腰を上げた上司に連れられて彼は休憩所に向かった。
自販機の置いてある休憩所に人はおらず、上司は缶コーヒーの無糖を買った。
「で、肝心の左遷理由だけど」
「左遷って言いましたね今、はっきり言いましたね」
「まぁ隠してもしょうがないからね」
上司は缶コーヒーのプルタブを開けると、ぐびっとひと口飲んでから続けた。
「専務はその日、気のあるその子を食事に誘うつもりだったんだよ」
「なら、いいじゃないですか。俺が断ったんだから予定は空いてるはずですし」
ちっちっち、と上司は指を振る。かわいいポケモンがやるならイイとして、43歳のおっさんがやると、まぁまぁキツい。
「確かに予定は空いてたよ。けどね――」
ここで上司の〈ムーディー・ブルース〉が発動した。といっても単なるモノマネ劇場だ。本家のスタンド能力には程遠いし、正直さっさと結論だけ教えてほしかったが、同じ『ジョジョ』好きとして、そこは辛抱強く耐えた。
『やぁ、ミキちゃん。元気そうだね』
『……そう見えます?』
『見える見える。あ、そうそう。今日ね、急に取引先との接待がなくなっちゃってねぇ。店は予約してあるだけど、ひとりで行く気にもなれなくてねぇ。あ、もしよかったらミキちゃん一緒にど――』
『お断りします。専務のそういうわざとらしいところ、嫌いです』
専務はトイレで泣いたらしい。
今年で55歳になるハートに、女子事務員のストレートすぎる物言いは刃のごとく突き刺さった。
もし〈クレイジー・ダイヤモンド〉で癒せるなら、癒してやりたいくらいだった。
「事情は理解しました。でも、それとこれがどう関係するんです?」
話を聞く限りでは専務が女子事務員に手を出して勝手に玉砕しただけに思える。いや、実際そうだし。
「鈍いな、君も」
ぐびっ、とまた上司は缶コーヒーを飲む。〈ムーディー・ブルース〉はやると喉が渇くらしい。
「その事務の子――さっきのミキちゃんね――、君が持ち上げて断ったせいでひどく機嫌が悪かったんだってさ」
「……」
思い当たる節は、あった。
『■■さ~ん、今夜、駅前の〈ミライ酒場〉で飲み会するですけど、■■さんも来ませんか』
『〈ミライ酒場〉ですか、いいですね。俺もあそこ行ってみたかったんですよ』
『ホントですか。じゃ是非行きましょうよ〈ミライ酒場〉』
『本当に行くんですか』
『ええ、行きますよ。それじゃ鈴木さんと佐藤さんにも伝えて――』
『だが断る』
『……』
あれか。あれがマズかったのか。
むっすー、と不満げな23歳の女子事務員の顔は正直いってちょっと、いやかなり可愛かった。それそれ見たさに『だが断る』したのもある。しかし……。
「えっ、本当にそれが理由で左遷ですか」
「そうだよ?」
上司は不思議そうな顔をする。
「そのあと専務があの手この手を使って調べたら、君の『だが断る』が不機嫌の理由だったって判明したらしくてね」
「……他に使い道なかったんですか、その捜査力」
不正調査とかパワラハ防止に使えそうだ。というか、そういうのに使うべきだ。
「そういうわけだから、明日からジェットバトルのコーチ、よろしくね」
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくださいよ」
「『オイオイオイオイ』みたいに言わない」
言ってない。いや、ちょっとは意識した。だって岸辺露伴大好きだし。ってそうじゃない。もっと根本的な問題がある。
「そもそも俺、ジェットバトルについては素人同然ですよ」
テレビで観て存在は知っているが〈水着の美女がエナジーガンを撃ち合っている〉〈あと落水シーンがちょっとエッチ……〉ぐらいの認識しかない。ルールだって曖昧だ。加えていえば、コーチングスキルもない。
しかし、上司は難しい顔をするばかり。
そして仕方ないなぁ、とでも言いたげに口を開いた。
「私の好きなスタンドを知っているかね」
「……〈キラークイーン〉、でしたね」
過去形ではない、今でも好きだよ、と上司は訂正する。それからオープニングの吉良吉影よろしく〈親指で爆弾のスイッチを押すポーズ〉をとってみせる。
「そしてキラークイーンは既に人事異動書類に
「……!?」
こうして彼の人事異動、もとい左遷は決まったのである。第3部、完。いや、まだ3部どころか3話までもいってないが。
◆ ◆ ◆
そういった経緯で彼は今朝、羽田で飛行機に乗り、新幹線と在来線、そしてフェリーを乗り継いで、ここ〈ワダツミ〉へと降り立った。
「来るまではどんな僻地かって気を揉んでたが……」
南国の風が涼やかにスーツの中を吹き抜けていく。一緒に聞こえてくるカモメの鳴き声が心地いい。これならアロハシャツでも着てくればよかったかもしれない。
「……なんだかんだ、いい所みたいだな」
昼のフェリーは予定通り13時に入港した。
九州の離れ小島と表現すると田舎っぽく聞こえるが、〈ワダツミ〉はリゾート地としても有名なだけあって、その街並みはキレイだった。
港から見える景色にはガラス張りのショッピングモールやレジャーランドがずらりと並んでいる。
街の至るところにはフェニックスの木――ヤシ科の木らしい――から生まれた島のマスコット、フェニックスフェニ夫がいる。
港からは島内をぐるりと一周するバスも出ているが……停留所にはとても1便には乗り切れない観光客の姿があった。
リゾート地だし仕方のないことか、と彼は腕時計を見た。
約束の時間まで、まだまだ余裕はある。なら島内の地理を把握するためにも、ここは歩いていくのもいいかもしれない。
「えーっと、どれどれ……あの中央に見えるタワーがジェットバトルスタジアムの〈イザナミ〉か。目印にはちょうどいいし、ここから歩いてKIRISHIMAまでは……」
観光案内所でもらった地図には〈ワダツミ〉の全体像が載っている。3つの区画——観光区、工業区、居住区——に別れた島内を、実際の地理と照らし合わせながら歩いていく。
なにぶん初めての土地であるうえ、旅行慣れもしていない身だ。今は地図と路肩の標識だけが頼り――。
「わわっ!?」
――ドンッ!!
「ゲッフーーッ!!」
かわいらしい悲鳴に反し、その衝撃はラグビー選手のタックルのようだった。思わず漫画のザコ敵みたいな声が漏れる。
地図を広げていて前を見ていなかったが、どうやら走ってきた誰かとぶつかったらしい。
当然のごとく吹っ飛ばされた彼は尻餅をつく。キャリーケースや手荷物がアスファルトの上に散らばった。
これが『ジョジョ』だったら〈新手のスタンド使い〉が立っているところだが。
「いたたた……あっ、すいません! 大丈夫ですか?」
立っていたのは彼より小柄な、赤い髪のキレイな少女だった。頭に付けたイルカの髪留めが、キラリと陽光に光る。恐らく、というか絶対に〈新手のスタンド使い〉ではない。
そして大丈夫かと問われたが、どう見ても大丈夫じゃないのは……。
「き、君の方こそ大丈夫か?」
「え?」
「いやその、荷物が……」
ぶつかった拍子にそうなったのだろう。ピンクのキャリーケースは口を全開にし、肩かけのトートバッグは逆さまになって、それぞれ中身をぶちまけていた。
風が吹くと、年頃の少女らしい着替えやスポーツウェアが飛んできて彼の顔にかかった。ちょっといい匂いがしたのは内緒だ。あとは土産物なのか〈亀福堂〉の紙袋がいくつも散らばっている。
「わっ、わわわわっ!? す、すいません! すぐ片付けますから!」
「そんなにあわてなくとも、ケガとかは……」
「あっ、そうでした。おケガはありませんか」
風に飛ばされそうになる衣類を片っ端から捕まえた少女が尋ねてくる。
「俺はないよ。それより君こそ大丈夫か」
「はいっ、私は大丈夫です。……あっ、いけない」
両手両脇に衣類と紙袋をめいっぱい抱えた少女は、中国雑技団を思わせる器用さで手首に巻いた腕時計を見る。
その顔は〈入学式に遅れそうな女子学生〉とでも例えればいいか。兎にも角にも焦っていた。
「すいません。ぶつかったお詫びをしたいんですけど、この後どうしても行かないといけない所があって。もしよければ株式会社KIRISHIMAに連絡してください」
「ああ、わかった。KIRISHIMAだな。……ん? ……KIRISHIMA?」
ビジネス手帳にペンを走らせかけ、思わず聞き返す。
株式会社KIRISHIMA
これから彼の向かう異動先である。
奇妙な偶然もあるものだ。スタンド使いが引かれ合うように、KIRISHIMA所属は引かれ合うのだろうか。どうせなら道案内がてら一緒に行こうか、と言いかけて。
「それでは先を急ぐので! 失礼します!」
「あっ、ちょっと君」
呼び止める間もなく、赤い髪の少女はいつの間に荷物をしまい直したのか、キャリーケースとトートバッグを抱えて猛スピードで走り去っていく。
そっちはKIRISHIMAと逆方向だぞ……、とひとりごちる彼の声は、カモメの鳴き声と共に交差点に消えていった。
◆ ◆ ◆
そして時は現在に戻る。
KIRISHIMAに着いた彼は受け付けを済ませるなり、ミーティングルームに通された。
こざっぱりとした部屋だ。シンプルながらも使い勝手を重視したテーブルやホワイトボードが並んでいる。
担当者が来るまでしばしお待ちを、と言われ、彼は腰を下ろした。座ったのは当然入口に近い下座だ。このあたりのマナーは『富豪村』で覚えた。
そして『富豪村』といえば『岸辺露伴は動かない』だ。左遷先とはいえ粗相があってはいけない。
待っている間にマナーの復習をしようと、単行本を入れてきた〈亀福堂〉の紙袋を開いて――。
「な、なん、だと……!」
彼は絶句した。
紙袋の中身がいつの間にか饅頭になっていたからだ。紙袋を逆さにする。テーブルの上に転がり出てきたのは〈亀福堂〉の亀乃子饅頭だった。
だが、そんなはずはない。上司が出張土産でくれた饅頭は朝食代わりに食べて既に胃の中だ。
何より今朝、アパートを出る時、移動中も読めるようにと『岸辺露伴は動かない』をこの中に入れてきた。事実、新幹線の中で『懺悔室』を読んだ覚えがある。
しかし、紙袋の中に頭を突っ込んでみても、彼の〈人生のバイブル〉は見当たらない。
「……まさか、あの時」
思い出されるのは30分前に出会った赤い髪の少女だ。ぶつかった拍子にお互いの荷物が路上に散らばった。
そして、その中に〈亀福堂〉の紙袋があった。
「…………」
どうやら、お互いの荷物を取り違えてしまったらしい。
あの赤い髪の少女はいつくも〈亀福堂〉の紙袋を持っていた。恐らく土産菓子として会う人会う人に配るつもりなのだろう。
「マズい、すごくマズいぞ……」
もしかしたら、あの少女はもう紙袋を配っているかもしれない。5人か、10人か。
いや、不特定多数の相手に配られた時点で、彼の『岸辺露伴は動かない』を探して取り戻すのは至難の技だ。不可能といってもいい。
漫画なら買い直せばいいといわれるかもしれないが、あれは彼が愛読してやまない〈初版本〉なのだ。第10版とか、第20版とか――それだけ重版されているの嬉しいことだが――では意味がない。
何か手だてはないか。脳味噌をひっくり返して記憶を漁ろうとして。
『もしよければ株式会社KIRISHIMAに連絡してください』
あの少女の言葉を思い出した。
KIRISHIMA
つまるところ、彼女はこのビルのどこかにいる、ということだ。であれば土産菓子を配ったのもKIRISHIMAの関係者のはず。
早急に見つけ出さなくては。
頭の紙袋を脱ぐのも忘れて、彼は行動を開始した。
To Be Continued……
今後の投稿形式について、ちょっと質問です。今までエピソードを分割投稿してきましたが、まとめて一話完結がいいのか読者さんの声を聞きたいです。
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こ、これは……『分割投稿』だとッ!?
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いいや!『一話完結』だッ! 押すね!