都条みちるは動かない   作:なら小鹿

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みちるとコーチの出会い編はこれにて完です。
前話の最後にくっつけようとも考えたのですが、投稿から日があいちゃったので、別話にしました。

今回は怪異が出てきませんでしたが、次回からは怪異が出てきます。



#03『クールになりたい女』③

 一方その頃、都条みちるはというと——。

 

 な、なにこの漫画……!

 

 興奮のあまりリクライニングチェアから背中を浮かせていた。その手には『岸辺露伴は動かない』がある。

 

 トレーニングまでの間に少しだけ読んでおこうとページを開いたつもりだったが。

 

 すっごく〈面白い〉じゃないの!

 

 ものの見事にハマっていた。

 

 目はセリフを追ってやまず、ページをめくる手が止まらない。鼓動はさっきから高鳴りっぱなしだった。

 

 それもそのはず。

 

 みちるの読書歴でいえば、少年漫画はほとんど読んでこなかった。

 流行りに疎いのもあったが、祖母の家に古典文学があって、そちらに傾倒していた影響も大きい。

 

 だから、こういう刺激的な少年漫画は〈初体験〉だった。

 

 他では決して見ない独特な擬音。

 思わず真似してみたくなるセリフ回し。

 まるでその場にいるような臨場感。

 そして、どのエピソードにも濃厚な〈リアリティ〉があった。

 

 特にみちるが好きなエピソードは『富豪村』だ。

 舞台は山奥の別荘地。豪邸ばかりが建つその村は、なぜか異常なまでにマナーに厳しいと評判だった。土地を購入するため、村を訪れた岸辺露伴と編集者の泉京香は知らず知らずのうちにマナーを試されていたと気づく。

 

 みちるも祖母から礼儀作法を教え込まれた身だ。

 マナーにはそれなりに自信があった。しかし、トウモロコシに正しい食べ方があるなんて初めて知った。

 

 それは岸辺露伴も同じだったらしい。

 ナイフか。フォークか。箸か。罠のように並べられた食器に迷う素ぶりを見せた露伴だったが。

 

『この岸辺露伴をなめるなよ』

 

 その決めゼリフと共に正解を選びとる。あのシーンは最高に〈シビれた〉。そして何より——。

 

 この岸辺露伴っていう漫画家……とっても〈クール〉だわ。

 

 冒頭の人物紹介では『性格:わがまま、エゴイスト』とひどい書かれっぷりだったが、漫画に徹底した〈リアリティ〉を求める姿勢は〈クールな先輩〉を目指すのに通づるものがある気がした。

 とはいっても〈クール〉になるために、山を6つも買って破産するつもりはないが。

 

「……ふぅ」

 

 再びリクライニングチェアに身を預けるみちる。読み終えた『岸辺露伴は動かない』を閉じると、ぱたん、と小さな音がした。

 それは同時にみちるの中で新たな憧れができた瞬間でもあった。

 

 紙袋の中を覗けば2冊目の単行本が入っている。ここはすぐにでも次のエピソードを読みたかったが。

 

「あっ、大変! もうトレーニングが始まっちゃう!」

 

 夢中になる例えに〈時間が経つのも忘れる〉とあるが、まさに〈それ〉だった。デジタル時計に目をやれば時刻表示は 13:57 。練習が始まるちょうど3分前だ。

 余裕をもって行動するのも〈クール〉のひとつだが、漫画に夢中になって初日からトレーニングに遅刻だなんてシャレにならない。

 

 そういえば今日は新任のコーチも来る日だった!? どうしよう、いきなり遅刻なんてしたら〈クール〉な先輩像が……!

 

 みちるはスポーツバッグから必要なものを引っ掴む。選手控え室を飛び出すと同時にデジタル時計が 13:58 を示した。もう時間がない。

 

 ああもう! どうしていつもこうなるのよ~~!

 

 涙目になりながら、みちるはトレーニングルームへ向かって猛ダッシュした。

 

 

 

           ◆ ◆ ◆

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……、なんとか、間に合ったわ」

 

 トレーニングルームの前で膝に手を着きながら、みちるは息を整える。

 現在時刻は 13:59 。練習開始の1分前だ。ウォーミングアップすらまだなのに練習着には汗が滲んでいた。だけど、へこたれてはいられない。

 

 入華は……きっともう来てるはずよね。

 

 であれば、とみちるは頭の中で素早くシュミレーションを巡らせる。

 KIRISHIMAに来て初めてのトレーニング。右も左もわからず、不安と緊張の入り交じった顔をする後輩の姿が脳裏に浮かぶ。そこで求められるのは――。

 

 まずはアイスブレイクね。〈クール〉なだけじゃなく〈頼れる〉ところも見せてあげないと。

 

 何をするかは既に決めてあった。できれば鏡の前で練習してきたかったが、そこまでしている余裕はない。

 

 ぶっつけ本番……。でも、これを乗り越えてこそ〈クールな先輩〉になれるってもの! もう噛んだりしないわよ!

 

 ずり落ちかけたメガネをかけ直す。気合い十分に、みちるはトレーニングルームの扉を開けた。

 

「あっ、みちるセンパイ」

 

 トレッドミルやウェイトリフティングを背に、赤いサイドテールが揺れる。入華だ。選手控え室へ挨拶に来た時は少女らしい服装だったが、今はみちると同じKIRISHIMAのロゴの入った練習着に着替えている。

 

 見た目はもう立派なKIRISHIMA所属の〈ドルフィン〉だ。しかし、その顔はどこか困ったように〈眉をハの字〉にしている。

 

 だから、みちるは自信満々に――。

 

「入華」

 

「はい」

 

「〈ヘブンズ・ドアー〉!」

 

 漫画にあった岸辺露伴のポーズを真似ながら、その〈スタンド名〉を叫ぶ。腕の高さ、指の向き、腰のひねり具合まで完璧に再現した〈ヘブンズ・ドアー〉だ。

 これできっと入華の緊張もほぐれて、ぱぁーっと表情も明るく——。

 

「……?」

 

 ——ならない。むしろ入華はさらに困惑したように頭上に「?」を浮かべている。

 

 えっ、どうして!? 大好きじゃなかったの、岸辺露伴!?

 

 渾身の一芸だったのに、だだ滑りである。

 

 静まり返ったトレーニングルーム。奥の一面鏡張りの壁にはポーズを決めたまま顔を真っ赤にするみちると、きょとんとした入華が映っている。

 

「あのみちるセンパイ。なんですか、そのヘブンズなんとかって?」

 

「あっ、い、いいの、これは気合いを入れるかけ声みたいなものだから。〈ヘブンズ・ドアー〉!」

 

 さすがに無理があるわよ、この誤魔化し……!

 

〈穴があったら入りたい〉とは、こういうことをいうのか。みちるは昔、祖母から学んだことわざの意味を染み染みと実感した。できることなら今すぐ自分を本にして〈5分間の記憶を失う〉と書き込みたいぐらいだ。

 

「と、ところで入華。さっきから困った顔してるけど、何かあったの?」

 

 思いっきり滑ったみちるの〈ヘブンズ・ドアー〉とは関係なく、入華は相変わらず〈眉をハの字〉にしている。ここは先輩として助けてあげないと。決して、決して話題を逸らすための方便ではない。

 

「それが、こちらの方が新しく赴任してこられたコーチなんですが」

 

 えっ、コーチ?

 

 隣を見ると、スーツ姿の男性が立っていた。

 年齢は20代前半だろうか。顔立ちはどことなくハンサムで、ドラマの撮影で〈ワダツミ〉に来ている俳優だと紹介されたら信じてしまいそうだった。

 しかし、重要なのはそこではない。

 

 えっ、うそ!? 見られた!? 私の〈ヘブンズ・ドアー〉を!

 

 そのセリフだけ聞けば、まるで敵に〈スタンド能力〉を知られてしまったようにもとれるが、都条みちるは別に〈スタンド使い〉ではない。

 ただ単に恥ずかしいところを見られた相手が増えただけである。

 

 もうお嫁にいけない……、と顔を覆いたくなるみちるをよそに入華は続ける。

 

「実は私の荷物とコーチの荷物が入れ替わっちゃったみたいで」

 

「えっ、荷物が?」

 

「はい……」

 

 しょんぼりとする入華をあとをスーツ姿の男性——新任のコーチが引き継いだ。

 

「〈亀福堂〉っていう和菓子屋の紙袋で中身は〈漫画〉なのだが」

 

 えっ〈漫画〉?

 

 ひょっとして、という言葉がみちるの脳裏をよぎる。

 顔を上げると、新任コーチと目が合った。その眼差しは真剣そのもので、何か確信めいたものすら感じさせる。

 

「そ、それなんていうタイトルですか。わたし探してきます」

 

 責任を感じているのだろう。しかし、この場で状況を理解しきれていないのは入華だけらしかった。

 

「君がそうなのか」

 

 まるで運命の相手でも見つけたように、新任コーチはみちるを見た。

 しかし、あくまでそう見えるだけで二人の間に何の因縁も宿命もない。むしろ、そういうのが生まれるとしたらこれからだ。

 

「えっ、じゃあの『岸辺露伴は動かない』は」

 

「俺の〈人生のバイブル〉だ。返してくれ」

 

 こうして都条みちるとコーチとの間に奇妙な関係が生まれた。

 

 

 To Be Continued……

今後の投稿形式について、ちょっと質問です。今までエピソードを分割投稿してきましたが、まとめて一話完結がいいのか読者さんの声を聞きたいです。

  • こ、これは……『分割投稿』だとッ!?
  • いいや!『一話完結』だッ! 押すね!
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