都条みちるは動かない   作:なら小鹿

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#04『門の中に鬼』①

 

「……何かしら、これ」

 

 都条みちるが〈それ〉を見つけたのは観光区に建つショッピングモールでだった。恐らくは日本語。そして漢字である。曖昧な表現をしたのは、みちる自身その文字を読めなかったからだ。

 

 別に漢検一級をもっているわけではないが、みちるは高校二年。常用漢字はほとんど習ったし、幼い頃から祖母に言われて調べものには辞書を引いてきた。

 

 だから漢字にはそこそこ明るかった。霹靂(へきれき)は読めるし、薔薇(ばら)も頑張れば書ける。なのに〈それ〉は読めなかった。

 

〈門の中に鬼〉

 

 そんな文字が書かれている。見たこともなければ、そもそも存在する漢字なのかも怪しいところ。

 

「お姉さん、もしかして、その文字知ってるの」

「えっ?」

 

 話しかけられたのは突然だった。それもそのはず。

 ここは女子トイレの入口。件の文字はトイレマークのすぐ下に油性マジックで書かれている。明らかな落書き。乱雑な筆跡からもただのイタズラだとわかる。気にするほどのことではないが、こうして話しかけられたということは――。

 

「知ってるわけじゃないけど、あなたもこの文字が気になってるの?」

 

 中学二年くらい、だろうか。年齢でいえば、みちるの四つ下。

 今の中学生はビックリするくらいお洒落をしているらしいが、目の前の子は無地のTシャツにデニムのホットパンツとラフな格好。野球チームのロゴが刺繍されたキャップが〈スポーツ少女〉という言葉を連想させた。

 

「気になってるっていえば気になるわね。でも、ググっても全然ヒットしないの、ほら」

 

 慣れた手つきで画面を操作した少女が、スマートフォンを見せてくる。

 知らない相手にスマホを見せるのはちょっと警戒心が薄すぎないか、と思いつつもみちるは『(もんがまえ)の漢字一覧』と題されたページに目を通す。確かに画数順に並んだ漢字の中に件の文字――〈門の中に鬼〉は見当たらない。

 

「落書きみたいだし、誰かが適当に書いたんじゃないかしら」

「でも、そうなると変なのよね。行く先々にこの漢字が書かれてるから」

 

 うーん、と考え込む少女。面倒な子に捕まってしまったな、とみちるは心の中で困った顔をする。

 些細なことにも好奇心を向けるのは子どもらしいが、このあと予定のある身としては長々と付き合ってもいられない。申し訳ないが、適当に話を切り上げて別れよう。

 

「ごめんなさいね、実は私もこれから行かないといけない所があって……」

「あっ、そうなの。ごめんごめん。それじゃさ、最後にひとつだけ教えてほしいんだけど」

「なにかしら?」

「〈都条みちる〉さんっていうドルフィン知らない? わたし、大ファンなの」

 

 

 

           ◆ ◆ ◆

 

 

 

『――で、その子にファンサービスするからトレーニングに遅れると?』

「そういうことに、なりますね」

 

 さっきいっていた予定とはトレーニングのことだ。ショッピングモールに併設された喫茶店の前で、みちるはスマートフォンを相手に何度も頭を下げる。

 

「すいません、コーチ」

『別に謝ることじゃないだろ。ファンがいるならサービスするのも選手の務めだ。歳下の女の子が相手なら〈その手のトラブル〉もないだろうし、こちらとしては存分に楽しんできてくれ……とも言えないか』

「コーチ?」

『……いや、咲宮くんが君とのトレーニングを楽しみにしてて、その……、憧れの先輩を横取りされたってさっきからぷりぷり怒ってるんだ』

『……怒ってません』

 

 明らかに不満げな入華の声が電話口から聞こえてくる。みちるは「ははは……」と乾いた笑いを返すしかなかった。

 

『というわけだから、なるべく早めに帰ってきてくれ』

「ぜ、善処します」

 

 通話を切って喫茶店に戻ると、件の少女は小さめのボックス席に収まっていた。針金でも入れられたように背筋を伸ばし、手は膝の上。足はきゅっと閉じて、目はまっすぐ前を向いている。

 

「ごめんなさいね、待たせちゃって。先に注文してくれててもよかったのに」

「いえ、都条さんを差し置いて注文だなんて、そんな烏滸(おこ)がましいこと。あ、どうぞ」

 

 メニューがそのままだったことに気づいた少女があわててメニューを開く。もちろん、みちるの方に文字を向けてだ。

 

「ありがとう。私はアイスコーヒーにするけど……えっと……」

「あっ、申し遅れました。綾町美虹(あやまちみく)、中学二年です。わたしも都条さんと同じもので」

「そう」

 

 まるで面接のような受け答えに、みちるは吹き出しそうになった。誤魔化すように手を挙げて呼んだウェイターに二人分のアイスコーヒーを注文する。

 

「あんまり緊張しなくてもいいわよ。もっとリラックスして」

「はッ、はいッ」

(あははは……、全然緊張したままね)

 

 岸辺露伴だったら〈ヘブンズ・ドアー〉でリラックスするよう書き込むのかもしれないが、みちるはスタンド使いではない。となると、ここは――。

 

「綾町さんはどうして〈ワダツミ〉に。やっぱり観光とか?」

「あ、美虹(みく)で大丈夫です。観光っていうふうに家族には言ってあるんですけど、本当は……」

 

 尻すぼみになった美虹(みく)は上目遣いにみちるを見る。キャップは脱いでソファに置いてあるので、まだ幼さの残る瞳にはみちるの顔が映っていた。

 

「えっ、もしかして私に会いに……?」

「そ、そうなんです、実は」

 

 言うや否や、頭から湯気が出そうな勢いで美虹(みく)がぽーっと頬を赤く染める。

 

 ちょうどそこへウェイターが注文したアイスコーヒーをを運んできた。沈黙に耐えかねたらしく、コーヒーがテーブルに置かれるなり、美虹(みく)はぐびっとカップを傾ける。しかし、中学二年の口にブラックは荷が重かったらしく「にっがぁ……」と舌を出している。

 

 なんとも微笑ましい姿だが、入華を相手に同じようなことをしたみちるは人のことを笑えない。けれど、これで緊張はほぐれただろう。

 

「そうなの。でも、ジェットバトルの選手なら私以外にもたくさんいるわよね。どうして、わざわざ私に?」

「実はわたしジェットバトル選手に、〈ドルフィン〉になりたかったんです」

「〈ドルフィン〉に?」

「はい。ネットで調べたり、YouTubeで試合の動画を見たりして、あと一回だけですけど地域の体験会にも参加したんです」

 

 ジェットバトルはまだ競技化されて歴史の浅いスポーツだ。だからこそ盛り上げていこうという動きがあり、そのうちのひとつが体験会だ。とはいえ、UMIマシンに乗るにはプール付きのスタジアムが必要になるので開催場所が限られてくる。それに参加したとなると、かなりの意気込みといわざるを得ない。

 

「その中でわたし、都条さんの試合を見て、その、一目惚れしちゃったんです!」

「ひ、一目惚れ!?」

 

 はい、と美虹(みく)は力強くうなづく。

 

「あれは〈ワダツミ〉で開かれた公式試合の一回戦でした。両チームともせめぎ合っていて、どちらかがあと一発入れは勝敗が決まる。そんな状況でした。相手チームは焦ったのかエナジーガンを乱射してくる。その攻撃をすべて避けきって、KIRISHIMAのガンナーが相手チームを一撃。それが勝負の決め手となりました」

「そのガンナーって」

「はい、都条さんです」

 

 みちるもその試合は覚えている。といっても、あの頃はまだKIRISHIMAが強豪の一角に名を連ねていた頃で、みちるも〈チームとしての強さ〉に後押しされて実力以上の力を発揮できたという背景があった。

 

「あの時の都条さん、とっても〈クール〉でカッコよかったです。だから、わたしも都条さんみたいなガンナーになりたいって思ったんです」

 

 両手をぐっと握りしめて美虹(みく)は力説した。

 普段のみちるであれば、人のいる場所でこうも誉めはやされれば「ちょ、ちょっと待って」とたじろいでいたに違いない。しかし、美虹(みく)の口にしたあるフレーズがみちるのスイッチをONにした。

 

 ――とっても〈クール〉でカッコよかったです。

 

「そ、そう。――私にかかれば、造作もないことよ」

「おおっ、さすがは都条さんです」

 

 まるで憧れの大スターを目の前にしたように――彼女からすれば、まさにそうなのだろう――瞳を輝かせる美虹(みく)

 

 そう、みちるはちょっと、いや、かーなーり調子に乗っていた。〈クール〉なドルフィンらしく、コーヒーもブラックでひと口。めちゃくちゃ苦かったが、みちるは〈クール〉な表情を崩さない。

 

 

 

           ◆ ◆ ◆

 

 

「あ、すいません、都条さん」

「どうかした?」

「ちょ、ちょっと……お花摘みにいってきても、いいですか……」

 

 テーブルに置かれたカップは既に空っぽ。時計を見れば、入店してから一時間以上が経っていた。随分と話し込んでしまっていたらしい。そりゃ手洗いにも行きたくなる。

 

「いいわよ。ちょうど私も行きたかったところだから」

 

 みちるは〈クールでありながら気遣いもできる女〉を演じるてみせる。

 手洗いは店の奥にあった。美虹(みく)に先を譲り、入れ替わるようにして、みちるも用を足す。そして手を洗って出てくると、

 

「どうかしたの?」

 

 美虹(みく)がトイレの前で待っていた。席に戻ってくれててもよかったのに、と言いかけて、美虹(みく)が別の場所を見ていることに気づいた。

 

 視線をたどると、その先には〈Stuff Only〉の扉。店のバックヤードなどにつながっている扉で、これといって女子中学生の興味を惹くようなものはないはず。もしかして、フェニックスフェニ夫のステッカーでも貼ってあるのか。なんの警戒もせず、みちるも扉を見た。

 

〈門の中に鬼〉

 

 その文字が扉にあった。しかも今度は油性マジックではない。〈Stuff Only〉の文字と同じくカッティングシートで貼られている。

 

(どういうこと、これ……!?)

 

 みちるは空恐ろしくなった。

 さっき見た女子トイレの文字は単なる落書きで済ませられる。でも、これは違う。専門店に発注しないと、カッティングシートなんて用意できないし、できたものを誰かが貼らなければこんなことには……。

 

(待って、でもおかしいわ。こんな漢字はないはずなのに)

 

 存在しないはずの文字がカッティングシートになって貼られている。しかも、店員が頻繁に出入りする場所に。普通なら気づいて剥がされているはず――、とそこまで考えが巡って、みちるは嫌な可能性に気づいた。

 

「……」

「都条さん?」

 

 怪訝そうにこちらを振り返った美虹(みく)を、みちるは手で制す。

 同時にさっと店内に目を走らせる。新聞を読むスーツの男性。ノートと筆記用具を広げた学生のグループ。コーヒーにミルクを注ぐ老夫婦。

 ざっと見た限り怪しい人物はいない。午後の喫茶店の風景だ。けれども、この中の誰かが、この〈門の中に鬼〉の文字を扉に貼った。そして恐らく、あの女子トイレにも同じことを。

 

美虹(みく)ちゃん、ちょっと急用を思い出したから、ここ出ていい」

「あっ、はい。どうぞ」

 

 みちるは手早く会計を済ませた。その間も美虹(みく)の手は握ったまま。

 喫茶店を出たみちるは美虹(みく)の手を引いて足早にショッピングモールから離れた。ガラス張りの店はちょっとやそっと移動しただけでは中から監視できてしまう。

 

「ここまで来ればひとまずは大丈夫かしら」

「あの、都条さん、どうしたんです?」

 

 美虹(みく)が不安そうな顔をする。ここは歳上として安心できる言葉のひとつでもかけるべきなのだろうが。

 

美虹(みく)ちゃん、落ち着いて聞いてね」

 

 みちるは屈んで目線の高さを合わせる。

 

「――あなた、誰かに()けられてるかもしれないわ」

 

 

 To Be Continued……

 





オリキャラの綾町美紅の名字は他のドルフィンたちにならって、九州にある宮崎県の市町村〈綾町(あやちょう)〉を文字って付けています。

今後の投稿形式について、ちょっと質問です。今までエピソードを分割投稿してきましたが、まとめて一話完結がいいのか読者さんの声を聞きたいです。

  • こ、これは……『分割投稿』だとッ!?
  • いいや!『一話完結』だッ! 押すね!
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