都条みちるは動かない   作:なら小鹿

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ゲーム本編ではドジっ子なみちるちゃんですが、今回はわりかし〈クール〉になっています。……なってしまったというべきかもしれなせんね。



#05『門の中に鬼』②

 

『尾けられている? いったい誰に?』

「わかりません。いえ、もしかしたら私の思い過ごしかかもしれないですけど」

 

 足早に歩きながら、みちるはスマートフォンに向かって語りかける。自分でも驚くほどに確信のある声だった。

 既にコーチにはここまでで見つけた例の文字について話してある。そして、みちるが警戒しているのが、

 

『その綾町美虹という子を誰かがストーキングしていると、都条くんは考えているわけだな』

「はい」

 

 美虹(みく)本人に尋ねても過去にストーキングの被害に遭ったことはないし、学校や近所でも彼女を過剰に気にかけてくるような人物はいないと答えた。

 

 そもそも美虹(みく)は生まれつき病弱で、学校より病院にいる時間の方が長かったという。見かけは〈スポーツ少女〉なのに意外、というのが素直な感想だった。本人もあまり語りたくないようだったので、詳しくは訊いていないが、今も重い病気を抱えているそうだ。そのせいもあって交遊関係は狭いらしい。

 

 しかし、友人知人が少ないからストーキングにでる人間もいないとは言い切れない。

 一方、これといって被害のない現状では警察へ行くのも(はばか)られる。それもあってみちるはコーチに相談したのだ。

 

『わかった。車で迎え行くから現在地を教えてくれ』

 

 今いる場所を伝えて、みちるは通話を切った。

 

「ど、どうでした?」

「うん、私のコーチがすぐ迎えに来てくれるから、それまでの辛抱よ」

 

 みちると美虹(みく)がいるのは観光区にあるアーケード街だ。人通りも多いので、不審者もそう易々と手を出せないだろうと踏んでここまで避難してきたのだ。

 

「ごめんね、せっかく私に会いに来てくれたのに」

「い、いえ、都条さんは悪くありませんよ」

 

 ぶんぶんっ、と首を振る美虹(みく)。正直みちるも不審者にどこからか見られていると思うと今にも足が震えだしそうだった。それでも頑張れるのはあの言葉があったからだ。

 

(そうよ、今の私は〈クールでカッコいいドルフィン〉なんだから)

 

 せめて、自分に憧れてくれる少女の前では〈クール〉な都条みちるでいたかった。みちる背筋を伸ばす。その横で美虹(みく)が控えめに口を開いた。

 

「あの、もしかしたらなんですけど」

「ん?」

「こういうと失礼かもしれないですけど、()けられてるの、わたしじゃなくて都条さんじゃないですか」

「えっ、私が?」

「はい。だって都条さん、現役ドルフィンですし、その、ファンも多そうですし、中には過激な人だっているかもって」

 

 それは盲点だった。だが、美虹(みく)の言う通りかもしれない。

 片や病弱な女子中学生、片や企業に所属して公式試合にも出場しているドルフィン。どちらがストーキングされやすいか――なんて考えたくはないが――でいえばみちるだろう。

 

 ゾクッと背筋が寒くなった。耐えきれず、背後を振り返ってしまう。いつもと変わらない〈ワダツミ〉の雑踏が恐ろしく見えた。

 

(だとしたら、私と一緒にいたら美虹(みく)ちゃんにも危害が。でも、もしそうじゃなかったら……)

 

 あの文字は美虹(みく)と出会ってから現れた。しかし、ショッピングモールで会った時、彼女はこうも言っていた。

 

 ――行く先々にこの漢字が書かれてるから。

 

 果たしてあの文字がみちるを尾けてきているのか、それとも美虹(みく)を尾けてきているのか、現状では判断できない。

 

「都条さん」

「と、兎に角、今はコーチの到着を待ちましょう。KIRISHIMAのビルに行けば変な人は入ってこられないから」

「そうじゃなくて、あれ……」

 

 美虹(みく)は震える手で、みちるの背後を指差す。振り返ると、そこには観光客向けの土産物店が軒を連ねていた。そのうちの一軒の扉に。

〈門の中に鬼〉

 その文字が、店名と同じフォントであった。

 

「えっ、ど、どうして……!?」

 

 ここは常に人が行き交うアーケード街だ。そこかしこに人の目がある。そんな場所で店の入口に文字を書くなんてことをしたら確実に目立つ。

 

 しかも、文字は喫茶店の時と同じカッティングシート。みちるたちがここに立ち止まったのは偶然で、それなのに不審者はそこから見える店名と同じフォントのカッティングシートを用意していたということになる。

 

 みちるは怖さに足が震えた。悲鳴を漏らさないように、口に手を当てるのが精いっぱいだった。

 

「と、都条さん」

「ここを離れるわよ、美虹(みく)ちゃん」

 

 みちるはまだ小さな手をつかんで駆け出した。その後方で黒のクラウンが止まった。

 

 

 

           ◆ ◆ ◆

 

 

 

 人が多い場所はダメだ。人の目はあるが、その分まぎれ込みやすい。みちるは美虹(みく)の手を引いて走った。

 

「ど、どこ行くんですか!?」

「こうなったら直接KIRISHIMAのビルに駆け込むしかないわ」

 

 コーチを待ってたいが、すぐそこまで不審者の魔の手が迫っているかもしれない状況で悠長にしていられない。

 

 アーケード街を抜けると、ちょうど幹線道路に出る。〈ワダツミ〉は人工島なので、都市開発の段階からそれぞれの区画を結ぶ道路が計画されていた。この道路は島内をぐるっと一周しており、交通の要所にもなっている。KIRISHIMA行きのバスも走っているが、この状況で不特定多数の人との接触は避けたい。となれば――。

 

「タクシー!」

 

 映画で見たのをそのまま真似たが、うまくいった。車体の上にランプを乗っけたタクシーが路肩に停まる。そして二人を招くように後部座席の扉が開いた。しかし――。

 

「……!」

 

 みちるは絶句した。扉横の車体に、またしても〈門の中に鬼〉の文字があった。今度は落書きやシールではなく、しっかりと塗装として印字されていたからだ。

 

(なに、なんなの、これ……!?)

 

 みちるはこめかみから汗が垂れるのを感じた。

 

「ごめんなさい、美虹(みく)ちゃん。どうやら私、とんでもない勘違いをしてたみたい……」

「どういう、ことですか」

「……これ、ストーカーの仕業じゃないわ」

 

 もっとヤバい、別の〈何か〉が二人を狙っている。

 

「来て!」

 

 あれ、お客さーん、と叫ぶ運転手の声を背中で聞き流しながら、みちるは美虹(みく)の手を引いて駆け出す。

 

(これじゃまるで『岸辺露伴は動かない』じゃない!)

 

 あの漫画は〈リアリティ〉を徹底的に追求する漫画家〈岸辺露伴〉が取材先で様々な事件に巻き込まれる――というのがおおまかなストーリーなのだが、この事件というのが曲者なのだ。なにせ、人の領域を逸脱したものが関わっている。それこそ〈山の神々〉や〈妖怪〉と呼ばれる存在が。

 

「あの文字、まるで()けてくるみたい」

 

 走りながら、美虹(みく)が後ろを振り返って言う。

〈尾けてくる文字〉

 まさに言い得て妙だった。さっきからみちるは観光区から工業区へ向かって走っているのだが、行く先々にあの文字が現れていた。ある時はスーパーの自動ドアに。ある時はマンホールの蓋に。またある時は交番の窓に。どこへ行っても〈尾けてくる〉。

 

「と……都条さん……はぁ、はぁ……ちょっと……はぁ、はぁ……タイム……」

「あっ、ごめんなさい!」

 

 振り返ると、美虹(みく)が左胸を握りしめて肩で息をしていた。高校生のみちるとまだ中学生の美虹(みく)では歩幅にも体力にも差がある。ましてやドルフィンとして日々トレーニングしているみちると違い、美虹(みく)は病弱で持病を抱えている。いくら不気味な文字に追われているからとはいえ走らせるのはマズかった。

 

 気づけば観光区を出て、工業区に差し掛かっていた。とはいっても、ここは開発途中で計画が頓挫した区画。建てかけのまま長年放置されたビルが廃屋のように(そび)えている。吹き抜ける風が、思いのほか冷たく感じる。

 

 ――ピリリリリ

 

 突然、ポケットの中でスマートフォンが鳴って、みちるは震えあがった。あわてて画面を確認するとコーチの番号からだった。

 

『都条くんかッ! 今どこにいるッ!』

 

 乱れた息づかいが聞こえてくる。その後ろからは『みちるセンパーイ!』と入華の声も。迎えに来てもらう場所を指定していたのをすっかり失念していた。

 

「す、すいません、今ちょうど観光区から工業区に入った所に」

『わかった、すぐ行くからそこを動かないように。それと伝えないといけないことがある』

 

 バンッ、と車のドアの閉まる音がした。続けざまにエンジンの着火音も。

 

『綾町美虹ちゃんについてだ』

「えっ、美虹(みく)ちゃんがどうかしたんですか?」

『彼女のご両親と連絡がついた。実は彼女、持病をもっているんだが』

「そ、そうなんです、不審者から逃げるのに走らせてしまって。すぐ病院に――」

『そうじゃないんだ、都条くん。落ち着いて聞いてくれ』

 

 そう返すコーチの声は、なぜだかひどく静かだった。

 深呼吸をひとつ、早鐘になった鼓動がやや落ち着きを取り戻したとこへ、コーチがとんでもないことを口にした。

 

 

 

『綾町美虹という少女は一ヶ月前に亡くなっている』

 

 

 

「…………え」

『持病というのが、いわゆる不治の病だったんだ。生まれつきのもので、長く生きられても14歳が限界だと医者から宣告されていたそうだ』

「ちょ、ちょっと待ってください、コーチ! 美虹(みく)ちゃんは今ここにいます!」

 

 現にみちるか手を握って――。

 

『ああ、それも理解している。だから、これははっきりと言える。――彼女、〈幽霊〉だ』

「ゆう、れい……」

 

 みちるは右手でスマートフォンを握ったまま、しばらく動けなかった。だって今も左手には確かな温もりがあるのだから。それでもコーチの声は続ける。

 

『君の話を疑っていたわけじゃないんだが、そもそも入口や扉に文字を書くストーカーというのが不可解だった。被害者を怖がらせて喜ぶ輩はいるが、それが意味不明の漢字というのは少し妙だ。普通ならストーカー自身を想起させる文字か、あるいは被害者自身の名前を書くはずだ』

 

 そこで一旦、言葉が途切れる。

 

『それで考えたんだが、文字自体に何らかの意味があるんじゃないかと』

「でも〈門の中に鬼〉なんて漢字は」

『存在しない。だが、漢字にはそれぞれ成り立ちと意味がある。例えば〈門〉は出入口や境界を表す。そして、ここからが重要なんだが〈鬼〉は日本だと妖怪としての鬼を表すのが一般的だ。赤鬼青鬼といったふうに。それに加えて悪いもの全般を指す。さらに中国では死者を表すんだ』

「死者って、亡くなった人を?」

『そうだ。日本でも亡くなることを鬼籍(きせき)に入るというだろう』

「それじゃ〈門の中に鬼〉っていうのは」

 

 

 

『――恐らくは〈死者の国への入口〉だ』

 

 

 

 コーチの声が二重に聞こえた。振り返ると、路肩に停まった黒のクラウンから見覚えのある人物が降りてくる。

 パッと見れば俳優と見間違いそうな顔立ちは今、仲間に残酷な真実を告げる役を演じているようだった。その助手席には不安そうな顔をした入華。

 

 美虹(みく)は見知らぬ二人の登場に、不安げな目をみちるに向ける。いや、違う。彼女はみちるの背後を見て、そして怯えていた。風になびくブルーシートの下。廃屋のようなビルの壁面に、その巨大な文字があった。

 

 

 To Be Continued……

 

今後の投稿形式について、ちょっと質問です。今までエピソードを分割投稿してきましたが、まとめて一話完結がいいのか読者さんの声を聞きたいです。

  • こ、これは……『分割投稿』だとッ!?
  • いいや!『一話完結』だッ! 押すね!
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